第四百三十三話 クレーンプット家への来訪者(中編)
と云う訳で、哀れクレーンプット兄妹は、エルフ族のお姫様に囚われてしまったのだった。
「ふふふふふふ……。ふかふかです……っ。それにしても、可愛い小ブタさんですね!」
フィル嬢、大喜び。
もがいても解放してくれないので、このまま会話を進めるしかない。
「エイベル。こちらの方たち、何でここに来たの?」
「……ん。目的があって」
そりゃ何の目的もなく、人間族のお貴族様の屋敷には入ってこないでしょうよ。
姉の態度を見かねたもうひとりの高祖様が、来訪理由を説明してくれる。
「一応、私たち三人に個別の理由はありますが、共通の目的は、『写真機』です」
写真!
俺が愛くるしいフィーの姿を収める為に作り出したアレが目的なのか。
「なんでも件の記録装置は、エイベルの『知り合い』が開発したとか……」
おや。
エルフ族の頂点でも、個人情報は入手されておりませぬか。ショルシーナ商会、義理堅し。
しかし、お師匠様と似た面影のある少女は、一瞬だけジト目を俺に向けた。ある程度の当たりは付いているらしい。
彼女はそれから、うちの先生を見る。
「――家族の姿を残せるというのは、私にとっても重要ですから」
「……ん」
交差する両高祖の瞳はとても深くて。
このふたりには、ただの記録以上の意味がきっとあるのだろうと理解出来た。
「そう! 家族なのですよ!」
俺とフィーを抱きしめているフィルカーシャ嬢が声をあげる。
「わたくしは、その為にもこちらに参ったのです!」
どういうことだろうか?
フィル姫様も、家族の写真が欲しいと云うことなのだろうか?
「産まれるのです! 新しい命が! わたくしの弟か妹が、来年にも!」
「――!」
セロのときにチラリと聞いた、フェネルさんが気にしてた『新たなエルフ族の誕生』って、もしかして、このハルモニア家の話だったのか?
お姫様はテンションが上がっているのか、俺とフィーを縦横無尽に振り回す。
「赤ちゃんです! 赤ちゃんが産まれるのですっ!」
「にゅぁぁあぁ~~っ! に、にーたぁぁ、たすけてー!」
妹様のおめめがグルグルになっている。いかん。早く救出してあげねば!
「フィルさん、ストぉ~ップ!」
「あぁっ、これは大変な失礼を……っ!」
浮かれていたお姫様は、大慌てでその動きを停止する。
「ふぇぇぇ、にぃたぁあああぁぁ!」
「おお、よしよし。怖かったな、フィー」
お姫様の腕から逃れ、マイエンジェルを抱きしめていると、フィルさんは深々と腰を折った。
「申し訳ありません。全ての子どもは手厚く保護されるべきであるにもかかわらず、おふたりをこのような目に遭わせてしまいまして……。汗顔の至りです……」
フィルカーシャ嬢は、しおしおとちいさくなっていく。
これから赤ん坊が産まれる身であるのに、幼い子どもを怖がらせてしまったことに、忸怩あったらしい。
「新たに産まれてくる下の子を、赤子のうちから記録に収めることが出来る……。そのことに心奪われ、はしゃぎすぎてしまいました。ああ、それにしても商会とその協力者は、なんと素晴らしい発明をされたのでしょうか。叶うならば、その発明者様と話をしてみたいものです……」
フィル姫様は、余程にまだ見ぬ『下の子』が大切らしい。我を忘れてしまう程に。
これ程までに待ち望まれているのだから、その子が無事に産まれて欲しいものだが……。
祈るように手を組み天を見上げるお姫様と入れ替わるように、ケープのエルフが前に出た。
「……私がこの場へやって来たのは、『写真機』の構成素材を知ったからなのです」
仮面を付けたちいさなエルフは、エイベルの前に跪いた。
「強き方。尊き方よ。どうかお教え下さい。『あの魔石』は、何なのです?」
その『面』によって、表情は見えない。
けれども、その『声』は、甘くとも重い。
(そうか。この娘は、俺の干渉した魔石に引き寄せられたのか)
それにしても、この人は何者なのだろうか?
ティーネは当然、知っているのだろうが。
俺は女騎士を見る。
彼女はこちらの胸中を読み取ったらしく、説明をしてくれる。
「彼女の名はレコード。ハイエルフの『伝説』のひとりでございます」
伝説?
