第三百九十八話 託児所騒動記
「にーた! ブタさん出来たっ! だっこ!」
皆が『メジェド様の奇跡』で大騒ぎをしている間も、フィーはマイペースに粘土をこねていたようだ。
この娘は作業に没入すると周りが見えなくなるからな。
「ふへへ……! 可愛いブタさん、にーたに教えて貰ったやつ!」
フィーが満足そうに腕の中から見おろしているのは、蚊取り線香を思い起こさせるデザインのブタの粘土細工なのである。
デフォルメされていて可愛いので、ブタさん好きのマイエンジェルに、こんな造形もあるよと以前に教えたことがある。
以来、こうしてたまに作るようだ。
さて。
託児所では、メジェド様が降臨なされたこと、そして奇跡が実際に起きたことで、てんやわんやの大騒ぎとなっている。
他所のクラスの先生や子どもが入り乱れ、何が何やら分からない状況だ。
数人の先生が奇跡の報告の為に、外に走っていったくらいなのだ。
そんな大袈裟な――と思わなくはないが、彼らからすれば、本当に神が現れたかもしれないのだから、大ごとになるのは当然なのだろう。
奇跡を目の当たりにして感動に打ち震える者。呆然とする者。我がことのように喜ぶ者。うるさくて泣き出してしまう子どもなど、収拾が付かない。
「ラック! 良かったなぁ!」
前述の通り騒ぎのせいで他所のクラスからも人が来ているが、その中のひとりにブレフがおり、足が悪かった子の肩に親しげに手を置いている。
どうやら、うちのハトコと彼は顔見知りだったようだ。
「アルト・クレーンプット」
そして俺をちょいちょいとつつくのは、軍服ちゃんことフレイ。
彼もこっちへ入って来たようだ。
「ちょっとこっちへ」
子爵家の跡取り様は、目立たないように俺を教室の隅へと連れて行く。
「確認なのだが、キミは治癒系の魔術も心得ているのか?」
「……何のことだ?」
「だから、この奇跡さ。キミがやったのだろう?」
美しい瞳が、真っ直ぐに俺を射貫く。
反射的に目を逸らすがフレイはそれを逃がさない。
「キミは知っているはずだが? 私には『魔術感知』と云う能力があることを」
「――――」
そうか。
そう云えばフレイには魔術の発動を知る能力があるんだったな。
とは云え、余計なことは口に出来ない。
俺は黙りこくる。
「成程。謙遜として自身の手柄を口にしないのではなく、何か語れぬ事情があるわけか。了解した。キミはセロの恩人であり、この私の友だ。我がバウマン子爵家の名と自らの誇りにかけて、余計な詮索はしないことをここに誓おう。――今の質問は忘れてくれ」
軍服ちゃんは微笑すると、そのまま離れていく。
フレイが聡く誇りの高い子だったのは幸運と云うべきか。
ともあれ、人が多い場所での力の行使は相応のリスクを負うと自覚しておかねばならないのだろうな。
入れ替わるように、例の面食いちゃんがこちらにやってきて、俺の袖をつまんだ。
「あそんで……?」
「皆騒いでるのに、キミはマイペースだねぇ?」
「だってあの神様、別に格好良くないし……」
奇跡も神様の顕現も、ガン無視ですか。
ここまで態度が一貫していると、いっそすがすがしいと云うべきであろう。
しかし、腕の中の妹様が激怒されてしまった。
「めーっ! にーたに触れる、それ許さないのーっ! それに、メジェド様かっこーいい! あの良さわからない、それ絶対におかしいの! ふぃー、許さないのーっ!」
マイシスターの怒りは二重の意味であったようだ。
だが、面食いちゃんはどこ吹く風。
再び、俺の袖をくいくい。
「あそんで……?」
「めっ!」
マイエンジェルは所有権を主張するかのように、俺にヒシッと抱きついた。
「あそんで……? 格好良いおにーちゃん……」
「めーったら、めーーーーっ! にーたはふぃーのなの! 近づく、めーなのーっ!」
面食いちゃんが俺を引っ張り、フィーがそれを阻止しようとする。
両者のにらみ合いがこのまま続くのかと思われた矢先、
「あ、いたいた。クレーンプット兄妹、ちょっとこっちへ来て?」
レベッカさんが『ももぐみ』へと入ってくる。
「どうかしましたか?」
