第三百九十五話 セロの二日目 午前~午後
「これで、私が先にゴールだ」
「うぐぐ……!」
セロ再訪、二日目の午前中。
俺とフレイは、居間でボードゲームで遊んでいた。
「キミが考えた、このバックギャモンと云うゲームは大変に面白いな。盤上だけでなく、盤外でも駆け引きがあるのが実に良い。『ダブル』というのは良いシステムだね」
くそ、こいつ強い……。
いいようにあしらわれてしまっているぞ。
(孫娘ちゃんと対戦させたら面白いかも)
体感を交えた俺の予想ではクララちゃんが有利だが、完全に勝つと云いきれる程でもない。両者の対局は見応えがありそうな気がするぞ。
「私は常々、セロには声楽以外の売り物も必要だと思っていた。いっそ、このバックギャモンを大々的に広めてみるのも良いかもしれないな。生み出したのは、王都在住の人間だとしても」
「その辺のことは、ショルシーナ商会と話し合って決めてくれ。俺はゲームを作って売っただけだ。広め方の利権とかは、サッパリわからんからな」
「では、そうさせてもらおう。これは絶対に流行ると断言出来るよ。貴族の食いつきも良いはずだ」
軍服ちゃんもまだ幼い年齢だろうに、もうセロやらお家やらのことを視野に入れて行動しているのか。
立派な跡継ぎになるんだろうな。
「しかし……。ロッコルの実の飲み物といい、新たなボードゲームといい、キミの発想力には驚かされるな。この調子なら将来は、あのシャール・エッセンにも匹敵する発明家になれるんじゃないかな?」
軍服ちゃんもエッセンを知っているのか……。
「当然だよ。我がバウマン子爵家の馬車も、既に氏の開発したタイヤは装備しているくらいだからね。――だが、ちょっと問題があるのだ」
「問題? エッセンが何か?」
「いや。件の発明家は関係ない。問題は、皮さ」
「入手が難しいとか、そういうこと?」
それなら、昨日の夕食会で聞いた話だが。
超絶美少女の格好をした友人は、整った眉を逆立てる。
「デネンだ」
「デネンって、例の子爵か」
昨年、従魔士メンノが引き起こした大災厄。
そしてフレイをさらったガッシュたちとも、繋がっていた可能性の高い男。
「私兵を使っての狩り場の独占。業者や冒険者に手を回しての皮の買い占め。あの男、タイヤが必需品であることに気がつくと、その囲い込みを始めた。セロ限定でのことだから他所の地域にはあまり知られていないが、迷惑している者も多い」
「領主様へ報告をあげたらどうなんだ? フレイの家なら、それが可能だろう」
「それはもう、父がやってくださっている。が、やりかたが悪辣でも、ギリギリ合法の範囲なのだと云われたそうだ。相変わらず、狡猾な男だ」
吐き捨てるようにフレイは云った。
聞いた話ではセロの復興でも、かなりあくどいことをやっていたらしい。
彼女――いや、彼か――の実家のバウマン子爵家とデネンの家は、その辺の理由もあって、徐々に対立を深めているのだと云う。
「あの男は、セロに巣くう害虫だ。必ずや我が家が退治してみせる」
心情面からも義理の面からも、そして実際に迷惑を掛けられた面からも、俺としてもデネン子爵家には潰れて欲しいと思う。
バウマン子爵家には是非とも頑張ってもらいたいが、あまり無茶もして欲しくはない。
「にーた、ふぃー! 次、ふぃーがゲームやる! にーたの仇うつ! 仇うって、にーたになでなでして貰う!」
「うふふふふ……。負けませんよぉ……? 星騎士様はぁ……わたくしが貰い受けますので」
その挑発の仕方はやめて。
色々とよろしくありません。
「ところでだ、アルト・クレーンプット。キミの相棒、あの少年は今日はいないのかな?」
急に素に戻るんだから、もう。
「ブレフの奴なら、託児所を手伝ってるよ。あいつの親御さんが、そこの勤務なんでね」
「託児所を……。そうか……」
軍服ちゃんの表情は、少し暗い。
が、憂いを秘めた表情にも、奇妙な色香がある。
「託児所がどうかしたのか?」
「いやなに。昨年の一件以来、セロでも孤児や片親が増えてね。この街の貴族としては、色々と思うところがあるわけさ。――託児所の子供たちは、幸せに過ごせているのだろうかね」
「少なくとも、あの託児所は楽しそうだったよ。先生たちも良い人みたいだし」
「……そうか。それは良かった」
バックギャモンのコマを並べながら、軍服ちゃんは顔を上げる。
