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妹のいる生活  作者: むい
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第四百二十七話 真を写す


 切っ掛けは、単純明快。


 フィーの姿を残したいと思ったことだ。


 だからカメラだ。分かりやすい話だろう?


 この魔道具のキモは、前述の通りに『薬品』にある。光に強く反応する薬液を使って、映像を写し取っているわけだ。


 地球世界のフィルムカメラだと、まずネガフィルムに映像を映し込み、現像という作業を経て『写真となる紙』にプリントする。

 それには暗室が必要であったり、現像液他、多数の薬品が必要だったりするが、『光に反応する』と云う俺の説明を聞いたエイベルは、それらの工程を省く薬と用紙を作り出してしまった。


 ざっくり云うと、強い光を当てると、それに反応して色が残留する仕組みを完成させてしまったのである。

 流石は叡智のアーチエルフと云うべきか。


 これはもの凄いことだが、欠点もある。

 フィルムが存在しないので、焼き増しは不可能なのだ。

 よって、撮った写真は基本的に、一枚きりとなる。


 エイベルの薬品と用紙。

 そして俺が手を加えた光の魔石。


 これらのうち、どれが欠けても、このカメラは作れない。

 まさに合作なわけである。


「凄い、凄いわ、アルちゃん! 私たちが、この中に本当にいるみたい……!」


 母さんを始め、皆が驚いているが、エイベルだけはジッと写真を見つめている。


 俺の視線に気付いたのか、魅惑の耳の持ち主はこちらの側まで来て、そっと語りかけてきた。


「……アル」


「うん」


「……この過去は、永遠?」


「物質的な意味で云えば、そのうち色あせちゃうものだろうね。思い出を想起する切っ掛けと考えるのであれば、或いはそれに近いのかもしれないけれども」


「……わかった。すぐに薬品を改良して、千年単位で保つようにする」


 千年って……。


 静かながら、もの凄い意気込みだ。


 エイベルは写真を押し抱いた。


「……これは私が貰う。異次元箱の中に仕舞っておく」


 どうやら、『宝物』認定されたらしい。


 そこに、商会長様がやって来る。


「アルト様。可憐なるエイベル様の美しいお姿を留めておける、この素晴らしい発明品の名称は、何と?」


「うん。写真。そう名付けようかと」


「成程。真を写す――ですか。中々に皮肉屋なのですね、アルト様は」


 ショルシーナさんはニヤリと笑うが、別に皮肉のつもりで付けた名前ではない。

 ただ単に、地球世界ではそう呼ばれていただけの話だ。


 なお、『皮肉』というのはこういう理由である。


 こちらの世界でも地球でも、肖像画を描く場合は暗黙の了解がある。

 それは、顔に傷やできものなどがある場合は『忖度』して、それらを描かないという前提である。


 けれども『これ』は、そのまま写ってしまう。

「傷を描くな」と注文を付けられても無理な話だ。


 ……尤も、この場に日本人のひとりでもいれば、シニカルな笑顔で云うことだろう。

「加工された写真なんて、いくらでもあるじゃないか」と。


 確かにここにパソコンの一台でもあれば、素人の俺でも色々といじれるんだけどね。


 と云う訳で、この魔道具の名前は『写真機』になった。

『カメラ』と云うのはラテン語で『部屋』と云う意味なので、その名称を使う事は見送った。こちらの人には『部屋』と呼んでも、意味不明だろうから。


「アルくん。この写真機は、大々的に売り出すつもりなのですか?」


 ヘンリエッテさんが訊いてくる。

 柔らかいその表情は、微妙な警戒心を持っているように感じられた。


「いいえ。本体そのものは、売り出さないほうが良いでしょう。そもそもエイベルの薬品と特殊な魔石が必要なので、写真機自体の量産が難しいですから」


「そうですね。本体自体は広めないほうが良いでしょうね。人間族はこういうものは、悪用する方向に使いそうな気がします。とすると、売るのは写真の方でしょうか?」


「基本的には、そうなるでしょうね。――それに関して、ちょっとしたアイデアが無くもないです」


 商会のトップツーが顔を寄せてくる。

 俺は云った。


「写真機の数が少ないことを逆に活かして、『写真館』を用意するというのはどうでしょうか?」


「写真館、ですか? それは一体、どのような?」


「ええと、つまり、今うちの家族を撮ったように、個人の写真を撮るお店……と云えば良いでしょうかね? 写真は肖像画よりも圧倒的に早く写せますから、誕生日なり何なり、節目節目で記念写真を撮る風習を根付かせてしまうんですよ」


「成程」


 と、ハイエルフズの声がハモる。


「で、この写真館なんですが、ただ撮るだけでは飽きが来てしまうと思うので、多少の工夫を凝らしてみるのはどうでしょうか?」


「と、云うと?」


「たとえば、平民の方や貧乏貴族なんかの為に、写真撮影用の貸衣装なんかを用意するんですよ。で、舞台セットのような背景も部屋毎に用意しておけば、背景・衣装込みで気に入った写真が出来上がるんじゃないかと。ついでに云えば、写真を飾る為の額縁も複数用意して、予算に応じて購入して貰うとか……」


「アルくん、中々商売上手ですね」


 すいません、元いた世界じゃ当たり前の手法だったんです。


 しかし、写真館とは、ちょっと先走りすぎた意見だったろうか? 

