第三百九十一話 祖父母との再会
平和で楽しい二日間を過ごし、セロへと到着した。
一年ぶり、三度目の来訪だ。
例によって、街ではエイベルは別行動を取るらしい。
ちょっと残念だが、これは仕方がない。
変化があったのは、街の正門をくぐろうとしたときだ。
番兵の一人に、声を掛けられたのだ。
「率爾ですが、もしやクレーンプット家の皆様ではありませんか?」
「そうですが、何か?」
「申し遅れました。私はバウマン子爵家に仕える者で――」
番兵さん曰く、軍服ちゃんことフレイ・メッレ・エル・バウマンに、俺たちが来たらそれを知らせて欲しいと云われていたようだ。
ついでにこちらには、何とか会う時間を作って貰えないかと聞いておくようにとも。
「アルちゃん、あの子に気に入られたのねぇ」
母さんがどこかピントのずれた意見を口にする。
ともあれ、軍服ちゃんとはまた会うことになりそうだ。
「街の中は綺麗ですね」
馬車を降りたところで、ヤンティーネが呟く。
復興が進んでいると云う情報通り、魔獣たちに破壊された通りや建物が綺麗になっている。
「ある程度は配置もかわっていますけどね。より防衛に適し、かつ効率的な町並みになってはいますよ」
とは、沼ドジョウ関連で既に復興作業後のセロを訪れているフェネルさんの言。
「万が一の場合の防衛や脱出を想定して、私とフェネルで新たな地図は共有しています。しかし実際にその目で街を見ているのは彼女になりますので、脱出の際はフェネルを頼るよう、お願い致します」
ティーネに、そう云われて頭を下げられる。
我が家の護衛役だけあって、色々と考えていてくれるようだ。
「脱出が困難な場合、或いはそこまでの必要がない危機の場合は、セロの商会支部へ向かって下さいね? こちらのエルフたちと協力して、皆様をお守り致しますので」
それは分かったけど、早速、俺を抱きかかえるんですね、フェネルさん。
妹様が激怒されるので、俺オンリーは勘弁して欲しいんですがね。
※※※
「ぬおおおおおおおおおおおおおお! リュシカああああああああああああああああ! 来たかああああああああああああああ!」
マイマザーの実家に到着すると、相も変わらず暑苦しいグランパが、母さんを抱擁する。
「えへへー! ただいま、お父さん」
「よくぞ無事に帰ってきたぞおおお! 流石は俺の愛娘だあああああ!」
「帰ってきただけで『流石』なんて、訳の分からないことを云わないで下さい。もう、恥ずかしいんだから……」
そう云って姿を見せるのは、マイマザーのマザー、ドロテアさんだ。
彼女も母さんをしっかりと抱きしめているが、傍目には仲の良い姉妹にしか見えない。
一年ぶりだが、ホント老けないね、このお人は。
「お久しぶりです。またお世話になります」
「なりまーす!」
フィーと一緒にぺこりんと腰を折る。
「ちゃんと挨拶できて偉いわね」
と、若干身内びいきな発言をした後、ドロテアさんは俺が抱えている赤ん坊を見た。
「それで、その子は? 『三人目』が生まれたっていう話は聞いてないんだけど?」
「俺の孫が、また増えたのか!? でかしたぞ、リュシカーーーーっ!」
爺さん大喜び。
俺やフィーの時もこうだったのかなァ……?
「ううん、違うの、お父さん。この娘は事情があって、うちで預かってるだけなのよ。でも、私はノワールちゃんを、実の娘のように思っているわー」
「ノワールちゃんって、云うのね? まあ兎も角、中に入りなさいな。長旅で疲れているでしょう? ――皆、おかえりなさい。帰ってきてくれて嬉しいわ」
ドロテアさんは、柔らかい瞳で云う。
この場所も、『家』と思って良いのかな。
※※※
「それにしても、精霊たァなぁ……」
シャーク爺さんが、マイマザーにだっこされているマリモちゃんを見て腕を組む。
精霊は人里には滅多に出てこないし、歴戦の冒険者からしても珍しいのだろうな。
なお予定通り純精霊であることは隠し、保護についても『エルフ経由で預かった』と曖昧に誤魔化している。
「精霊の餌と云えば魔力だろうが、この赤ん坊は人間の姿をしているな……。もしかして、普通の食べ物も食えるタイプなのか?」
「魔力が籠もっていれば食べられるみたいだけど、基本は無理みたい。でも俺たちが食事をしていると、羨ましそうにしているときがあるよ」
「あらあら……。それじゃあ、私の作ったご飯、食べては貰えないのねぇ……」
ちょっと残念そうなドロテアさん。
変わって元気いっぱいに手をあげる天使様がひとり。
「はいはーい! ふぃー! ふぃーがいっぱい食べる! ここのご飯美味しい! ふぃー、おかわりする!」
「あら嬉しい! フィーちゃんは良い子ね。私も腕によりを掛けて作りたい……んだけど……」
引き続き残念そうなまま、キッチンを見るドロテアさん。
そこには俺たちを歓迎する為に作ってくれたと思われるお菓子はあるが、夕飯の仕込みをしている様子がない。
「あれ? お母さんがご飯の準備をしてないって、珍しいわね?」
「だってぇ……」
子供のように、ぷくっと頬を膨らませるグランドマザー。
こういうところ、娘さんやお孫さんにそっくりですね?
