第四百話 ブレフとバトる
「魔術……ですか」
今年も去年も、俺はブレフとの立ち会いで一切の魔術を使っていない。
一方、試験の実技試合では、当然のように使っていた。
対人戦闘において特に重要なのは視力強化と身体強化で、これによって俺は相手の攻撃を『よく見』、『よく躱した』のだ。
実は肉体強化系の魔術と云うのは、使用難易度が高い。
力のかけ方を誤ると、それがそのまま肉体への負荷となり、場合によっては身体を破壊してしまうからだ。
なので強化魔術を使う場合は、いくつかの対策を持たねばならない。
たとえばそれは、負担が少ない範囲の魔力しか込めないことであり、たとえばそれは、肉体を鍛えて負荷に対抗することであったり、たとえばそれは、魔力の流れを集中的に管理し、負担そのものを減らすことであったりした。
魔力を操ると云うのは、『変換』とは違う。どちらかと云えば、生のままの魔力を操ることに近い。
だから俺は産まれてすぐの時点で視力強化が使えたわけであり、身体強化の魔術とも好相性になっている。
逆に云えば、身体強化系の魔術は、使えない術者も珍しくないわけだ。
尤も魔術の利点は遠距離から安全かつ優位性を保って攻撃することだと多くの魔術師は考えているようだから、視力強化以外の強化系魔術は、そこまで重視されていなかったりもする。
逆に自分の肉体を戦闘だけでなく移動などにも使っていく冒険者なんかは、この能力を欲しがるそうであるが。
(さて、どうするかねぇ……)
魔術を解禁するということは、出来ることが飛躍的に増えると云うことでもある。
それはブレフを封じる手立てが増加すると云うことでもあるのだが――。
向こう側では爺さんが、俺に魔術を使わせるとハトコ兄に説明している。
「おう! いいぜ!」
一も二もなく、ブレフは了承する。
その目はキラキラと輝いており、慢心と云うよりも単純に興味が勝っているみたいだ。
「シャークさんって危ないからって俺との立ち会いじゃ魔術使ってくれないからさ、魔術の使い手と、一度やってみたかったんだ!」
所持属性にもよるが、手加減って結構難しいだろうからね。
実技試験で能力減衰の指輪を用いたりプロテクターを用意しているのも、その現れなのだろう。
魔術のプロフェッショナルである試験官ですらそうなのだから、実戦重視の冒険者では、子ども相手に上手く手加減出来る魔術の使い手は多くないんだろうな。
「俺、魔術にも興味があるけど、アルがどんな魔術を使うかにも興味があるぜ! どうせやるなら、アルの手持ちでいちばん強力なのを見たいぜー」
俺の手持ちで最強だと、現代の魔術体系ではなく古式魔術を使用することになるが。
(ブレフを亡き者にするのが目的ではないから、流石にアレは使えんわなァ……)
俺は槍を構え直し、ブレフに問う。
「普通に攻撃魔術を使って良いのか?」
「もちろんだぜ。っていうか、攻撃以外に何かあるのか?」
強化系魔術は、どうやら思慮の外らしい。
そして、妨害に適した魔術も。
俺はそっと魔力を練り上げる。
これで実技試験に挑むときと同じ状態だ。
「ほう……」
微笑する爺さんの瞳が細まった。
あれは歴戦の戦士の目だろう。
俺の祖父に魔力感知や魔術感知の能力はないはずだが、何かが『切り替わった』と理解したらしい。
第六感ではなくとも、こういったカンの良さは冒険者には必要なのだと聞いたことがある。
「成程なぁ……。俺の孫は、想像以上だぜ。ひと泡なんて話じゃなかったな」
「そっかー? アルの様子、さっきと変わってないじゃんかー?」
ブレフが素朴な感想を口にするが、これは仕方がないことだろう。
俺の見た目は変わっていない。
感知能力を持たず、爺さんのような感覚も育っていないなら、こう思うのが当然だ。
爺さんは苦笑し、それから大甥に呼びかける。
「ブレフ。この状態のアルに勝てたら、またうなぎ飯をたらふく食わせてやるぜ」
「おお、本当かよ!? 俺、やるぜ!」
ハトコの瞳に、欲望と云う名の炎が灯る。
微笑ましくて何よりだ。
「アルー」
「何だー?」
「一戦目は、わざと負けてくれよー。本気で立ち会うのは、うなぎ飯を確定してからにしたいからよー」
「んな……っ!?」
爺さんが口をあんぐりと開けている。
ブレフも結構、悪知恵が働くのね。
「だ、そうですが?」
「ダメだ、ダメだ! インチキはダメだぞ!?」
「談合はインチキじゃないだろー?」
そうかな?
