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妹のいる生活  作者: むい
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第四百十四話 開幕


「おおぉ……っ! 探しましたぞ!」


 会場についてすぐ。

 鎧を着た老騎士がこちらへと駆けてきた。


(あれ? この人って……)


 ぼんやりとだが、見覚えがある。

 そう、あれは確か――。


 考えていると、老騎士の他にも複数人の騎士が駆けてきて、メカクレちゃんの前に跪いた。


 彼らの表情は皆必死であり、一方でホッとしたかのようにも見える。


 俺がジッと見ていたからか、老騎士は俺とフィーを見て、目を見開いた。


「やや!? あなた方は!?」


 向こうも、こちらに憶えがあるらしい。

 やっぱり俺の記憶違いではないようだ。


(この人、去年のセロで軍服ちゃんの護衛をしていた騎士のひとりだ)


 と云うことは当然、彼はバウマン子爵家直属と云うことになるが……。


 ならば、騎士たちにかしずかれているメカクレちゃんは。


「もしやあなた方が、フレア様を保護して下さったのですか!?」


 フレア。

 その名には憶えがあった。


 我が畏友、フレイ・メッレ・エル・バウマンの双子の妹。

 その名がフレアだったはずだ。


(そうか。この娘が軍服ちゃんの妹さんか)


 フレイ本人からは、『私によく似た兄妹だ』とは聞いているんだが、顔の上部を覆う長髪のせいで、その『似た顔』が見えない。

 しかし髪の色や肌の色まで、軍服ちゃんと同じと云われれば同じだ。


「ぅ……。ぁぅぅ……」


 しかし子爵家令嬢様は、身バレしたのが恥ずかしかったのか、それとも、はぐれたことを咎められると恐れているのか、ちいさな声であわあわしている。


 マイマザーは、それを後者と取ったのだろう。

 老騎士に近づき、責めないであげて欲しいと頭を下げている。

 母さんに抱かれているマリモちゃんは訳が分かっているのかいないのか、一緒にぺこんと頭を下げた。

 騎士たちは、その様子を見て笑う。


「本来ならばお叱りするのも我らの任なのですが、今日は祭りです。原因はおそらくポポにあるのでしょうし、フレイ様のご友人のご母堂――失礼、姉君……でしたか」


 騎士は母さんとドロテアさんを見比べて戸惑っている。


 マイマザー……ギリギリ二十二歳だが、見た目十代。

 グランマ……四十代間近だが、見た目二十代。


 うん。

 そりゃァ、よくわからんわな。


 母さんも祖母も、ふふふふと笑うだけである。


 聡い騎士たちは、この問題に踏み込むことをやめたようである。


「コホン。……フレイ様の友人のご家族に頭を下げられたのですから、ここで声を荒げるのは無粋でありましょう。――よくぞ無事にお戻りになられましたな、フレア様」


 メカクレちゃんを見る騎士たちの視線は柔らかい。きっと大事にされているのだろうな。


「……ぅ、ぅぅ……。し、心配、かけ、て……ご、ごめ……な、さ、ぃ……」


 ちゃんと謝れる、友人の妹ちゃんも偉いじゃないか。


 そう云えば、どうして騎士たちがここにおり、母さんも中央広場へ向かったのかというと、ここでバウマン子爵家の令息たるフレイの出演する舞台があるからなんだそうだ。


「実はフレイ様は、フレア様にライバル意識を持っておりましてな」


 軍服ちゃんが、メカクレちゃんに?


