第四百十話 ネコを探して
俺が抱き留めた女の子。
両目が隠れ、表情の見ることの出来ない少女は、腕の中でアワアワと震えている。
パニックを起こしているのか、極度の人見知りなのか。
「大丈夫……?」
目を見て話す――のは、だから無理だな。
「ぁ、ぅ、ぁぅぁ……」
声を掛けると、落ち着くどころか硬直した。
もしかしたら、対人恐怖症とか男性恐怖症なのかもしれない。
「はい、アルちゃん。交替交替」
その様子を見たマイマザーが近づいてきて、腕の中のフィーを地に降ろした。
「にぃたああああああああああああああああ!」
少女との間に割って入った妹様は、俺にひしと抱きつき、威嚇するようにメカクレちゃんの方をガルルと見ている。
「めーっ! ふぃーのにーた取る、めーなのっ!」
「ぅ、ぅぅ……?」
引き続きパニックを起こしつつも、フィーの言動に戸惑っている。
これはマイエンジェルを落ち着かせる方が先かな?
「ほら、フィー。俺は、ここにいるだろう?」
ひょいと抱き上げて、目を合わせてあげる。
俺とメカクレちゃんとの間に距離が出来ていること、そこに自分がいること、そして彼女が全くこちらに近づいてこないことを視線で確認し、
「みゅみゅ~……」
しっかりと抱きついてきた。
まだぷんぷんとしていても、泣いてはいないから、すぐに機嫌は良くなるような気がする。
一方、メカクレちゃんには、フリーになった母さんが応対している。
「ふふふー。こんにちは?」
「ぅ、ぁぅ……」
「大丈夫よ? 落ち着いて。――私はリュシカ。貴方のお名前は?」
「ぅ、ぅぅ……」
なおも怯えるメカクレちゃんを、母さんはそっと抱きしめた。
まるで毛布でも掛けてあげるかのような、柔らかい包み込み方。
言葉通りに相手を落ち着かせることに特化したかのような抱き方だった。
(気遣いを感じさせる抱き方だな。エイベルに襲いかかるときとは全く別物だ……)
抱きしめたことが功を奏したのか、メカクレちゃんは、徐々に落ち着きを取り戻した。
「うふふー。落ち着いた?」
「ぅ、ぁ、は、はぃ……」
「うん。ゆっくりで良いからね? それで、貴方のお名前は?」
「……ア、で、す」
声がちいさ過ぎて、全く聞こえん。
緊張のせいもあるんだろうが、もしかしたら、もともとの声量がちいさい子なのかもしれない。
それにしても、随分と綺麗な声だな。
「さっきも名乗ったけど、私はリュシカよ。よろしくね?」
母さんはニッコリと微笑んでいるが、メカクレちゃんの顔を微妙に見ていない気がする。
わざとピントを外している感じだ。
怯えさせない為に、意図的に視線を合わせないようにしているのだろうか?
「貴方のママはどこかしら? はぐれちゃったの?」
「――ッ!」
母さんがそう訊くと、メカクレちゃんは、慌てたようにピクンと身体を跳ねさせた。
先程まで走っていたし、何か急ぐ用事があり、それを思い出したのだろう。
「そ、そぅ、だ……! ぁ、ぁの子……! 探さない、と……!」
「誰かを探しているのね? お母さんかしら? それとも、お父さん?」
「ぁ、そ、それ、は……っ!」
「大丈夫。落ち着いて? 誰を探しているの?」
「そ、その……。ネコ、です……。茶、トラの……」
それって、ついさっき駆けていった小柄な奴かな?
「赤い首輪を付けてた子かしら? それなら、貴方が来るほんの少し前に、向こうに走っていったわよ?」
「そ、その子……です……!」
母さんがこちらを向くと、皆が頷いた。
これは、「探すの手伝ってあげたいけど、いいかしら?」、「OK」の流れだろう。
うちの親族、いい人たちだよねぇ。
なら俺は、先回りして妹様を誘導しようか。
「フィー。皆で、ネコちゃんを探そうか? 見つけたら、撫でさせて貰えるかもしれないぞ?」
「ネコ? ふぃー、ネコにも前から興味があった! なでなでしてみたい! でもふぃー、にーたに、なでなでして貰いたい!」
「はいはい。ほら、なでなで~」
「ふへへ……! ふぃー、この為に生きてる……!」
マイエンジェルの機嫌は、たちどころに回復する。
一方、クレーンプット一族の決定を知らないメカクレちゃんは、不思議そうにオロオロしている。
「ぁ、ぁの……?」
「うっふふー。大丈夫! 皆で貴方のネコちゃんを探しましょ?」
リュシカ・クレーンプットは、そう云って片目を閉じた。
※※※
茶トラのネコを探すことは決定した。
しかし実際問題、この人ごみの中で、ちいさな動物を探すことは困難だ。
ぶっちゃけて云えば手に余る。
けれども、我が家には頼もしい知人がいる。
「――と、云う訳なんですよ、フェネルさん」
「承知致しました。護衛役としては皆様方の傍を離れることは心苦しいのですが、事情が事情ですし、ヤンティーネさんやセロ支部の方々もクレーンプット家の皆様を守護していますので、短時間ならば私が探索に回っても問題は無いでしょう」
本職の従魔士で、動物のプロに助っ人をお願いした。
ひょっとしたら、素人集団の俺たちよりも、この人ひとりのほうが早く済むのかもしれない。
「ふふふ、アルト様。私は、ひとりではないですよ?」
すると優しいおねいさん。
俺の心を読んだかのように微笑んだ。
彼女の胸元から、ちいさなリスが飛び出してくる。
「そうか、トトルもいたんですものね」
「ええ。この子は戦っても強いですが、探索能力にも長けるんですよ」
と、ちょっと誇らしげだ。
従魔と云うのは、能力的に何ごとかに特化した者が多いらしいが、オールラウンダーや、器用に多くのことをこなせる子もいるみたい。
このリス型の霊獣もそうなのだろう。
「可愛くて強くて探索も出来る。トトルには欠点がないですね」
しかし俺がそう云うと。
「……食費が掛かるんですよねー……」
フェネルさんは、どこか遠い目をして微笑した。
そう云えば、従魔士には『食費』と云う共通の問題点がつきまとうんだったな。
去年の大災厄のおりに、トトルは巨大化して戦っていたが、もしやあれが本来の大きさだったりするんだろうか?
