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妹のいる生活  作者: むい
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第三百九十四話 軍服ちゃん、再び


「久しぶりだね、アルト・クレーンプット。元気そうで何よりだ」


 一年ぶりに目の前に現れた子爵家の跡取りは、そう云って微笑んだ。


 相変わらずの美人である。

 寧ろ以前より色香を増したように思えるが――。


「フレイ」


「何かな?」


「……何で、そんな格好してるんだ?」


「おや? 似合っていないかな?」


 似合いすぎているから問題なんだろうに。


 今目の前にいるバウマン家の令息は、見事なまでのドレス姿をしていた。


 お人形さんみたい、とはまさにこういう格好を指すのだろう。

 元の顔かたちと相まって、途方もない美少女にしか見えない。


「ふふふ……。久方ぶりに会うのだから、オシャレをするのは当然だろう?」


「いつもの軍服はどうしたんだよ……」


「軍服? ああ、アレはヒゥロイトの制服だよ」


「何で声楽隊の服装が軍服なんだよ?」


「ヒゥロイトの大元は、セロ所属の軍楽隊が発祥だからね。尤もそれは、表向きの理由にすぎないが」


 フレイは妖艶に微笑むと、ピトッと俺にしなだれかかってきた。


「うっふふ……アルト様ぁ」


「おい」


「星騎士様は、こういうのはお嫌いですか……?」


 声色まで完全にお姫様ですな。

 清楚で気弱な感じで、けれども耳朶をくすぐるような『媚びる』演技が異常に巧い。


 フレイは貴族然としたいつもの表情に戻すと、俺に寄りかかったままで云う。


「私に限らず、ヒゥロイトの所属は見目麗しい者が多い」


 自分で麗しいとか云うか。


「だから、『ただの歌劇団』では、権力者や有力者が、劇団員に手を出そうとしてくるのさ。それを防ぐ為に、ヒゥロイトはセロそのものが保護しているのだぞと、内外に喧伝する必要があった訳だ」


「ああ、成程。何かあったら、セロそのものを敵に回すぞと」


「そう云うこと。尤もそれは、セロの統治者――アッセル伯爵家が『まとも』であることが前提だがね。もしも領主が『異常者』や『守銭奴』なら、自分で呼び出したり、有力者に差し出したりしただろうよ」


 お貴族様の立場が強い世界だからなァ……。


『美しい』と云うのは、それだけで目を付けられてしまうわけだ。


「だから――」


 フレイは素早い動きで俺の腕を掴むと、そのままアームロックへと移行した。


「があああ! 痛っイイ! お、折れるう~~~~」


「いやいや。私は全然力を込めてないだろうに」


 呆れた顔で俺を解放する軍服ちゃん。

 でも、アームロックを喰らったら、これは云わなければダメなセリフなのだ。


「キミは演技の才能がなさそうだなぁ」


 知っとるわい。


「この通り、私たち劇団員は演技向上のかたわら、護身術も学ばされているわけさ。己で己の身を守れるようにとね」


「その割りには、去年アッサリさらわれたよな……?」


「あれは彼らがプロだったと云うことだろう。多少の体術を習っていても、幼い子供ひとりだ。どうにもならないよ。寧ろ単独であのガッシュを撃破したそちらがおかしいのだ。……もしや、アレも『星騎士』の力の片鱗なのか?」


 星騎士うんぬんは、ぽわ子ちゃんの生み出したデマだから、俺に訊かれても困るぞ。


「キミらの調査を依頼しているフローチェ・シェインデル女史からは、毎回『わかりませんでした』と云う聞き取り結果ばかりが報告される。結局、セロを救った不可思議な現象は、何ひとつ判明していない」


「あれはメジェド様の起こされた奇跡だろう?」


「キミまで、それを云うか」


 フレイは、眉間を押さえる。

 そして、切れ長の瞳を俺に向けた。


「……あれ以来、このセロには新興宗教が生まれてね」


「おいおい。御神体は、まさか……?」


「他にあるわけないだろう? あの怪人に決まっている。しかもその伝道者は、私をさらい、キミに叩きのめされた誘拐犯のひとりと来ている。全く、何がどうなっているんだ? 普通、自分を倒して捕まえた者には、憎悪や恐怖を感じると思うんだがね? 何をどうやったら、『崇拝』へと至るんだ?」


 ……生まれたのか、メジェド教。


 俺の悪ふざけが、またこの世界に悪影響を。


「ともあれ、だ」


 軍服ちゃんは小悪魔じみた表情を作ると、またぞろ俺に引っ付いてきた。


「久々の再会と、去年のお礼を兼ねて、キミを是非、我が家に招待したいんだけどね?」


「うーん……。お偉いさんのお屋敷だと、緊張しちゃいそうで、ちょっとなァ……」


「キミは私相手に、まるで緊張していないじゃないか。そもそも、今だってドキドキしてくれていない……」


 自分の魅力、もしくは演技力に自信があったのか、軍服ちゃんは不服そうに唇を尖らせる。


「私にも、ヒゥロイト所属の女形としてのプライドがある。このまま引き下がるわけにはいかない……!」


 当初の目的を見失ってませんかね?


