第三百九十九話 三日目の朝
「おーう! アル、来たぜーっ!」
セロ再訪三日目の朝は、早い時間からブレフたちがやって来た。
挨拶の様子から、今日も元気いっぱいだと分かる。
「おはようございます、アルトさん」
一方でシスティちゃんは、いつも通り折り目正しい。
クレーンプット家に現れたハトコズに俺より先に声を掛けたのは、シャーク爺さんだった。
「おう、ブレフにシスティ。今日は託児所は良いのか?」
「俺たちは休みだぜ! 昨日、奇跡だかなんだかがあったからな! 偉い人が視察に来たりなんだりで邪魔になるってんで、俺たちは免除になったんだ。こんな話なら、毎日あっても構わないんだがなぁ」
まあ、神の奇跡と思しき現象が起こったのなら、昨日だけで調査が終わりと云うこともないだろうから、この対応は順当か。
降って湧いた休日はブレフにとっては嬉しいことなのだろうが、託児所の方は忙しくなってないのか心配だ。
まさか突発で『今日は預けられません』では、困る人が続出だろうし。
「その辺は大丈夫です。調査メンバーに同行して、育児が出来る人たちも臨時のお手伝いで来ているそうなので」
システィちゃんは、そう説明してくれる。
調査団も押しかける以上、補填の抜かりは無しと云うことね。
或いは、当然の対応と云うべきか。
「だから、かーちゃんに家の手伝いを押しつけられる前にこっちに来たんだぜ。おかげで俺たちまだ、朝飯も食ってねぇんだ。――ドロテアさーん、何か食べさせてくれよぉー!」
「はいはい。すぐに用意しますからね?」
グランマは困った風に笑うが、少しもイヤそうではない。
彼女の中ではこのふたりは家族であり、頼られるのは望む所なんだろうな。
「ドロテアさんって、朝からしっかりした食事作ってくれるから良いよなー……。うちのかーちゃんなんか、朝は忙しいって云ってパンだけとかザラだぜぇ? 最近は、ホレ、あのウナギ飯を考えたバイエルンの発明品の、コーンフレークばっか出してくるんだもん。アレは確かに美味ェけどさぁ……。来る日も来る日もじゃあ、まいっちまうぜ」
「お兄ちゃん、託児所は朝早くから開けなきゃいけないから、それは仕方がないよ」
大した理由もなく発明したコーンフレークが、忙しいご家庭にご好評を頂いているようで何よりでございます。
ブレフはシスティちゃんの声にこたえず、ニヤニヤと笑いながら、コアラのように俺に抱きついているフィーを指さす。
「……で、アル。それはなんだ?」
「…………」
マイシスターは何も答えない。
しっかりと俺にしがみついて離れないばかりだ。
「ほら、フィー。挨拶はちゃんとしような?」
「……ます」
どうやら、おはよーございます、と云ったようだが、妹様は俺に密着しているので、いつものような元気いっぱいのプリティボイスが響かない。
ではフィーに何があったかというと、『昨日からの地続き』なのだ。
マイエンジェルは、託児所での赤ちゃん包囲網にショックを受けていた。
その後、ご機嫌取りに奔走したおかげで笑顔は戻ったが、『にーた欠乏症』は完全には癒えなかったのだ。
結果、こうして俺に引っ付いたままになっている。
(おかげで、昨夜はエイベルに会いにいけなかったな……)
窓の外からぽつんと立っている姿は見たが、きちんと会話はしていない。
フィーを抱く俺の姿で、たぶん状況は察してくれただろうけど。
(いつも通りの無表情だったけど、微妙に寂しそうな気配がしたのは、俺の気のせいだったろうか……?)
