第三百九十六話 『ももぐみ』
「アルトです。よろしくお願いします」
「ふぃーです! にーたが好きです!」
「今日、皆と一緒に遊ぶ、アルトくんとフィーちゃんです。仲良くしてあげて下さいね」
「はーい!」
子供たちが元気に手をあげる。
この託児所に預けられている子供たちは、素直な子が多い。
それは各々の家庭に余裕があるからなのだろう。
セロは大きな街だ。
人口が多く、土地も広い。
加えて代々の領主、アッセル伯爵家の統治は巧みで、従って平民レベルまである程度は裕福だ。
この子たちの笑顔は、それが反映されたものなのだろう。
食うや食わずでは、笑ってなどいられるはずもないからな。
しかし一方で、全員が全員笑顔であるわけもない。
子供たちの輪に入らず、ムスッとした顔でこちらを見ている男の子と、不安げな表情でその男の子の袖を掴んでいる女の子がいる。
もしやあのふたりが、レベッカさんの云っていた『気を使わなければならない子たち』なのだろうか。
簡単な挨拶が終わると、そのふたりを除いた子供たちがこちらへやってくる。
「ねーねー、何して遊ぶ、何して遊ぶ!?」
「お兄ちゃんたち、見かけたことなーい! どこから来たのー?」
「外でボールあそびしよーぜー」
「えー? 中で折り紙がいいー!」
物怖じしない子たちだな。
それだけ、ここでは日々を楽しく遊べているのだろうが。
託児所のメンバーは俺だけでなく、当然フィーにも寄ってくる。
「白い髪の毛きれー。素敵な色ねー?」
「みゅ? 黒も茶色も、綺麗な色! ふぃー、そう思う!」
「フィーちゃんって、何が得意なのー?」
「ふぃー、得意なこといっぱいある! お歌得意! お絵かき得意! でも一番得意なの、にーたにだっこして貰う事!」
「えー、だっこに得意なんてあるのかよー!?」
「ふぃーくらいになると分かる! ふぃー、だっこ一日も欠かさない!」
「でも、いつまでもだっこは変だって、お母さんが……」
「それ、しろーと考え! 大好きなら、だっこして貰いたいと思うの当然! だっこして貰うと幸せ! 人は、幸せになる為に生きている! なら、だっこして貰うのは正しい!」
またぞろ妙な三段論法を……。
しかしうちの妹様、話しかけられればちゃんと応対はするのよね。
この調子で、お友だちのひとりやふたり出来てくれると嬉しいんだがなァ……。
「…………」
「ん?」
キュッと、後ろから袖をつままれてしまった。
見るとそこには、四歳くらいの可愛らしい女の子の姿が。
「あそんで……?」
「ん? そうだな。もちろん構わないけど、先生やお友だちじゃなくて、俺で良いの?」
「……おにーちゃん、顔が良いから……」
変な子だったーーっ!?
そうかー……。
まだフィーくらいの年齢だろうに、もう『そういうの』で選ぶのね……。
前世でイケメンではなかった人としては、なんとも身につまされる話だね……。
このちょっと変わった子は、取り敢えず『面食いちゃん』と呼んでおこう。
面食いちゃんは俺の顔をマジマジと見つめてくる。
ガン見されているので、俺も視線を逸らすことが出来ない訳で。
「ぽっ……」
口に出して云わんでも……。
そしてそこに、怒りの声が滑り込んでくる。
「めーーーーっ!」
云わずとしれた、妹様だ。
「にーたに近づく不穏な空気、それ、ふぃーが許さないの! ふぃーのにーたに近づく、めーなのーっ!」
「大丈夫。顔が良くなかったら近づかないから……」
とんでもなく酷ェセリフですね!?
