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妹のいる生活  作者: むい
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第四百十七話 白き神に挑む


(成程。ガッシュが勝てないわけだ……)


 剣を失ったロニームは、メジェド神を見ながら思う。


 ガッシュは優れた剣技と恵まれた体躯によって戦果を稼いできた人物だ。

 逆に云うならば、剣技と身体能力で圧倒できない相手には、打つ手がない。


 目の前に展開されている、あの『柔らかい水』。


 あれを攻略できない限り、物理一辺倒の者に、メジェドなる怪物を打倒することは出来ないのだろう。


 ロニームは更に距離を取り、斬り伏せた冒険者たちから、手早く武具を奪う。


 傭兵である彼は、落ちているものを手早く回収することの有用性と重要性を知悉している。

 短剣などは、拾ったと思われる瞬間に、既にメジェド神に向けて投擲している。


 並みの者ならば躱すことの出来ぬ早業であるが――。


「…………」


 メジェド様は躱さない。その必要が無い。


 いかに手入れが行き届き、よく斬れるように整えられたナイフでも、あの『柔らかい水』は突破できない。


(チッ! この様子じゃ、短刀ではなく、長剣の類を惜しみなく投げつけても本体には届かないか! 弓どころか、攻城兵器を持ち込んでも、アレを何とか出来るか怪しいぜ……!)


 白い怪物は、まだ攻撃らしい攻撃すらしていない。

 ただ単に、『柔らかい水』を出しただけである。


 たったそれだけで、数多くの物理攻撃が無効化されてしまっている。


 文字通り、あの奇妙な存在は、段違いのステージにいるのだろう。


(俺は今まで、剣の腕と魔術の腕で多くの敵を倒してきた。のし上がってきた)


 剣と魔術。

 その両輪を備えることが、どれ程有利に働いてきたか。


 剣の得意な相手には魔術を。

 魔術の得意な相手には剣を。


 両者、両術をスイッチすることで、あらゆる敵に勝利出来ると思っていた。いや、思い込んでいた。


(しかし、こいつに俺は勝てるのか……!? 俺の魔術は、この怪物に通用するのか!?)


 思い出すのは、かつての戦場。


 無敵を誇っていたロニームは、そこで生まれて初めて逃げたのだ。


 感じたのは、圧倒的な恐怖。


 今までは幾多の戦いで、敵を一方的に敵を恐怖させ、蹂躙し、踏みつぶしてきた。


 けれどもあの戦、あの戦場で見た人物は、そんなロニームの自信を完璧なまでに粉砕した。


 そいつ(・・・)は敵陣営にいたが、戦ってはいない。


 彼は、そいつ(・・・)の戦い振りを『見ただけ』だ。

 ただ、それだけ。


 しかしその瞬間に、ロニームは駆けだしていた。


 アレには勝てない(・・・・・・・・)