泥事件のあたりからフィーの依存度がアップして、本当に寂しいとグッスリ眠っていても俺が離れれば目をさましてしまうようになったので、昨日のような状態だと離れることは出来なくなる。
「にーた外に出すと、すぐに誰か寄ってくる! ふぃー、お外行くの好きだけど、そこはイヤ!」
ぷくっと頬を膨らませるマイエンジェルは、そうして一層、俺を強く抱きしめる。
「お前もホント大変だなぁ」
ブレフに苦笑されてしまった。
そして今度は、俺自身に話を振ってくる。
「なあなあ、アル! 飯食い終わったらよ、久々に対戦しようぜ!? この一年でお互いがどのくらい強くなったか確かめたいんだ!」
「ボードゲームの対戦なら良いけど、武器を振り回すのはイヤかな」
「え~~~~っ!? 何でだよぅ! 良いじゃんか、やろうぜ、やろうぜ?」
子どもか!
と云いたいが、まだ子どもだったな俺たち……。
そこに割って入ってくるシャーク爺さん。
「いや、アル。俺もお前がどれだけ腕を上げたのかは見てみたい。何しろ、こんなご時世だからな。去年のようなことがいつ起こるか分からねぇ。俺が傍にいないときにリュシカやフィーを守ってやれるのはお前だけだ。祖父として、孫の強さは知っておきたい」
そもそも俺、守るべき対象のフィーより弱いんだけどね。
まあ、爺さんの理屈も分からなくはないんだけれども。
「それとな」
爺さんは、俺にだけ小声でぽしょぽしょ。
「ちぃとばかり、お前に頼みたいこともあるしな」
「頼みたいこと? 何です?」
「まあ、それはお前の腕を見てからで良い。無理かもしれねぇからな」
「はぁ……」
戸惑う俺を、母さんが抱きしめる。
「良いじゃない。お母さんは、アルちゃんはもっとお外で遊ぶべきだと思うわ? アルちゃんって、フィーちゃんと遊ぶか訓練の時以外は、あまりお外に出ようとしないし」
「そりゃ、勉強に割く時間も多いからねぇ」
マイマザーは、子どもはもっと、わんぱくでいて欲しいと思っているのかな?
まあ客観的に見れば、俺のような子どもは異常だろうしね。
「めーっ! にーたは、ふぃーと遊ぶの!」
この娘の場合は、外とか中とか以前の段階だろうなァ……。
「ふふふー。ママは、お外で一生懸命のアルちゃんも好きよ?」
ちゅっとほっぺにキスをしてくるマイマザー。
それを見たフィーが、大激怒してしまう。
「にゃにゃーーーーっ!? おかーさん、ふぃーのにーたにキスする、それ絶対にめーなのーっ!」
「うふふー。お母さん、フィーちゃんも好きよー?」
と、今度はフィーにキスをする。
「めっ! それもめーなの! ふぃーにキスする、それにーただけなの!」
妹様の怒りはとてもおさまらないようだ。
結局なしくずしのまま、ハトコズの朝食後に試合うこととなってしまった。
ちなみにブレフとシスティちゃんたちが食べている間中、俺はマイエンジェルの怒りを宥めることに集中することとなったのだった。
※※※
「うーし! やるかぁ! 楽しみだぜ!」
庭に出たブレフは、ブンブンと十手を頭上で振り回している。
「ブレフお前、やっぱりそれで戦うのか?」
「当然だろー? アル、お前が作ってくれたこの武器、ホントに色々出来て凄ぇんだ! 俺は去年アルに云われた通りに、十手術を極めるぜ!」
信じられんなァ……。
あんな武器じゃァ、戦いにくいと思うんだけども。
俺はいつも通りに、練習用の木の槍を構える。
「ほぉう?」
すると、爺さんがニヤリと笑った。
「しっかりと様になってやがるな。構えを見ただけでわかるぜ? 付け焼き刃なんかじゃねえ。しっかりと訓練しているヤツの体勢だ。お前もこの一年、ちゃんと訓練してたんだなぁ」
流石に本職だけあって、そういうことが分かるらしい。
俺の槍術の先生であるヤンティーネにも、動きがよくなって来ましたねと褒めて貰えるから、上達はしているのだろう。
