妹のいる生活

第三百八十四話 実技前

　さあ、初段試験だ。

　妙な目にばかり遭い続けた試験も、これで最後。

　ラストくらいは、まともだと良いんだけどな……。

「えーと、ですね、アルトくん」

　はい、トルディさんの、「えーと、ですね」を頂きました。

　最後までこれですよ。

　俺、呪われてんのかな……？

「今回は何でしょう？　ギャラリーでしょうか？　それとも、対戦相手に問題が？」

「アルトくん、目が死んでますよ……？」

　そりゃァ死ぬでしょう。

　酷い目に遭うのが楽しくて試験に来ています、なんて奴がいるなら、是非ともお目に掛かりたいもんですなァ。

「アルトくん。実技会場に移動しましょうか。それで分かると思います」

　トルディさんも、微妙に緊張しているような感じだが、一体、何が待っているんだろうね？

　俺はいつもの試験ホールへ移動しようとし、

「あ！　アルトくん、そちらではありませんよ」

　何故かトルディさんに待ったを掛けられる。

　と云うか、そちらではないって、どういうことよ？

「今回のアルトくんの実技試験は、別の場所で行います」

「は？」

　何それ？　

　なんで？　

　どうしてそうなるのさ？

「ええと……。防犯の為です……」

　防犯？　

　意味が分からない。

　金銀財宝の傍で試験するというわけでもあるまいに。

「こちらです。付いて来て下さい」

　連れて来られたのは、いつもの会場とは本当に別のホールだった。

　俺以外、他の受験者は誰もこちらにやって来ない。

　しかし、入り口の傍には武装した騎士らしき人たちが多数いる。

　これが『防犯』なのか？　

　中に一体、何があるのやら。

　建物内部の廊下にも騎士たちはおり、さらに武舞台が見えてくると、その周囲には豪奢なローブを着た魔術師たちもいる。

　あの人らって、もしかして宮廷魔術師とか、そういう地位の連中じゃないよね？

　その中で一際目を惹くのは、あるひとりの魔術師。

　体型から、おそらくは女性。

　どうして『おそらく』などと云う曖昧な言葉を使うのかと云うと、ヴェールで顔を覆っているからだ。

　背が高く、たぶん、スタイルもいいのだろうが、俺が気になるのは、手に杖を持っていること。

（二本も……？）

　二刀流ならぬ二杖流とでも云うべきか。

　ゲームの登場キャラなら間違いなくボスクラスが所持していそうな複雑なデザインの杖を左右の手に持っている。

　雰囲気だけで強そうな気がするが、どうやら彼女は対戦相手ではないみたい。

　武舞台の上には、試験官の装備に身を包んだ別の人物がいるからだ。

（でも、あの杖持ちの魔術師はヤバい気がする……）

　トルディさんを見てみると、俺以上に緊張している感じだった。

　しかし、彼女は騎士や魔術師たちを見ていない。別のものに気を取られているようだ。

（……って！　あいつは……！）

　武舞台の近く。

　リングを観戦しやすく、かつ防衛しやすい位置に、あの老人がいる。

　カスペル・ロンバウト・エル・ベイレフェルト。

　マフィアのドンのような外見をした、怜悧な頭脳を持つ男。

　カスペル侯爵は静かにイスに座っている。

　だが問題なのは、その周囲だ。

　さらに二名の男性が、同じように座っているのだ。

　貴族というのは、いちいち『場所』を大切にする。

　イスの位置だったり、座り順だったり。

　しかしカスペル老人の傍の男たちに『座席の差』を付けているようには見えない。

　寧ろ序列が発生しないように気を配っている感じだ。

　となると――。

「同格(・・)のお貴族様か」

　俺の呟きを聞いたのは、トルディさんだけ。彼女は小声で、こう返す。

「ベイレフェルト侯の傍にいるおふたりは、クローステル侯と、ヴェンテルスホーヴェン侯です」

　それって、第三王女と第四王女の祖父じゃないか。

　王国に五人しかいない侯爵のうちの三人が揃っている。

　そりゃ、警備が厳重になるわけだ。

（まさかあの連中、揃って俺を見に来たのか……!?）

　父無しの平民なんぞを、わざわざ？

「よう。来たな」

　こんな中なのに、気さくに手をあげて近づいてくるのは、ヴィリーくんが対戦相手だったときに世話になったパリングの得意なオッサン。

　確か、ロッサムさんとか云ったっけ？

「ご無沙汰してます」

「おう。アルト・クレーンプット。一別以来だな。お前さんも、相変わらず大変だな？」

　その言葉で、やはりここの『主役』が俺なのだと思い知る。

　たとえば何かの理由で村娘ちゃんもこっちで試験をすることになったから、警備も物々しく皆が注目している――とかなら良かったんだけどね。

（と云うか、クローステル侯爵は孫娘の試験じゃなくて、俺のを見るのかよ）

　行動の優先順位が、意味不明すぎるぞ。

　ロッサムさんは、苦笑しながら俺に云う。

