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妹のいる生活  作者: むい
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第四百十八話 矢の如し


 ひとけのない路地裏で、冒険者を襲っていた暴漢をやっつけた。


 しかし、何だったんだ、この男は?


 地球世界でも祭りとなると、ひとりふたりは変な奴が現れたもんだが、この男もそんなひとりなんだろうか?


 いずれにせよ捕まれば、ただのおかしい奴だったのか、目的があって暴れていたのかもわかることだろう。


「…………」


 俺は、周囲を見る。

 辺りには、倒れ伏した人間しかいない。


 気絶二名。

 死亡者、四名。


 到着して早々、フィーは俺に云った。


「にーた、あのひとたち、もう魂ない」


 それは無情な宣告だった。


 祭りの警備をしていたと思しき四名は、既に暴漢に斬られた後だったのだ。


 助けられたのは、ひとりだけ。


 いや、ひとりでも助けられて良かったと考えるべきだろう。


 俺は神でも超人でもない。

 ここの騒動に気づけたのも妹様がいたからで、この娘がいなかったら何も知らずに芝居を見たままだったろう。

 助けられたはずだ、と考えること自体が傲慢で、そして慢心と云うべきだ。


 ゼロが一になった。

 それだけでも良かったと思っておこう。

 殺された四名の家族には気の毒だと思うけれども。


 そしてフィーは、ひと目で魂の有無を看破した。


 これはうちの先生や妹様には、『死んだふり』が通用しないことを意味している。


 もちろん対魂防御の使い手ならばその限りではないのだろうが、それ以外はヒゥロイトのような演技巧者でも、このふたりを欺けないことを示している。


 俺はこの世界でまだ死亡擬態を演じた者に出会った事がないが、地球世界のマンガなんかだと『死んだと見せかけて実は』と云うパターンがあったからな。

 こちらでもそういう戦術を実際に採る奴がいるかもしれない。

 俺は魂命術は使えないけれども、常にその可能性を頭に入れて行動をすべきだろうと思うようになった。


(ともあれ、まずは人を呼ばなくては)


 倒れている警備兵の装備から呼子笛を取り出し、思い切り吹き鳴らした。

 祭りの夜空に、甲高い響きがこだまする。


「フィー。隠れるぞ」


「うん! ふぃー、かくれんぼ得意! いつもにーたと遊んでる!」


 メジェド様姿も中身の方も、衆目に晒すつもりが無いのですぐに身を潜める。


 警備網がしっかりしているだけあって、現場にはものの数分で増援が到着した。

 警笛による緊急招集だからか、デネン子爵家配下の騎士だけでなく、冒険者やバウマン子爵家の警備兵もやって来ている。

 彼らはすぐに倒れている者に駆け寄って、救命作業と捕縛を始めた。


(よし、これなら離れても大丈夫だろう)


 スーツを脱ぎ、すぐにその場を立ち去った。


※※※


「あら、アルちゃん、フィーちゃん、お帰りなさい。遅かったわね?」


「ただいま、母さん。やっぱりトイレは混んでたよ」


「この人ごみだものねぇ。しょうがないわよね。でも、もったいないわ。歌姫最初の歌唱は、もう終わっちゃったわよ?」


「そいつは残念」


 俺はフィーを抱えたままに、腰を下ろす。


 マイマザーは不思議そうに愛娘を覗き込んだ。


「あら? フィーちゃん、随分と機嫌が良いみたいだけど、どうしたのかしら?」


「ふ、ふへ……っ! ふへへへへへへへぇ……!」


 腕の中のマイエンジェルは、とろけきった笑顔で笑っている。

 会場に戻ってきたことも、母さんの言葉も、全てが認識できていないようだ。

 まさに夢見心地という有様で、母さんは俺に疑惑の目線を向けてくる。


「アルちゃん。フィーちゃんに何かしたの?」


「いや。別にしたってわけじゃ……」


 正確には、『云った』だ。


 で、俺がマイシスターに何を云ったのかと云うと――。


「フィー。さっきはフィーのおかげで、人ひとりを助けることが出来たよ。ありがとう」


「ふぃー、にーたのお役に立つ為に生きている! にーたに喜んで貰う、それ当然のこと!」


 路地裏から会場に戻る道すがら、兄妹でそんな会話をしたのだ。


 マイエンジェルにこう思って貰えるのは嬉しいが、人間ひとりの命が助かったのだ。

 もっとしっかりと、お礼がしたいと思った。


「頑張ってくれたフィーにお礼がしたい。何か、俺にして欲しいことはないか?」


 こう云えば、返ってくるのはたぶん、だっこかなでなでの要求だろう。


 そう思っていたのだが――。


「お礼? にーた、ふぃーにお礼してくれる?」


「ああ。俺はフィーに、お礼がしたい」


「な、なら、え、えっと……。ふぃー、ふぃーね……?」


 いつもスッパリとものを云うはずの妹様が、何故かもじもじ。


「ふぃー、にーたに、お願いしたいことある。だけど、にーたいつも忙しい。お勉強もお料理も、一生懸命頑張ってくれている」


 ふぅむ……? 

 こういう云い回しをするということは、『時間』を必要とするお願いなんだろうか?

