第三十九話 ちいさな秘密基地
「にーた、みつけた! きす! ふぃー、きすしてもらいたい!」
「はっはっはー! 見つかってしまったか~」
「ふぃー、にーたさがすのとくい! なでて!」
自らの功を誇る妹様は可愛かった。
それが接待プレイのかくれんぼであっても、だ。
しっかり抱きしめ、しっかり撫でて、そして、キス。
「にゃにゃ~~~~~~~~~~~~んッ!」
嬉しさのあまり、床を転げ回っているマイエンジェル。
「にーた! にーた! かくれんぼ、もっと! ふぃー、もっと、にーたさがす! きすすき! にーたすき!」
うむむ……。
すっかりかくれんぼがマイシスターのお気に入りになったようだ。
でも、ご褒美なしだったら遊んでくれないだろうな。
かくれんぼは離れの各場所で行われる。流石に倉庫や厨房は無理だが、それ以外は結構、フリーダム。
ただし、暗黙のルールがふたつ存在する。
ひとつはカーテンの時のように、隠れているように見えて、しっかりとはみ出していること。
もうひとつは、
「にーたあああああ、どこおおおおおおおおおお!?」
「ふっふっふー。さあ、どこかなー?」
それでもフィーが俺を見つけられなかった時は、声を出してあげることだ。
「――! いた! にーたみつけた! ふぃーのかち! だっこ!」
「また見つかってしまったな」
ぎゅーっと抱きしめる。
「ふへへへ……。にーたのだっこ、すき! にーただいすき!」
かくれんぼで距離を取ると、妹様は本当に不安そうにしてしまうので、普段よりも心を込めて甘やかすようにしている。
マイエンジェルもそれを察しているのか、俺を発見できた時に抱きしめられると、いつもよりも嬉しそうだ。
そんなある日のことだった。
その日もフィーからのリクエストでかくれんぼをしていた。
場所は離れの外だ。
そんな場所にかくれんぼ出来る場所があるのか? と問われれば、ある、と答えるだろう。
まあ、もとより複雑な場所に身を潜めるつもりもない。
ぶっちゃけ、木の陰に隠れるフリをするだけでも良い訳だし。
いかに上手く見つけて貰うか、が重要なのだから。
そうして捕獲されてご褒美のハグをしていると、マイシスターがひとつの発見をした。
「にーた! とんねる! とんねるがある! にーたすき!」
愛妹が指さしたのは、生け垣の一部だ。
天下の侯爵家の庭だけあって、敷地内の生け垣は大きく美しい。
その中に、ちいさなトンネルが出来ている。
「おお~~っ。フィー、よく見つけたなァ、凄いぞ」
「えへへへ。にーた、ふぃーのこと、もっとほめて?」
屋根裏部屋に心惹かれる人間だけあって、俺はこういう秘密基地めいた場所が大好きだ。
ただ、能動的にそう云う場所を探したり作ったりはしない。
これは中身の問題だろう。
本当に子供の頃の俺ならば、きっと嬉々として離れとその周辺を探検したであろうから。
「フィー、行ってみようか?」
「いく! ふぃー、にーたといっしょ! とんねるいく! にーただいすき!」
流石は物怖じせず、多くのものに興味を抱く妹様よ。
ふたりで四つん這いになって、草木のアーチをくぐった。
中は暗いわけではない。木漏れ日が射すので、バッチリと見える。ただ、外部の人間には、中に潜む俺たち兄妹を視認することは出来ないだろう。
(子供の俺たちでも狭さを感じるトンネルだな。大人には無理だろう。いや、エイベルなら、ギリギリ行けるか……?)
ちんまいからなァ、うちの先生。
二~三分も進むと、もう行き止まり。ただし、最奥だけは、少し広い。
上手い具合にドーム状に空間が広がっており、ここなら充分、座るスペースがある。
本当に、ちょっとした秘密基地という感じだ。
「フィー、ここで少し休もうか」
「だっこ!」
妹様を膝の上に乗せて、抱きしめた。土の匂いがするのは、掌や膝小僧が汚れたからだろう。
「段ボールかビニールシートを敷きたいな。いや、この世界にそんなものはないから、麻袋か何かを敷くべきか」
「にーた? なぁに?」
俺の独り言に、マイシスターが反応した。
ちいさく首を傾げながらも、爛々とした瞳をこちらに向けている。
そりゃあ、こんな状況で口を開けば、話しかけられたと思うのは、当然ではあるな。
「あー……、いやいや。ここを俺とフィーの秘密の場所にしたいなと」
「にーたとふぃーのひみつ?」
「そうだ。俺とフィーだけの場所だ」
「にーたとふぃーだけ!」
その言葉に、妹様が激しく興奮された。そういえば、この娘とふたりきりの場所なんて、基本的に無いものな。
「ふへへ……。にーたとふぃー……。にーたとふぃーだけのばしょ!」
「落ち着くんだ、フィー。大きな声を出してここを知られると、せっかくの秘密基地がバレてしまうぞ」
「んー! ふぃー、しずかにする!」
了承の返事が大声なのは愛嬌というものだろう。元気いっぱい、結構なことじゃないか。
そして、無言で抱きしめ合う。
「~~~~~~!」
必死に声を押し殺している妹様が愛おしい。いつもなら何かしら叫んでいるところだが。
この娘なりに、この空間を大事にしたいのだろう。
これはこれで少し新鮮。
(……ん?)
そんな風に愛妹とじゃれ合っていると、葉っぱの隙間の向こう側に、ひと組の男女が見えた。
我が家たる西の離れに、ではない。
本館――ベイレフェルト家の側からだ。
(あれは……)
片方には見覚えがあり、もう片方には見覚えがない。
しかし、見覚えのない人物が、誰だかは分かった。
この屋敷にいる貴族服を着た妙齢の婦人。
しかも敷地内にいて緊張感を欠片も抱いていないとなれば、それはもう、一人だけだろう。
(初めて見るなァ……。だが、イメージ通りの顔だな)
徐々に近づいてくるふたり。
ひとりは我ら兄妹の実父にして、母・リュシカの情人。ステファヌス。
そして今ひとりは多分、正夫人のアウフスタ。
(美人――ではあるんだがな……)
真っ当な美的感覚を持つ者ならば、10人が10人、綺麗と評価する容姿。
しかし、随分とキツそうな印象を与える瞳だ。
ツリ目がちなのは、多分、生まれつきだろう。
だが、あのトゲトゲしい気配は後天的なものであるに違いない。
元がキツ目な顔かたちなのに、それによって、より一層、近寄りがたい雰囲気になってしまっている。
(俺が何の先入観も持たずにあの人を見かけたとして、口説きたいかと問われたら、ノーと答えるだろうな……)
見るからにヒステリック。
傍にいて気が休まらなさそうな感じだ。
一方、我らが父は、何と云うか、柔弱な顔をしている。
いかにも気弱で、強く押し込まれると云い返せない。そんな雰囲気の男だ。
こちらも美男子なのは間違いないが、頼りなさがにじみ出ている。
(目の覚めるような美男美女のカップルではあるんだが)
でこぼこコンビと云うか、正反対と云うか。
ある意味では、それでバランスが取れてはいるのだろう。
で、このふたり。
一体全体、ここで何をしているんだろうか?
本館にいるならまだ分かるが、ここはもう、殆ど西の離れの敷地だ。
そこで気付いた。
どうやらこのふたり、云い争っているらしい、と。




