第四百二十三話 帰りの日
「ぬぁああああ~~~~っ! リュシカぁあああああ! 行くなあああああああああ!」
そして別れの日。
グランドファーザーが、泣きながら母さんを抱きしめている。
このオッサンも大概、子煩悩なんだよな。
まあ結局、今年も爺さんとはろくすっぽ遊べなかったわけで、その辺を考えると悲しむ気持ちも分かるのだが。
見送りに来てくれたのは祖父母の他、ハトコズとヒゥロイト兄妹。
この四者は託児所の手伝いや舞台の稽古があるのに、わざわざ駆けつけてくれたのだ。
「これはお土産の果物盛り合わせだ。帰りの馬車や到着後の自宅で食べてくれ。と云っても、あまり日持ちはしないだろうから、いくつかは無駄になってしまうかもしれないが」
「ありがとう、フレイ。大切に食べさせて貰うよ」
しかし、日持ちの心配は無用だと思うぞ?
だってカゴを受け取った瞬間、マイマザーとマイエンジェルの瞳が不審な効果音入りで輝いたからな。
たぶん、うちまで保たずに道中で食い尽くされることだろうよ。
「……ぅ、ま、また、来て、く、下さ、ぃ……」
メカクレちゃんはフレイの後ろに隠れながら、ぺこりんと頭を下げる。
次があるなら、もっとこの娘とも仲良くなれると良いな。
「うん。次はフレアの歌を聴ける機会があることを望むよ」
「――っ! ぅ、ぅぅ……っ」
フレアは双子の片割れの陰に引っ込んでしまった。
でも「無理」とか「恥ずかしい」とか、否定の言葉はなかったから、たぶん大丈夫だろう、うん。
そしてクレーンプット一族の『控え目担当』であるシスティちゃんは、俺に包みを渡してくれる。
「あの、アルトさん。これは私が作ったお弁当です。どうか道中でたべて下さい」
「ありがとう、システィちゃん。味わっていただくね?」
「は、はい……っ」
はにかみながらも、微笑んでくれるハトコ様。
昨年の言葉通り、この娘はちゃんとお料理の勉強を続けているらしい。
ドロテアさん曰く、筋がよいとのこと。
家庭的で子ども好きで、将来は男の思い描く理想の女の子に近い姿になるのではないだろうか。
そして、他の家族。
マイマザーが爺さんと抱き合っているので、マリモちゃんはドロテアさんが抱いてくれているが、その胸元には、俺のつくった首飾りが輝いている。
余程に気に入ってくれたのか、プレゼントしてから付けっぱなしだ。
「あーぶ!」
それを触ろうとするノワール嬢。
グランマはこの行動を赤ちゃん特有の興味だと思っているようだが、たぶん違う。
つや出しの為に浄化の魔術なんかを付与しているし、魔芯を通してあるから、魔力そのものを食べようとしているんだと思うぞ。
「あらあら、ノワールちゃん、これは口に入れちゃダメよ?」
「あきゅ……」
ちょっと落ち込むマリモちゃん。
たしなめられてなかったら、本当に食べていたかもしれないね。
「なあなあ、アル! 今度は街の外へ冒険に行こうぜ!? お前との模擬戦も、もっとやりたいしよ」
どっちもごめんだ、親友よ。
街の外は、そもそも危ないしな。
「大丈夫だぜ。俺の武力とお前の魔力があれば、怖いもんなしだ! どんな冒険だって乗り越えていけるさ!」
粗忽者同士でパーティを組んでも、全滅する未来しか見えないと思うが。
ブレフに必要なのは俺のような半端者じゃなくて、冷静沈着な参謀役だと思う、割とマジで。
そこに、母さんを抱きしめ終わったシャーク爺さんが割り込んでくる。
「ダメだ! ダメだぞ、ブレフ! 来年は! 来年こそは、俺が娘と孫たちを独り占めするんだぁっ! 去年も今年も、全く遊べてねぇじゃぁねぇかぁっ! 次は、もう少し日にちをズラすんだ! 祭りのある時期はギルドも忙しい! 終わったころに来い! それで遊びに行くぞ!」
まあ確かに、湖で泳いだり釣りをしたり舟を浮かべたりという体験は、是非ともフィーにさせてあげたいと思うから、それは大歓迎なわけだが。
尤もマイエンジェルが「お祭りの方に行きたい!」と希望するなら、当然そっちを優先させて貰うつもりではあるけれども。
「にーた、にーた! 早く帰ろ? ふぃー、それが良いと思う!」
その天使様は俺の身体に抱きつきながらも、しきりに服を引っ張っている。
別れの挨拶も次回の予定も頭にはなく、一刻も早い『感謝デー』開催を望んでいるようだ。
一方、祖父も祖父で、我が家の次回来訪に関して余念がない。
「いいか、ブレフ、システィ! それにバウマン子爵家の双子たち! 次は俺が孫を独占する! 分かったな!?」
「え? お断りですが?」
サラッと答える子爵家令息。
彼は双子の妹をひっつけたまま俺に近づいて手を握る。
「キミだって筋肉ムキムキのムサい中年男性よりも、私のような可憐な美少女と一緒にいる方が、ずっと心安らぐだろう?」
そしてそのまま、表情を妖艶な『女』の顔に変えて、俺に微笑む。
でも貴方、maleですよね?
