第四百十三話 会場へ向かう前
「ぁ……! ポポ……っ!」
フェネルさんから茶トラを受け取り皆と合流すると、メカクレちゃんがすぐに駆けてきた。
ネコを引き渡すと、彼女は嬉しそうに飼い猫を抱きしめる。
「ポポ……。良かった……」
「にゃーん……」
心なしか、ネコの方も嬉しそうで申し訳なさそうだ。
向こう側では、ブレフが勝手に飛び出したことをドロテアさんに叱られている。
マイマザーたちは、危険に近づかないと云う常識的で最も効果のある自重をしたようだ。
赤ん坊も子どももいるんだしね。正しい判断だ。
「にーた……! ふぃーも! ふぃーも、だっこ……!」
メカクレちゃんにだっこされるポポを見て、自分も再びだっこされたくなったようだ。
ネコを受け取っている間は、またもやだっこが解除されていたからな。
なお、妹様がポポをだっこしなかったのは、ネコの方がフィーを怖がったからだ。
マイエンジェルは茶トラを撫でたがったが、何故だかあの子はうちの天使を恐れてしまった。
ショックを受けているマイシスターが気の毒だったが、無理矢理撫でさせるわけにもいかない。
だから俺が、ちょっぴり落ち込んでいるマイシスターをたっぷりと慰めてあげなくては。
「ほら、フィー。なでなで~」
「ふへへ……っ! ふぃー、にーたになでなでして貰うの好き!」
取り敢えずは持ち直してくれたようだ。
やっぱりこの娘は、笑顔でいないとな。良かった良かった。
目の前では、マイマザーがネコを抱くメカクレちゃんを覗き込む。
「ふたりとも、凄く仲が良いのね。でも、なら何でポポちゃんは走り出してしまったのかしら……?」
その言葉に、メカクレちゃんは俯いた。
「……こ、この、子、たまに、急に、は、走り出す、んです……。ま、まるで、誰か、を、探しているみた、いに……」
更に聞いてみると、このポポはメカクレちゃんが去年、街でさまよっているところを拾って来たのだと云う。
どこかから購入したとか、仔猫のうちに分けて貰ったというわけではないらしい。
尤も拾ったときは、まだ仔猫だったみたいだが。
(なら、ポポはもともと飼い猫だったのだろうか? 捨てられたのか、それとも飼い主と死別したのか。仔猫のときのことだったら、その辺を理解出来ずに、未だに失った過去を求めているのかもしれない)
昨年と云えば、あの大災厄があった年だ。
はぐれるにしろ捨てられるにしろ、切っ掛けは大いにあったことだろう。
フィーを撫でながらそんなことを考えていると、ポポはメカクレちゃんの腕の中から飛び降り、母さんの足下にまとわりついた。
「にゃーん」
「あら? どうしたのかしら?」
母さんはイーちゃんやトトルにも懐かれているから、今回もそれだろうか?
「ぅ、ぁ、ぁの……」
途切れ途切れに説明するメカクレちゃんの言葉を要約すると、こうである。
ポポにはひとつ特徴があって、それは『本質的に優しい人に懐く』のだと云う。
チーズが好物と聞かされたときに彼女が云っていた『精神的な特徴』と云うのが、これなのだろう。
「ぽ、ポポが……な、懐く人は、し、信用、出来、ます……」
「あら、それは嬉しいわねぇ」
母さんは抱いていたマリモちゃんをドロテアさんに渡し、ポポを抱えて微笑むと、すぐにメカクレちゃんに返還した。
そしてそのまま、彼女に問う。
「私のことを、貴方も信じてくれるのかしら?」
「…………は、は、ぃ……」
「そう。良かった。なら、今度は貴方の番ね? こんな時間に女の子ひとりじゃ、親御さんが心配しているでしょう? 私が貴方を、ママのところまで連れて行ってあげるわね?」
母さんの言葉に、メカクレちゃんはハッとした顔をした。
ポポを追いかけることに夢中で、家族と離れてしまったのだろうな。
「貴方がポポちゃんを心配しているように、貴方のママは、貴方を必死に探しているはずよ?」
「ぅ、ぅぅ……」
メカクレちゃんは心細そうな、叱られることを恐れているかのような、複雑な縮こまり方をしている。
「だいじょーぶ! 怒られそうなときは、私が一緒に謝ってあげるから!」
それ、解決になっているんだろうか?