 いや、大丈夫だろう。相手はプロだ。


 現在改修中の『例の銭湯』の時もそうだったが、俺のアイデアがダメなら却下してくれるはずだ。いい加減な思いつきをさえずるくらいは、許して貰えるだろう。


 案の定、ハイエルフズが額を寄せ合ってヒソヒソ話をしている。


「ヘンリエッテ、どう思う?」


「そうですね。『季節もの』として、写真を撮る風習そのものを根付かせてしまうと云うのは、良いアイデアだと思います。継続した収入が見込めますからね。それに『貸衣装』と云うのも良いサービスでしょう。傷んだ服では、『記念に残そう』とは中々考えないでしょうから」


「となると、被服業者や裁縫工房との提携も視野に入れなければならないわね。うちの被服部門は品質と値段は強いけれど、デザイン力では有名工房に劣るし……。もう少し力を入れておけば良かったかしらね……」


「そこは使い分ければ良いのではないでしょうか? 裁縫工房の衣装は貴族向けにし、うちの衣装は安価で提供すれば、ある程度のカバーが出来ると思います。問題は、写真館として活用する建物の場所と入手でしょう。まず、貴族用と平民用で館自体を分ける必要がありますし――」


 うーん。もうカメラを越えた話か。

 俺が踏み込める話じゃないし、踏み込んじゃいけない話をしているな。そっとしておこう。


 腕の中の妹様が、俺の服をくいくいと引っ張った。


「にーた、にーた! あのきれーな絵、にーたの姿が残せる?」


「うん。その為のものだね。フィーにはハマグリのペンダントをあげただろう? あんな風に、家族の姿を残していけるんだ」


「――っ! にーた、ならふぃー、にーたの絵が欲しい!」


「俺もフィーの写真が欲しいかな。フィーの成長していく姿を、大事に撮っておきたいね」


「ほんとーっ!? にーた、ふぃーの絵、欲しい?」


「超欲しい」


「やったあああああああああっ! にーた、ふぃーの絵、欲しい云ってくれたあああああっ! ふぃー嬉しいっ! ふぃー、にーた好きっ!」


 ぷちゅっと熱烈なキスをされてしまう。


 アルバムも作らんとなァ……。

 惜しむらくは、赤ちゃん時代のフィーの写真が手に入らないことか。

 赤ん坊時代は赤ん坊時代で可愛かったんだよね、マイエンジェル。


「めーっ!」


 俺の呟きに、妹様が激しく反応された。


「にーた、ふぃー! ふぃーのことを見て? ふぃーじゃなくて、ふぃーを見るのーっ!」


 自分に対しても嫉妬するんかい。

 俺はマイシスターの頭を撫でて、宥めながら云う。


「ほら、フィー。今度は、俺とふたりだけで撮ろうか? 家族揃っても良いけど、兄妹仲良くってのも良いものだろう?」


「……! とるっ! ふぃーとにーた、ふたりっきり! それ、ふぃーの宝物にするっ!」


「そうか、そうか。それが終わったら、フィーだけの写真も撮らせてくれよ? 俺が欲しいから」


「なら、にーただけの絵と、こーかんする! ふぃーも、にーただけの絵が欲しい!」


 ぎゅぎゅぎゅーっと抱きついてくるマイエンジェル。


 そこへ、母さんとエイベルもやって来る。


「ふふふーっ、じゃあ、じゃあ、それぞれが単独のものと、ペアでのものを撮りましょうか? 私も子どもたちやエイベルとの写真が欲しいわー」


 マイマザーも、俺たちをぎゅーっ。


 そしてエイベルは、俺の服をそっとつまんでくる。


「……アル」


「うん。一緒に撮ろうね?」


「……ん」


 エイベルも嬉しそうだ。

 この笑顔を見られただけでも、カメラを作って良かったと思える。


 向こう側では、ショルシーナ会長が羨ましそうにこちらを見ている。きっとエイベルの写真が欲しいのだろうな。


 一方、ヘンリエッテさんのほうは、まだ売り込みについて考えているようだ。


「写真機、そして写真館の宣伝をするなら、モデルが必要になりますね。人目を惹けるような、華やかなモデルさんも用意しなくては……」


 エルフ族って美人揃いなんだから、自分たちを使えばいいのでは。

 そこら辺の人間族の美人たちよりも、ずっと綺麗なんだからさ。


(フレイあたりがここにいれば、颯爽と名乗りを挙げそうな気もするけどな……)


 と云うか、劇団の宣伝にも最適か。

 実際の写真を添えて、セロに手紙でも出してみようかしら?


 ともあれ、こうして俺たちは用意したプリント用紙を使い切るまで撮影を続けた。


 目に見える形で思い出が残せたのは良かったのだと思う。


 ――四角い過去の中では、皆が笑顔。


 きっとそのことに、意味があるのだろうから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いお話です。少し眼が潤んでしまいました。
[良い点] すごくいい回で、過去にも触れて、現在の幸せも映しています~♪ ここで最終回でも素敵に成立すると思います~♪ [一言] でも本当に終わったら、めーーーっ!!
[一言] この発明これだけで伝説になる、名義は慎重に考えるべき
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