第四百四話 祭りの当日~昼間~
今日は星祭りの当日。
でも昨日夜更かししたので、ちょっと眠い。
まあ去年と同様に午後は夜に備えてお昼寝するので、眠くて困ると云うのは午前中だけの話になるのだろうが。
「なぁなぁ、フィー。この爺ちゃんとも遊ぼうぜい?」
「めーっ! ふぃー、にーたに遊んで貰う! 今はだっこして貰うので忙しい!」
居間ではグランドファーザーが、フィーに誘いの手を伸ばしている。
なんだかんだで、今年もろくすっぽ孫と遊べなかった祖父なのである。
色々と『お爺ちゃんらしいこと』をしてみたいのだろう。
しかしマイエンジェルの反応は、にべもない。
美味しい食べ物をくれるドロテアさんと違って、あまりシャーク爺さんは妹様の心を取れていないからな……。
「ああ、クソ! 今年こそは、湖に連れて行ってやろうと思ってたのによぉ!」
グランパは悔しそうだ。
祖父の云う湖とは、沼ドジョウのとれる例の大きな湖だ。
セロの傍にあるからか、名前は『セロ湖』。
何のひねりもないね。
そのセロ湖では漁が盛んに行われている他、舟を浮かべて遊んだり、浅い場所で泳いだり出来るらしい。
確かにそんな楽しそうな場所なら、マイシスターは大喜びしたことだろう。
俺もフィーに、水遊びはさせてやりたいと思うし。
ちなみに例の沼ドジョウであるが、味がウナギに劣るのは以前も指摘した通りだ。
しかしウナギにはない優れた性質もあって、それは繁殖力が強いことと、成長が早いこと。
環境さえ整っていれば、どんどんバンバン増えるのだと云う。
セロの湖やミアパパの領地の大きな沼は、だから乱獲さえしなければ、継続してこれをとり続けることが出来るだろうと目されている。まさに生ける鉱脈だ。
ヴェーニンク男爵家はショルシーナ商会と手を組んだからウナギ関連で大きな利益を得られるだろうが、セロのほうはどうだろうか?
沼ドジョウが下魚扱いされているときに商会が利権を根こそぎ奪ってしまったので、あまり領主の収入にはなっていないのではないかと思う。
もちろんウナギ屋や漁師から取れる税金分は収入が増えたとは思うけれども。
ただセロの湖は沼ドジョウの価値発見以前から漁が盛んだったこともあって、損失はウナギの利権だけで済んだが、他の領地なんかだと『ろくな水産資源がないから』と、ショルシーナ商会に湖沼そのものを売却してしまった貴族なんかもいるんだそうだ。えげつないね。
尤も、これを単純な利益追求と見ることは間違いではあるのだろう。
商会は環境の保護・保全を第一の目的としている。
だからもちろん利益は頂くが、決して乱獲や環境破壊はしないし、させない。
エルフたちは、そう云った指針の下で行動をしているのだ。
「おい、アル。少しは俺にもフィーを譲ってくれよォ?」
「そう云われましてもねぇ……」
フィーは俺にしっかりと抱きついて、離れる気配が一向にない。
せっかく出来た友だちとも遊ばない、とかなら、色々と考えると思うんだけども。
あぁ、もちもちほっぺが柔らかい……。
「ふぃー、にーたと遊びたいこと、いっぱいある! 家の中も楽しい! お外も素敵! 時間足りない! 他の人、かまう暇ない!」
マイエンジェルは徹頭徹尾、俺とだけ遊ぶつもりのようだ。
相手がマッスルなオッサンかはともかく、もうちょっと『他』にも目を向けて欲しいとは思うんだけどね。
(去年のぽわ子ちゃんは頑張って託児所でお友だちを作ろうとしてたけど、うちの子は去年も今年も、歳の近い子たちがいても、進んで接点を持とうとしなかったな……)
しかしそれでも、話しかけられれば応対はしていた。
やっぱりゆっくりでも、同年代の子たちと交流させるべきなんだろうなと思う。
その中にひとりでも波長の近い子がいれば、マイエンジェルにも友人が出来るかもしれない。
(でも、フィーと波長が近い子ってなると、やっぱりちょっと変わった子になったりするのかな……?)
