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妹のいる生活  作者: むい
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第三百八十八話 マグカップと発明品


 試験後のお約束である、ショルシーナ商会へとやって来た。


 今回はおなじみのハイエルフズに加え、フェネルさんもいる。

 と云うか突如現れ、付いてきたのだ。


 商会へ辿り着いて早々に俺とフィーはハイエルフの従魔士様に捕捉され、瞬時に抱き上げられてしまった。

 そしてそのまま、彼女にだっこされて応接室へと運ばれたという次第。


「エイベル様ッ! ようこそいらっしゃいました!」


 ショルシーナ会長は相も変わらずマイティーチャーに夢中。

 だっこ状態で入ってきた俺たちには、「え? ああ、お久しぶりでございます」と、軽い対応だった。

 これは扱いが雑なのではなく、エイベルしか目に入っていないからだろう。


 変わって丁寧に応対してくれたのは出来る女の代表格であるヘンリエッテさんだが、そつのない対応をしつつも、その目はずっと、だっこされてる俺たちに固定されている。


 来賓用ソファに、我らクレーンプット兄妹を抱えたままにフェネルさんが座る。

 まさかずっと、このままなんじゃあるまいな?


 そして応接室に着いたので巾着から解き放たれたマリモちゃんが、さっそくご飯のおねだりをしている。

 俺の肩に乗っかって、懸命に黒いボディを擦り付けてくる。

 それを見たマイエンジェルが激怒してしまうが、ノワールは離れようとしない。


「よしよし。お腹空いてるんだな?」


「~~! ~~!」


 俺の言葉を首肯するかのように、柔かボディを擦り付けてくる純精霊様。


 食いしん坊というのももちろんだが、最近はフィー不在の隙を突いて俺に甘えてくることも多いマリモちゃんなのだった。


 お茶を淹れて来てくれたヘンリエッテさんが、俺たち兄妹を抱えてご満悦状態の部下を見る。


「フェネル。当たり前のようにここにいますけど、仕事は終わっているのですか?」


「もちろんですよ、副会長。前倒しで進めておりますので、今日と云わずスケジュールには余裕があります。と云うか、そうでなくてもアルト様たちをだっこすることは、全てに優先しますが」


 前倒し? 

 年末進行やら飛び込み依頼やらのデスマーチを思い出すイヤな言葉だ。


 なお俺のいた会社は、年末進行はあるのに年末年始に休みがないという心霊現象が発生していたが。


 子供好きのハイエルフ様を見上げると、フェネルさんは嬉しそうに、だっこする力を強める。


「クレーンプット家の皆様が今年もセロへ向かわれると云うことですので、このフェネルが、今回も馭者兼護衛として同行させて頂きます」


 うあー……。

 我が家の為に、わざわざ時間を取ってくれているのか。

 何とも申し訳ないな。


 そして申し訳ないと云えば、もうひとつ。

 これは完全に俺の手落ちであり、愚かしさが招いたことなのだが――。


(フェネルさんの分のマグカップ、作ってないんだよなァ……)


 商会長がこの間うちに来た時にマグカップを作る約束をしたが、ここへ来る時にヘンリエッテさんにも会うだろうからと、副会長様の分も作った。


 しかしいつ会えるか分からない――ついでに云えば欲しがるかどうかも不明だ――な、フェネルさん用のそれは、未作成なのである。


 ここで商会の双頭にだけ渡したら、何かハブにしてるみたいで心苦しいぞ。

 取り出すタイミングは、慎重に見極めねば……。


「アルちゃん。作ってきたマグカップは渡さないの?」


 か、母さぁぁぁぁ~~~~んっ!


 イーちゃんとトトルを撫でながら、マイマザーが曇りのない笑顔を俺に向けてきた。


 エイベルに夢中になっていた会長様が、それでこちらに意識を戻す。


「ああ、本当に作ってきて下さったのですね。アルト様には、心からの感謝を。こちらも約束の菓子折は用意しております」


 商会長は貴族や豪商が買うような高級感溢れる箱をテーブルの上に置いた。

 これではこちらも、ここで取り出すしかないではないか。


「マグカップ……?」


 ヘンリエッテさんとフェネルさんが、同時に首を傾げている。


 普通のマグカップではなく、特殊な発明品か何かだと思ったのだろうか? 

 何の変哲もない、ただのコップなんですが。


「こ、これです……」


 俺は震える手で『ふたつしかない』マグカップを置く。


 一応、女性受けしそうなデザインに仕上げては来たのだが。


「わぁ……! 素敵ですね! これをアルくんが?」


 珍しくヘンリエッテさんが食いついた。

 可愛い小物とか、好きだったりするのかな?