「私は子爵家長子の立場と、劇団員の身分を最大限に活かして、方々でバックギャモンを流行らせようと思っている。その為には、この優れたゲームの開発者であるキミとの緊密な連絡は欠かせない。で、あるならば、私とキミは可能な限り近しくあるべきだ。そうだろう?」
掌を握る力を強める男の娘様。
うん、でも別に連絡は要らないと思うぞ?
別名義の発明品とか、相談抜きに普通に流通してるしな。
「ダメだ、ダメだぁっ! 孫たちは俺のもんだ! 誰にも渡さねぇ!」
「ふっふふ。それを決めるのは貴方ではない。アルだ。そして覚えておくと良い。しょせん筋肉は、美しさには勝てない」
謎の取り合い勃発。
俺を引っ張ってるのは、どちらも男性なんですけどね。
「めーっ! にーたは、ふぃーと遊ぶのーっ! 他の人たち、にーたとる、それ、めーなのーっ!」
そして、妹様大激怒。
三度目のセロ来訪は、こうして比較的平和に終わったのだった。
※※※
「では、ロニームなる傭兵が凶行に及んだ理由は、ついに不明のままなのだな?」
「は。独房で不審死――いえ、自害致しましたので」
セロ、政事堂。
領主であるアッセル伯ダミアンは、部下の報告を聞いて吐息した。
「今年の祭りは何事も無いはずであったのに、蓋を開けてみれば不審死のオンパレードか。ままならぬものだな」
「はあ。ですが、それはデネン子爵の――いえ、何でもありません。失言でした」
「うむ。ここは場末の酒場では無いのだからな。発言には責任と証拠がつきまとう。それを自覚しておくことだ」
「は。申し訳ありません」
部下に注意しつつも、伯はロニームから情報を聞き出せなかったことが惜しいと思った。
捕獲された傭兵の男は死ぬまでの間、一貫して黙秘を貫いたが、たった一言、メジェド、と口にしたのである。
昨年、バウマン子爵家の令息を誘拐した一味が潰滅したのも、メジェドなる怪人の仕業だと証言をされた。
魔獣の群れを打ち払ったのも、そのメジェドだ。
そして今年。
託児所で治療不可と申告された幼児ふたりが奇跡の回復を遂げているが、その現場にも昨年同様、メジェド像が忽然と現れていたという。
(メジェドとは何なのだ? どうしてセロにだけ現れる?)
今年は星読みの子――奇跡の御子を招いていない。
ならばメジェドなる神の降臨をどう考えればよいのか。
セロの統治者として、放置して良い問題ではなかった。
「押収したメジェド像の扱いも、また問題だな……」
「は。間違いなく、新たな騒動の元となるでしょうから」
昨年現れた神像は売却したが、それによって託児所とセロの住民と王家から文句を云われたのだった。
住民たちからは、セロの守り神を売るとは何事かと。
そして国からは、何故こちらに献上しないと遠回しにチクチクと刺された。
「メジェド神は現れる度に奇跡を起こしますからね。このセロでは、既に新たな神として信仰を集めつつあります。教団も誕生していますが、教祖が熱心な信奉者で、徐々に信者を獲得しているようです」
「胡散臭さしかない神だが、悪影響を及ぼしてはいないからな。信仰を禁止する訳にも行かぬ。……故に、少しでも情報が欲しかったのだが」
「教会の方々にも、また事情をしつこく訊かれることでしょうね」
「我らは何も分からぬのにな。困ったものだ」
苦笑する領主を見つつも、部下は「この人ならば、それらも取引材料として上手く活用するだろう」と信頼していた。
「領主様。デネン子爵の『集金活動』についてのバウマン子爵家からの抗議については、いかがしますか?」
「私からの注意で収めておくべきであろうな。デネン子爵は部下たちには、礼節を持ってお願いするように云い付けており、暴走した部下はそれを恥じて自害したと云ってきたが、その事実を確かめるのにも時間が掛かる。両子爵家の軋轢をこれ以上広げるわけにも行かぬ。私が落としどころを作ってやるべきであろうよ」
大きく息を吐くダミアンに、部下は云った。
「領主様は多くの問題を抱え込み大変ではありましょうが、私は貴方がセロの統治者で良かったと思っております。いえ。私だけではなく、多くの騎士や、民もです」
「私を木にでも登らせるつもりか? 見え見えの阿諛よりも、もっと心が軽くなる愉快な話でも聞かせて貰いたいものだな?」
「はあ。では、動物の話などはいかがでしょうか? バウマン子爵家がネコを飼っているのですが、先日触れ合う機会がありまして、久々に和ませて貰いました」
「ああ。あの茶トラか。しかし、ダメだな。あのネコならば私も見たが、撫でようとしたら、もの凄い速さで怯えて逃げられてしまったわ。何でそんなに嫌われたのやら」
肩を竦めて笑う領主を見て、部下は『この方がいれば、セロは安泰だ』と心から思った。