「せっかくリュシカたちが帰ってくるって云うのに、お父さんが『今日の晩ご飯は外で食べるぞ』って云って、私に作らせてくれないんだもん……」
「たまには良いじゃねぇかよ……。せっかくのご馳走なんだぜ?」
「何です!? それじゃあ、私の作ったご飯が、ご馳走じゃないみたいじゃないですか!?」
「い、いや……。別にそう云う訳じゃ……」
相変わらずの力関係ね。
爺さんは誤魔化すように咳払いをし、俺たちに冷や汗まじりの笑顔を向けた。
「ともかく、今日の晩飯は期待していいぜ? ほっぺたが落ちるほど美味いもんを食わせてやるからよぉ」
「美味しいのっ!? ふぃー、美味しいの好き! にーた、だっこ!」
「はいはい」
抱きあげてあげると満面の笑みで、もちもちほっぺを擦り付けられてしまう。
それを見た母さんが、自分もマリモちゃんに頬ずりしている。
そして顔を上げ、グランパに問う。
「それで、お父さん。お夕飯はどこに食べに行くの? 二区画目の食堂? それとも奮発して、第一区画のレストランとか?」
「それは着いてのお楽しみだ。本当に美味いぞ? ブレフたちも呼んでいるから、再会の歓迎会にもなるな」
「歓迎会ならなおのこと、私がお料理したかったのに……!」
ドロテアさん、ホントに料理大好きなんだなァ……。
見た目二十代の祖母は、俺を見て微笑む。
「ブレフやシスティも、貴方たちに会いたがっていましたよ?」
一年程度じゃ、ブレフもやんちゃなままなんだろうな。
へたをしたら、そのまま大きくなるかもしれないが。
システィちゃんはどうだろう?
去年は大きな事件があったせいで、結局、自信を付けてあげることが出来なかったが……。
「ふたりとも、しっかりと育っていますよ? 根はあまり変わっていませんが」
ドロテアさんの言葉に、爺さんが頷く。
「去年はあんなことがあったからな。強くなりたいって、ブレフの奴は稽古に本腰を入れてる。ありゃぁ、どんどん腕を上げるぜ? アル、お前とも、また立ち会ってみたいとよ」
「俺、去年の時点でブレフに惨敗してるんだけど……。差は開くことはあっても、縮まらないんじゃないのかな……?」
「なら、ブレフ以上に努力せんとなぁ! なんなら俺が、しっかりとしごいてやるぞ?」
がっはっはー! とか笑っているけど、冗談だよね?
俺はセロへ羽を伸ばしに来たのであって、武者修行にきたんじゃないからね?
そして、ドロテアさんは、俺に近寄って来る。
気のせいか、圧があるような……。
「システィは、貴方に貰ったブローチをとても大切にしています。よっぽど、あのアクセサリが嬉しかったのね……」
笑顔なのに、凄く怖いんですが。
これって、アレだよね?
去年の去り際にした約束。ドロテアさんにもプレゼントを持ってくるって云う話の続き。
システィちゃんの話じゃなくて、遠回しにグランマ自身の話題にシフトしているような……。
(一年経っても憶えていたかー……。『あ? プレゼント? ねぇよ、そんなもん。夢を見るのは夜にしろや』とか云ったら、俺、死ぬんじゃなかろうか?)
今生の俺の人生の作戦は、常に『いのちだいじに』だ。
なので、生きるためにちゃんと作ったよ、アクセサリ。
「そ、そう云えばドロテアさんにも、アクセサリを持ってくるって約束をしましたよね」
「あら! 憶えていてくれたの!? 流石は天才のアルちゃんね! 忘れていたとしても、別に何とも思わなかったのに!」
本当かー?
本当に何とも思わないかー?
にじみ出る波動で、歴戦の強者である爺さんがビビってるんだけどさー……。
「さぁさ、リュシカもフィーちゃんも、お菓子大好きでしょう? こっちに来て食べてみて!」
「やったー! 私、お母さんのお菓子好き!」
「ふぃーも! ふぃーもお菓子食べる! ふぃー、甘いの好き!」
皆の耳目がお菓子に注がれると、祖父がコソコソと俺に近づいて来て、ひしょひしょと耳打ちをする。
「ドロテアの奴、お前のアクセサリが欲しくて、この一年ずっとウズウズじてたんだぜ?」
「えぇっ……!? ドロテアさんって、装飾品に目がないタイプの人だったりするんですか……?」
「いんや? 今だって、見ろ。結婚指輪以外、何も付けてねぇだろ? 本来のあいつは料理の邪魔になるってんで、ゴテゴテしたのは嫌いなはずなんだがなぁ――」
ポンと、俺の頭にドでかい掌を置く。
「一方、どうにもあいつは、システィの持ってたブローチに『一目惚れ』しちまったらしくてなぁ」
「一目惚れ……ですか」
「ああ。恋い焦がれるってやつさ。ドロテアの母親もそうだったが、どうにもあいつの血筋の女は、料理好きで抱擁癖があり、そして、『お気に入り』のものに執着するという傾向があるようだ」
「執着、ですか。でも、うちの母さんにはそんなこと――」
「だからリュシカは、未だに『あの男』と別れないんだろう?」
表情のない祖父の小声は、地の底から響くような、深く籠もった情念を感じさせた。
俺の『父』と『母』の関係性については、やっぱり色々とあるんだろうな。
里帰りの間くらいは、あまり重い話題は考えたくはないんだけどねぇ。