「可愛いですね……! アルト様は、デザインにも才能をお持ちなのですか!」


 と、目を輝かせてフェネルさん。


 しかし俺の場合のセンスは地球世界の良デザインから着想を得ているものなので、自力とは云い難いのだが。


 副会長とその懐刀は、マグカップを手にとって賞翫している。


 ショルシーナ会長は俺がふたつしか取り出していないことに気付き、苦笑した。


「それはアルト様がサンプルとして持ち込んでくれたものです。売り物ではないので、頂いておきなさい」


 こちらの事情を察してくれたようだ……。

 商会長様、ホント申し訳ありません。

 後日きちんと、ショルシーナさんにも納品させて頂きます……。


※※※


 色々とグダグダだったが、ようやく話を進められる。


 本日商会へ来た目的はみっつ。


 ひとつは今済んだ、マグカップの納入。


 もうひとつはいつも通りの、発明品の売り込み。


 そして最後のひとつが、前回商会長さんがうちへやって来た理由――例の相談事についてだ。

 これに関しては、この後、『現場』へ向かうこととなっている。


「それではアルト様、本日はどのような品をお持ち頂けたのでしょうか?」


「ああ、はい。こちらです」


 取り出したるは、一枚の紙であります。

 こちらが今回の発明品だ。


 そして他に、画用紙も出す。

 同時にマイエンジェルが、えんぴつを掲げた。


「はい、はーい! ふぃー! ふぃーがやってみせる! ふぃー、お絵かき得意! 良い絵描く!」


「絵? 今回は、絵に関する発明なのですか?」


「まあ、絵にも使えなくはないですね」


 道具をセットし、妹様に実演して貰う。


「フィー。頼むぞ?」


「ふぃー、にーたの期待に応える! 頑張って描く!」


 いや、頑張らなければならないような代物ではないのだが……。


 フィーは画用紙に、渾身のお絵かきを始めた。


「にゃっにゃ~! にゃにゃにゃ~~ん! にゃにゃ~ん! にゃんっ!」


 色々と才能溢れる子だけれども、歌唱力と画力は残念みたい。

 同年齢のちびっこたちと比べても、ちょっと劣るかもしれないね。


 本人はノリノリ。

 自信満々で歌いながら描いているが。


「これは……ワンちゃんでしょうか?」


「私にはネコに見えますね」


 ヘンリエッテさんとフェネルさんが首を傾げる。


 正解を云って貰えなかったので、妹様は唇を尖らせる。


「ぶー! 違うの! ふぃー、ちゃんと描いてる! 分からない、それ、おかしいの!」


 にーたは分かるよね、と云わんばかりに、俺に視線を向けてくるマイエンジェル。

 これは、兄力が試されているな……。


「ええと、これはブタさん……かな?」


「ふへへへぇ……!」


 フィーは一瞬でデレデレになり、筆記用具を放り出し、俺のほっぺにキスをしてきた。


「やっぱり、ふぃーのにーたなの! ふぃーのこと、分かってくれている! げーじつを理解してくれているの!」


 俺に芸術の才能はねぇよ?


 ともあれ、描いていたのはブタさんで合っていたようだ。

 直前までダイコンと迷ったが、正解できて良かったぞ……。


「ふぃー、ブタさん好き! ブタさん可愛い! 食べても美味しい!」


 そうして描き上がった絵を、写真撮影の時の反射板のように掲げる妹様。

 ハイエルフの三人は、困惑した様子で俺に説明を求めてきた。


 うん。

 そりゃ確かに、フィーの絵を見せられても意味不明だわな。


「じゃあ皆さん、この画用紙をめくってみて下さい」


 フィーから受け取った紙をテーブルに置く。


 ハイエルフズは云われるがままにめくりあげ、そして息を呑んだ。


「これは……! 全く同じ絵が……!」


 そこにあったもの。

 それは複写されたフィー渾身のイラストだ。


「間に挟まっている、この黒い紙が……?」


「ええ。これは文字や絵を複写する為の紙ですよ。名前もそのまま、『複写紙』で良いでしょうかね」


 俺としてはカーボン紙と云う名称の方が馴染みがあるのだが。


 元の原理は割と簡単だ。

 耐久性のある丈夫な紙に、黒鉛とロウと油を混ぜ合わせたものを染みこませるだけ。

 と云っても、混合割合や塗布に関しては、ずいぶんとエイベルの手を借りたが。


 結局、塗料そのものもマイティーチャーに開発して貰った。

 おかげで消しゴムで消せるものと、しっかりと定着して残るものと、二種類が完成した訳だ。


「伝票。契約書。それからチラシの増産まで、それがあると結構楽になると思うんですけどね」


「…………!」


 三人のハイエルフたちは、顔を見合わせている。


「これは……! またとんでもないものを作り出しましたね……!」


「我々商業に携わるものはもちろん、政治の場に係わるものもいくらでも必要になるでしょうからね。注文が殺到するはずです」


「それよりも、写本業への影響です。これによって、作業効率が段違いになるのでは? 写本業者の雇用状況や書籍の値段にも波及するはずですし、複写紙による書物の増産が可能になれば、滑稽本などの娯楽を中心とした商品も売り出せます。場合によっては識字率にも変化を及ぼすことになるかもしれません」


 結構、食いつきが良いな……。

 この調子なら、なんとか買い取って貰えそうだ。


 ショルシーナ会長が云う。


「いや、驚きました。シャール・エッセンは天下の奇才。またしても常識を塗り替える品を作り出すとは。流石は名誉エルフ族です!」


 もうやめたげてよ、それ。

 泣いてる子もいるんですよ?


「ええと……。それでこの複写紙ですが、買って貰えたりします……?」


「もちろんです。と云うか、絶対に他所へは渡しません! 執筆業の人数と書籍の値段をコントロール出来るかもしれないものを握ることが出来たのは幸運でした」


 フッフッフと笑う会長様。

 俺は、軽い気持ちで作っただけなのに、何か悪だくみでもしているんだろうか……。


「にーた! 話が終わったら、お絵かきの続きする! ふぃー、今日は名作を描ける予感がする! だっこ!」


 だっこなのかお絵かきなのか、どっちだ。


 と云うかフィーよ。この後、出かけるんだからな?


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― 新着の感想 ―
[気になる点] どの位のお金貰ってるの?
[気になる点] 前回の侯爵家祖父ズの件、直近であった大事件なのに何故商会の2トップに相談して情報収集しないのでしょう? ママンに心配かけたくないから、この場では言いづらいのかしら [一言] >ソルトさ…
[気になる点] 消しゴムで消せるとありますが、まだゴム見つけてないですよね?  タイヤには魔物の素材使ってると言ってましたし。
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