第四十一話 魔芯を通す
「出来た、出来たよ、ガド!」
エイベルのくれた工房で、俺は歓喜の声をあげる。
目の前には、一本の完成品。
それは、俺が初めて一から作った小振りの剣だった。
「おー。まあ、形にはなったなぁ。合格点はやれねェが」
「ダメ?」
「……全ッ然ダメだ。だがまあ、初めてにしては、頑張った方だな」
ガドは30センチくらいの直方体を取り出す。
それは真っ黒い煉瓦のような、鈍い光沢を備えた金属だった。
「黒鋼鉄……」
やたらめったら堅いことで知られる、稀少な黒鉄の鋼材。それをより丈夫に加工したもの。
ガドの工房では、試し切りを木材ですることはない。
この黒鋼鉄を切り裂けて、初めて一人前とされる。
ちなみに黒鉄とは地球世界では普通の鉄のことでもあるが、この世界だと黒くて丈夫な別種の金属だ。紛らわしいが、仕方がない。
「いや、でもさ、待ってよ。五歳児の初作品で、こんなの斬れるわけがないでしょ?」
「んなこたァ、わかってる。大事なのは、己の弱点を知ることだ。斬りつけてみな」
「わかったよ。……えいや」
俺の作ったショートソードは、貧弱な木の枝をコンクリートに叩き付けるかのように、ポッキリと折れた。
「切っ先をぶつけたのに、根本が折れる。どこが悪いか一目瞭然だろう? 剣そのものがしっかりしていりゃ、たとえ切り裂けなくても、剣が折れるこたァ無ェよ。坊主の拵えたものは、剣の形をした鉄くずであって、剣じゃァ無かったって事だな」
「ちぇ、辛辣だなァ……」
「当たり前だ。剣は命を守るためのもんだぜ? 粗悪品を許容するわけにゃァいかねェだろうが」
云い返せないし、云い返すつもりもない。
ガドの云うことは正しい。そして、技量も大した物なのだ。
たとえば俺が誕生日に貰った懐剣。
これは、純粋な鉄で出来ている。
魔力を帯びた金属だとか、黒鉄のような特別丈夫な素材は一切使っていない。
尤も、ガドの所持する鉄だから、そこら辺で使われる鉄よりも上質な素材ではある。が、それでも鉄は鉄だ。その範疇を出るものではない。
その鉄で出来た懐剣は、黒鋼鉄を断つことも出来るし、貫くことも出来る。
上等な素材で下級の素材を上回るのは、鍛冶士ならば誰でも可能だ。
しかし、劣った素材で上位の金属を切断出来るだけの刃物を作れる刀工は多くない。
更に加えれば、この懐剣は魔力も帯びていない。純粋な技量だけで、恐るべき切れ味を実現させている。
ガドの技術は、それらを事も無げに可能にする。
この世界における鍛冶の三本柱は、素材・技量・そして、魔力だ。
この場合の魔力はある意味で技術に含まれる。
魔力を込めながら鍛えた金属は、丈夫さも切れ味も段違いとなるからだ。
初めて出来た剣がポッキリと折れた翌日。ガドは俺に、魔力を込めながら剣を打つことを許可してくれた。
今までは基礎が出来るまでは余計なことはしないようにと、禁止されていたのだ。
「魔力の扱いは結構難しいんだが、坊主は寧ろ使い慣れているからな。魔力込みの鍛冶術を覚えても構わねェだろう」
そう云って教えてくれた技法は、鎚をふるいながら魔力を打ち込んで、素材の内外に染み渡らせていくと云う方法だった。
しかし、俺には不思議だった。
「ねえ、ガド。この方法だと、魔力の付与が均一になりにくいんじゃないの?」
「ほぉう……。魔力の浸透率に目を付けるとは、流石は免許持ちだな。そうだ。魔力をこめる鍛冶術の肝はそこにある。上手いこと全体に付与しないと、弱い部分に負担が掛かって却って折れやすくなったりするんだ。均一に魔力付与できて、ようやく一人前ってことだな。まあ、一朝一夕に出来るもんじゃねェさ」
そうなのだろうか?
もっと簡単かつ確実にやれそうな気がするんだが。
(単純に魔力を込めるだけじゃダメな気がする。もっとこう……船の竜骨のような、家屋の大黒柱のような、一本の芯を通して構造そのものを補強して魔力を行き渡らせれば良いんじゃないかな?)
せっかく鉄を加工できるのだ。
その時点で、魔力を通すことを考えて打つ。そういう風に魔力を籠もらせれば、より魔力伝導率が上がるのではないか?