「まあ、何だ。あまり気にするな……ってのは無理だろうが、あちらさんたちは口出しはしてこないはずだから、試験に専念してくれ」

　立場が偉くなっただけで、今までのギャラリーと変わらないと彼は云う。

　傍にいるトルディさんが独り言のように、「それは無理ではないでしょうか」と呟いた。

　会場にいる騎士やら魔術師やらは、三侯爵を警備しながらも、こちらをチラチラと見ている。

　俺が人見知りな性格だったら、この時点で青ざめているかもしれない。

　対戦相手の人は平気なのかな？　

　そう思って向こうを見ると、彼はこちらに小走りでやって来ていた。

「やあ、キミがあの有名なアルト・クレーンプットくんだね？　俺はディック。本日の実技試験官で、ロッサムの奴に一杯食わされた被害者だよ」

　頬のこけた壮年の男性だった。

　なんだか幸薄そうな顔つきだ。

　接してくる感じからして、平民だろうか？

「おいおいディック。文句なら、トルディに云ってくれ。こいつが、『アルトくんは毎回対戦相手で酷い目に遭っているので、最後くらいはまともな試験官にしてあげて下さい』って俺に云ったから、お前が指名されるように動いたんだぜ？」

　と云うことは、まともな人なのかな？　

　だとしたら、トルディさんには感謝だが。

　ディックさんは肩を竦めて俺を見る。

「あのマウィーフル・パルハウナとやり合ったんだって？　よく怪我をしなかったね？　と云うか、生きていられたね？」

　前回の試験の、気怠げプッツン女魔術師、やっぱり危険人物なのか。そうじゃないかと分かってはいたが。

「噂の神童の実力を確かめたいってんで、今回もヤバいのが呼ばれそうだったんだがな、ギリギリでディックのバカをねじ込むことに成功したんだ」

　よっぽど骨を折ったのか、ロッサムさんは微妙にドヤ顔だ。

　一方、ディックさんは疲れた顔をしている。

「いやいや、冗談じゃないよ？　侯爵様に売り込む為に工作をしたんだろう、とか、平民同士で何か企んでいるんじゃないか、とか、さんざっぱら陰口を叩かれたんだから！」

　苦労性タイプの人なのかな？　

　何にせよ、まともそうで安心したが。

　俺はディックさんにお辞儀をした。

「ええと、俺の為に色々とすみません。それから、本日はよろしくお願いします」

「ああ、いや。こちらこそよろしくね？　ある意味、キミも周囲の被害者だからねぇ。ただ、怪我をさせないように気を付けはするが、試験官としては手を抜けないから、そこは覚悟してね？」

　いやいや。

　いくらでも手を抜いてくれて構いませんが。

　しかし、気さくで話しやすい人だ。

　変な対戦相手でなくて本当に良かった。

　心が軽くなると、別のことに目を向けるゆとりも出来る訳で。

「あの、あちらにいる両手に杖を持った人は、何なんですか？」

　ヴェールで顔が見えないが、明らかに俺を見ている気がするんだけれども。

「あー……」

　平民マジシャンズが、顔を見合わせる。

　顔が引きつっていると云うか、苦笑いしていると云うか。

「まあ、偉い人だよ」

　と、ディックさん。

「防犯上の理由もあるからな。名前は勝手に出せねぇなぁ。たとえば、ここの騎士たちのまとめ役も、誰がやってるとかは云えないんだわ」

　ロッサムさんも肩を竦める。

「防犯上の理由『も』？　と云うことは、他にもここにいる理由があるんですか」

「アルトくんは本当に聡いですねぇ」

　トルディさんが苦笑いをしている。

　しかし、それ以上は教えてくれないみたいだ。

　ロッサムさんが、俺の肩をポンと叩く。

「まあ、アレもギャラリーの一種だと思えばいい。お前さんやディックが三侯爵に襲いかかりでもしないかぎり、何もしてこないはずだ」

「しないよ！」

　俺とディックさんの声がハモった。

「まあ、襲いかかるうんぬんは冗談だが、間違ってもあの女と戦おうとは思うなよ？　アレは間違いなく、怪物の一種だからな」

「ロッサムさん、失礼ですよ！　マ……こほん、あの方は、とっても良い人です」

「性格の話じゃねぇよ。戦闘能力の話だ。世の中には、どうしたって『手を出したらいけない』類の連中が存在する。帝国の死神とか、黒い神官とか、放浪の予言者とかだな。あの女は、間違いなくそっちの側だ」

　やっぱり強いのか、あの杖の人。

　まあ、俺の対戦相手じゃないなら、別に良いけど。

　ヒソヒソとそんなことを話し合っていると、騎士の一人が三侯爵に呼ばれ、それからこちらにやって来た。

「速やかに試験を開始せよとの仰せです」

　口出ししないんじゃないのかよ！

「あ～……。これだから偉い貴族は……」

　ロッサムさんとディックさんが、同じセリフを口に出した。

「じゃあ行こうか、アルトくん。こんな状況だけど、よろしくね？」

　実技試験官と一緒に、武舞台にあがる。

　願わくば、これが最後のテストであらんことを。