そうかも。
しかし冒険者ギルドの執行職は、両手で大きくバッテンを作る。
「ダメったらダメだ! 真面目にやれ!」
「うなぎ飯を大まじめに食べたいから云ってるんだぜー?」
うん。
煽ってるんじゃなく、ブレフは素だな。
でも、このままでは話が進まないだろう。
「ブレフ、うちのお爺ちゃんもこう云ってるし、うなぎ飯は自力で勝ち取ってくれ」
「ちぇー。わかったよ。じゃあシャークさん、号令頼むぜ」
「……ったく。始めッ!」
合図と共に、ブレフが突っ込んでくる。
速い。
とても子どもの速度ではない。
ただし、試験で出会ってきた実戦経験豊富な魔術師たちには数段劣る。
俺はその場で槍を構えたまま、水弾を発射した。
「よっと!」
ブレフはそれをなんなく躱す。
これもただの子どもに出来る芸当ではないが――。
「うぉっ!?」
ブレフは足を滑らせ、芝生の上にスッ転んだ。
俺はそれを予測していたので、その瞬間に距離を詰め、体勢を立て直す前に槍を突きつける。
「うっ……」
「ほい、俺の勝ち」
そう告げると、ブレフは頭を掻いた。
「くそー……! コケなければなぁ……」
「バカが、違ぇよ」
爺さんは笑う。
「アルは水弾をお前にだけ撃ったんじゃねぇ。同時に、足下――お前の進行方向にも撃ってたんだ。お前はそれを踏みつけた。だから転んだ。偶然じゃない。アルの機転とお前の迂闊。当然の結果だ」
「マジかー……。アル、お前凄いなぁ」
シンプルだが、効果のある小細工だったようだ。
当然だが、今まで相手にしてきた試験官たちには通じなかったものだ。
彼ら、あまり引っかかってくれないし、仮に掛かっても瞬時に体勢を立て直して反撃してきたからね。
「よし、もう一回だ!」
ブレフは勢いよく立ち上がる。
「お、めげてないな?」
「おう! だって、うなぎが食べたいからさ!」
真っ直ぐな理由だねぇ。
爺さんは俺を見て云う。
「流石は天才魔術師だな。攻撃魔術を使わせたら、それが何であれ、今のブレフじゃお前に手も足も出ないだろうよ。ハンデになるが、攻撃魔術は無しにして貰えるか?」
「良いですよ」
「むっ。アル、攻撃魔術なしでも俺に勝てるってのかー?」
「たぶん」
ちょっとカチンと来たようだ。
ブレフはふくれっ面をしている。
「くくく……。こいつにとっては魔術ってのは目に見える攻撃だけって認識だったろうから、今日のアルとの立ち会いは良い勉強になるだろうぜ」
爺さんはそんなふうに笑っている。
俺たちは定位置に戻った。
「シャークさん、始めてくれーっ」
「おう。――始め!」
ブレフが再び突っ込んでくる。
今度は足下にも注意しているようだ。
ちゃんと学習できているのは、素直に偉いと思う。
同じ手に何度も引っかかる人って、たまにいるんだよね。
「閃光!」
「うおっ、眩しっ!?」
どこぞの作画崩壊アニメみたいなセリフを呟き、ブレフの動きが止まる。
俺は単純に、ブレフの方向に光を発射しただけだ。閃光弾を喰らえ~。
全方位に放つと、皆の目が痛くなっちゃうだろうからね。
俺がブレフを凄いと思ったのは、目が見えなくても、ちゃんと防御態勢を取っているところだ。
普通は、のたうち回ると思うんだが。
やっぱり、並みの子どもではない。
シャーク爺さんの云う通り、こいつには優れた戦士になる資質があるんだろうな。
まあ、動きが止まっていたら、それでもう勝ちなわけなんだが。
「ほい、つんつん」
ガラ空きになっている部分から、槍でつつく。
「アルの勝ち」
グランパが告げる。
ブレフは悔しそうだ。
「うぅ~っ。搦め手で来られたら、対処出来ないぜー……」
「おいおい、ブレフ。お前ェは冒険者になりたいんだろうが。真っ当な騎士様なんかと違って、冒険者は暗殺者や盗賊を相手にする事も多いんだぜ? 奴らは搦め手のほうを多く使う。特に目つぶしなんざ、奴らのお決まりの手よ。対処出来ねぇのは、それこそダメだろう?」
「ぐぅぅ~~……。正面から打ち合えれば、俺の方が強いのに……」
そんな呟きを聞き、爺さんは俺にウインクをした。
四十代のムキムキのオッサンのウインクなんて貰っても嬉しいものではないが、これは『正面からわからせてくれ』ってことなんだろうな。
煽るような云い方はしたくないが、慢心はブレフ自身の死に繋がる。
仕方がない。
「じゃあ次は、正面から打ち合おうか?」
「むむーっ! なんだとー!?」
流石にムカついた顔をされてしまった。
すまんなぁ。