いやいや、別に当家の妹様を変わり者呼ばわりするつもりはないが。
何にせよ、フィーには色々な人と触れ合う機会を作ってあげたいな。
(母さんにやりがいを与え、フィーに出会いを与えるなら、託児所という選択肢は本気で考えておくのも良いのかもしれない……)
すぐにどうこうってことはないだろうけど、未来の可能性として視野に入れておくのは悪くないだろう。
ならば、ここの託児所も『そういう視点』で見て学んでおくべきだったなァ……。
「ほらほら、フィー。爺ちゃんのたくましい筋肉だぞ? 力を込めると、こうやって胸板がピクピクと動くんだぜぃ?」
「やーっ! ふぃー、きんにくやー! にーた、たすけて!」
「何故だぁっ!? 筋肉は男の証だ。優れた冒険者の条件みたいなもんなんだぞ!? ドロテア、お前だって、俺の筋肉が好きだろう!?」
胸板ピクピクに怯えるマイシスターと、それを見て愕然とするギルド執行職。
彼は自らの連れ合いに助けを求めるが、奥方様の視線は冷たい。
「なんです、ちいさい子を泣かして! 云っておきますが、私は貴方の中身に惚れたのであって、筋肉には興味ありませんからね」
筋肉って、好きな女性は好きみたいだけどね。
前世では『腹筋が好き』って云っている人を見たことがあるし。
(フィーの奴、筋肉は嫌なままなのか。セリ会場で出会ったバケモノ――フランソワもはち切れんばかり身体をしていたが、アレのことは嫌がってなかったが……)
寧ろ格好良いとか云ってたからな。あの厚化粧の怪物を。
「にーた! ふぃーとあっち行く! あっちで遊ぶ! ふぃー、また飛ぶやつ見たい!」
筋肉から逃れたいのか、それとも単純に早く俺と遊びたいだけなのか、腕の中のマイシスターは、俺を遠くへと誘う。
ちなみに『飛ぶやつ』と云うのは、システィちゃんに教えてあげた折り紙のバリエーションのひとつで、紙飛行機のことだ。
尤もこの世界には『飛行機』なんて言葉はないから、表現には苦労したが。
「ははは。じゃあ、あっちで紙を飛ばそうか」
「飛ばす! ふぃー、頑張って折る! 上手くできたら、ご褒美にキスして貰う!」
「何でふたりの世界なんだよぉッ!? 俺も混ぜてくれよぉっ!」
むさいオッサンの慟哭が聞こえる。
でも、ごめんよ。
俺はマイエンジェルのご機嫌取りで精一杯なのだ。
「リュシカァ……ッ! お前はどうだ!? お父さんと遊んでくれるんだろう!?」
「ごめんなさい、お父さん。今はノワールちゃんに構ってあげたいから……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
やっぱり今年も爺さんは、孫や娘と遊ぶことが出来なかった。
※※※
「ふへへ……! お昼寝! ふぃー、お昼寝好き! 起きたら、お祭り! ふぃー、楽しみ!」
午後になって、お昼寝の時間になった。
妹様の云う通り、起きれば夜の星祭りだ。
なお昼寝場所にはクレーンプット母娘の強い要望により、今年もハンモックを作成している。
釣り床に寝そべり、フィーを抱えながら、お祭りのことを考える。
(今年の目玉は、ヒゥロイトによる演劇か……)
軍服ちゃんとは再会して託児所に行って以来会ってないが、それはリハーサルをみっちりとやる為なのだという。
一年ぶりの再会なのに俺たちとあまり遊べなかったことを、フレイはとても残念がっていた。
「我々のやる演劇を、キミには必ず見に来て欲しい……!」
この間別れるときに、何度もそう念押しをされた程だ。出向かないわけにはいかないだろう。
尤もそれは、妹様次第でもあるのだが。
「ふぃー、お祭りでいっぱい食べる! お祭り楽しい! 美味しいもの、たくさん!」
マイエンジェルはこの通りだからね。
急にお腹が痛くなったと云い出すかもしれない。
(胃薬とか、エイベルに作って貰うべきだったろうか……?)
そんなことを頼んだら、
「……食べさせすぎないことが大事。フィーを甘やかしすぎるのはダメ」
ってマイティーチャーに怒られそうな気もするけれども。
本当はエイベルとも一緒にお祭りを楽しみたいんだけどねぇ。
うちの先生、人ごみはやっぱりイヤみたいだ。
「にーた! 早く寝る! 寝たら、すぐにお祭り!」
マイシスターは『楽しみで眠れない』とか、『寝るのが勿体ない』とかは考えていないようだ。
それは健全な思考と云うべきだろう。
『寝たら休日が終わってしまう』だとか、『起きたら、もう仕事だよ』なんて考えに支配されるのは良くないことだからな。
俺も昨日は夜更かししたから、正直もう眠い。
「じゃあ、寝るか、フィー」
「ふへへ……! にぃさま、おやすみなさい……!」
フィーにキスされて、俺は瞼を閉じた。
妹様の云う通り、起きたらお祭りだ。
――そこではちょっとした出会いと、意外な人物とのちいさな再会があることを、今の俺は、まだ知らない。




