第四百十九話 舞台会場の暗闘
会場に戻ってきて一段落つくと思いきや、早々にブレフがマイボディをつついて来る。
「なあなあアル、恋愛の劇なんてつまんねーよな? 抜け出して遊びに行こうぜ?」
すまんな親友。
腕の中の妹様がぐったりしてるので、放置は出来んのよ。
それに――。
「フレイの出番を見なかったら、きっと後で祟ると思うぞ?」
「むむむ……。その可能性は否定出来んか……」
男とは思えぬ美貌を有する友人の役回りは、『子ども・その一』である。
ヒロインたる歌姫が貧民街で歌うシーンがあるのだが、そのときに他の子どもたちと彼女の周りで一緒に歌う他、歌姫のいない場面でも、彼女から教わった歌を歌う場面があるのだとか。
「ふふふ……。私の方がヒロインよりも歌が上手いと評判になれば、次回公演では私が歌姫に抜擢されるに違いない……!」
などと野心に満ちた笑い声を先日あげていたが、仮に歌姫より上手くても、年齢一桁で十代半ばのヒロインを演じるのは無理があるだろう。
一応、名も無き『歌う子どもたち』の中でも、フレイの役はかなり目立つポジションではあるらしい。
端役ながらも、スポットの当たる立ち位置なのだとか。
だからちゃんと聴いていてあげないと、きっとフレイは不満に思うはずなのだ。
軍服ちゃんはサッパリとした人柄だから後に引くことはないと思うが、一方でちょっと小悪魔じみた、Sっ気のある性格もしているので、負い目を作ると大変なことになるかもしれない。
俺はその点の注意喚起を、血の繋がった友人にしているわけだ。
ブレフも納得はしたが、それでも退屈さは誤魔化せない様子。
これでは仮に大人しくしていても、ちゃんと舞台を見るか怪しいものだ。
(何か別の役回りでも与えてやるほうが良いのかもなァ……)
舞台に注目しつつも、退屈を紛らわせるような何か。
そんな都合の良い何かが――。
(そうだ!)
思い浮かんだのは、さっきの辻斬りのこと。
俺はハトコ様に小声で囁く。
「ブレフ。何なら、舞台を見張っていたらどうだ? つまらない嫌がらせやイタズラをしようとする奴がいるかもしれないし、観客に対するスリや置き引きなんかもいるかもしれないぞ?」
「――っ! それだ! アル、名案だぜ!」
冒険者に憧れているだけあってか、食い付き方が凄い。
声が大きかったのでドロテアさんに、「皆の迷惑でしょ」と叱られている。
ブレフは小声で俺に云う。
「去年の俺は、何の役にも立てなかったからな。今年は何か手柄を立てたいと思っていたところなんだ」
ブレフといい、フレイといい、どうしてこう、俺の友人は野心家ばかりなんだ。
目標を持つのは勝手だが、暴走だけはしないでくれよ?
「あぁ~っ! 早く問題起きねぇかなぁ……っ!」
起きなくていいんです。望んじゃいけません。
ブレフは十手を握りしめ、キョロキョロと周囲を窺いだした。
うん。
喋って無くてもうるさいな、こりゃ。
(え~と、これでハトコ様が問題を起こしたら、焚き付けた俺の責任にもなるのか……。俺は俺で、ブレフの様子を気にしてないとな……)
怪しいと思って見れば、周りの者の全てが怪しく見えてくるかもしれない。
自分の荷物をあさっているだけの人にブレフが飛びかかったら、それこそ大問題だ。
しかし俺の心配を他所に、観客たちは皆がヒゥロイトの舞台に釘付けになっている。
そりゃそうか。
演劇は、今回の祭りの目玉だもんな。
皆、これを見る為に並んだり苦労してチケットを手に入れているんだから、他のことに目を向けている者のほうが少ないのだろう。
俺もいつしか、舞台に見入っていた。
(お! 軍服ちゃんが出て来たぞ!)
貧民街の子どもに扮した美貌の友人が現れる。
観客席からは、「きゃーっ!」と黄色い歓声がわいた。
既にファンが多いのか、それともミアみたいな女性でもいるのかしら?
舞台上のフレイは服装も表情も貧しい子どもを装っているが、どうにも気品がありすぎてミスマッチだ。
昼間に見たデネンの手下たちは服装が立派すぎて中身と釣り合いが取れていなかったが、こっちはこっちで貧民っぽさが足りない気がする。
『巧く演じる』というのは目に見える演技だけでなく、醸し出される雰囲気も制御すべきものなんだろうかと考えた。
(地球世界の密偵とかは、歩き方からスラングの類まで学ばないと即バレすると聞いたことがあるが、成程。確かに別の階層に溶け込むというのは難しいんだろうな)
軍服ちゃんほどの演技力の持ち主でも、たぶん、まだまだ荒削りなんだろうな。
演劇の世界も奥が深そうだ。
「――♪ ――♪ ――~~♪」
舞台上の軍服ちゃんが歌い始める。
おお、上手いじゃないか。
流石は自信満々に歌唱力を誇るだけあるな。
尤も、自信と実力は必ずしもイコールではない。
現に腕の中でぐふぐふ云ってる妹様は、自分の歌声に満々たる自負があるようだが、実際には微笑ましい有様だからな。
(……うん?)
