第四百二十八話 ふぃーは あらたなそうびを てにいれた!
「出来たぁー! 出来たわぁっ!」
八月のある日。
フィーとマリモちゃんをお昼寝させながら本を読んでいると、母さんが駆け込んで来た。
「アルちゃん、アルちゃん。完成したの。完成したのよぅ」
どうやらマイマザーがフィーの為に作っていたプレゼントが出来上がったらしい。
「おぉっ、母さん、おめでとう!」
「んっふふ~! もっと褒めて? お母さん、頑張ったんだから!」
ずずいっと頭を突き出してくる母上様。
まさか、我が子に撫でろと仰せか?
「わくわく……。わくわく……っ」
くそぅ……。
爛々と輝く子どものような瞳には抗えん……。
「…………」
おずおずと手を伸ばし、サラッサラの長髪を撫でつける。
「ふふふー……。アルちゃん、ありがと?」
ちゅっとほっぺにキスされてしまう。
行動パターンが娘さんそっくりですね。
そのままガバッと俺をだっこして、クルクルと回転を繰り出すお母様。
作っていたものが完成したことと、我が子とのスキンシップが嬉しいのか、妙にテンションが高い。
「あら? フィーちゃんは、お絵かきをしてたのね?」
すぴすぴと眠る愛娘の枕元には、何枚かの画用紙がある。
母さんの云う通り、寝る直前までマイシスターは、お絵かきに興じていたのだった。
「ふふふー。今日もいっぱい、大好きなお絵かきを楽しんだのね」
フィーを見るマイマザーの目はどこまでも優しい。
俺も、画用紙に視線をやった。
そこには同年代の子と比べても、やや劣るレベルの落書きがいくつもあった。
もちろん、フィーは真剣に描いたのだが。
それでも、フィーの描く絵が、俺は好きだ。
画用紙には、家族の姿がある。
ブタさんを始めとする動物もいる。
そしてそれらには、共通点がある。
――笑っている、のである。
人であれ動物であれ、フィーの描く絵は、いつも皆が満面の笑顔だ。
それが、この娘が日々を幸せだと感じてくれている証なのだと思うと、とても嬉しい。
「ふへへ……。にーた……」
ぎゅぎゅっとダイコンを抱きしめて、妹様は、にへらと笑った。
「ふふふ。フィーちゃん、夢の中でもアルちゃんと一緒なのね?」
母さんも愛娘が幸せそうな様子を見て、嬉しそうにしている。
フィーの銀髪を撫でながら、俺に問う。
「フィーちゃんたちが寝たのって、どのくらい前?」
「一時間ちょっとかな? ノワールはまだわからないけど、フィーはそろそろ目をさますと思うよ?」
その言葉に呼応するかのように、妹様がうすうすと瞼を開いた。俺と目が合う。
「ふへへへへぇ……! にーただぁぁ……!」
とろけるような笑みを浮かべて、両腕をこちらに伸ばす天使様。
けれども身体はふとんに沈んだままだ。
どうやら俺に、抱き起こして欲しいみたい。
「フィー。おはよう」
「にぃさま、おはよーございます……っ!」
抱き上げると、ぷちゅっとほっぺにキスされてしまった。
やっぱり似たもの母娘だよなァ……。
「んっふふ~! フィーちゃん、フィーちゃん」
「んゅ? おかーさん、おはよーございます」
「はい、おはよう。あのね、フィーちゃん。実はフィーちゃんに、私とアルちゃんからプレゼントがあるのよ」
「みゅみゅっ!? 今日、まだふぃーの誕生日じゃないはず……。にーた、ふぃー、どれだけ眠ってた!?」
「落ち着け。まだ八月のままだ。流石に十一月まで寝過ごすってこたァないだろう」
「みゅうぅ……。じゃ、じゃあ、何でふぃー、プレゼント貰える!?」
妹様が動揺している。
動揺しながら、もちもちほっぺを押しつけてくる。
母さんはそんなフィーを俺ごと抱きしめて云う。
「それはねー……。私とアルちゃんが、フィーちゃんのことが、大好きだからよぅ!」
「きゃーっ! ふぃー、大好き云われた! ふぃー、嬉しい! ふぃーも! ふぃーもにーた好き!」
「もう、ふぃーちゃあん……! お母さんにも『好き』って云ってよう!」
「みゅぅ! ふぃーの『大好き』、にーただけ! にーたにしか使っちゃいけないの!」
