第四百十一話 安心安全な祭りの運営を行う為の、寄付のお願い
メカクレちゃんの飼い猫、ポポを探して食い物エリアの傍へとやって来た。
そこではガラの悪い怒鳴り声が響いている。
これは、明らかなトラブルだろう。
ケンカなのかそうでないのかは知らないが、いつもの俺ならそんな場所には近づきたくないし、大切な家族を近づかせたくもない。
(とは云え、回れ右をするわけにもいかないしなァ……)
チラリと横を見る。すると。
「お。何か騒ぎになってんじゃん! アル、行ってみようぜ!?」
そんな「アルト野球しようぜ」みたいな感覚で云われても。
あぁ……ブレフの奴、走っていってしまったぞ。
あいつをひとりで行かせるわけにもいかないし、残りの皆には、ここで待っていて貰おう。
(と云っても、フィーは離れてはくれないか……)
本当は、この娘も母さんに預けておきたかったのだが。
仕方がない。
俺は護身用の『あるもの』をいつでも取り出せるように準備し、ハトコ様の後を追った。
野次馬をかき分け、騒ぎの中心と思しき場所に出てみると、そこにはガラの悪い男たちに囲まれている屋台があった。
男たちは中年の店主に詰め寄っているみたいだが……。
(なんだ、あいつら……?)
ちぐはぐに見える、と云うのが、俺の第一印象。
店主を囲む男たちの服装は、ひとりを除いて皆、整っている。
しかし顔つきがゴロツキのそれなので、衣服と中身にどうにも断絶を感じる。
チンピラが礼服を着ていると表現すると、より正確な表現になるだろうか?
その中で礼服らしきものを着ていないひとりは、チンピラたちの後方にあって、どこか醒めた目で『お仲間』たちの所業を見つめていた。
彼の服装は旅人か冒険者に近いと云うべきか。
高級感はないが、厚手で丈夫そうな服を着ており、腰に剣をさげている。
「……あいつだけ、桁外れに出来そうだな」
俺の横にいるブレフが、その男を見てそんな風に呟いた。
「おいおい、ハトコ様よ。お前、相手の力量を一目で分かるのかよ?」
「そんなの無理に決まってんじゃん。でも、あの男は強そうに見えるんだ」
当てずっぽうなのか、それとも単なるカンなのか。
どちらにせよ、あまり根拠は無いらしい。
ブレフはすぐ横にいる見知らぬおっちゃんに声を掛けている。
「なあなあ、アレは何の騒ぎなんだ?」
「ああ、あいつらは、デネン子爵家ゆかりのゴロツキたちさ。ゴロツキと云っても、それなりの身分と羽振りなんだがね」
デネンって、例の子爵かよ。
軍服ちゃんの家と敵対しつつあるって云う。
おっちゃんは云う。
「あいつらはこういった祭りがあると、儲けている店から金を巻き上げるのさ。で、あの店主は素直に支払わなかったらしい」
なんじゃそりゃ。
いきなり金を出せと云われて、素直に出すものなんだろうか?
通報されて終わりなのでは?
俺が訝しんでいると、おっちゃんは苦笑しながら説明をする。
「一応……本当に一応だが、奴らにも理屈はあるらしい。この区画一体は、デネン子爵の兵たちが治安を守っている。だから治安維持費を出せと」
んな無茶な。
そんな押し売りじみたせびり方が合法であるものか。
俺がそう云うと、おっちゃんはこう説明をした。
「これも一応なんだが、『善意で寄付金を出す』こと自体は認められているからな。事実、領主のアッセル伯爵家やバウマン子爵家には、進んで祭りの治安維持の為にと金を出してる所がいくつもある」
この両家は慕われているからねぇと、おっちゃんは云う。
一方、嫌われ者のデネン家は、ああして寄付金を『募っている』のだと。
(去年は見なかった光景だな……)
と思ったが、それも当然か。
昨年は、あんなだったし。
「市民の皆さんの為の寄付金を出し渋るとは、太ェ野郎だ! 手前ェの店は儲けてるんだろうが!? 少しはそれを還元しようって気にはならねぇのかッ! 去年のようなことが起きねぇようにと心を砕いて下さっている子爵様に、申し訳ねェとは思わねェってのか、あぁッ!?」
礼服を着込んだチンピラが、『寄付のお願い』を続けている。
彼らに目を付けられた店は、大体が素直に払うのだという。
面倒なことになるし、チンピラたちが『狙い撃ち』にするのは、事実、儲けている店だけだからだ。
「騎士団の詰め所が近くにあるんだろー? 警備の兵は来ないのかよー?」
ブレフの言葉に、おっちゃんは皮肉げに笑う。
「云っただろ? ここら辺は、デネン子爵家のテリトリーだって」
ああ、成程。
詰め所にいるのは、寄付のお願いをしている人たちのお仲間なのね。
「寄付金を出さねェってことは、この祭りがどうなっても良いってことだな!? 許せねぇッ! そんな悪い店は、今ここで、たたっ壊してやろうか!?」
「そ、そんな、やめてくれ……っ! 寄付金なら、祭りの前日にも払ったじゃないか! その前もだ!」
「バカか、手前ェはッ! お前もパンは毎日買うよなァ!? それは必要だから払い続ける当然の出費だよなァ!? それとも何か!? 手前ェはパン屋に行って、『昨日はパンの代金を払ったから、今日はただで貰って行くね』とも云うつもりか!? そんな無法は通らねぇ! 通しちゃいけねえ! 見せしめだ! お前ら、こんなごうつくばりの店を残したとあっては子爵家の名折れだ! 畳んじまえ!」
「応ッ!」
もの凄い理屈が述べられ、それをもとに一軒の屋台が破壊されようとしている。
横にいるおっちゃんは呟いた。
「……言葉通り見せしめだな。他の店が寄付をしてくれやすくする為の」
破壊活動も集金作業の一環ということらしい。
男たちは武器を持った腕を振り上げ――。
「やめろッ!」
そこに、待ったの声が掛かる。
俺の真横にいたはずのハトコ様が、男たちの前へと飛び出していた。
(ブレフ、無茶はするなよ!?)