 どういうことかと訊いてみると、騎士たちは、またも笑った。


 そこにあるのは温かい雰囲気。

 どうやら深刻な理由ではないらしい。


「フレイ様は、役者として大成される為に、日々大変な研鑽を積まれております。それは、声楽の訓練も同様でございます」


 ああ、うん。

 彼女――彼か――が演技に誇りを持っていることは、短い付き合いの俺でもよくわかる。

 舞台を大事に想っていることも。


「その努力の甲斐あって、フレイ様はゾン・ヒゥロイトにおいて、演技も歌も担当できるようになっております」


 こないだ、『私は両方出来る』と豪語していたからな。

 あれは単純な自慢ではなく、苦労が実った喜びだったということなのだろうか。


「一方、フレア様は、生粋の声楽者。歌以外で舞台に立つことはありません」


「……ぅぅ……」


 まあ、この娘の性格じゃ役者は無理だろう。


 と云うか、失礼だが人前で歌うのも難しそうに見えるのだが。


 すると騎士のひとりが、ふふんと笑う。

 まるで我がことを誇るかのように。


「フレア様は既に声楽家として名を馳せているのです。マーン・ヒゥロイトの花形のひとりと云っても過言ではありますまい!」


「……ぅぅぅ……」


 メカクレちゃんはもの凄く恥ずかしそうだが、声楽者であることを否定しない。


 とすると、本当に舞台に立つことがあるみたいだ。


(そう云えばうちの爺さんが去年、フレイのことを聞いたときに『そっちかよ』と発言したが、あれって考えてみれば前提として先にメカクレちゃんの名が知られていないと出てこない言葉だもんな……)


 しかしそうなると、このあがり症だか対人恐怖症だかわからない状態を、どうやって克服しているのか。


 これに関しても騎士は誇らしげに応える。


「フレア様は天性の才。歌で舞台に上がられるときのみは、堂々とされるのです! ……尤も、何故か演技のときは、そうはならないようですが」


「……む、無理、です……。ひ、人前で……演じる、の、は……」


 綺麗な声で、ブンブンと首を振っている。

 けれども、人前で歌うことに関しては否定しないのね。


「フレイ様はフレア様の歌声に競争意識を持つ一方、妹君が舞台に立てないことを歯がゆく思っているようです。それで今日のこの演劇を見に来るようにと仰られたのです」


「……フ、フレイの、舞台、なら、呼ばれ、なくても……見に、来たぃ……のに……」


 それでも、兄妹仲はやっぱり良いみたいだ。


 俺は、腕の中の妹様に問いかける。


「フィー。兄妹の仲が良いってのは、素晴らしいことだな」


「ふぃーとにーたが仲良しなの、それ当然のこと! ふぃーとにーた、いつも一緒!! だから毎日楽しい! 毎日幸せ! ふぃー、にーた好き! 大好きっ!」


 兄妹仲の話は、自分のことだと認識しているみたいだな。

 自信満々に、ぷちゅっと頬にキスされてしまったぞ。


※※※


 そうして、星祭りの目玉。

 ゾン・ヒゥロイトによる舞台が始まる。


 会場は超満員。

 軍服ちゃんにチケットを貰っていなかったら、座席の確保は難しかっただろうな。


「いよいよ始まるのねー。私、『天使の歌姫』大好き!」


 母さんは目を輝かせている。

 言葉通り、本当に楽しみなのだろう。


 そしてそれは、マイマザーだけではない。

 周囲の観客たちも、まだ始まってもいない舞台に熱い視線を送っている。


 もちろん例外もある。

 それはまだ赤ん坊のマリモちゃんであったり、恋愛ものがよくわかっていないであろう妹様であったり、ハトコの友人であったりだ。


「俺、活劇もののほうが良かったなー……」


 ブレフはそんなことを云って、ドロテアさんに小突かれている。

 でも、これはある意味で仕方がないことだろう。

 この年頃の少年に、恋愛メインの劇を楽しめと云うのは無理がある。


 今年は何のトラブルもなく伯爵が短い挨拶をし、舞台の幕が開く。


(領主の挨拶で『早く始めないと、住民の不満が溜まりますからな』って云ったのは、本音なんだろうな……)


 何にせよ、スピーチが短いのは好感が持てるねぇ。


 幕が開くと同時に、演奏や効果音が入る。これは楽器での生演奏だな。


(おおっ! 凝ってるなァ!)