食べ物とかブランコとかにも、散々使っている言葉じゃないか……。
俺はフィーの頭を撫でながら云う。
「でもフィーも、母さんのことは大事だろう?」
「んゅ……。それは、やぶさかではないの……」
また妙な云い回しを……。
「なら、母さんには、『好ましい』とか『大事』とかって云ってあげよう? それなら良いだろう?」
「みゅみゅっ。にーたがそう云うなら、ふぃー、そーする! ふぃー、おかーさん大事!」
「フィーちゃあああん!」
母さんが感極まって、ハグを強める。
良かったね、マイマザー。
これからは母さんも、フィーに『好き』の類義語を向けて貰えるね。
「アルちゃん、ありがと!」
パチッとウインク。
一方フィーは疑問が解けて安心したのか、わくわくとした瞳で俺を見上げてくる。
「にーた! ふぃー、にーたたちに、何貰える!? ふぃー、甘いのが良いっ!」
「んもう……。フィーちゃんは、甘いもの食べ過ぎよ?」
貴方もですぜ、お母様。
取り敢えず食べ物ではないことを伝える。
「ならふぃー、何貰える?」
「それはな、装備だ」
「そーび? ――はっ!? 棍棒!? もしかして、ふぃー、棍棒貰える!?」
どこの世界に我が子や妹に棍棒を贈る家があるのか。
(あ、いや……? パワー系の種族なら、そんなこともあるのか?)
ドワーフとか、蜥人種とか。
気になって後日ガドに確認してみたら、不機嫌そうに否定をされた。
「あ? 棍棒だぁ? ドワーフがそんなものを贈る訳がねぇだろう」
「そうなの? 棍棒ってパワー系武器だから、ドワーフ族と相性良さそうだけど」
「逆だ逆だ。力がある種族だからこそ、棍棒はダメなんだ。考えてもみろ。俺らドワーフが全力で『木の棒』を握りしめ、叩き付けたらどうなるよ?」
「あ――」
粉砕される未来しか見えない。
俺の表情で察したのか、ガドはふんと息を吐きだした。
「たとえば同じ木材でも、エイベル様が所持しているような御神木の類なら話は別だがな。しかし、そんなものはまず手に入らねェ。だから俺たちは、金属の武器を使うのさ。そこら辺に生えている堅い木なんかより、俺たちの鍛えた金の方が、圧倒的に丈夫だからな。第一ドワーフは鍛冶に生きる種族だぜ? 手前ェの武器くらい、手前ェで作れなくてどうするよ?」
と、せわしなく手を動かしながら答えた。
うちの鍛冶の師匠は、現在とても忙しい。
それと云うのも、エイベルがカメラをとても気に入ってしまったので、高祖様直々の依頼で増産しているからだ。
予備が数台に、出先に気軽に持ち運べる小型のものがいくつか。それに、妹に贈る分も頼まれているらしい。
「……これで、思い出をいっぱい残す……!」
無表情なのに意気込んでいるマイティーチャーなのだった。
それは兎も角、マイエンジェルに贈る装備は、武器のような物騒な類のものではない。
もっと平和的なものだ。
「母さん、取り敢えず、実物を見て貰おう」
「そうねー。ふふふ、フィーちゃん、きっと気に入るわよ~?」
と云う訳で、隠してあったプレゼントを取りに行った。
※※※
「ふおぉぉぉぉぉ~~~~っ! にーた、見て見てっ!? ブタさん! ふぃー、ブタさんになってる!?」
「おぉ、フィー。可愛いぞ」
「フィーちゃん! 可愛いっ、可愛いわ~っ!」
「ほんとー!? ほんとーに、ふぃー、可愛い!?」
目をキラキラさせて喜んでいるマイシスターの姿は、ブタさんなのだった。
上下一体のピンク色の肌着に、ブタさんの顔と耳の付いたフードが付いている。
我が家の天使様は、それを纏っているのだ。
地球世界だと、こういった『動物服』は子どもの多い場所では目撃できるが、この世界ではそんなものはない。
なので俺が母さんにした提案は、さぞ新鮮に映ったことだろう。
「アルト様は実用品だけでなく、こう云った発想も出来るのですね」
と、ヤンティーネも驚いている。
まあ、実際は『俺の発想』じゃないんだけどね。