「ガド、ちょっと思い付いたことがあるんで、一本丸々作らせて貰っても良いかな?」
「ほーん? まあ、やってみろい。坊主は魔力の操作だけなら、既に熟練の職人を軽く越えているからな。許可するぜ」
お許しが出たので、試してみよう。
鉄という素材そのものの『根源魔力』にアクセスする。もの凄く微弱だが、金属にも魔力はある。石にも木にも魔力はある。ただの鉄でも、例外はない。
なら、それに手を伸ばしてみよう。
魔力の流れを加工して、細い血管のように、一本の芯へと変えていく。そして血液のように、その管を中心に魔力を通す。
芯の作成は呆れる程簡単にできた。
これは、俺が普段から根源魔力を扱っているからだろう。
ただ、純粋な鍛冶術――鉄の加工はまだまだへたっぴで、手を焼いたけれども。
そうして出来た一本の剣。
あまり美しくも洗練もされていない、ショートソード。
何で毎回ショートソードを作っているのかというと、俺が子供サイズだから。そして、ブレフ少年に片手剣をプレゼントすると約束しているからだ。
彼の体格では、小振りの剣でないと扱えないだろうから。
「ガド、出来映えを見てみてよ」
「ん~……。剣の出来だけだと、相も変わらず、なまくら以下なんだがなァ……。坊主は魔力付与が上手いから、見るべきはそっちか……」
ガドは剣を手に取り、そして――。
「お、おおおお、おおおおおおおお…………! な、何だこの魔力保有率は……! 鉄そのものが、バカみたいな魔力を帯びてやがるのか……! それに、持ち手が追加で魔力を込めることも出来る……! 坊主、お前ェ、一体全体、何をやったんだ?」
初めてガドを驚かせることが出来たかもしれない。
俺は自分がやってみたことを師匠に話した。
一言で云えば、魔力の芯を通しただけなんだが。
「……成程な。坊主、そいつァ、普通の鍛冶士にゃ、出来ないことだぜ?」
「そうなの?」
「当たり前だ。まず、魔力ってのは知覚すること自体が困難なものだ」
「それは知ってるよ。無変換の魔力は同じく無変換の魔力で触れてみないと、感じ取れないって。でもエイベルなんかは――」
「あの人は引き合いに出すな。存在としての格が違う」
ガドは首を振った。
「話を戻すぜ。無変換の魔力ってのは、感じることが出来るものであっても、干渉できるものじゃねェ。ましてや、魔力の根源に介入して、構造そのものを作り替えるなんて芸当は、エイベル様でも出来るかどうかと云うレベルだ。魔芯を通すと云ったか。それは坊主。お前ェだけが出来る唯一にして無二の技能だよ。鍛冶術ではなく、魔術師の領域だからな」
引き合いに出すな、とか云っておいて、エイベルの話題が出てるよ、ドワーフの先生。
それは兎も角、魔力の根本に作用できる俺の特性が、まさかこんな所で役に立とうとは。
「つまり、俺なら普通よりも丈夫な剣を作れるって事だろう?」
「阿呆、そんな話じゃねェ。お前が作成できるのは、『魔剣』の類だ」
「魔剣!?」
思わず鸚鵡返しに呟いてしまった。
「明確な定義はねェが、一定以上の魔力を帯びる剣が『魔性武器』と呼ばれる物だ。対して、一定どころじゃなく、殆ど全てが強固な魔力を帯びている器物を、魔剣と呼ぶ。普通は相応の材料を使い、かつ強力な魔術師に力を込めて貰えないと魔剣までは届かない。個人作業ではなく、集団で力を合わせてやっと一本の魔剣が作れるんだ。だがな坊主、お前は単なる鉄だろうが青銅だろうが、個人で魔剣に出来ちまう。鉄の魔剣や銅の魔剣なんて、人類史上、存在したことがないはずだぜ」
割と、とんでもない話だった。
「えっと……世間に知られると、騒ぎになるかな、それって」
「間違いなく、なるな」
「……それは困るんだけど」
「なら、世間に一切出さないか、卸す相手を限定すれば良い。ハイエルフどもが商会を開いているだろう? もしも売り物にしたいなら、あそこ専売にしておくことだな」
出来れば前者が良いが、お金はいくらあっても困らない。
寧ろステファヌス氏が下手を打って母さん共々ここから追い出されるかもしれないし、売却も念頭に置いておかねばならない。
あ、ブレフ少年に贈る剣はどうしよう?
「そっちは魔力抜きで良い剣を作れるように努力するこったな」
ガドは俺の作ったショートソードを指で撫でる。
「お前の作れる魔剣は、あくまで魔力保有量だけが優れているにすぎねェ。肝心要の剣の出来は、鉄くずと呼ぶしかないような代物だからな。今の段階じゃァ、売り物にはならねェよ」
ああ、うん。知ってた。
魔力方面以外はゴミ性能だって。
精進はまだまだ続けなければならないようだ。
俺は一段落つくと、工房の隅を見つめる。
そこには妹様のために設えた、待機スペースがある。
たった二畳分くらいの小空間だが、クッションも敷き詰めているし窓の傍でもあるので、それなりに快適なはずだ。
可愛い可愛いマイエンジェルはそこで母さんと積み木で遊んでいたが、俺の視線に気がつくと一目散に走り出した。俺が手透きになったと気付いたのだろう。
ちなみにこの積み木、俺が赤ん坊の頃に与えられた物であり、最初に魔術を使って死にかけたアレでもある。要は、お古だ。
「にーたあああああああああああああああああああああああ!」
「フィー!」
妹様にとって、俺の鍛錬中は甘えることの出来ないストレスの時間だ。
なのにちゃんと我慢して休憩時間まで待っていてくれる。良い娘だ。本当に良い娘だ。
「にーた、ふぃーちゃんとがまんした! なでて?」
「もちろんだ。いいこいいこ」
「きゃふー! にーたのなでなですき! にーただいすき!」
フィーとふれあっている時間が一番楽しい。
この生活を守るためにも、鍛冶の習得を頑張ろう。
この娘には、何不自由ない生活をさせてあげるんだ!