 素直に感心した。


 舞台に音楽が付いているというのもいい感じだが、演奏がまた上手い。

 BGMやSEも、ヒゥロイトが直々に担当しているのだという。流石は声楽のメッカ。


 舞台の上では、この物語の主人公である歌姫が退屈な日々を嘆いている。


「あぁ……っ! 退屈だわ! 堅苦しい劇場ではなく、どこか別の場所で、自由気ままに歌いたい……!」


 う~ん。

 演技も上手いが、それ以上に驚きなのが、役者さん本人だ。


 もんのすごい美人なのである。まさに主役を張るに相応しい。


 でも、ここはゾン・ヒゥロイトの場。

 つまりあの美人さん、性別はmaleなんだよね。


(ヒロインが屋敷を抜け出したか……)


 興味の赴くままに家を出て、そこで目に付いたネコを追う。

 そしてうっかり転びそうになり、


「大丈夫かな、お嬢さん。走るのは構わないけど、時と場所を選ばないと怪我をするよ?」


 もうひとりの主人公に抱き留められる。


(成程。俺の云ったセリフまんまだな。いやこの場合、俺のセリフがまんまだったと云うべきか)


 狙ってやったと思われてたら、ちょっと恥ずかしいぞ。


 ふと見ると、目の隠れた少女が俺の方に顔を向けていた。

 きっと、さっきの自分と重なったのだろうな。


(そう云えばあの娘、俺の方を見て母さんに何か云ってたけど、あれは何だったんだろうな……?)


 考えているうちに、ササッと顔を逸らされてしまった。

 あの娘も俺と目があったのが恥ずかしかったのだろうな。


「にーた、にーた」


 そこへ、腕の中のマイエンジェルが俺をつついた。


「どした、フィー?」


 眠くなったか、はたまたトイレにでも行きたくなったのか。


 しかし妹様の小声は、俺の精神を引き締めた。


「ふぃー、にーたに変な魔力を感じたら教えるよう頼まれてた! 今、それを感じた!」


「――!?」


 それは、去年のような『万が一』がないようにと、事前に打っておいた布石。

 たぶん無いだろうと思いつつも、やっておいた警戒。


 フィーは、それを俺に告げたのだ。


「フィー。感じたのは、どんな魔力だ!?」


「みゅ。たぶん、こーげきまじゅつ! そんなに強くない!」


 この娘の基準だと、強い弱いが常人のそれではないからな。

 大したことがないと決めつけるわけにもいかない。


 しかし、本当にしょうもないものかもしれない。


 たとえば酔っぱらった魔術師の誤射とか、騎士団や冒険者が、たちどころに制圧できるような下らないケンカとか。


(なら、まずは俺が見に行かないといけないな……)


 すぐにそう決断した。


「母さん。ちょっとフィーを連れて、トイレに行ってくるよ」


「あら。それじゃ、お母さんも付いていくわよ?」


「すぐそこだから大丈夫だよ。でも混んでたら、ちょっと時間掛かるかもしれないけど、心配しないでね?」


「うぅん……。あまり子どもだけで行かせたくないけど、トイレは近いし、アルちゃんならしっかりしているから、大丈夫よね? わかったわ。フィーちゃんをよろしくね?」


「うん。ちゃちゃっと行ってくる」


 そして、フィーを抱えて動き出す。


(こんなこともあろうかと用意しておいたメジェド様スーツ。場合によっては、今年も着ることになるのかな……?)


 何にもないのが、一番なんだけどね。


 軍服ちゃんの姿すら、まだ見ていないんだからさ。


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― 新着の感想 ―
[一言] そこで首を突っ込むから厄ネタやぽっと出ヒロインに惚れられるんやで?
[気になる点] そういえば、この世界って歌う系の詠唱魔法って存在するのかしら?、ふと思うなど [一言] おお、メカクレちゃんは妹だったのか。
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