「パーカーのフードに『動物耳』を付けたりしたら売れないかな、とは思うよ。ヘンリエッテさんかフェネルさん辺りに聞いておいて貰えると嬉しいかな」
「あのふたりなら、寧ろアルト様の作られた『靴』の方に注目すると思いますが」
そう云ってティーネが見たのは、俺の作ったプレゼント。フィーの靴だ。
この世界の靴は、現代日本のそれよりも発達していない。
サンダルなんかは庶民に愛用されているが、これは革靴は高価で、従って庶民にはあまり手が出ないからでもある。
冒険者はブーツを好んで履くが、これも相応の値が張るので、木靴で我慢している人もいる。
――で、俺が作った妹様の為の靴だ。
これはタイヤの残りものの皮で底部分を作成。
もちろん裏面には現代日本のそれと同じく、滑り止め用の溝を掘っている。
その革を丈夫な布で覆って履き物の形にし、紐を通した。
靴の中には下敷きも配備。
何のことはない。
現代日本の運動靴に近いものを拵えてみたのだ。
ただ、ここが俺と云うか、がさつな男の限界だろう。
機能性だけを重視し、デザインには凝らなかった。
それを見かねたマイマザーが、アップリケでブタさんの顔を縫い付けて、何とも可愛らしい子供用の布靴が完成したのだった。
「にーた! この靴、動きやすい! それに、可愛いっ!」
底辺部分の革以外は布製だから、そりゃ軽かろう。
あと可愛いのは母さんの手柄だ。俺じゃないぞ。
「アルト様。この布靴は、庶民用に普及するのでは? 下敷きを入れるというのも、大変に良いアイデアです」
「うん。まあ、売れなくはないだろうね。つま先に薄い鉄板を入れてスパイクを付ければ、冒険者用の靴も作れるかもね」
「それはエッセン名義ですね!? 底辺部分だけを靴職人か革職人に発注すれば、残りの部分は当商会の被服部門でも作成できるでしょう。そうすれば安価で商品を提供できるようになります。これは既存の靴の常識を塗り替える、優れた発明品ですよ」
別に売り物として考えていた訳では……。
まあ、お金に代わってくれるなら、それでも良いんだけどさ。
一応、アップリケの部分を、企業のロゴや何かのマークにすれば、ブランドの宣伝か同一チームの証に出来るのでは、とも付け加えておいだが。
「にーた、にーたぁ! この服、可愛い! ふぃー、気に入った!」
くるりんと回って、全身をアピールするマイエンジェル。
母さんの作った服は、ご丁寧に『ブタさんのしっぽ』まで付いている。
「ふへへ……! ふぃーがブタさん……っ」
機嫌が良いのか、おしりをふりふり。
「ぶーぶーブタさん、ぶぅぶぶー」
鼻歌まじりに、おしりをふりふり。
「にーた、だっこ!」
両手を広げて、だっこのおねだり。
「フィー。気に入ってくれたのは嬉しいけど、服を作ってくれた母さんにお礼を云おうな?」
「うんっ! おかーさん、ありがとーございますっ!」
「どういたしまして。フィーちゃんが喜んでくれて、私も嬉しいわー」
ニッコリ微笑むマイマザー。苦労が報われた瞬間なのだろうな。
「よしよし。ちゃんとお礼を云えるフィーは良い子だな」
「ふへへーっ! ふぃー、にーたに褒めて貰えた! ふぃー嬉しい! ふぃー、にーた好きっ! ふぃー、これからも、お礼云う!」
うん。我が家の天使様は良い子なんだ。
「よし、写真機を持ってこよう! フィーの可愛らしさを、しっかりと納めておかなくては!」
「あ、待ってアルちゃん。それなら、アルちゃんたちも着替えないと?」
なんですと?
俺も、着替え……?
「うっふふ~! この『動物さんの服』、アルちゃんとノワールちゃんの分も作ってあるのよ! あと一応、エイベルの分も!」
いや、エイベルは着てくれないだろう。凄く見て見たいけどさぁ。
あと、俺も恥ずかしくて、こういうのはちょっと……。
「ふふふー。だ~め!」
ガシッと掴まれ、連行される。
「う、うおぉっ!? は、離せぇっ! 離してくれぇっ!」
「さ、行きましょ、行きましょ?」
……こうしてこの世に超貴重な可愛い写真と、抹殺したい過去が同時に誕生したのだった。




