第四百六話 ブレフの挑戦
ブレフは銅銭をジャラジャラと台の上に置いた。
あれは彼が頑張って稼ぎ出したお金らしい。
ハトコズの家では、手伝いをしないとお小遣いは貰えないんだそうだ。
託児所の補佐やらお使いやらで、日を掛けて一生懸命に貯めたもなのだと。
その金額、日本円換算で二千円。
七歳児であることを考えると、よくよく努力していると云うべきであろう。
「凄いですねぇ。俺が子どもの頃は、こんなお金を持ってませんでしたよ。キミは立派ですよ、心からそう思います」
斬られ屋のおっちゃんは感心したように頷いている。
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「――ただ、こちらも商売なので手加減は出来ません。俺に当てられなければ、このお金は根こそぎ頂いてしまいますが、本当にようござんすね?」
「おう! 男に二言はないぜ!」
「気っ風がいいですねぇ。俺が子どもだったら、もちっと逡巡したと思いますがねぇ。で、武器は、その鉄の棒を?」
「そうだぜー! こいつが俺の得物だ!」
ブレフ、十手大好きだなぁ。
暇があれば手入れしたり眺めたりしてるもんなァ……。
そう云えば、今年はガドの剣を見せてくれって云われてないが、熱量が十手に向かっているからなのかもしれない。
「坊主ー、頑張れよー!」
「一泡ふかせてやってくれー!」
「おーう!」
ちいさな子どもが自腹で挑戦するとあって、見物客たちも声援を送っている。
ブレフはそれに笑顔で応えている。
「では、始めさせて頂きます」
斬られ屋は目隠しを締め、大きめな砂時計がひっくり返った。
「おりゃーっ!」
ブレフは猛然と突進していく。
ここまでの挑戦者たちと比べても、格段に動きが速い。
そりゃ、俺が勝てんわけだよねぇ。
「ほぉう……? これは凄い」
云いながら、おっちゃんはブレフの一撃を躱した。
(やっぱり、おかしいな)
挑戦者をただの子どもと考えているなら、この予想外の速度には絶対に対応出来ないはずだ。
王都の祭りでのヴィリーくんのやっていたインチキ――斬りかかるときだけ加速する――に、対処出来ていたこと自体が、まず変なのだ。
あの時、腕の中の天使様は何と云ったか?
「あの人、魔術を使っている」
そう云ったのではなかったか。
それはきっと、挑戦者のことだけでなく。
「フィー」
「んゆ? にーた、なぁに? ふぃー、にーたのこと好きだよ?」
小声で呟く俺に、やっぱりフィーは小声で返す。
これは俺の内緒話を察しているのではなく、『ひみつきち』での習性が染みついた結果だと思われる。
母さんやエイベルが、あの場所を知らないと思っているマイエンジェルは、ちいさな聖域を守ろうと必死なのだ。
だからいつの間にか、小声には小声で返す習性が身についている。
「あの人、魔術を使っているか?」
「みゅ。最初から使ってる。うっすらしてる」
うっすらと云うのは、魔力量の話だろうな。
俺が実力者相手に身体強化でやっと戦えるのとは違って、たぶんあの店主は、魔術を使わなくともやっていけるだけの技量があるのだろう。
俺の勝手な見立てでは、だから彼の魔術は視力の代わりなのだ。
勝ち続けても客を呼ぶためには目隠しは外せない。
しかし実際に目が見えないでは、勝ち続けることは出来やしないのだろう。
ヴィリーくんやブレフのような、『予想外』には、どうしたって対応しきれなくなるだろうから。
(……氷穴の戦いの時のあの雪だるま――大雪精シェレグは、リュネループの女魔術師の姿が見えず、気配すら感じなくとも、間合いを見切って切り伏せていたが、あんな芸当は『達人レベル』ですら、本来は不可能なんだろうな)
あの女魔術師はシェレグのことを『剣聖の域』と云っていた。
魔術師であるにもかかわらず、そのシェレグとある程度打ち合えていたあの女性や、そのシェレグが集団で掛かっても優勢に戦えていた赤蜥人の戦士は、本当に途方もない戦力だったのだろうな。
上には上がいると云うのは地球世界の言葉だが、こちらの世界でも教訓とすべきものなのだろう。
こう云ったことを再確認出来ただけでも、この見せ物には価値があったと、俺は思える。
(それにしてもブレフ、良い動きをしているなァ……)
つい昨日、立ち合ったときよりも良くなっている気がする。
才能があってやる気があるから、上達が早いのだろう。
「ぬあ~っ! 当たらんっ!」
ブレフは得物を闇雲に振り回していない。
