第三百九十話 三度目の出発
「あぁ、おかえりなさい」
商会へ戻ってくると、何故かあのダメエルフのミィスがいた。
ちんまいエルフは、フェネルさんとバックギャモンで対戦している。
「ミィス先輩、こういう『相手の足を引っ張る』類のゲーム、本当に得意ですね……」
「失敬な。頭を使うゲームが得意と云い換えて下さい。私の清廉なイメージが損なわれるじゃないですか」
ボードゲームは、売り込み品の候補として俺が商会に持ち込んだものである。
ただ、気楽に『エッセン名義』に出来るかと云えば、そうでもない。
ミチェーモンさんや孫娘ちゃんには、俺が作ったと云っちゃってるからね。
エッセン名義にしたら、即バレしてしまう。
あのふたりは云いふらしたりしないような気もするが、アリの一穴のたとえもある。
用心するに越したことはないだろう。
ショルシーナ会長は一瞬だけジロリとミィスを見たが、すぐに表情を切り替えてパンパンと手を叩いた。
「フェネル、ヘンリエッテを呼んで来て。それから、建築関連で手の空いている幹部を」
「承知致しました」
フェネルさんはすぐに立ち上がり、応接室を出ていった。
一方ミィスは、「まだ勝負の途中ですよ!」とか叫んでいる。
これはアレだね。
親御さんに「もうテレビゲームはやめなさい」と云われて、素直に聞く子と抵抗する子のパターンだね。
「ショルシーナさん、ホントにやるんですか、俺の思いつき……」
「やるかどうかは分かりません。ですが、会議を開いて話し合うだけの価値があります」
本当かよ……?
俺、あまり深く考えないで提案したんだよ?
「アルト様、貴方はご自分がどれだけ優れた思いつきをしたのか、理解されていないのですか?」
「とんと」
「良いですか、貴方は『ただの入浴施設』を、『多面的娯楽施設』に変える提案をされたのですよ? 私の商売人としてのカンが云っています。あれは必ず大を成す事業だと! そして第四の建物を用意し、複合効果を狙う発想も素晴らしいではないですか!」
「はぁ……。そんなものですか」
俺が提案したこと。
それは前述の通り、浴場のレジャー化だ。
日本だとまあ、ありふれているものだよね。
具体的な提案は以下の通り。
銭湯のひとつは、そのまま風呂場として使う。
ただし広いスペースを活用して、複数の入浴方法を提供する。
一例を挙げるなら、魔石や魔道具を工夫して作るジェットバスとか岩盤浴とかだね。
他、原始的なシャワーも導入。
現代日本にあるそれではなく、小規模な滝みたいなショボいもの。
ともあれ、銭湯のひとつは『風呂としての機能』を多様化、正統進化させたもので、入浴は楽しいのだとお客様に知って貰う。
次のひとつは、スペースを活かして、プールにすることだ。
元が風呂なので、冬は温水化も出来るだろうし、ジェットバスの応用で流れるプールを作れるかもしれない。
ウォータースライダーのアイデアも提出したが、導入できるかどうか。深さそのものから変えなきゃいけないだろうし。
そして最後の銭湯の使い途は、取り敢えず置いておく。
実行可能か怪しいので。
みっつの浴場を回廊で繋ぎ、行き来しやすくすることと、外部の余ったスペースに新たに建物を建てて、そこで食事と物販を提供する――ということを云ったのだ。
何なら階層を分けて、イベントスペースも作るとかね。
まさに無責任な思いつきだ。
こんなものをいざ実行しようとしても、多くの問題が出てくるに違いない。
けれども商会長は、積極的に検討すると云いきった。
云いきってしまった。
大丈夫なのかなァ、と云うのが、正直な感想。
しかし相手はプロだ。
ダメだと思えば斬り捨てるだろうし、適当なところで折り合いを付けてくれるだろう。
そう考えるより他にない。
「仮に成功しなくても、このアイデアは素晴らしいものです。可能性への投資と考えれば、決して損をするとは思いません。アルト様は胸を張って下さい。そして、だからこそ先に云っておきます。『貴方に相談して良かった』と」
こうなると、もう何も云えない。
アイデアが用いられるなら、成功して欲しいと願うばかりだ。
※※※
商会の新事業は新事業として――。
我が家は我が家で、出かける都合がある。
そう。
今年もセロへと里帰りするのだ。
七月某日、出立の準備を整えたクレーンプット一家の前に、フェネルさんの操縦する馬車が現れる。
うん。今年からは、ちゃんとタイヤを履いているのね。
まあ、それでも粘水は敷き詰めるけどね。
護衛役として同行するのは、毎度おなじみのヤンティーネ。
去年のことがあったからか、より重装備になっている。
でもセロも王都も冒険者ギルドも、あの大災厄以来、街道沿いと魔物の集落を徹底して警戒しているらしいから、また『門』でも使われない限り道中は安全だと思うぞ。
もちろん慢心するよりは良いことなんだけど、あまり張り詰めないで貰いたいとは思う。
無理しちゃうタイプだろうしね、彼女は。
以上、出立メンバーは変わらないと思いきや、今年からはマリモちゃんことノワールが同行する。
まだ赤ん坊だからひとりにはしておけないし、餌の問題もあるから、お留守番をさせるという選択肢は無い。
(シャーク爺さんたちには知られてしまうが、こればかりは仕方がないだろう……)
純精霊と云う部分だけ隠して、ただの精霊として紹介するのが、都合の良い落としどころだろうか?
