第四百八話 もくちょう
斬られ屋をはじめとした大道芸を見た後、小物などを売っている露店をひやかす。
去年は場所取りの為に早々に中央広場に向かったが、今年はフレイ様直々にチケットを貰っている。
なので開演時間に間に合えばいいので、急ぐ必要は無い。
結果として、のんびりと店を見て回れる。
「あ! にーた、あそこ! あのお店、動物さん売ってる!」
だっこしている妹様が、露店の一角を指さした。
そこには木彫り細工が出品されている。
アクセサリに近い小物もあるが、メインは動物を彫り込んだものらしい。
あまり大きいものはなく、大体がタバコの箱くらいの大きさのようだ。
「ふふふー。じゃあ、ちょっと見てみましょうか?」
母さんがそう云ってくれる。
この人も、子どもが何かに興味を持つことを喜ぶからな。
フィーが色々なものを見ることが嬉しいのだろう。
「……わぁっ、可愛いですね」
システィちゃんがそんな声をあげた。
売られている木彫品は、お世辞にも名人級とは云えない。
ちょっと形が歪だし、細部細部が大雑把だ。
でも、各種動物の特徴は上手く掴んでいるし、何よりデフォルメが利いていて、何と云うか『ヘタウマ』な味が出ているのだ。
技巧とは別の部分で、妙な引力がある。
「いらっしゃい、可愛いお客さんたち。俺が頑張って彫ったものだから、買ってくれると嬉しいな」
商品は店主のおじさんが直々に作ったものらしい。
まあ、祭りの露店で、あまり仕入れ品は売らないか。
(値段も良心的だね)
或いは本職は別にあって、これらは趣味で作っているのかもしれない。
「にーた! 動物さん! 動物さん、可愛い! ふぃー、動物さん好きっ!」
フィーは品物を見てはしゃぎ、
「みゅぅ……。でも、ブタさん売ってない……」
大好きなブタさんが無くて、ちょっとションボリ。
それを見た店主が驚く。
「え、ええ……? ブタかい? ブタは食べるものだろう? ちょっと作ってないなぁ……」
商品台に乗っているのは、馬と鳥とクマ、それに犬やネコ。
ペットとして身近なものか、商品映えしやすいものがメインのようだ。
逆に言葉の通り、『食べること』がメインの牛やブタのそれは彫り込んでいないらしい。
俺は商品を覗き込む。
「へぇ。材木はシナノキですか。加工しやすいですよね。定番だ」
「え? えぇっ? キミ、木工職人の子どもか何かかい? いきなり素材を気にするなんて。普通、出来の善し悪しやら、モチーフの動物に注目するものだろうに」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
ガドから木工を習っている手前、素材やら道具やらを、どうしても気にしてしまう。
うちの師匠は、俺に色々な材料や道具を使わせてくれる。
「俺が云うのも何だが、ドワーフってのは偏屈な奴が多い。わざわざ加工しにくい材木を好んで使ったり、道具を使い分けりゃァ良いのに、彫り込むのはノミ一本と決めてる奴もいる。制作や創作は自由で良いはずなんだが、拘りや制限を自分で自分に課しているんだな。俺なんかは道具は何でも使うし、素材はその時その時でベストのものを選ぶんだがね。だがまあ、そういう偏屈さは嫌いではねぇがな。だからアル。お前はお前で自由にやりな。こういう技術職ってのは、趣味と一体の部分が多い。楽しめなければ、意味がねぇぜ?」
そんなことを云ってくれたことがあった。
でも俺の場合の木工は『手に職を付ける』ことが目的――直截な表現にすれば、金を稼ぐ手段と選択肢としての技術だから、色々使えた方が便利だと考えているので、手広く学ばせて貰っている。
不純だとは思っているんだけどね、生活と将来がどうしたって優先よ。
出店のおっちゃんはやがて、加工前のシナノキをでんと台上に置いた。
「お嬢ちゃん、ブタさんが欲しいんだろう? 何なら今ここで彫っちゃうけど?」
「ほんとー?」
「ホントさ。だから気に入ってくれたら、買ってくれると嬉しいな」
おっちゃんは切り出しナイフでサクサクと加工していく。
大雑把ながら手慣れているね。
この人もたぶん、好きだから作っているタイプなんだろうな。
「こういう材木は、お嬢ちゃんみたいに、アレはないのかって注文に対応する為に置いてるんだよ。でも、この目で見たことのあるものしか作らない。ドラゴンなんかは需要があるのは分かってるんだがね、おじさんはドラゴンを見たことがないからね」
この人はこの人で、拘りがあるみたいだ。