「よーし! アルぅー! いつでもいいぜー! かかってきてくれー!」
ブレフの方は、なんというか自然体だな。少しも気負ってない。
「よし! では、始めッ!」
爺さんの号令と共に俺は駆けだし、未だ構えを取ってないブレフに槍を突き込む。先手必勝だ。
――が。
「ぬあッ!?」
血の繋がった友人は十手を持った片腕だけで、俺の槍を下方へと弾いた。
まるで、でかい棍棒でも叩き付けられたのかと思う程の衝撃だった。
取り落とさなかったのは、運が良かっただけかもしれない。
たたらを踏んだ俺の身体は、完全にガラ空きになる。
けれどもハトコは仕掛けてこない。
「……ブレフ、追撃しないのかよ」
「これで終わりじゃ、つまんないからなー」
なめられとるのぅ……。
が、確かに俺とあいつの間には、大きく深い差があるな。
技量うんぬん以前に、基礎的な身体能力からして違う感じだ。
「ねえねえお父さん、アルちゃんの槍、簡単に弾かれちゃったけど、アルちゃんが弱いってことはないわよね? アルちゃん、毎日とっても一生懸命に練習してるのよ?」
向こうでは、フィーを抱いた母さんがグランパに話しかけている。
「突きの様子を見りゃわかる。アルは決して弱くねぇよ。それどころかあの動きなら、同年齢のガキんちょとやりあっても、まず負けるこたぁねぇだろう。――が、ブレフの身体能力はちょっとしたもんでな。既に子どものそれじゃあねぇんだ。オマケに練習も欠かしていない。つまりその辺が、あの差になってるんだな」
それにしてもよ、と爺さんは呟く。
「アルの槍は、綺麗な槍術だな。荒々しくても臨機応変な冒険者の戦い方でなく、整然とした騎士や軍隊のそれに近い。個人で戦わせるよりも、集団戦法で活用する方が良さそうな感じだぜ」
その辺は俺の性格と、指導してくれるティーネの技術が合わさった結果なんだろうな。
(何にしても、このまま続けても、とてもブレフに勝てそうな気がしないねぇ)
単なる練習試合だし、勝ち負けよりも怪我をしないことの方が大事だから、別にそれでもいいんだけどもね。
「ん~……。アルの野郎。勝ち負けはどうでも良いと思ってやがるな? ったく。普通はあの年代のガキは、勝った負けたにムキになるもんなんだがなぁ?」
爺さんは呟くとブレフに待ったを掛けて、俺の方へとやって来る。
そして、小声でこう云った。
「アル。俺はさっき、お前に頼みたいことがあるって云ったな?」
「ええ、云いましたね。憶えてますよ」
「それは、ブレフのヤツの鼻をあかして欲しいってぇことなんだ」
「ブレフの鼻を、ですか?」
「そうよ。あいつは才能があるし、身体能力にも恵まれてる。オマケに訓練もしっかりやるんだが、そのせいで同年齢どころか、年上とやり合っても負け無しでな。ちょっと引き締めてやりてぇと思ってたんだ。ホレ、さっきお前の槍を叩き落としたときも、追撃せずに慢心してただろう?」
「ああ、成程。確かにねぇ」
「命の遣り取りをする冒険者になりたいってヤツがアレじゃあダメなんだ。が、俺やルーカスみてぇな明らかな格上が相手だと、やられて悔しがっても、一方で『負けて当然』と思うからか、そんなに効果がねぇ。だからここは、お前に勝ってほしいわけだ」
理屈はわかるが、このままやっても俺が勝てるとはとても思えないが。
「お前は一切慢心しないが、子どもらしいハングリーさがまるでないな? それはそれで問題だぜ?」
爺さんに肩を竦められてしまったぞ。
「アル。お前、本来は武術よりも魔術のほうが得意だろう?」
「まあ……。どちらかと云うならば」
「なら、魔術を解禁していい。それならあいつに、ひと泡吹かせられるだろう?」
爺さんは、そんなことを云い出した。
リアルの都合で、また暫くの間、更新ペースや時間が乱れます。
ご了承頂ければ幸いです。