「ふぉおぉぉぉ~~~~っ! にーたが敷いてくれる柔らかいの、ふぃー好き!」
そして早速、粘水にダイブする妹様。
「だーう!」
続いて飛び込むのは、黒髪の赤ん坊。
母さんの腕の中からいきなり飛んだので、ちょっと驚いてしまったぞ。
「もう! ダメよ、ふたりとも! 怪我をしたらどうするの!?」
マイマザーがプンプンと怒っている。しかし、これは母さんが正しいな。
一応、叱られればシュンとするのだが、喉元過ぎればなんとやら。
すぐにまた、はしゃぎ始める幼女ふたり。
「にーた、にーた! 馬車の中で、何して遊ぶ!? ふぃー、にーたと遊びたいこと、いっぱいある!」
「きゃーぅ!」
ピトッとくっついてくるフィーと、ハイハイで俺に寄ってくるマリモちゃん。
今回の旅では、ボードゲームもあるからな。暇つぶしには事欠かないだろうよ。
「にーた! セロまでの二日間、ずっとふぃーをだっこしてて? 代わりに、ふぃー、ずっとにーたにキスする!」
ずっとは無理じゃないかな~?
あと、旅行中でも勉強の時間はあるからな?
「あふふぅ~~!」
一方、マリモちゃんは満面の笑顔で粘水を食べてしまっている。
そりゃ、これも魔力の塊だけどさぁ。
(馬車に触れてない部分はバッチくないけど、こういうのは困るよねぇ)
俺の思いを知ってか知らずか、マリモちゃんは上機嫌に俺にてしてししてくる。
そして目が合うと、にへへ~~っと笑うのだ。
「めーっ! にーたに触れる、それふぃーだけなのーっ!」
それを見た妹様が激怒なされた……。
いつも通り、賑やかなことだ。
(静かなのは、エイベルばかりよな)
今回も同行してくれるうちのプリティーチャーを見ると、
「……っ。……っ」
無表情なのに、なんだかモジモジしている。
何か俺に伝えたいことがあるのだろうか?
マイマザーは、そんな息子と親友を見比べながら、にししと笑った。
「エイベルね、アルちゃんとボードゲームしたいんですって。旅の間、貴方と遊べるのを楽しみにしてたんだから。フィーちゃんやノワールちゃんを構ってあげるのも大事だけど、エイベルも構ってあげなきゃダメよ? あと、お母さんもね?」
あな珍しや。
あまり自己主張しないエイベルが、そんな風に思っていてくれたとは。
もちろん、俺に否も応もない。寧ろ大歓迎よな。
「エイベル、俺と遊んでくれるの?」
「…………う、うん。……アルと、遊び、たい……」
魅惑のお耳が真っ赤ですぜ。
傍に寄って手を取ってあげたいけど、生憎と妹様とマリモちゃんがくっついているので、身動きが取れないのだ。無念。
すると、母さんがエイベルの白く綺麗な手をむんずと掴んで、こちらに引っ張ってくる。
そして一気に、俺たち全員を抱きしめる。
「ふふふー! みんな私のものー!」
「めーっ! だから、おかーさん、にーたはふぃーのって、云ってるのーっ!」
妹様、激怒。
でも機嫌は良さそうね。
(今回の旅は、楽しいものになってくれると良いなァ……)
初っぱなからちゃんぽん状態のまま、クレーンプット一家を乗せた馬車は出発した。