 しかし軍服ちゃんが新たな攻撃を俺に仕掛けようとした瞬間、大きな泣き声が響いてきた。


「ぐす……ッ! ひぐ……ッ! ふえええええええええええええええええん! にいいいいいいいいいいいいいいいたああああああああああああああああ! どこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 マイマザーの元で眠っていたはずのマイエンジェルが目をさまされたようだ。


 ダイコンを持ってきていないからか、想定よりも起きるのがだいぶ早いな……。


(俺の居場所くらい、魂命術か魔力感知で分かるはずなんだが……)


 目がさめて俺がいないと、もうそれだけでパニックになってしまうのだろう。


 兎も角、一刻も早く泣き止ませてあげなくては。


※※※


「ひぐ……ッ! ぐす……ッ! にーた、ふぃーから離れる、めーなの! にーたいない、それ、ふぃー耐えられないの……っ!」


「あああ、ほら、ごめんよ、フィー。俺が悪かったよ……」


 泣きながら、しっかりとしがみついてくるマイエンジェルの髪の毛を撫でてやる。


 フレイは、そんな俺たちを苦笑しながら見つめている。


「いやはや。なんとも仲の良い兄妹だね。私も妹とは仲が良いが、流石にキミ達には及ばないだろうな。と云うか、及ばなくて良いんだが」


 云いながら、夏の果物が入ったカゴを差し出してくる軍服ちゃん。


「キミの兄を奪ってしまったお詫びだ。どうにかこれで、怒りをしずめて欲しい」


 フルーツの盛り合わせなんて急に出てくる訳がないから、これは最初からお土産で持ってきてくれていたんだろうな。


「みゅう……。ピンクの可愛いの、ある……」


「あれは桃だね。そういえばフィーは、まだ桃を食べたことがなかったか」


「桃……? あの可愛いの、桃いう?」


「そうだよ、桃だ。貰ってみようか?」


「う、うん……。ふぃー、食べてみたい……。にーたに、食べさせて貰いたい……」


「はいはい」


 皮を剥いて、食べさせてあげる。


 うん。

 俺の指ごと口に入れるのは、やめような?


「ふへへ……! あまい……」


 良かった。

 フィーが笑顔を取り戻したぞ。


 フレイも胸を撫で下ろしている。


「セロの果樹園で取れる桃は二種類あって、八月の品種の方が甘いのだが、七月のそれも、それなりの品にはなっているよ。王都の貴族への贈答用にもなるくらいさ」


 おいおい。

 じゃあこの桃、結構お高いんじゃありませんかね?


「気にせずに食べて欲しい。完熟した桃は三日程で腐ってしまうから、それはもともと、王都へは送れるものではないしね」


 片道二日であることを考えると、王都だと着いてすぐに食べなければダメなのね。


 尤もこれは常温の場合で、魔石なり魔術なりで保護すれば、もう数日は保つだろうけれども。


「にーた、ふぃー、桃、もっとたべる……! 他の果物も食べてみたい!」


「お姫様の、仰せのままに」


 大好きな『甘いもの』を食べてマイエンジェルが元気になった。

 これなら、軍服ちゃんと話す時間もあるのかな?


「――で、フレイ。今日ここへやって来たのは、俺たちと旧交を温めるためだけか?」


 俺の言葉に、セロの友人はチケットを差し出してくる。


「これは?」


「今年の星祭りは星読み様を招かないからね。かわりに舞台で、我らヒゥロイトが演劇をやるのさ。これは、その特等席のチケットだ。ここでキミを招待しておかないと、私の演技が見て貰えないかもしれないだろう?」


「むう……」


 確かに、フィーが途中で「眠い」とでも云ったら祭りの途中でも、さっさと帰ると云う選択肢を取るかもしれない。


「少しは友人の晴れ姿を見ようと思って欲しいものだね。まあ、自分の妹を大切に思う気持ちは、私もよく分かるつもりではあるが」


 軍服ちゃんは肩を竦めて笑った。


 この子にも、俺はシスコンだと誤解をされているのかもしれない。


「それでは星騎士様ぁ。貴方様の来場を、心よりお待ちしておりますね?」


 フレイはひどく蠱惑的な表情で、俺に観覧の念押しをした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 作者様ぁいつも面白い作品を〜最新してくれてぇありがとぉ 艶やかなバリトンボイスでお送りしました
[一言] 腐女子・貴腐人とかの文化も発達してそうやな 「鍵屋の辻の決闘」と言う「日本3大仇討ち」の一つなんて ソッチ系の痴情の縺れが発端やしなあ 中世文化っぽい世界だからアルも狙われそうよね
[一言] 祝400話目でタイ
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