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妹のいる生活  作者: むい
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第四百一話 槍の本領


「じゃあ、打ち合うぞ?」


 俺は槍を構える。


 ティーネとの訓練のときにそうしているように、槍だけに集中する。

 もちろん、強化の魔術は使っているけれども。


(超強化して、ブレフを圧倒出来る身体能力で負かしても、あまり意味がないだろうなァ……)


 それでは、今の今までハトコ様に勝ってきたのと同じような感想を抱かれることだろう。

『ああでなければ勝てたのに』と。


 だからブレフと同じくらいの体力を想定して、肉体を強化する。


 身体能力でなく、機転でもなく、純粋な槍の技量でブレフに勝利せねばならない。


「おーし! やってやるぜぇ!」


 待ち望んだ戦いだからか、ブレフは気炎を吐いている。


 一方、俺に余裕やゆとりはない。

 インチキチャイルドの俺と違って、ブレフの才は本物だ。慢心することは出来ない。


「…………」


 槍を握りしめ、ジッと見据える。


 見るのはブレフ『だけ』ではない。

 それ以外も重要だ。


「始めッ!」


 爺さんの号令が掛かる。


 俺は地面を踏みしめ、槍を突き込んだ。


「甘ェッ!」


 ブレフは一瞬で半身避けると同時に、十手を槍に撃ち込んだ。

 強化前の俺なら、この時点でつんのめるのだが。


「……ふッ!」


 強化された身体は、鉄の棒の衝撃を耐え抜いた。

 即座に槍を引き、もう一度突き込む。


「ぬぅ……ッ!?」


 俺の槍がはじき飛ばせなかったブレフは距離を取ろうとする。


 ――が、させない。


 踏み込んで、槍を突く。

 リーチがあると云うのは、追撃も容易いと云うことだ。


「ほぉう……? アルの奴、足さばきもちょっとしたもんだな? ただ腰を据えて突いているだけじゃねぇ。きちんと『間合い』を意識した動き方をしてやがるぜ」


 爺さんは嬉しそうに頷いている。


 しかし確かに、俺はティーネから足使いの重要さを指摘されている。


 ブレフは俺の懐に潜り込もうとする。

 けれども即座に槍を引き、正面に構える。


 中には入らせない。

 近づかせない。

 逃がさない。


「くく……。アルの奴。槍と云う武器の性質を完全に理解しているな……。流石は俺の孫だ」


 爺さんの孫だからじゃない。

 ティーネが良い先生だからだ。


 彼女は云った。


「良いですか、アルト様。槍は『距離を取る』武器ではありません。『空間を支配する』武器なのです」


 曰く――。


 槍は遠くから攻撃出来るというだけではないのだと。

 そのリーチで相手の行動を掣肘し、動きをコントロールする武器なのだと。


「相手の動きを。選択肢を。自由を削っていく。それこそが槍術の妙味です。空間を支配出来る槍術家は、決して負けません。たとえ一対一でなく、多数を相手にしたとしてもです。精妙な槍とは、それ程の武器なのですよ」


 その時のティーネの顔は、本当に誇らしげだった。


 あのハイエルフの女騎士は、心の底から槍とその技術を愛しているのだろうと分かる程に。


(実際、間合いを極めているティーネは『一対多』でも強かったんだよな)


 昨年の大災厄でも、彼女は従魔の群れに包囲されても、その全てを叩き潰していた。


 俺が、あの力量まで到達するのは無理だろうな。

 けれども、生涯の参考には出来るだろう。

 今こうして、俺の技量になってくれているのだし。


「く……っ!?」


 ブレフが顔を歪める。

 たぶん、猛烈なやりにくさを感じているはずだ。


 師の言葉通り、自由を奪う。

 槍とは、それが出来る武器だ。


 槍を突く。

 躱される。

 即座に旋回し、石突きで足を払う。


 ブレフは飛び退く。


 距離を潰し、槍を構える。


 相手の動きを制御し、端へ端へと追い詰める。


 何回も何回も訓練してきた動きなので、澱みはない。


「ふん……。アルの奴、余程に良い師に教わっていると見えるな。あれは天性の動きではなく、修練の結果だろうぜ」


 歴戦の戦士である祖父には、そういうことも分かるみたいね。


 一方、天性の動きが出来る方。

 ブレフ少年は、このままでは埒があかないと思ったようだ。


 明らかに表情が変わった。

 何かを仕掛けてくるのだろう。


「行くぜ、アル。うなぎ飯の為だ! 散ってくれ!」


「ブレフの阿呆が。仕掛けることを宣言してどうするよ」


 爺さんが苦笑している。


 しかし、『散ってくれ』とはな。

 俺の命って、ウナギ以下かよ。


 ブレフは地を蹴る。

 俺は槍を突く。

 ここまでは先程と同じ。


 違いがあったのは、そこからだ。


 彼は、側面に跳んだ。

 そして、庭に植えてある木を蹴った。

 その反動で俺に突っ込んでくる。


(三角跳びかよ!?)