仮にちいさい姿が本体だとしても、彼女の言動通り、エンゲル係数を圧迫しているのは間違いないのだろうが。
「商会のお給料って高水準なんですけどねー……。副会長とか、イーちゃんとどう折り合いを付けているのか、全くの謎ですよ……」
たぶんそれは、独り言。
だから俺は聞き流すことにした。
彼女はすぐに、気を取り直して云う。
「では、皆さんは近場を探索して下さい。遠く離れて、はぐれてしまっては意味がありません。目視できる距離を保ち、あまりに人ごみが多い場所には近づかないで下さい。そう云う場所や遠方は、私とトトルで調査します」
フェネルさんの指示は的確で行き届いている。
頼って良かったと心から思えた。
「ふふふ。アルト様の頼みですからね。見返りとして、『だっこスペシャル』は要求させて頂きますよ?」
何そのスペシャル。
問いただす前に、美人のハイエルフさんはササッと姿を消してしまった。
※※※
そうして、うちの家族たちで茶トラを探す。
少しでも手がかりを得る為に、メカクレちゃんから情報を仕入れておきたいが。
「えっと、良いかな?」
「……ッ!?」
メカクレちゃんに話しかけると、後ずさりされてしまった。
すかさず、母さんが間に入ってくれる。
「大丈夫よ? うちのアルちゃんはとっても優しいし、頼りになるから。無理に近づかなくて良いから、お話をしてあげて?」
「……ぅ。は、はぃ……」
手慣れてるなァ、マイマザー。
何にせよ、これなら話が聞けるかな?
「キミのネコの名前と、特徴を教えて欲しい。好きな食べ物とか匂いとか、ちょっと知れるだけでも違うと思うんだけど……」
「な、名前、は……ポポ、です……。チーズが好き、です……。あと、変わった特徴が、あり、ますが……、そっちは性格的なもの、なので、あまり探すのに、関係ない、です……」
ふぅむ。チーズか。
ネコって魚好きなイメージがあるけど、セロって内陸部だしね。
大きな湖はあるけど屋台の売り物で魚を見かけないから、食用に向いた魚類は沼ドジョウ以外、あまりないのかもしれない。
「ええと……。焼きチーズを売ってるお店が向こうにあったよね? この周囲にいなかったら、そっちへ移動してみる?」
「…………」
皆に提案してみると、ポポの飼い主、メカクレちゃんは、何故だか俺をジッと見ている。
(――?)
何かな?
俺に訊きたいことでもありそうな感じだが……?
(話しかけたり近寄ったら、またパニックを起こされそうな気もするんだよねぇ)
すると、またまたマイマザー。
先手を打って、メカクレちゃんに微笑んだ。
「私のアルちゃんがどうかしたのかしら? 何か気になるなら、私に云って貰えると、答えてあげられるかも」
「ぅ……。ぁ、ぁの……」
ぽしょぽしょと耳打ち。
何を話しているのか、まるで聞こえない。
しかし内緒話を聞いた母さんは、ニンマリと微笑んでいる。
「ふふふー。もしかしたら、そうかもしれないわよぉ?」
「――っ!」
メカクレちゃんは不可視の瞳で、俺を驚いたように見つめている。
(何だ? あの子は何を訊いたんだ?)
気になるけど、今はそれどころではないか。
皆でポポを探す。
しかし、人ごみもあって発見は出来ない。
だが10分と経たないうちに、フェネルさんが戻ってきた。
「反応、捉えましたよ」
「おお、流石です!」
「フフ……。スペシャルの為ですから……!」
だから、何なのよ、それ?
彼女の案内で、食べ物屋の多くあるエリアへと移動する。
やっぱりポポは、食い物に惹かれたんだろうか?
フェネルさんの云った範囲に近づくと。
「手前ェッ……! 文句があるってのかァッ!?」
なんとも粗野な胴間声が聞こえて来た。
ケンカだろうか?
やだなァ……。
トラブルのある場所には、あまり近づきたくないのだが。