相手がどう動こうと対応出来る攻撃の仕方だ。
あの斬られ屋は躱すこと専門で反撃はしないが、それでもきちんと防御や回避、そして攻撃手順に複数の選択肢が取れる動きになっている。
才能だけでなく、頑張って練習しているんだと見て取れる。
(去年のブレフ、悔しそうだったからな……)
あの魔獣満ちあふれる大災厄で何も出来なかったことを、友人は悔やんでいた。
下手に猪突されるより、こらえてくれた方がもちろん良かったのだが、それでも忸怩たるものがあったに違いない。
それがこうして、努力に繋がっているのだろう。
「頑張れ、ブレフ」
だから素直に、応援出来る。
「お兄ちゃん、がんばって……!」
いつも控え目で大きな声を出さないはずのシスティちゃんも、懸命に応援している。
しかし元々の力量に差があるうえに、魔術まで使われているのだ。当てられる道理がない。
やがて砂時計は、全ての砂を下部へと落とした。
「く、くそ~……っ! 時間切れかぁ……っ」
「はい、ここまででございます。キミ凄いですねぇ。正直、驚きましたよ」
その称賛は、たぶん心からのもの。
だけれども、ちょっとだけ理不尽だと思ってしまう。
(軍服ちゃんには、俺に演技力がないって云われたんだが――)
ほんの少しだけ、俺も『お芝居』をしてみようと思った。
「母さん、フィーをお願い」
「あら? アルちゃんが挑戦するの? じゃあお母さん、ノワールちゃんを頼めるかしら?」
「ええ、もちろん」
母さんがドロテアさんにマリモちゃんを渡し、俺の手から妹様を受け取って抱きしめる。
「アル、お前がやるのか? 云っとくが、難しいぞ……?」
肩で息をしながら、親友が云う。
真っ当にやったら、攻撃が当たらないのは分かってる。
「良いじゃないか。単なる余興だよ。勝てなくても良いんだ」
俺はそう云ったが、やれることをやろうと思う。
店主は、ちいさな挑戦者の掛け金を仕舞っている。
ブレフがお手伝いをして貯めたお金を。
(まあ、あのおっちゃんも身体を張って稼いでいるんだし、ブレフも納得して賭けたお金なんだから、どうこう云うほうが間違ってるのかもしれないけど――)
それでも、ちょっとだけ。
「おや? 今度はキミが挑戦するんですかい? 王都の時のあの子――男の子? それとも、女の子だったんですかね?」
さあ?
あの子の性別は、未だに俺も知りません。
「今の挑戦者の子だけでなく、あの子の身体能力もちょっとしたものでしたがね、キミもそうなんですかね?」
「まさか? あれやらこれやらと違って、俺は単なる凡人なんですよ」
武器の中から、木の槍を取る。
「もちろん挑戦は大歓迎です。でも、お金の方は掛かってしまいますよ? 良いんですかい?」
「ええ、それがルールですからね。でもそれって、俺が勝てたら、ちゃんと倍額を支払って貰えるってことですもんね?」
「そりゃあ、もちろん。こちらに当てられれば、ですけども」
「きちんと当てられなくても、ブンブンと振り回したのがラッキーで当たってもOKなんですよね?」
「ええ。条件は俺に当てることですから。ラッキーヒットも認めますよ」
言質は頂いた。
あとは、やるのみ。
「それで、幾らおかけになさるので?」
「これだけで」
俺が置いたのも、二千円。
『一応は』真っ当に試合しているおっちゃんにも、多少の事情があるんだろうからね。
青天井だからと云って、俺の全財産をかけるわけにもいかないだろうよ。
そこに、親友がやって来る。
「お、おい、アル。そんなにかけて、大丈夫なのか?」
「ブレフだって同じ金額をかけたじゃないか」
「そりゃあ、そうだがよ……。あれだけの額を貯めるのって、凄く大変なのはお前もわかるだろう? 俺たち子どもは、稼ぐ手段が限られてるんだからよぅ」
やっぱブレフもコツコツと貯めたんだな。
なら、あるべき場所に戻るべきだ。
俺は槍を持ってリングの中に入る。
おっちゃんは肩を竦めた。
「こちらも商売なんで手加減は出来ませんが、頑張って下さい」
「あはは。手加減は大歓迎ですよ。こちとら、ただの子どもなんでね」
「冗談でしょう? あの子やその子のご友人なら、きっと同じ道場か何かに通ってる戦士の卵で、ただの子どもじゃないでしょうからね」
成程。
俺をそう解釈したか。
でも、ノエルやブレフのように動けないというのは、正真正銘、本当のことなんだがね。
(俺に出来るのは、魔術を使った小細工くらいだ)
他には何もない。何も出来ない。
だからそれを、やるだけだ。




