第四百七話 アル対斬られ屋
「へぇぇ……。槍、ですか。迷わず選びましたねぇ。自信がおありということですね?」
斬られ屋のおっちゃんは、人なつっこい笑顔を俺に向けている。
(でも、目は笑ってないな……)
きちんと目隠しをする前から、相手の力量を計っているということなのだろう。
彼を知り己を知ればと云うことか。
しかし、それはこちらも同じこと。
「試合の前に、目隠しを調べさせて貰ってもいいですか?」
「目隠しを? ええ、もちろんかまいませんよ」
アッサリと布を手渡してくる店主。
流石にこんな誰もが疑うものに細工はないだろうが、『細工がないと確信できること』が、案外重要だったりする。
(うん。ふつうの布だな……)
目を覆えば、何も見えなくなる。
実は透けているということもなく、軽く魔力を流してみたが、魔術的な仕掛けの類も感知されなかった。
(となると、やっぱり視界自体は閉ざされていると見るべきだ。その上で別の何かを感じて、試合に臨んでいるということだな……?)
おっちゃんは試合前に相手と握手するなど、身体に触れるようなことはしていなかった。
つまり、対戦者に魔術を掛けているのではない。
加えて大道芸人だから、あちこちで見せ物もする。
それは『場所』に仕掛けを施している可能性も低いことを意味する。
となると、自分自身に何某かの魔術を掛けているというのが濃厚か?
シンプルだが、それが一番確実だろう。
(なら、候補は絞れるな)
俺は目隠しを返し、戦闘の舞台となる『円』の中に戻った。
「ふぅむ……?」
斬られ屋は、一瞬だけ眉をひそめる。
「変ですねぇ……。体つきも身のこなしも、さっきの少年の方がずっと上に思えるんですが――何故だかキミを相手に油断をすると、負けてしまいそうな気がしますよ」
「油断も手加減も敗北も大歓迎ですよ。誕生日プレゼントと同じで、前後半年受け付けていますんで、お気軽にどうぞ」
「ははははは……。勝利はどうか、ご自分の手で掴んで下さい。――では、始めても?」
「どうぞ」
斬られ屋は砂時計の前へと移動する。
そのタイミングで声援がかかった。
「にぃたああ! がんばってー!」
「おーう!」
うん。
これはブレフの件だけじゃないな。
妹様に応援されたとあっては、敗北は出来ない。
尤も、『格好良い勝ち方』にはならないだろうけどね。
「どうぞ?」
目隠しをし、砂時計を置いたおっちゃんはこちらに向き直る。
ゲーム開始だ。
俺はまっすぐに槍を突き込んだ。
「良い槍さばきです。やっぱり、素人さんではありませんね?」
視界を塞がれているはずのおっちゃんは、柔らかい笑みを浮かべながら、いとも簡単に俺の攻撃を躱した。
(では、これならどうだ?)
槍を振るう。躱される。
(成程。『熱』ではない)
「破ッ!」
突き込みながら、ちょっと大きな声を出す。
普段は武器を振るうときにかけ声をしないんだが、これは調査の為だ。同時に、微細な音の魔術を発動。
「ははは。元気が良くて、結構結構」
これもおっちゃんは余裕で躱す。
俺の魔術に反応していないところを見ると、『音』でもない。
(たぶん、フィーやエイベルのような魔力感知は持ってない。それから、軍服ちゃんの持つ魔術感知もだ)
――ならば、あとは。
一見、闇雲に見える攻撃をしながら、使用する魔力の範囲を設定。
目立ってはいけない。
狙うのは、あくまでも『アクシデント』。
「ははは、坊主、どうしたどうした、攻撃が雑になってるぞー!?」
「とんだブンブン丸だ、それじゃあ当たらねーぞー!」
見物客たちが笑っている。
そりゃ適当に振り回しているように見えるなら、滑稽な姿に思えるだろうさ。
それでいい。
そう思って貰わないと、下手くそな演技をしている意味がない。
店主の方はどうかな?