そうは思ったが、うちのハトコが飛び出していかなかったら、たぶん店は本当に壊されていたはずだ。
そういう意味から云えば、彼が出ていったことに意味はあるのだが――。
「何だ、このガキは!?」
ブレフの出現によって一旦は止まったチンピラたちは、しかしすぐに俺の友人へと敵意を向けた。
おっちゃんの云う通りに店の破壊がデモンストレーションであるならば、ハトコの出現くらいでは止まることがないのだろう。
寧ろ、ブレフの排除に掛かるはずだ。
なので、俺は即座に方針を定める。
ブレフを守るという形に。
(悪いが、屋台や店主を守るのは二の次、三の次だな。こいつに怪我をされたら、寝覚めが悪い)
俺は善人でも正義の味方でもないので、助ける優先順位は身内や親しい人が先になる。ブレフに怪我をさせないことが第一。そう決めた。
「フィー。悪いが、だっこはおんぶに変更だ。しっかり掴まっててくれよ?」
「ふぃーがにーたを離す、それ有り得ない! ふぃーがいる場所、にーたのお側だけ!」
大立ち回りを演じると、うちの妹様まで巻き込んでしまうからな。
なんとかブレフを拾って離脱できると良いのだが。
チンピラたちは、ブレフを睨み付けている。
「おい、ガキ! 何で急に出てきやがった? まさか俺たちの『正義の行い』を邪魔するつもりじゃあるまいな?」
「弱いものイジメで金をせびってるだけだろー!? いい歳した大人が、恥ずかしくないのかよー!?」
「より多数の弱者を守る為の寄付を惜しむこの店こそが恥じ入るべきだ! それがわからんクソガキのお前も同罪だ! 制裁してくれる!」
子どもにも暴力を振るうつもりか。
それはダメだろう。
俺は用意していた『護身用武器』を躊躇無く使う事に決めた。
「このガキが!」
突き出された腕を、ブレフはいとも容易く躱してしまう。
やっぱりこいつの運動能力は図抜けているな。
しかし感心している場合ではない。
相手は子どもに怪我を負わせることも辞さない態度なのだ。
しかも、それが複数人。
(そら、おいでなすった!)
チンピラたちはひとりを残して、一斉にブレフにかかろうとする。
この辺で、俺も手を出すべきだろう。
だが、魔術を使う気はない。
そんなことをしたら、悪い意味で目立ってしまう。
ひょっとしたら、『殺意』まで視野に入って来るかもしれない。
なので、『武器』を使う。
それは槍ではない。もっと子どもらしい武器だ。
側面からブレフに襲いかかろうとしている男の間に割って入り、それを使った。
「ぐあああああああああああああああああ! 目が! 目があああああああああああああああああああ!」
男はのたうち回っている。
俺という新たな増援に驚きつつも、残った男たちはこちらが手に持っているものに気付いたようだ。
「ロッコルの実の皮だと!? アレの汁を飛ばしたのか!」
「なんて酷いことを! 人間のやることじゃねぇ!」
「お前も、そっちのガキの仲間か! 極悪非道の畜生め!」
俺が使ったのは、スポーツドリンクの原料となっている果物の皮。それの飛沫だ。
これがヤバいのは、去年俺自身も悶絶したから、よく分かってる。
人に向けちゃいけない凶器だってのも。
(効果覿面だな。女性用の痴漢撃退スプレーとか作ったら、商会は買い取ってくれるだろうかね)
こんなときだってのに、妙な考えが浮かんでしまう。
「アル、助かったぜ!」
「礼はいい! それより、ここを離れるぞ!?」
「何云ってんだ! そんなことをしたら、店が壊されちゃうだろー!?」
ああ、うん。
俺とお前じゃ、ここに飛び込んだ目的が違うよなァ。
(しかし、魔術無しじゃ、全員を叩きのめすのは骨が折れるだろうな)
さて、どうするか。
そんな風に考えていると、
「待て!」
大声をあげ、割って入って来る者がいる。
大人の男だ。冒険者。
それも、祭りの警備員の腕章をしている。
「スヴェンさん!」
ブレフが目を輝かせた。
どうやらこの人物は、ハトコの知己であるらしい。
同時に、チンピラたちの一員だが、乱痴気騒ぎに加わっていなかった唯一の男が、スッと眼を細めた。




