第三百九十三話 セロでの予定を話す
「えぇっ……!? それじゃあこの首飾り、貴方が作ったの!?」
「まあ、そういうことになりますかね」
ハトコズママンは、俺がドロテアさんに贈ったアクセサリを見て驚いている。
聞けば、デザインがあまりに洗練されすぎていると云うのだ。
まあ、その辺は地球世界から拝借したものだからね。
「信じられないけど、そっかー……。そうよねぇ。貴方、ブレフの振り回してる鉄の棒とか、システィのブローチも作ったんですものねぇ……。でも、どこでそんな技術を覚えたのよ? 貴方、まだうちの息子と同い年でしょう?」
「母さんの友だちがエルフで、そのエルフの知り合いにドワーフがいたってだけですよ」
実際は、『だけ』なんて話じゃないんだろうが、あまり大袈裟にするわけにもね。
「ドワーフなんて、細工物の本職じゃないの! てことは、何? 貴方将来は、細工職人でも目指すつもり?」
「手に職を付けているのは将来の選択肢を増やしているだけであって、まだ確定していないですよ」
細々と鍋の修理か何かで生きて行くのも悪くないとは思うけどね。
斬った張ったの人生よりは、余程に良い。
しかし、爺さんが口を挟む。
「アル。お前には優れた魔術の才能がある。冒険者になって、その戦力を活かすべきだと俺は思うぞ?」
戦力を活かすなら騎士団でも国家魔術師でも良かろうに、何故に『冒険者』限定よ?
まあ、自分がギルドの執行職だからなんだろうけどね。
祖父の言葉の尻馬に、ブレフも乗る。
「そうだぜ、アル! 一緒に冒険者になって、俺とパーティー組もうぜ!」
「危ないことはしちゃダメだって、いつも母さんに云われてるんでね」
適当な誤魔化し方をすると、マイマザーとグランマが同時に頷いた。
やっぱり身内が冒険者だと、色々と心配になることも多いのだろうな。
「えぇ~~っ!? 良いじゃんかぁ! お前も男なら、強い魔獣と戦ったり、伝説の武器を手に入れたりに憧れるだろう?」
そんなものより、スケジュールの安定と家内安全の方が尊く貴重に思えますがな。
「俺さ、いつかスゲー剣を手に入れたいんだ! 精霊銀の剣とか、魔剣とか!」
「がっはは! 精霊銀たぁ、大きく出たな? でもなぁブレフ。流石に精霊銀は存在しないと思うぞ? あれは神話やおとぎ話に出てくる金属だからな。奉天草や聖湖の湖水と同じ類のものだ。空想の中にだけあって、この世のどこにもありゃしねぇよ」
「そこで諦めちゃあ、本物の冒険者になれないじゃないか! 俺はいつかキシュクード島を発見して、伝説の聖湖を人類のものにするんだ!」
キラキラと子供らしい夢を語るのは良いが、ブレフよ。もしも本当にそうなりそうな場合は、俺はお前の邪魔をして回ることになるからな?
水色ランドはずっと平和なままでいて貰いたいのでね。
グランマと首飾りの話題で盛り上がっていたレベッカさんは、俺たち家族を見る。
「まあ、未来の話は未来に託すとして、貴方たち、明日以降の予定はどうなってるのよ?」
「どうって、星祭りを見る以外は、のんびりするつもりですが……」
その言葉に、ブレフが食いついた。
「ならアル、探検に出かけようぜ? 今年は街の外も魔獣の駆除が徹底されてるから、山とか森とかにも、大手を振って入れるぜ?」
「バカ野郎、ダメに決まっているだろうが。いっくら主立ったモンスターを倒しているとは云え、森や山が危険なことには変わりはねえ。ガキどもだけで入っていい場所にはならねぇよ。それよりもだ。湖にでも行って一泳ぎするほうが、よっぽど有意義だぜ? アルたちは、まだ泳いだこたぁねぇだろう? 俺が教えてやるが?」
「ふふふー。お父さん。アルちゃんとフィーちゃんは、去年の夏に泳げるようになっているのよ? 私が教えたんだから!」
母さんがドヤ顔で会話に割り込んでくる。
爺さんは驚いた顔をした。
「何だぁ? お貴族様のお屋敷には、プールもあるのか? いや、それより、アルは兎も角、フィーまで泳げるのかよ? まだ、よっつだろうに」
「泳ぐの楽しい! ふぃー、にーたにいっぱい遊んで貰った!」
うん、マイエンジェルよ。
おべんと付いたほっぺたで頬ずりするのは勘弁してくれな?