「どうだろう。この私を、その託児所へ連れて行ってはくれないだろうか? セロの貴族として、現場を見てみたいのだ」
「それは構わないけど、フレイお前、その格好で行くつもりなのか?」
「――まさか私に、男の格好をしろというつもりか!?」
お前は一体、何を云っているんだ。
※※※
そうして、昼食後は軍服ちゃんと一緒に託児所へとやって来た。
シャーク爺さんは家で寝ているそうである。
何となく、俺やフィーと遊びたがっていたようだが、こっちまで来る気はなかったようだ。
「ふふふー。お父さんね、お母さんとゆっくりすることを選んだみたい」
成程。
一緒に暮らしていても、忙しければ夫婦でのんびりする時間も取れないか。
孫と遊ぶことが出来なくなったから、奥さんと過ごす時間を選択したわけね。
寝ていると云ったのは、照れ隠しか。
「あ……っ! アルトさん……。来て下さったんですね……」
託児所に来て、ハトコ一族のうちで一番最初に遭遇したのはシスティちゃんだった。
彼女もちゃんと手伝いに来ているんだな。
まだこんなにちいさいのになァ……。
「お疲れ様、システィちゃん。進んでお手伝い出来るなんて、偉いね」
「……っ。……そ、そんな、ことない、です……」
うーむ……。俯いてしまったぞ。
これは照れているのか、恐縮しているだけか。
まだ細やかな機微を察してあげられないのがもどかしい。
控え目でも礼儀正しいシスティちゃんは、俺の家族にもぺこりんと頭を下げる。
フレイを見た時は、流石に固まっていたが。
「今日の私はお忍びの一平民で通すから、よろしく頼む」
そんな格好でお忍びも何もあったもんじゃないと思うが。
穏やかなシスティちゃんは、軍服ちゃんの出現に引きつった後、おずおずと俺に話しかけてきた。
「あ、あの……。アルト、さん……」
「うん?」
「お母さんが、もしもアルトさんが来たら、『ももぐみ』に行って貰うようにって……。すみません、一方的に……」
「桃!? ふぃー、今日、桃好きになった! 桃、甘くて美味しい! 桃、とってもいい香り! ふぃー、にーた好きっ! 大好きッ!」
腕の中の妹様が好物になったばかりの果物に激しく反応された。
ついでになでなでも要求されたので、これを叶える。
「ふへへへ……! にーたのおてて、いつも優しい……っ!」
しかし、『ももぐみ』か。
去年は確か、臨時クラスの『りんごぐみ』だったはずだ。
「その口ぶりだと、システィちゃんは別の組に?」
「は、はい……。『すいかぐみ』です。……同じクラスの担当でないのが残念です……」
別クラスで残念とは思って貰えるようですな。
そこに、レベッカさんがやって来る。
「お、来たわね? 助かるわ。……ん? そっちの子は――」
マジマジと軍服ちゃんを見つめるハトコズママン。
「あー……。貴方、もしかして」
「今の私は、単なる彼の友人です」
「ふぅん……。そう。なら、ちょうど良いわ。貴方にも手伝って貰いましょう」
「えっ、何を……!?」
「うちのクラスで簡単な人形劇をやるから、声を充てなさい。そういうの得意でしょ、貴方」
グイッとフレイの手を掴み、廊下の奥へと引っ張っていくレベッカさん。
彼女は一瞬だけ立ち止まり、こちらに振り返る。
「システィから聞いたかもしれないけど、クレーンプット兄妹は、『ももぐみ』をお願いね。母親の方は、去年と同じとこ。赤ちゃんたちの相手をしてあげて? 『ももぐみ』は、ちょっと扱いに気を使わなければならない子たちもいるけど、貴方なら問題ないでしょ。……じゃ、よろしく」
早口でせかせかと指示を出し、軍服ちゃんを連れて、レベッカさんはいなくなってしまった。
「ん~……。今年もアルちゃんたちとは別々かぁ……。でも、仕方がないわよね。赤ちゃんのお世話って、大変だもの。ふたりと離れるのは心配だけど、アルちゃんがいるものね? フィーちゃん。アルちゃんとしっかりね?」
「ふぃー、頑張る! 一生懸命、にーたのお世話する!」
俺の世話をしてどうするよ。
システィちゃんは、俺にぺこりと頭を下げた。
「身勝手なお願いをして、本当に申し訳ありません……! このお礼は、いつか必ず……」
この娘も大概、苦労性だよねぇ。
前世の職場に一緒にいたら、俺と仲良く倒れていたかもな。
「じゃあ、行こうか、フィー」
「みゅみゅっ! ふぃー、にーたと一杯遊ぶ!」
こうして俺とフィーは、『ももぐみ』へと向かったのだった。




