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妹のいる生活  作者: むい
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第三百八十七話 侯爵たちとの遣り取り


 そうして、俺の前に三人の侯爵がいる。


 ひとりはおなじみのカスペル侯爵。


 相変わらず、ニコリともしない。

 値踏みするような瞳を俺に向けているが、これって『人間を見る目』じゃないよね? どこまでも物扱いなんだろうか。


 その横にいるふたりの老人も、俺を品定めしているようだ。

 こちらのふたつは、まだ人間を見る目つきだな。


 しかし一体、何でそんなにジロジロと見てくるのかね?


 俺は憶えている範囲の礼法通りに一礼して、頭を下げたままにしている。

 

 恭順している態で、あまり喋らない作戦だね。

 正直お貴族様には、あまり関わり合いになりたくないし。


 すぐ横には、両手杖の女性が静かに立っている。

 俺が妙な動きをしたら、即座に攻撃してくるつもりなのかしら?


(でも、このヴェールの人からは、あまりイヤな感じはしないな)


 こちらは不審な動きをするつもりがないので、彼女のことを気にしても仕方がないんだろうが。


「見事な試合であったぞ」


 頭上から、そんな声が掛けられる。

 カスペル老人の声ではないな。


 俺は無言のまま、更にちいさく頭を下げた。


「よい。直答を許す」


 今度もカスペル侯爵とは違う声。

 先程とは、違う声。


 しかし、『直答を許す』と来たか。

 凄いな貴族社会。

 隔絶していることが当たり前なんだな。


 まあ、平等思想自体が、人類社会にとっては最新も最新なんで、これは当然のことなのかもしれないが。


 兎も角、俺の無言は恐れ入ってのことと解釈されたらしい。


 なので精々、恭しく答えておく。


「……お褒めに与り、恐悦至極に存じます」


「ほう? 平民の――それも幼い子供でありながら、作法といい言葉遣いといい、ちょっとしたものだな? ……ベイレフェルト侯。これは卿の仕込みであるのか?」


「さて……。何のことやら」


 カスペル老人は、ちいさく目を伏せる。


 それを両侯爵はどう受け取ったのか。

 俺とベイレフェルトの当主を見比べ、頷いている。


 そして、こちらを改めて見た。


「それでは名乗っておこうか。私がクローステル侯爵家当主、ニコラスである」


「私はヴェンテルスホーヴェン侯爵家当主、フィリップだ」


「……アルト・クレーンプットでございます。尊貴な方々のお目にかかれて、光栄です」


 ああ、ちくしょう。早く帰りたいなァ。お偉いさんの前に出るのは前世で経験済みだから、こっちではもう良いよぅ。


 何の用なの? 

 と訊けないのがツラいところだ。


 村娘ちゃんの祖父であるクローステル侯爵は云う。


「実はな。最近話題の神童を見てみてはどうかと、複数の者に云われてな。それでこうして、その方の試合を見に来たと云う訳だ」


 平民のガキんちょが話題になったからわざわざ見に来たと? 


 はてさて。侯爵様とは、そんなにも暇な生き物であったのかね? 

 クローステル侯の言葉を額面通りに受け取るのは、やめておいたほうがいいのだろうな。


 一方、ヴェンテルスホーヴェン侯のほう。


「私はもっと直截に、あるお方にお前を見てこいと云われてな。それでここへやって来たのだ」


 あるお方って、誰よ? 王様か? 


 そもそも、天下の侯爵様に上からモノを云える奴なんていくらもいないと思うんだが、一体何者なんだろうね?


 王族の知り合いは『あの娘』だけだが、彼女が声を掛ける相手はヴェンテルスホーヴェン侯爵家ではなく、あの優しい王妃様の実家のクローステル侯爵家になるはずだし。


 するとあの怜悧な老人が、悪だくみでもしてそうな顔で笑った。


「両侯爵は何事も行き届いておられる。それはつまり、有為な人材を漏らすことはないと云うことだ」


 嘘くせー……。


 天下の大貴族が平民からも人材を募っているなら、身分差がこんなにも隔絶しているはずがない。

 そもそもこの免許試験だって、お貴族様からのスカウトを見かけていなければおかしい。


「ふ……」


 俺は無表情を貫いたつもりだったが、それでも顔に出たのか、或いは胸中を見抜かれたのか、カスペル老人は鼻で笑った。

 他のふたりには意味が分からなかったみたいだが。


(しかし、これで見えて来たこともある)


 つまりこれは、何ごとかのスカウトの一種なのだろう。


 ただし、中身までは分からない。

 魔術師だから囲おうというのか、他の目的があるのか。


「これは異例なことだと云うことは分かるかな?」


 クローステル侯爵が云う。

 行き届いてるんじゃないのかよ。何だよ、異例って。


 しかし、今思ったことを口に出す訳にもいかない。

 せいぜい、話を合わせておくしかない。


「……身分とは、つまるところ『信用』と云うことだから、ですか」


「ほう。そこを理解しているか。大した子供だな」


 彼らには無自覚の差別意識がある――それは間違いない。


 けれども今俺が云ったように、生まれというものは大体の場合、一定の信用を担保する。


 これはそう難しいことではなく、たとえば同じ平民であっても、豪商の家に生まれた子供とスラムの貧民の子供では、教養に大きく差が出るはずである。


 この世界の平民の識字率はおしなべて低いが、文字の習得ひとつ取ってみても、裕福か貧乏かで読み書き能力に明確な格差があることであろう。


 つまり、彼ら貴族は平民を『そういうものだ』と捉えていると云うことだ。


 同じ人間と云うよりも、『人の形をした動物』と云う解釈に近いのではないか?


