第四百三十五話 高祖様と晩ご飯
当家にやって来た三人のエルフ(ミィスを除く)のうち、ふたりは辞去した。
フィルカーシャは外に待たせていた護衛と共に帰り、レコードはヤンティーネと一緒に、ダメエルフを引き摺って行った。
残ったのは、『天秤』の高祖様。
彼女は恐れ多くも明日の運転手役なので、このまま我が家に泊まるのだという。
母さんはギラついた目でリュティエルと同衾することを望んだが、アーチエルフ姉妹は、屋根裏で一緒に眠るつもりらしい。
――そして寝るより前には、晩ご飯だ。
特に来客は意識していなかったので、いつも通りの晩飯を作る予定だったが、せっかくエイベルの妹が来てくれたのだから、何とかもてなしてあげたい。
「つまり、貴方は私を、『エルフの高祖』としてではなく、『エイベルの身内』として饗応する、ということなのでしょうか?」
「ええ。俺にとっては、大切な人の家族という言葉の方が、より意味がありますからね」
「……大切」
エイベルはぽつりと呟き、俯いてしまった。
屋内なのに帽子を被っているから、表情が全く見えないぞ。
そしてその妹は、少し機嫌良さそうに微笑した。
「成程。それは、私にも好ましい待遇です。肩書きで判断されないというのは、実に久しぶりですね」
いや、『エイベルの妹』ってのも、立派に肩書きだと思うんだけどね。
アーチエルフの高祖様は、ニヤリと笑った。
「私をもてなすと云ってくれたのですから、晩ご飯は当然、期待しても良いのですよね?」
あ、ちょっと意地悪じみた笑い方だ。
この人、少しSっ気があるのかもしれない。
いじめっこ気質と云えば、ナトゥーナとかいうエルフがいたが、彼女はリュティエルの子孫だったりするんだろうか?
「まあ、そんなに期待されると困るんですけどね」
本来は、あり合わせのものしか作れない。
しかし昼間に、ヤンティーネがお菓子と一緒に、鶏卵を中心に、良い食材もたくさん持ってきてくれた。
なので、材料がふんだんに使えるので、何とかなるだろう。
なにせ普段は、『卵の予備』という存在が許されない。あればあるだけ、プリンにしろと云われてしまうからだ。卵料理も本当は、色々と作りたいんだけどねぇ。
なお、『バイエルンの正体』に関しては、高祖様(妹)に暴露している。
「……へえ、バイエルン『だけ』ですか」
と、ジト目で云われたけれども。
「じゃあ、晩ご飯の支度に取りかかろうかな?」
「にーた、卵で何作る!? ふぃー、親子丼が良いと思う!」
それは、お前様が食べたいだけだろう。
というか、こないだも作ったしな……。
(ん~……。卵は当然使うとして、ティーネは小麦粉も持ってきてくれたか……。これで、おやつをお作り下さいってことなんだろうけども)
よし。お客もいることだし、普段作らないものにチャレンジだ!
それはつまり、この世界にはまだ存在しないもの、と云うことにもなるのだが。
※※※
「と、云う訳で、こんなん出来ました!」
「おぉ~~っ!」
母さんとフィーが、同時に声をあげる。ノリが良いよね、この母娘。
「にーた、ふぃーが見たこと無いもの、いっぱい作った! これ、なぁに!?」
「ふふふ。これはね――天ぷらだ」
「天ぷら!? ふぃー、それ知らない! でも、美味しい気配がする……っ! にーた、だっこ!」
両腕を広げる妹様を抱き上げ、作り上げた天ぷらを見せてやる。
今日の食材は本当に豪華だ。
何しろ、天下の高祖様が来ているので、ティーネが王都では高級品のエビまで持ってきてくれた。
無論、それも天ぷらにする。
そしてそれらを贅沢にも、ご飯の上にのっけてしまう。
そう。完成したのは――天丼だ。
「……見たことのない料理ですが、美しい色合いですね」
と、リュティエル嬢も興味がある様子。
エビ天の他は、野菜とキノコのそれもカラリと揚げている。
タレも自家製だが、ウナギ用のやつをアレンジするだけだしね……。
天ぷらは、丼に盛りつけるものの他、単品でもつまめるようにした。
そして、他にも新作料理がある。
「にーた、こっち! このマグカップのやつも、ふぃー、気になる! プリンじゃない!? プリンの偽物!?」
「うん。そいつは茶碗蒸しだ。美味しいぞ?」
「茶碗蒸し! ふぃー、これも知らない!」
銀杏が入ってないのが個人的には許せないが、すが立ってないので、そこは合格とすべきだろう。
あと、せっかくだから卵焼きも作った。
甘いのと、野菜入りのと、チーズ入りの三種類。
サラダやスープは母さんが作ってくれた。
そして、食後にはプリンとアイスだ。
うん。今日の夕食は、豪勢だな。
誰かの誕生日でもあるまいに。
「ふぅん……。なかなか料理が上手なのですね。……しかし重要なのは、味の方です」
「そこはまァ、食べて貰うしかないですね」
好き嫌い、合う合わないはあるからねぇ。
「……私はアルを信じている。本来はプリンに回すべき貴重な鶏卵を、こんなに別物に使ったことも含めて……」
本当かー?
本当に信じてるかー?