じゃれ合っていると思われているのか、周囲は俺たち三人を見て笑っている。
いや、何気に笑い事ではないと思うんですがね。
(笑っていない子供もいるな)
クラスの殆どが笑顔だから。
皆が笑っているから。
だから余計に、そうでないことがクッキリと目立つ。
それは、最初に目についたふたりの少年少女。
彼らはこちらに近づこうともしない。
フィーが面食いちゃんを追っ払い、ついでに周りの子たちも退けて、『人間の真空状態』となった時に、先生にあのふたりのことを聞いてみた。
「あれはラックくんとアイナちゃんという兄妹ね。前は皆といっしょになって遊んでいたんだけど……」
悲しそうな表情で、『ももぐみ』の先生が云う。
『前は』と云う以上、笑顔でなくなったことには理由があるのだろう。
「にーた! ここ、やっぱり粘土がじゅーじつしてる!」
一方で妹様は、面食いちゃんを追い払えて安心したのか、大好きな粘土に目を奪われている。
「ふぃー、頑張って粘土こねる! ふぃー、にーたにそれを応援して欲しい!」
「おおそうか、よしよし。頑張れ、フィー」
「ふ、ふへへ……っ! ふぃー、にーたにがんばれ云って貰えた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、がんばる!」
そうして、うきうきと粘土に挑むマイエンジェル。
再びの空白時間に、俺は先生に問いかける。
「あのふたりが、笑わなくなった理由を訊いても平気でしょうか?」
「そうねぇ。普通はあまり勝手に云うべきことじゃないんだけど、あのレベッカちゃんが信頼して貴方をこちらに向かわせたんだし、お手伝いしてくれる立場なら先生たちの側だし、知っておいて貰える方が良いのかもしれないわね」
先生は周囲を見渡した後、小声で云う。
「あの子たちはね、病気になっちゃったのよ」
「病気? それにしては、家で安静にと云う訳じゃないんですね?」
伝染病――って訳でもないんだろうな。
「ええ。うつる類のものではないみたい。もの凄く特殊な症例でね。魔力に関するものみたいなの」
「魔力」
意外な単語が飛び出して来たな。
尤も魔術のある世界なので、それを原因とする病というのもないわけではないが。
「病名は?」
「魔結晶なんとかって云う――ごめんなさい、正確な名前は憶えてないわ」
「圧迫性魔結晶化症ですか?」
「そう、確かそれよ。よく知ってるわね、そんな難しそうなこと」
「うちの先生に教わってますのでね。それより、手術はしないんですか? それとも、出来ない事情が?」
圧迫性魔結晶化症と云うのは、魔力が極小の結晶化する現象である。
世にある魔石が魔力の塊なのだから、人間やエルフのように魔力を持つ者たちのそれも、極々稀に、体内で塊になることがあるという理屈らしい。
ただし、発症条件自体は不明瞭で、発見例も多くはない。
体内にある魔力が引き起こす現象と云えば、マイマザーやパウラ王妃が患った魔素包融症があるが、こちらは魔力溜まりである結晶がちいさいことと、大元が自分自身の魔力であるという理由で、死ぬような目に遭うことはないらしい。
ただ『圧迫性』とあるように、出来る場所によっては痛みを伴うことがあるのだと。
で、その場合の治療法だが、問題のある部位を切り取るという直截な手段が、唯一の治し方であると云う。
文字通り、『取り除く』と云う訳だ。
結晶は微小なのだから切除する部分も少なくて済むので、珍しいが大した病気ではないという評価が定着しているのだと聞いている。
先生は眉をひそめて呟いた。
「あの兄妹の場合、どっちも切り取れない場所に出来たんですって。ラックくんは足の腱。アイナちゃんは目の裏側だって」
ラックと云う名前の割りに不幸な――とは、あまりにも不謹慎すぎる感想か。
「その云い方だと、『痛いだけ』ではないんですね?」
「ええ。ラックくんは走れなくなっちゃったし、アイナちゃんは右目がだんだんと見えなくなってきているみたいなの」
成程ね。
軽々しく踏み込んじゃいけない話題ってことか。
何も考えずに『お外で遊ぼう』なんて云ったら、それこそ地雷案件になるだろうな。
「子供たちには難しい病気のことなんて分からないし、急に遊ばなくなったって思われちゃったみたい。ラックくんも少しいじっぱりなところがあるから、自分から皆にまざろうとしないのよ。私たちが声を掛けると、かえって意固地になっちゃうし。それでもうすこしだけ様子を見ましょうってことになって――」
「せんせー! こっちきてー?」
「はいはい。なぁに? ……アルトくん、ごめんなさいね。話が中途半端で」
子供に呼ばれて先生は向こうへ行ってしまった。
「ふへへ……っ! にーた、見て見て? メジェド様出来た! ふぃー、今度はブタさん作る! ブタさん可愛い! ふぃー、にーた好きっ!」
「フィーはいつでも笑顔だな?」
「ふぃー、にーたといつでも一緒! だから笑顔! にーたが、ふぃーの笑顔!」
もちもちほっぺと粘土まみれの手の二重攻撃を繰り出してくるマイシスター。
なでなでしてあげると当家の天使様は、喜び勇んでブタさんの作成に取りかかった。
「ま、そうだよな……」
笑顔。
それは何よりも貴重なもの。
そして、ここは託児所だ。
なら子供は、もう少し別の表情でいるべきだろう?