俺の事を、攻撃が当たらずに焦って型を崩した未熟なガキと思ってくれただろうか?
こちらが大根役者であることに加え、向こうはあまり油断しないタイプに見えるから、望みは薄そうだが。
それでも、やるしかない。
――では、いくぞ。
「ぬわぁッ!?」
デタラメに槍を振り回していた俺は、足を滑らせた。
俺の手から槍がすっぽ抜け――。
「うっ」
それが、斬られ屋に当たる。
「わははははは! あの子ども、店主に攻撃を当てたぞ!?」
「がははははははは! とんだラッキーヒットだな!」
「流石の名人様も、こんな不意打ちは防げんか!」
ギャラリーたちが爆笑している。
しかし、斬られ屋は信じられないという顔をしていた。
それはそうだろう。
俺の手から槍がすっぽ抜けた瞬間、あの男は飛んでくる槍の軌道を読み取って、身体を移動していたのだから。
こんなものに、当たるはずがないと思っていたはずだ。
(予想通り、『風』が正解……)
斬られ屋が視力の代わりに感じていたもの。
それは『風』。
魔術で風を感知して、攻撃を回避していたのだ。
メチャクチャに槍を振り回していたときに、俺は自分の振るう槍の風圧に、『多少の強弱』を付けて様子を見た。
案の定、俺の攻撃が当たらなくとも、回避する距離に差が出来ていた。
ブンブンやっていたのは、単にズッコケる為の前振りというだけではなかったのだ。本当だよ?
「いてててて……! でも、やったぞぅ!」
俺はラッキーを喜ぶフリをしながら起き上がる。ちょっと棒読みだったかな?
「…………」
斬られ屋は、まだ立ち尽くしていた。
それ程までに、自分の『見切り』については自信があったのだろう。
俺が使用した魔力は、実に微細だ。
相手が紙一重で躱すことを想定して、ほんのわずかに風を狂わせたに過ぎない。
他の魔術は一切使用していない。
ヴィリーくんのインチキにも簡単に対応出来ていた相手だ。
別の魔術――たとえば身体強化を使ったら、即座に気取られたはずだ。
「おじさん、じゃあ、賞金を貰っても?」
「え? あ、ああ……。そう、ですね……。ビックリしましたが、お客さんの勝ちには違いありません。おめでとうございます」
そう云って、お金を支払ってくれるおっちゃん。
もしもヴィリーくんが店主だったら、例の如く妙な云い訳をして支払いを拒むんだろうな。
「ははははは! ラッキーだったな、坊主!」
「羨ましいぞ、一杯おごれよ!」
「今日初めての達成者だぞ、胸を張れ!」
周囲には完全に怪我の功名としか思われていないから、向けられる声色も、どこかからかうような響きだ。
もちろん、それで良いのだ。
そう思われなくては意味がない。
斬られ屋のおっちゃんは気持ちを切り替えたのか、パンパンと手を叩いて見物客に向き直る。
「ごらんの通りです! 当店はラッキーヒットでも勝利扱いになりますよ! さあさ、腕に自信のある方、そして運に自信のある方も、ふるってご参加下さい!」
「がはは! ようし! 俺は腕はねぇが、運は良い方だ! いっちょやってみるかぁ!」
「俺もだ! 最近はツイてるから、挑んでみるぜ!」
おっちゃん、セールストークも出来るのね。
この調子なら、俺に支払った分は即座に補填できるだろうな。
「にーたああ!」
そして母さんの腕から下りたマイエンジェルが駆けてくる。
でも、飛び付いては来ない。
俺の目の前で急ブレーキをし、両腕を広げた。こちらから抱き上げて欲しいみたいだ。
「ほら、フィー。ぎゅー」
「ぎゅーっ! ふへへ……っ! ふぃー、にーたにだっこして貰うの好きっ!」