それは語りぐさになる程の存在と云うことなのだろうか?
後を引き取るように、『天秤』の高祖は云う。
「この娘は強いですよ。少なくとも私の知る限りでは、存命するエルフの中では、ヘンリエッテと双璧でしょう」
「へえ、『最強』のハイエルフなんですか」
「――――」
何気なく呟いた俺の言葉に、エルフたちは黙り込んだ。
三人のハイエルフも。
この世にたった二名のアーチエルフすらも。
「あ、あれ? 違いました?」
「『頂点』たるハイエルフの方は――。い、いえ。何でもありません……」
フィルカーシャは何かを呟こうとして、慌てて口をつぐんだ。
それはきっと、俺が勝手に踏み込んではいけない事情なんだろう。
俺の言葉など無かったかのように、仮面のハイエルフはエイベルを見つめた。
「偉大なる方よ。私は自分なりに魔術の研鑽を積んできたつもりです。ですが、このような魔石は、ついぞ見たことがありません。これは一体、どこで手に入れたものなのでしょうか? いえ、どこで発生した魔石なのでしょうか?」
「…………」
エイベルは答えない。
これは、俺を庇ってくれているのだろうな。
仮面の魔術師は、俺の師の態度で、エイベルが語るつもりが無いことを悟ったらしい。
一度頭を垂れ、それからもう一度、我が師を見上げる。
「尊き方よ。では、ひとつだけ。『写真機』に使われている光の石。あれは或いは魔石ではなく、『精霊石』の亜種なのでしょうか?」
「……『写真機』は貴重なもの。そして、有用なもの。けれども、量産できるもの。唯一無二ならば精霊石を用いることも考慮するけれど、そうでないものに、精霊石は使わない」
淡々と喋るエイベルの言葉には、ある種の重みがあった。
俺は『精霊石』と『精霊銀』が、どのようにして作られたのかを師より聞かされている。
だからエイベルが、それらを疎略に扱うつもりが無いことも分かっている。
ケープのエルフは、ちいさく俯いた。
「精霊石ではない……? では、この魔石は一体……? あのような『在り方』をする魔石は類がない……。自然のまま、あまりにも不自然で……」
それはたぶん、独り言の類なのだろう。
カメラ用の石は、俺が根源干渉したものだから、そりゃどこにも無いに決まってる。教えてあげる訳にはいかないけれども。
話題を変える為に、俺は『天秤』の高祖様へと向き直る。
「リュティエルさんも、カメ――写真機が目的なんですか」
「ええ。半分は。この後、エイベルと一緒に写真を撮る予定ですから」
美人姉妹の写真ですか。
歴史的価値を抜きにしても、欲しがるものも多かろうな。
「じゃあ、目的の半分は、写真ではないんですね」
「そうです。私は、日雇い労働をしに来たのです」
「ひ、日雇い労働……?」
天下のアーチエルフ様から、そのような単語が。
一体、誰に雇われ、何をするというのか。
(いや、『何を』は兎も角、『誰に』は明白か――)
エルフ族全てを統べるリュティエルに対して、そんな物云いが出来るのは、ひとりしかいないだろう。
「……エイベルが呼び寄せたのか」
「……ん。運転手として採用した」
運転手。
これまたエルフ族らしからぬ言葉を。
「……何を運転して貰うの?」
「……エアバイク。明日使うのは、アルも知っているはず」
あー……大氷原。
氷雪の園へ向かうのに、『定員オーバー』をどう解決するのかと思ったら、単純に乗り物と操縦者を増やすのか。
と云うか、神代から生きるエルフ族の祖を、足として使うわけね。贅沢な……。
「それからもうひとつ」
明日の日雇い労働者が口を開く。
「こちらに『アイスクリーム』なる銘菓があると聞きました。それはプリンに匹敵する、天上のご馳走であるとも」
こちらの高祖様も、プリン大好きなのか……。
確かに我が家の冷蔵庫には、プリンもアイスもあるけれども、『来客』があることは想定してないから、ぶっちゃけ余分な在庫は、あんまりないぞ?
今朝もフィーとエイベルが、今日のおやつのおかわり分に、先取りして手を付けていたし。
『天秤』の高祖様の言葉に、同時にピクンと身体を跳ねさせるお姫様と仮面のエルフ。
何?
もしかして、キミらもプリン大好きなの?