 平民など無教養に決まっているのだから、初めから期待するほうが愚かだと。


 傲慢――その通りである。

 しかし残念ながら、平民と貴族では教養に差があるのは厳然たる事実なのだ。

 だから村娘ちゃんも以前、俺に対して自分の方が環境が恵まれていると云ったのだ。


 ヴェンテルスホーヴェン侯爵は、俺とクローステル侯爵の遣り取りを見て頷く。


「教養は心を作る。道徳を育む。無知では忠孝の道を知ることすらなく、腹が減れば奪い、隙を見せれば盗むと云うことを平気でやるようになるからな。善悪を知らぬ者は、国に仕える資格がない」


 そこが平民の急所なのだと彼らは云う。


 一面の事実だ。

 しかし、真実ではない。


 倉廩(そうりん)満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る――平民と貴族の差とは、つまるところ、これであろう。

 食うや食わずでは、他のことに目が行くはずもないのだから。


 尤も、ここでそれを口にするつもりもない。

 これは社会システムそのものを変革せねば解決せぬ問題だし、それ以前に、パラダイムが異なるからだ。

 現代日本の価値観を絶対視して押しつけるのも、また誤りではあるのだろう。

 そもそも、俺の手に余る話だ。


 俺は、自分が無能だと云うことを知っている。


 全ての人を救うだけの気概もないし、能力もない。


 だからこそ、家族の幸せだけは守るのだと決めているのだ。

 ただそれだけでも、困難がつきまとうものなのだろうから。


「見たところ、その方には最低限の教養があるようだ。故に、我が孫娘に目通りすることを許そう」


「――は?」


 思わず、ぽかんと口を開けてしまった。


 これは大変な非礼であるはずだが、クローステル侯爵はおかしそうに笑っている。


「いかな神童とて、これは想定外の話であったかな?」


 当たり前だろう! 


 あんたの孫って、村娘ちゃんじゃん! 

 王女様じゃん! 


 そもそも、俺があの娘に会って、どうするのさ? 

 謁見ついたてで世間話するのと違うんだよ? 


 平民の小せがれが、正式に王族に会う理由が分からないじゃないか!


 横で見ているカスペル侯爵はニコリともせずに云う。


「会う会わぬは、お前如きが決めるものではない。その理由も同様。ただ頭を垂れるがいい」


 クソ、云いたい放題しやがって。

 ここが公の場所じゃなかったら、少し云い返してやるところだが。


 俺が睨むと、マフィアのドンのような男は不敵に笑った。

 どうやら以前も云っていたように、唯々諾々と従うよりも反抗的な態度を取る方が、この男の興味を惹いてしまうらしい。


 ふたりの侯爵に翻弄され戸惑っていると、三人目の侯爵様も口を開いた。


「我がヴェンテルスホーヴェン家も、お前が当家の孫に会うことを許可する」


 え……ッ!? 

 それって、第三王女様か!? 

 何気に面識のある村娘ちゃんと違って、一度も会ったことのない子だよ!? 対応に困るよ!?


 実際の事件例とか知らないけど、こういう世界だと『無礼討ち』とかあるんじゃないの?

 危地に近づかないことが最高の護身だと思っているので、それは困るよ?


 呆然とする俺を他所に、三人の侯爵は立ち上がる。

 もう用事は済んだとでも、云わんばかりに。


「日にちに関しては、おって沙汰する。身を清めて待つが良い」


 クローステル侯爵はそう云って立ち去り、


「興味深い子供だ。あのお方が勧めた理由も分かろうと云うものよ」


 ヴェンテルスホーヴェン侯も去って行く。


 他、騎士やら魔術師たちも両侯爵を追っていった。


 残っているのはベイレフェルト侯と、杖の女魔術師だけだ。


 俺は老人に問う。


「……これは、あんたの差し金か?」


「それは、お前の知るところではない。知ったところで、何が出来ると云う? 一家揃って破滅したくないのであれば、せいぜい、あがいてみることだ」


 背筋をピンと伸ばし、足早に男は立ち去った。


 杖の女魔術師はその後を追おうとし、俺に振り返った。


「今回の話が、貴方にとって寝耳に水だということは分かります。おそらく、それを望んでいないということも。ですが、私は王女殿下に貴方が会うことが、良い出会いになってくれることを望みます。このようなことを云うのは少しズレているかもしれませんが、頑張って下さい」


 そして、彼女もいなくなった。


 何だ、この流れ。


 俺は一体、どうすれば良いんだろうか?


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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から最後まで頭の悪いガキで終わりそうだな
2022/02/26 01:20 退会済み
管理
[一言] >一家揃って破滅したくないのであれば それは「破滅」のアーチエルフを全面的に敵に回すのでどっちが破滅するの?という状況に
[一言] 衣食足りて云々は春秋の頃の言葉だからこの世界から見て未来思想では無いよね まあ理想論だったのだろうけど
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