「どうかしたも何も、見ての通り、託児所自体がてんやわんやでしょう? 報告なり聞き取りなりで、先生の手が足りないのよね。年長さんなら、それでも多少は融通が利くけど、もっとちいさい子たちは目を離すわけにも行かないのよ。だから、こっちを手伝って欲しいの。貴方なら、たとえ赤ちゃんを任せても大丈夫でしょ?」
大丈夫じゃないと思うけど。
乳幼児は繊細だからね。
専門的な知識や経験は必須だと思うんだが。
「平気よ平気。他の先生もいるし、何より貴方たちの母親もいるから、何かあったらすぐに声を掛けてくれればいいから。さ、来て?」
急いでいるのか、俺を連れ去ろうとするレベッカさん。
しかし、面食いちゃんがそれに待ったを掛ける。
「レベッカせんせい……。格好良いおにーちゃんを連れて行くのはダメ……。連れて行くなら、もっと劣った人にして……」
「あんた、確か『ももぐみ』の問題児ね。クレーンプット兄は必要な人材だから連れて行くの。顔の良さを求めるなら、うちの息子で我慢しなさい」
レベッカさん、我が子のことをイケメンだと認識してるのね。
まあ実際に俺から見ても、あいつはシスティちゃんの兄だけあって整った顔をしているのだが。
「ブレフおにーちゃんより、こっちのおにーちゃんの方が格好良い……! 私は、より顔の良い方を選ぶ……」
ホント凄いな、この幼女様!?
「あんたの事情なんて知らないわよ。なら、あっちのもっと顔の良いのにしておきなさい」
と、向こうに見えるフレイを指さすハトコのママン。
「私は格好良い男の子は好きだけど、顔の良い女の子は好きじゃない……っ!」
なんつーワガママな……!
でもそうだよな、軍服ちゃんはどこからどう見ても、可愛い女の子にしか見えないよな。
「知んないわよ、そんなこと」
レベッカさんはそれ以上、面食いちゃんの相手をせず、俺を赤ちゃんクラスへと引っ張っていった。
――で、移動した先では。
「赤ちゃんのお世話はこっちでやるから、アルトくんはハイハイ出来るくらいの子たちの相手をお願いね?」
そう云われた訳なんだが。
「あきゅーっ!」
「あぶあぶ……!」
「きゃっきゃっ!」
何故だか、複数の幼児たちによる包囲網が完成していた。
ハイハイ出来る子たちは次から次へとこちらへ集まってきて、てしてししたり、ちっちゃなおててで懸命に掴んできたり、頭を擦り付けてなでなでを要求してきたりする。
その中には、当たり前のようにマリモちゃんも混ざっていた。
「あらあら。アルちゃん、ちいさな子たちに好かれるのねえ……。羨ましいわー」
母さんにはそんなことを云われてしまうが、マイマザーにお世話をされている子たちは、皆が笑顔だ。
子どもたちからの好かれ度は、圧倒的にそっちが上だと思うけども。
乳幼児が笑顔で皆がハッピーかと云うと、そうでもない。
両目いっぱいに涙を溜めてこちらを見ている子もいるわけで。
「うううぅぅぅぅ~~~~……っ! に~たああああああ……!」
フィーは俺が子どもたちに取られたと思って、ショックを受けてしまっている。
俺を求めてこちらに手を伸ばしている姿を見ると、すぐにでもなでなでして慰めてあげたいと思うのだが、包囲網は重厚で、とても突破できそうにない。
これは身体が自由になったら、手厚いフォローが必要だろうなァ……。
「あきゅっ!」
「あぶぅ……!」
「にゃーにゃ!」
そして包囲網を形成しているお子様たちはお子様たちで、ポジション争いを始めてしまった。
俺の手はふたつしか無いからね。
撫でてあげられる範囲も順番も限られるわけで。
(ヒツジちゃんにしているみたいに触手を使う手もあるが、メジェド様騒動が起きている最中だ。あんな曲芸じみた技術を他人に見られるわけにもいかない……)
なので、あれは使用不可。
託児所は神の奇跡で大騒ぎ。
俺個人はお子様たちと妹様への対応で、てんやわんや。
あっちもこっちも大忙しだ。
なおメジェド様像は、この後のことになるが、色々と精査する必要があるとか云う理由で、お上に召し上げられてしまったそうな。
「ふぃーの作ったメジェド様、皆が持って行っちゃう……!」
家に戻った後のマイエンジェルは、そのことに関してもお冠だった。
慰めるのに骨を折ったのは、云うまでもない。