フレイの歌声に耳を傾けつつも、奇妙な違和感を覚えた。
それは舞台上にいる友人ではなく、観客席の中に。
軍服ちゃんを見ながら、何かを探す――或いは準備でもするかのように、自身のポケットをまさぐっている女がいることに気付いたのだ。
(まさか不審者か? いや、考え過ぎかもしれない)
しばらく見ていたが、それ以上は不審な行動は取らなかったし、すぐに妙な動作もやめた。
やっぱり思い過ごしだったのかもしれない。
その後も演劇はつつがなく進む。
ヒゥロイトの舞台は演技もさることながら、演出も音楽もとても見事だ。
これなら確かに、王国中で人気を集めるレベルなのだと頷けた。
(役者さんが凄い美形揃いだからな。地球世界のそれよりも、外見の質は間違いなく上だろう)
ヒゥロイトは役者各々が固有のファンを持つと云われるらしいが、それも当然なんだろうな。
(そろそろ、次の軍服ちゃんの出番か)
最初にフレイがソロで歌い、そこに他の子どもたちが合流して歌うのだと云う。地味に重要な合唱パートであるらしい。
すっかり演劇に心を奪われていた俺を現実に引き戻したのは、十手を持った親友の言葉だった。
「おい、アル。何かあいつ、変じゃないか?」
「え?」
思わず、先程の女の方を見る。
しかし彼女の動きは特におかしくない。
「どこ見てんだよ、あっちだ、あっち」
十手で指し示す方を見ると、成程。妙な男がいる。
会場の隅の方、それも他の客たちから見えにくい場所に、マンガやアニメなんかでたまに見かける『買い物の荷物を重ねすぎた』ような奴がいるのだ。
ショルシーナ商会に来た、おのぼりさんの買い物客ならともかく、こんな舞台の傍で大量の荷物を持つものだろうか? 普通、床にでも置いておくはずなのではないか?
ブレフは『何となく』で変だと思ったようだが、確かに訝しくはある。
だが舞台とは距離があるし、これだけの人間がいれば論理的でない奴もいるだろうから、やっぱりただ単に変な人なのかもしれない。
「あ、倒れるぞ!?」
ブレフの言葉通り、『積み過ぎた男』は転倒してしまった。
当然、手に持っていた大量の荷物もぶちまけることになる。
ガシャーンと、大きな音が響いた。
音の感じからすると、金属か何かが入っていたのだろうか。
会場全体に聞こえるような大音量だ。
観客たちは一斉にそちらを向く。
男は申し訳なさそうにペコペコと頭を下げていた。
まるで、『不意のアクシデントです』とでも云いたいかのように。
(まさか、何かの陽動じゃないよな?)
考えすぎだとは思うが、警戒しすぎて損をするわけでもない。
視力強化を使いながら、サッと会場全体を見渡した。
俺の瞳は、ある一点で停止する。
(さっきの女だ……)
彼女の動きは素早かった。
一瞬のうちに、少し離れた人ごみ深くに潜り込み、そこから何かを空高くに投擲した。
すぐ傍にいる人たちも、彼女の動きに気付いていない。
それだけ体捌きが見事だったのだろう。
そして空高くに放られたもの。
その軌道も極めて巧みで、俺も彼女を注視していなかったら、『それ』が舞台上めがけて飛んでいるなんて、気付かなかったことだろう。
(卵か? あれは黒っぽい色の卵……)
その色のせいで、余計に見えにくい。
他に飛んでいる卵があったとしても、即応できないかもしれない。
(あれだけでも吹っ飛ばす!)
風の魔術を即座に発動。
黒い卵を舞台から遠ざける。
他に飛んでいるものは無いな?
見渡していると、再びガシャンという金属音。
さっきの『荷物男』とは違う方向だ。
確認しないわけにはいかない。
すぐにそちらを向くが、先程とは別人の『荷物を落とした男』が頭を下げるばかり。
(まさか、これも陽動じゃないよな? 俺が卵を吹き飛ばしたから、『二の矢』を放ったわけじゃ――)
女のいた方に目を向ける。
が、そこに件の人物の姿は無い。
既に逃亡したのか、それとも他所に移動したのか。
(なら、空は!?)
黒い卵が飛んでいた。
それも、複数。
つまり投げた人間も複数人いるということだ。
誰だか知らないが、手の込んだ嫌がらせをしてくれる!
見える範囲の卵、その全てを吹き飛ばした。
どれも軌道が嫌らしい。
『投げる』という動作ひとつ取ってみても、きっと手練れの仕業なのだろう。
(フレイがソロになった瞬間にこれだ。狙いは軍服ちゃんなのか!?)
慌ててそちらを見る。
舞台に騒ぎが起きていても演技をやめずに続けていることには感心するが、役に集中しているあの子は、それ故に投擲物には気づけないだろう。
そして俺は、自分の迂闊さを呪った。
空から放られた卵の他に、地の底から放たれたかのような卵もあったのだ。
きっと、観客たちの足下、地面スレスレから投げつけたものだろう。
俺の魔術は間に合わず、卵のひとつがフレイに命中した。