ああ、もちもちほっぺが柔らかい。
「お、おいアル。あれは本当にラッキーヒットだったのか……?」
ブレフが戸惑いながら訊いてくるが、返す答えはひとつに決まっている。
「見ての通りだよ」
「いや……。でもお前、俺とやり合うときは焦っていても、ちゃんと槍を扱えていただろう? ブンブン振り回したりズッコケたりしなかったじゃないか」
流石に立ち会ったことがあるだけあって、違和感を覚えているようだ。
「衆人環視だったから、緊張しちゃったんだよ。結果としてラッキーだったけどね」
「そんなもんなのかぁ……?」
「ああ。俺は気がちいさいんだよ。それに考えても見ろ。あんなすいすいと避ける相手に、狙って投げて当たると思うか?」
「いや、無理だな。その程度じゃ躱されると思う。――うん。そうだよな。あんな予想外の出来事だったから当たったんだよな」
「そうそう。じゃなきゃ無理だ」
なんとか誤魔化せたようだ。
俺は腕の中の妹様に向き直る。
「フィーの応援のおかげで勝てたよ。ありがとな?」
「ほんとー!? ふぃーのおかげ!?」
「うん。フィーのおかげだ」
「ならぁ……っ、ふへへ……! ふぃーにキスして?」
「はいはい。ほら、ちゅっ」
「きゅふううううううううううううううううううううううううううん! ふぃー! ふぃー、にーたにキスして貰えたあああああああああああああ! ふぃー、嬉しい! ふぃー、幸せ! ふぃー、これからもにーたを応援して、もっとキスして貰う!」
マイシスターは、ゆでだこのようにデレデレぐんにゃりしてしまった。
完全に夢見心地だ。暫くは周囲の言葉は耳に届かないだろう。
ブレフが新たな試合に見入っているのを確認し、システィちゃんを呼び寄せる。
「システィちゃん。ちょっとキミに、頼みがあるんだけど」
「はい、何でしょうかアルトさん。アルトさんの頼みなら、可能な限り応えます」
「そんな大袈裟な話じゃなくてさ。俺たちが王都に帰った後で、これをブレフに渡して欲しいんだ」
そう云って手渡したのは、ハトコ兄がかけた二千円相当の硬貨。
「え、でも、これは――」
「単なるラッキーで得たものだし、倍額で貰ったから俺に損は一切無い。だからシスティちゃんが気にすることでもないよ。あいつ、この挑戦料を貯めるの頑張ってたんでしょう?」
「は、はい……。お兄ちゃん、お菓子を買うのも我慢して、コツコツ貯めてました。いつか冒険道具を買うんだって」
それを勢いでかけたのか。
辛抱強いんだか考え無しなんだか。
「なら、後で渡してやってよ。今俺が渡そうとすると、拒否されるかもしれないし」
「はい。お兄ちゃん、たまに意地っ張りなので……。勝負の結果なんだから要らないって云うと思います。――アルトさん、ありがとうございます」
ぺこりんと腰を折るハトコ妹。
この娘も礼儀正しい子だよねぇ。
「さて、じゃあブレフへはそのお金で良いとして、システィちゃんにも何かあげないと不公平だよね? 露店で小物でも選んでよ。プレゼントするからさ」
「そんな、悪いです……っ」
「システィちゃんにだけ何もあげないほうが悪いことだよ。それにキミが俺から贈り物をされていれば、ブレフもお金を抵抗なく受け取ってくれるでしょ?」
遠慮はさせない。
逃げ道は塞ぐよ~。
「アルトさん……。ありがとう、ございます」
「今夜はお祭りなんだからね。ちょっとくらい、良いことがあってもいいでしょう」
俺の言葉に、控え目な女の子は控え目に頷いた。
たまにのことだし、こんな押しつけくらいはあっても良いだろう、たぶん。