あー……いや、だけどメカクレちゃんは、ちょっと落ち着きを取り戻したようだ。
精神的な方面で、効果はあったと云うことか。
「それで? 貴方のお母さんは、どこにいるのかしら?」
「ぅ……。その……」
ネコを抱いた幼女様は、母さんにぽしょぽしょと耳打ちをしている。
「あら、まあ……!」
彼女のことは、母さんに任せておけば安心だろうか?
しかし一難去ってまた一難。
或いは結果が新たな原因を呼び寄せると云うべきか。
マイマザーに構って貰えなくなったマリモちゃんが、不満げで不安げにしている。
――あ。こっちと目があったぞ。
「あーぶ!」
ドロテアさんの腕の中から、俺に向かって手を伸ばしてくる黒髪の赤ん坊。
「構って、構って」と云っているのがアリアリと伝わってくる。
しかし俺の腕の中には、頬ずりを繰り返す四歳児が陣取っている。
マリモちゃんに構ってあげたいと云って、納得してくれるものだろうか?
「あら、アルちゃん、モテモテね?」
グランマが笑いながら、ノワールを俺の目の前へと持ってくる。
「あーきゅ!」
赤ちゃんは、待ってましたとばかりに俺の服を掴んだ。
「めーっ! ふぃーのにーたに手を出しちゃダメなのーっ!」
まあ、そうなりますよな。
妹様、再び激怒。
どうやって両者を宥めようかと悩んでいると――。
「はーい! 両方とも、私のものーっ!」
マイマザーが、マリモちゃんもフィーも抱きしめてしまった。
流石です、母上様。
「リュシカ、行き先は聞き出せたの?」
「ええ、もちろん」
母さんはウインクして、メカクレちゃんを見る。
「行き先は、中央広場よ!」
うん?
それって、これから軍服ちゃんの出る劇がやる場所じゃないか。
※※※
「……それは、本当のことなのか?」
「不確定ながら、確度の高い情報だと思われます」
祭りの簡易詰め所。
そこではスヴェンが、部下からある報告を聞いていた。
曰く、中央広場で行われる演劇に対し、嫌がらせが行われる可能性があると。
「しかしなぁ……」
スヴェンは眉根を寄せる。
「ヒゥロイトの公演は一般客を含め、祭りの参加者全員が楽しみにしているものだ。何よりアッセル伯爵家の肝いりで行われる。それに対して嫌がらせなどすれば、『冗談だった』では済まない話になると思うぞ? 下手をすれば、実行者の首が飛ぶ。本当に、そんな無謀なことをするものなど、いるのだろうか?」
彼らは防衛の為に、日々様々な情報を収集しているが、その中には胡散臭いものや荒唐無稽な話も多い。単純な思い込みや勘違いもある。「それは大変だ」と簡単に頷くことは出来ない。
しかし、報告者は云う。
「それが、演劇そのものを妨害するのではなく、バウマン子爵家の令息――あのゾン・ヒゥロイトの子役スターに対する嫌がらせが目的なのだとか」
「フレイ・メッレ・エル・バウマン殿にか? あり得んな。それこそ、バウマン子爵家そのものを敵に回す行為ではないか。――噂の出所は、どこなのだ?」
「いつもの情報屋です。奴が我々に嘘をつくとも思えませんが」
「……ちっ! ならば、警備者そのものを釣るための餌という可能性もあるか」
「はぁ? それはどういうことでしょうか?」
「可能性のひとつ、と云うことだ。……本当ならば情報屋そのものに、詳しくこの話を聞きたい所だが、もう時間がない。仮にタレコミが本当だったら、警備固めを優先せねば間に合わん。――お前はシャーク隊長のいる本部に走れ。フォーメーションの変更と情報屋の押さえは、隊長と副隊長がやってくれるはずだ」
「了解しました!」
部下が駆けていくと、スヴェンは剣を掴んで立ち上がる。
「去年はあんなことがあったのだ。だから、今年こそは楽しい祭りにならなければダメなんだ! ……頼むから、ガセネタであってくれよ?」
彼は残った部下を引き連れ、中央広場へと向かう。
――星祭りのクライマックスで、ちいさな暗闘が行われようとしていた。