アイスのときも最初は懐疑的だったじゃないかー。
まあエイベルは卵の使い方としては、プリンが不動の一位みたいだからな。
仮に美味しくなかったら、『天秤』の高祖様よりも怒りを買いそうだ。
「ささ、さっそく食べてみましょう? 私のアルちゃんが作ったんだもの。きっと美味しいわ!」
「めーっ! にーたは、ふぃーのなのーっ! そこ間違う、絶対にめーなの!」
「賑やかな家族ですね」
呆れた風に云いながらも、どこか寂しそうで懐かしそうな口調のリュティエルだった。
「では、いただきまーす!」
全員で声をあげる。
『天秤』の高祖様は号令の後、怪訝そうに眉をひそめた。
「……貴方たちは、その棒で食べるのですか?」
「これ、お箸いう! 凄く便利!」
そう。
俺の影響で、フィーとエイベルは箸を使うようになった。
マイマザーはチャレンジした後、諦めてスプーンとフォークに戻っているが。
尤も、ここは日本ではないので、妹様とお師匠様の『左利きコンビ』は、弓手で箸を持っている。
元いた世界だと、左利きでもお箸は右に矯正ってケースが多いからね。
お箸は俺が木工技術で基礎部分を作成した後、ガドがカラーコーティングしてくれている。
フィーのがピンクで、エイベルのが青。俺のは茶色だ。
「確かに、つまみ上げるのには、その『お箸』というもののほうが便利そうではありますね」
云いながら、高祖様は天ぷらをサクリ。
「――――っ!?」
リュティエルが、目を見開いている。
そして、エイベルと、母さんも。
「ふぉおぉぉぉおぉぉ~~~~っ! にーた、これ美味しいっ! ふぃー、天ぷら気に入った!」
うん。
キミは何を食べても、そう云うでしょうよ。
「美味しいっ! アルちゃん、これ、とっても美味しいわ~っ!」
「味だけでなく、食感が見事ですね……。サクサクと香ばしくて、ご飯が進みます」
「……ん。ウナギもそうだったけど、ソースが良く合う。ご飯と一緒に食べることを想定した設計になっている……」
マイマザーのみならず、両高祖にも好評のようだ。
だが、多少の好みがあるようだ。
フィーはもともとキノコ好きと云うのもあって、キノコの天ぷらが気に入ったみたい。
エイベルは野菜の天ぷらが好みか。
そして母さんとリュティエルは、エビ天派のようだ。
「まさか、エビにこんな食べ方があろうとは……! 私の本拠地は森の中なので、あまり魚介類が入ってこないのですよね……」
少しだけ悔しそうに云いながら、丼をかき込む高祖様。
「……アル。このプリンのまがい物のようなものも、美味しい?」
「まがい物って……。まあ、美味しいんじゃないですかね?」
少なくとも、俺は好き。
エイベルは匙を手に取り、ふるふると揺れる未知の食べ物を口に運ぶ。
「…………っ」
そして、俺を見る。
「どうよ? どうなのよ?」
「……ん。プリンに擬態する以上、甘くないというのは許し難い。けれども、ちゃんと美味しい。卵を浪費する価値はあると認める」
このプリン第一主義者めぇ。
「これも美味しいですね。でも、基礎の味付けが天ぷらのソースと似ているのが減点材料でしょうか」
おっと、組み立てをミスったか。
まあ、このくらいは大目に見て貰うとしましょうかね。
「にーた、茶碗蒸しも美味しい! ふぃー、おかわりする!」
こっちはブレないね。
美味けりゃいいやを地で往ってますなァ。
その後、三種の卵焼きにも舌鼓を打った高祖様は、デザートを満足そうに口に含みながら云った。
「エイベル。鶏卵の増産を我ら両名の名で、ショルシーナの商会に正式に通達しようと思うのですが、どう思いますか?」
「……ん。ただちにやるべき。プリンは美味しい。そして、卵の可能性も無限大。あと、プリンが美味しい」
どんだけプリン好きなんだよ……。
でも、鶏卵の流通には問題がある。
「卵って、生じゃ危険だと思いますが」
「そうですね。私たちは浄化の魔術を使えますが、それらの使えぬ人間に、卵は危険だと難癖を付けられるのは困りますね。――エイベル」
「……ん。殺菌の為の薬を開発する。ようは鶏卵が生食に向くようにすれば良いだけの話。卵そのものに使用するものと、ニワトリに使用するもの、両者の開発に着手する」
出来るのかよ!? 流石は医術の聖。
『天秤』の高祖様は、俺に向き直る。
「人の子よ、大儀でした。貴方の考案した食事は、私をもてなすに足るご馳走でした。――ご褒美に、これをあげましょう」
と云って、木彫りのメダルを渡してくる。
そこには高祖様似の、エルフの顔が彫り込んである。
「――なんですか、これ?」
「ご褒美メダルです。功績のあったものに配っております。人間族には基本的にあげないのですが、貴方は『名誉エルフ族』。これを受け取る資格があります」
名誉エルフ族の話は、もういいよォッ!?
で、このメダルに、どんな効果があるのさ?
或いは、何かと交換できるとか?
「いえ。特に何もありませんが。ですが、皆が争って欲しがりますよ?」
「…………」
俺にとっては、無価値のものだった。
そりゃエルフ族なら欲しがるかもだけどさァ。
「そういえば、貴方は南大陸でエイベルを手伝ってくれたのでしたね。――なので、もう一枚あげましょう」
こんなの、どうせいっちゅうんじゃい。
「にーた! 木で遊ぶなら、あっちでふぃーと積み木する! この丸いのも、そっちで使えば良い!」
「…………」
あ。
メダルの出所が、ちょっと悲しそうな顔をしているぞ?
ともあれ、にぎやかな晩餐は、こうして終わった。