 驚いて、対応が遅れた。

 冷静ならば、一歩引いて槍を叩き付けることも出来たろうが。


 これは俺の未熟だろう。

 ブレフはもう、目前へと迫っている。


「うなぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 そのかけ声はどうなんだ?


 しかし、槍は間に合わない。


 なので、俺は放した。

 両手を槍からはずしたのだ。


「――!?」


 飛来して来るブレフが驚く。


 俺は身体をねじり、ハトコの軌道から逃れる。

 それと同時に、懐に手を突っ込んだ。


 そして俺たちの身体は、すれ違う。


「ぐぅ……っ!」


 ブレフが声をあげて、着地する。


「そこまで。アルの勝ち」


 祖父が告げる。


 俺がやったのは、懐に隠してあった短剣――爺さんの家にある訓練用の木製だ――をサブウェポンとしてカウンターに使っただけだ。


 槍のみに気を取られていたブレフは、それを喰らったというわけだ。


「く、そ……。アル。お前、短剣も使えたのかよ……」


「少しだけな」


 これもティーネの教えだ。


 でも、ちゃんと純粋な槍術だけで勝てなかったのが悔やまれるな。

 槍の本領は、俺には遠い。


「あー、クソ! 負けた負けた! うなぎ飯があ!」


 ブレフは芝生の上に大の字になった。

 負けたことが悔しいのか、ウナギを食えないことが悔しいのか、どっちなんだよ。


「アル、お前強いな……」


 空を見ながら友人は呟く。


「そっちもな」


 槍を拾いながら答えた。


 ブレフは、唇を尖らせている。


「身体強化、本当ならもっと凄い動きが出来るんだろー? 俺にあわせて、『あの程度』の動きでやってくれたんだろー?」


 強化量に制限を掛けていたことに、ハトコの少年は気付いていたようだ。


「……シャークさん。俺、全然弱かったよ」


「むっはっは! そうだな。お前は弱い。まだまだ弱い。そいつを知れたことは、大きな前進だぜ」


 祖父は俺の頭を撫でた。


「ありがとよ、アル。これでブレフの奴も、もっと稽古に身を入れるだろうぜ」


 爺さんは嬉しそうだ。

 これで一応、目的は果たせたのかな?


「アル、お前は凄ぇよ。でも、俺ももっと強くなるぜ?」


 ブレフは上半身を起こしながら云う。


 彼は俺が『凄い』と云った。

 けれども俺には、色々とインチキがある。

 本当に『凄い』のは、まだ七歳でここまで出来るブレフのほうなんだろう。


 こちらには反省点があるばかりで、称賛を受け取る資格は、本当はない。


 でも俺の『背景』を口にすることは出来ないし、ブレフの慢心をくじくことが目的だったから、彼を褒めてあげることも控えねばならない。


 だから、無言で手を差し出し、ハトコ様を引き起こした。


「よっと。……サンキュ、アル」


 自分のおしりをポンポンと払いながら、彼は笑う。


 変にへこんだり劣等感を抱かずに切り替えられるのは、心が健全な証拠だろう。サッパリとしたものだね。


「さて。じゃあ、アル。負けっぱなしは性に合わないから、最後にもう一戦やろうか?」


「ん? まだやるの?」


「おうよ! でも今度は、魔術の使用は一切禁止な?」


 負けず嫌いではあるんだねぇ。


 ――んで、結果は。


「ぐえー」


「はっはっは! どうしたアル! てんで弱いぞ!」


 芝生の上にスッ転ばされた、俺の姿があるばかりでした。


 こちとら魔術師なんだから、魔術がなければこんなもんよね。


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― 新着の感想 ―
[一言] >こちらには反省点があるばかりで、称賛を受け取る資格は、本当はない。 オーバーワークは我が生き様、過労死こそ我が人生、徹夜の日数がわが誇りよ と言わんばかりに過労死前夜の雰囲気を魂に刻み込ん…
[一言] 投稿お疲れ様です ちょっとした希望なのですが ブレフに一度、誰でもいい(強いて言うならシスティかフィー)ので「魔術師相手に魔術なしでの近接戦闘で勝ってどうする」的な言葉をいってみてほしいかな…
[一言] 槍術いいですよね。リーチがあるから恐怖心を抑えてくれるし、鎧の上からでも相手の骨を潰せる所とか剣よりも初心者向きな所が好き。
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