 挑めば死ぬのだと、思考ではなく本能で理解した。


 結果として、彼は生き残った。


 ロニームは一合も交えずに逃亡したことを恥じ、自分に対して憤ったが、もしもそいつ(・・・)に挑んでいれば、直感通りに殺されたことだろう。


 禁忌領域――。


 世の中には、そんな言葉がある。


 本来は文字通り、入ってはいけない場所。

 近づいてはいけない土地を指す言葉に過ぎなかった。


 それは王族の私有地であったり、宗教関連の土地であったり、ドラゴンの住まう山であったり、精霊たちの聖域であったり、エルフ族の所有する森であったりした。


 しかしいつの頃からか、人型の種族でありながら、その名を冠する存在が現れるようになる。


 それは圧倒的な力の象徴。


 いるだけでバランスを崩す超戦力。


 恐怖の対象でありながら、頂点を指す言葉。


 そして『ヒトを越えたい』ロニームが、辿り着きたい場所。


「メジェド様とやらよぉ、お前は、あの『死神』よりも強いのか?」


 自分より弱い相手は、いくらでも計れる。

 しかし『上』はわからない。


 目の前の白い怪物と、帝国に存在する『死の影を纏う者』。


 果たして、どちらが強いのかなど。


 ロニームの呟きに、メジェドなる神はかすかに首を傾げた。


 いきなり『死神』などと云われても、ピンと来なかったのだろう。


 人間とは思えぬ奇妙な声が、白い体躯から発せられる。


「……他ノ神ト、交戦シタ経験ハ無イ……」


「くっ、ははは……!」


 メジェドからの返答は、単純にして素朴なものだった。


 死神と云う言葉を、文字通りに『神』として考えたのだろう。

 称号として『そう呼ばれた』者を考慮に入れず、まず『神そのもの』を対象とする。


 目の前の怪人は、そういう『人ならざる者』と交流があるということなのだろう。


「お前を殺せれば、俺はあの『領域』にも届くのかもしれないなァッ!」


 それこそが、ロニームが強者を糧とする理由。

 今はまだ遙かに届かない天空へと至る為の階梯。


 メジェドなる存在の強さは分からない。

 強い、ということだけは分かるが、あの『死神』を見たときのような絶望は感じない。


 ならば。

 そう、ならば!


(俺は戦わなければならない!)


 恐怖を乗り越える為に。

 あちらの領域へと至る為に。


 ロニームは剥ぎ取った武器の投擲を始めた。


 それらで直接に倒す為ではなく、時間を稼ぐ為に。


(あの『柔らかい水』に、物理攻撃が通じるとは思えねぇ。魔性武器を使っても、破壊し尽くせる保証がねぇ! だが、純粋な魔術ならば!)


 詠唱を始める。

 頭の中が酷く痛む。

 使用する魔力の量が多すぎて、脳に負担が掛かっているのだ。


 だが、気にしてはいられない。

 生半可な魔術では、おそらくあの透明な壁は破壊できない。


(俺の手持ちの最大火力を叩き込む! そして『柔らかい水』が消えたと同時に、あの白い身体を斬り刻むッ!)


 使う属性は、火。

 威力だけでなく熱量で、あの水を消滅させるのだ。


 目の前に魔力が集まる。

 それは周囲にいる者も消し飛ばしかねない高温。


 並みの術士では使用できぬ威力。

 そしてロニームが命を削らなくては発動できない火力。


 この一射を放ち、渾身の斬撃を叩き付けた後、自分は倒れるかもしれないと彼は思った。


 メジェド神を倒せても逃亡する体力がないのでは、結局は捕縛されてしまうだろう。


 けれども、『戦いの後』のことを考えていては、きっと、こいつを打倒できない。


(乗り越えてやる! 過去の自分も、あの『死神』も! 手前ェを倒すことでな!)


 目を見開き、涙のように吹き出る血液を感じながら、ロニームは手持ち最強の魔術を放った――つもりだった。


 しかし、目の前には何もない。


 火の熱量も、集まった魔力も、何もかも。


「ふ、不発……!? そんな、そんなバカな……!?」


 魔術が消える。

 魔力そのものが忽然と失われる。


 そんなことがあるわけがないと思った。

 現象として有り得ないと思った。


 眼前に立つ白い怪物が、『魔力の根源そのものに干渉できる』などと、思い付くことは出来なかった。


 あるのは負担を掛けすぎてボロボロになった身体と、九割に至る消失した魔力の残りだけ。


 ロニームは、何も出来ていない。

 痛みと疲労と不可解さに阻まれて、一切の思考が出来なかった。


 目の前にいる怪人が、彼の魔力を根こそぎ消滅させる為に、わざわざ術式の完成を待って干渉してきたということも。


 火の魔術そのものを、妹をあやす片手間で消し飛ばしたことも。


 仮に魔術が放たれたとしても、『柔らかい水』を消滅させることが出来なかったということも。


 ロニームは、何も知らない。


 物理攻撃が効かないからこそ、彼は魔力攻撃に切り替えた。


 だがよりにもよって、対峙する相手は、天性の『魔術師殺し』。


 魔力を使った攻撃こそが、最も効果が薄くなるということなど、知る由もなく。


 呆然としていたほんの一瞬に、真っ白な影は目の前に潜り込んでいた。


「雷絶」


 そんな言葉が聞こえた気がした。


 痺れるような痛みが全身を貫き、ロニームは意識を失った。


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― 新着の感想 ―
[一言] クレーンプット家最弱に負けるようじゃ禁忌領域は遥か彼方だよね せめて末の妹様に瞬殺されないくらいの実力は必要? というか禁忌領域ってプリティーチャー基準で闘者の最低限の基準は満たしてるんだろ…
[良い点] メジェド様強い!!このまま行くとセロにあるギルドの牢屋がメジェド教の総本山になりそう!!
[良い点] アルとフィーが一緒だと相手がアーチエルフぐらい、つまりは世界最高クラスでもない限りは安心して読んでいられます。
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