 同時に、いつも欲求にストレートだと思っていたフィーが、それでも我慢していてくれたことがあるのだなと新鮮な気持ちになった。


「遠慮せずに云ってくれ。フィーのお願いなら、出来る限り応えてあげたい」


「ほんとー? にーた、ホントにふぃーのお願い、きいてくれる?」


「うん。努力するよ」


「ならぁ……。ふへへ……! ならねー。ふぃー、にーたに、して欲しいお願いあるの」


「うん。それは?」


「それはぁ……」


 周囲に誰もいないのに、小声でぽしょぽしょ。


「ふんふん。ははぁ……。成程、成程」


 マイシスターの要求を耳にする。

 同時に、遠慮していたわけも理解した。


「うん。それで構わないぞ。フィーのお願いは、確かに聞き届けた」


「ほ、ほんとー!?」


「ああ。本当だ」


 俺がしっかりと頷くと、腕の中の妹様が大爆発されてしまった。


「やったああああああああああああああああああああああああああああ! ふぃー、ふぃーにーたに、『感謝デー』をやって貰えるうううううううううううううううううううう!」


 暴れ方がもの凄い。

 マイシスターを落っことさなかった自分を自分で褒めてあげたい。


 そう。

 マイエンジェルが要求してきたのは、『妹様感謝デー』の開催なのだった。


 以前に開いた『妹様大感謝祭』でフィーはハメを外しすぎて数日の間、浮かれ状態の骨抜き幼女となってしまい、勉強も食事も手に付かず、となってしまったのだ。


 これには温厚なマイマザーも大激怒。

 暫くの間、開催自粛を要求されていたのである。


 その封印が、ついに解かれようとしていた。


「じゃあフィー。セロから戻ったら、第三回・妹様感謝デーを開催しよう」


「――っ! 帰る! ふぃー、今すぐ、おうちに帰る! おうちに帰って、いっぱいにーたに甘えさせて貰う!」


 今すぐは無理かなー? ここ、セロだし。

 庭の砂場で遊んでいるのとは違うんだしね。


「ふぃー、がんばる! がんばって一生懸命、走る! だからにーた、すぐ帰ろ? ね? ね!?」


 いーでしょ、とか云われても頷くわけにはいかない。


 とは云え、この状態のフィーをなだめるのは、生半可な条件では無理だろうな。


 一計を案じた俺は、服を引っ張って家に帰ろうとする天使様に囁いた。


「フィー。帰るまでちゃんと我慢出来たら、感謝デーの開催を寝るまでに延長してあげるぞ?」


 普段は『晩ご飯まで』なのである。

 たった数時間だが、効果のある条件となるだろうか?


 果たしてフィーは、ハッとした顔で俺を見上げた。


「ほんとー!? にーた、その言葉、ほんとーに!?」


「うん。メジェド様に誓って」


「メジェド様に誓うなら、それ破れないの! ふぃー、確信した!」


 メジェド様への誓いって、そんなに重いものだったのか……。知らなかったよ、そんなの……。


「ふぃー、もう一生寝ない! 寝なければ、感謝デー、ずっと続く!」


 成程、完璧な作戦ッスねー。不可能だと云う点に目を瞑ればよぉ~。


 帰心、矢の如し。

 マイエンジェルの心は、完全に感謝デーに囚われてしまっている。

 これは何とかせねばなるまい。


「でもな、フィー。俺はフィーの寝顔が好きだぞ? 眠っているフィーを見られないのは、とてもツラいかなー?」


「みゅみゅっ!? にーた、ふぃーの寝顔、好き?」


「大好き」


「みゅみゅーっ! そう云って貰えるの、ふぃー、凄く嬉しい! でも寝たら感謝デー終わっちゃう! ふぃー、どうすれば良いか困っちゃうの……!」


 喜んでいるのか困惑しているのか、腕の中の天使様の表情は忙しい。


「フィー。感謝デーはまた開催すればいいじゃないか。『楽しみに待つ』ってのも良いものだぞ?」


「んゅゅ……! にーた、次々に魅惑のてーあんしてくる……! ふぃー、困る……! ふぃーを惑わす、いけないにーたなの……!」


 やん、やん! とか云いながら、腕の中でクネクネしている妹様。

 しかし、これでだいぶフィーの意識が『現実』に戻って来たな……。


 誤魔化すようで心苦しいが、ここらでとどめを刺しておくか……。


「フィー。大好きだぞ?」


 ちゅっと、もちもちほっぺに口づける。


 すると。


「きゅふうううううううううううううううううううううううううううううん! ふぃー、にーたに大好きって云われたああああああああああああああああああああああああああ!」


 ぐふぐふと笑いながら、マイエンジェルはぐったりとしてしまった。


 以上が、ことの顛末である。


 母さんは俺の目をしっかりと見ながら、柔らかくも真剣な口調で云う。


「アルちゃん。フィーちゃんはアルちゃんが大好きなんだから、その気持ちにちゃんと向き合ってあげないとダメよ?」


 フィーとの約束を違えるつもりもないし、この娘の思いを都合よく利用するつもりもないが、その言葉は心に刻んでおくべきものなのだとは理解している。

 なので俺は、母さんの言葉に深く頷いた。


 するとマイマザー。

 今度は別の意味で、熱の籠もった瞳を俺に向けてくる。


「――で、アルちゃん。お母さんの感謝デーは、いつになったらやってくれるの?」


 まだ開催希望だったんですね、それ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] お母さんの感謝デーもおもしろそうですね。
[一言] 可愛い。何でもしてあげたくなっちゃうよ。
[良い点] いやったぁぁぁあぁぁ! 妹様感謝デーだ!!
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