レベッカさんはそんな様子を見て、しっかりと頷く。
「つまり、貴方たちは暇ってことね? なら、託児所を手伝いなさいな。今年は星読み様――『あの人』を様付けするのは、何か抵抗あるわね――ともかく、ゲストがいないとはいえ、お祭りの準備で皆が忙しいのよ。だから、ここらで徳を積んでおきなさいな。遊びほうけるより、ずっと有意義というものよ?」
「げぇーっ! 冗談じゃねぇよ! せっかくアルたちが来てるんだぜ? 母ちゃんの手伝いで時間を潰されたら、たまったもんじゃねぇよ!」
「アンタは普段からサボりまくってるんだから、拒否権はないわよ! システィなら、まあ休んでも良いけどね」
急に名前を出されたシスティちゃんは、ビクッとしながらも、それに答える。
「わ、私は……託児所のお手伝いをしたい、かな……? 少しでも役に立てるなら、嬉しいし」
「うん! アンタは私に似て良い子ね。ブレフとは大違いだわ! よし、どんどんおかわりしなさい! 遠慮はいらないわよ!」
「ここの支払い、俺が出すんだろうに……」
「まあ、冗談はさておき――」
レベッカさんは、俺を見る。
「ブレフと違って貴方たちには強制しないから、気が向いたらで良いから、託児所にも来てよ。手伝って貰いたいのはホントだけど、実際、子供は子供同士で遊ぶのも悪くないわよ?」
手伝いうんぬんは置いておくとしても、確かに出会いがあるかもしれない場所なら、フィーに友だちが出来るかもしれないから、そう悪い選択肢ではないと思う。
(ただ、軍服ちゃんも俺たちに会いに来るかもしれないからな……)
予定をガチガチにしてしまうのは、避けておいた方が良いのかもしれない。
「ねえねえ、お父さん、お父さん」
「あん? 何だよ、リュシカ?」
「お父さんは、お祭りがあるのに忙しくないの?」
「そりゃ忙しいに決まっている。だが地獄は去年、散々見たからな。今年くらいは楽をさせて貰うぜ。星祭りの警備は、ルーカスの奴に任せているしよ」
ルーカスさんって、去年の星祭りで副官的なことをやってた人か。
あの人もあの人で、忙しそうだったが。
爺さんは肩を竦める。
「いましがた、沼ドジョウの需要で街が変わったって話をしたが、祭りとは関係ない部分で冒険者ギルドも忙しくなってなぁ」
「ギルド全体が? 何か問題でもあったんですか?」
「問題というか、ちょっとしたゴールドラッシュだな。おかげで冒険者たちの懐が潤っていると云えなくもないがね」
「と云うと?」
「アル。お前も王都にいるなら名前くらい聞いたことがないか? シャール・エッセンだよ。大発明家という触れ込みの。うちにも爪切りやらピーラーやら、やっこさんの売り出した品は、いくつか置いてあるがな」
「エッセン!」
何とまあ。
バイエルンに引き続き、そちらの名前まで聞くことになるとは。
「エッセンは、『タイヤ』と云う一度知れば、もう二度と欠かすことの出来ない品を作り出しやがった。主だった商会はもちろん、うちのギルドにある馬車や荷車も今じゃタイヤを装備しているしな。……て、ことはだ。タイヤの材料が必要になるだろう?」
エッセンのタイヤはゴムではなく、魔物の皮から作られている。となると、それは冒険者たちが調達せねばならない。
既存の車輪に履かせるものや、新規に作り出す馬車の為のものにと、モンスターの皮の需要は爆発的に高まっているのだとか。
俺はモンスターには詳しくないが、何でも既に、『タイヤ革』にも等級があるそうで、「○○の皮じゃなきゃイヤだ」、「××の皮を希望する」といった『指定』まで発生しているそうだ。
「革製品なんて、タイヤ以外にもいくらでも需要があるからな。職人や業者間でも取り合いになっているし、価格の高騰もある。おまけにタチの悪い冒険者による『皮の偽装』事件なんかもあって、皆が大忙しさ。こないだなんか、別の街のギルドから『冒険者を貸せ』なんて要請が来てな。冗談じゃねぇっつうの。人手なんざ、こっちが借りてぇくらいだぜ」
「そんなに忙しいのに、お父さん、よくお休みが取れたわね?」
「取れた、じゃなくて、取ったんだよ。仕事なんざ、放っておけばいくらでも舞い込んでくるご時世だからな。自分で何とかしないと、押しつぶされて死んじまうぜ」
耳の痛い話だなァ……。
「そんなわけでよ、お前たちが帰ってくるってのは、俺にとっても絶好の羽休めだったんだよ。こうして精の付く美味い飯も食えるしな」
我が家の里帰りは、色々な人の思惑や都合が絡んでいるようだ。
俺の膝の上に座って元気いっぱいにうな丼を食べている妹様は、こちらを見上げて断言する。
「ふぃーは、にーたに遊んで貰う! それ、どこにいても同じ! ふへんふどー!」
まあ確かに、この娘が傍にいる未来に違いはあるまい。
そのまま親戚たちと談笑し、お腹いっぱいで家に戻ると、一通の手紙が届いていた。
それは、軍服ちゃんからのものだった。