四角いシナノキは、あっという間に形をブタへと変じて行く。
「ほら、出来たよ、ブタさんだ」
「みゅぅぅ……」
しかし、フィーのテンションは低い。
おっちゃんは、どうかしたのかい、と首を傾げている。
(うん……。これはブタだ。いかにもブタってブタだ)
簡単に云うと、あまり可愛くない。
ちゃんとブタなんだけど、それだけだ。
そこが妹様の琴線に触れなかったのだろう。
(言葉通り、普段はブタを彫らないんだろうな。台上の他の商品と比べて、デフォルメも利いてない)
でも、これはおっちゃんを責めるわけにはいくまい。
客の注文に応じてくれた誠実な人じゃないか。
「おじさん、そのブタ、買わせて貰うよ」
「お、本当かい? 嬉しいねぇ。毎度ありぃ」
「じゃあ、これで」
俺は代金を支払う。少し多めに。
「ん? こんなに? これは貰いすぎだよ」
「ああ、良いんです。代わりにちょっと、頼みがあるんですが」
「うん? それは?」
※※※
露店を見た後、俺たちはちょいとベンチで一休み。
メンバーが子どもと女性しかいないからね。
歩き疲れる前に、休憩広場で休む方針だ。
誰の指示かは知らないが、随所随所にこういうものを設置しているのは、地味に凄いことだと思う。
中世レベルだと空き地なんか作らず、店を詰め込む気がするからね。
これには簡易的な避難所と火除け地の意味もあるんだそうだ。
しかし、実際に休むことに専念しているのはシスティちゃんと俺だけだ。
他のメンツは買い食いに余念がない。
肉やら菓子やら、肉やら菓子やらを両手に装備して食べ続けている。
(さっきも散々に食べただろうに……)
女性陣たち、よく食べるよなァ……。
もちろん、口に出してそれを指摘するようなマネは俺はしない。
まだ命は惜しい。
笑顔でパクついているクレーンプット家の女性たちとブレフ少年。
そんな姿を見て、システィちゃんは微笑んでいる。
「皆、楽しそうです」
託児所の子どもたちのお世話をするのも好きな彼女だ。
この娘は本質的に『他者の笑顔』が好きなのかもしれない。
「それで、アルトさん。そのシナノキを、どうされるんですか?」
耳に掛かった髪の毛をかきあげながら、ハトコちゃんが覗き込んでくる。
それは、あの露店でブタの彫り物と同時に購入したもの。
直方体の材木。
店主のおっちゃんが即興・追加で作る為に用意していた、彫り込む前の素材なのだ。
「いや何ね。フィーがブタさんを欲しがってたからね。俺が彫ってあげようとかなと」
「――! アルトさん、そんなことも出来るんですか?」
「素人仕事だよ。さっきのおっちゃんの劣化版だよ」
「でも、お兄ちゃんの十手や、私のアクセサリ作成だけでなく、木工も出来るってことですよね?」
「さっきも云ったように、ほんのちょっとだよ。期待されても困るかな。――危ないから、ちょっと離れててね?」
誕生日にガドに貰った剣で、シナノキを彫り込んでいく。
「た、短剣で彫るんですか……!? それなのに、凄くなめらかです……! お店の方よりも、上手のような……?」
「気のせい気のせい」
切りくずは風の魔術で、ひとっところに集めておく。
同時に圧縮してガチガチにしておけば、簡単に捨てられるからね。
「き、器用ですね……」
とは、何に対して云った言葉だろうか。
木彫に集中しているので、深く考えられない。
「よし、出来た!」
「わわっ! 可愛いです……!」
手乗りサイズのブタさん完成。
蚊取り線香を入れるそれのような、まんまるなデザインだ。
こういう造形の方が、フィーが喜ぶからね。
「まだシナノキの残りがあるけど、システィちゃんは何か欲しいものはある? 彫れる範囲で彫るけども」
「い、良いんですか……? 小物まで買って貰ったのに、木彫まで……」
「あはは……。使わないと、せっかく譲って貰ったシナノキが無駄になるからね。遠慮しないで云って欲しいな」
「な、なら、あの……」
システィちゃんはもじもじとしながら、俺に云う。
「イルカ……。イルカさんが欲しいです……」
彼女はそう云った。
そう云えば、去年彼女に贈ったブローチがイルカだったな。
あの時もえらく喜んでくれてたけど、何かイルカに思い入れでもあるんだろうか?
それともフィーのブタさんや、ぽわ子ちゃんのオオウミガラスみたいに、ただ単に好きなだけなのか。
「イルカね。了解。すぐに彫るよ」
別にどちらであっても構わないか。
サクサクと仕上げる。
彼女はブタの木彫りのときよりも真剣に、熱を持った瞳で、こちらの作業を見つめていた。




