第三百八十三話 村娘ちゃんフォーエバー
神聖歴1206年の七月。
つまり、初段試験の日。
四歳から受験を開始し、七歳の今日に、やっと終点まで辿り着いた。
会場に来るのも今日で最後――になると良いなァ……。
そして最後になるのは、『謁見ついたて』もだ。
彼女を間近に見るのも、今日で終わりになるだろう。
村娘ちゃんは故郷であるロイヤル村に帰り、俺とは無縁に暮らしていくはずだ。そう考えると、ちょいと寂しいね。
『こんにちは』
『こんにちは』
何度も交わしてきた母国語の挨拶も、これでおしまいだ。
まあ日本語はあまり外に出さない方が良いものではあるんだろうけれども。
「とうとう段位試験ですね……」
ちょっと寂しそうに笑う村娘ちゃん。
それで察した。
彼女も、今日で最後なんだろうな。
「キミは、上の段位は目指すの?」
「わかりません。ですが、わたくしの目的は、最初から魔道具技師になることです。合格出来れば、そちらに注力することでしょう」
一貫してブレないね。
全ては、あの優しいお母さんの為に。
「貴方様は、どうされるのですか?」
「俺もここまでで一休みだね。と云うか、これ以上は望んでいないよ」
「そう――ですか」
彼女は目を伏せた後、深々と腰を折った。
「これまで、本当にありがとうございました。貴方様とこうしてここで出会えた幸運を、嬉しく、そして貴重に思います」
「あはは。そんな大袈裟な。毎回ここで世間話してただけだよ?」
「いいえ。この世界で一番大切な人を、救って頂きましたから」
ストレートに来たなァ……。最後だからか?
まあでも、最後だからと云って白状する気もないが。
俺はそっぽを向きながら、「なんのことやら」と呟いた。
「貴方様は、いじわるです」
村娘ちゃんは、拗ねたフリをしながら云う。
それを聞きつけた腕の中のマイエンジェルが、
「にーた優しい! いじわる違う! にーた悪く云う、それ、ふぃーが許さない!」
と俺の為に激怒してくれているが、これは悪口の類じゃないからな?
目の前の幼女様は、別に怒っていない。
たぶん、俺が『話さない』のではなく、『話せない』のだと、薄々気付いているんだろう。
「……じぃ……」
「な、何かな?」
「……じぃ~……」
「な、何なんだよぅ……」
村娘ちゃんは、何故だか俺を見つめてくる。ちょっと、もじもじしながら。
「あのぅ……。この国に、王女が存在することはご存じでしょうか……?」
ダメだよ、村娘ちゃん。
『様』なり『殿下』なりを付けないと、不敬だぞ?
ほら、後ろにいるお付きの人が、何か凄い顔で俺を睨んでいるじゃないか。
まるで『俺が不敬』だとでも云わんばかりに。
(しかし、王女様ねぇ……)
俺の記憶が確かならば、王女は四人いたはずだ。
末妹の姫の噂はよく耳にするが、他はよく知らないな。
せいぜい第三王女が王位継承権を持ってないらしいということくらいだな。
ぶっちゃけ平民の小せがれ風情に、出会いのチャンスなんぞあるはずもないからな。
さして気にもしていなかったと云うのが本音だねぇ。
「で、王女様がどうかしたの? 何かお祝いでもあって、お祭りなり何なりが開催されるなら、俺にも影響があるんだろうけどね」
「お祭りっ!? にーた、お祭りある!? ふぃー、お祭り好き! 楽しいものいっぱいある! 美味しいものも、たくさんある! ふぃー、にーたとお祭り行きたい! ふぃー、にーたが好き! 大好きッ!」
祭りはセロまで我慢してくれい。
あ~……。いや、今回も星祭りの時期に行くとは限らないか。初めての来訪時は違ったし。
興奮するフィーをなでなでして宥めていると、村娘ちゃんは、おずおずと切り出した。
「お祭りではありませんが……。どうやら、王女は、近習を取ることになるようなのです」
「ふーん。側仕えねぇ。てことは、基本的には近い年齢の子からになるのかな?」
「そうなりますね。師や護衛の募集ではありませんから、あまり歳が隔たることはないかと思います」
「四人の王女様全員が?」
「い、いえ。お姉――第一王女は既に他国へ嫁いでおりますし、第二王女もご結婚が決まっているので、そちらの募集はありません」
「てことは、第三と第四だね。自薦、他薦、山のようになりそうだね。事務方のほうで、過労で倒れる人が出ないと良いけど」
突発で忙しくなると、本当にキツいからな……。
そして忙しいときは忙しい用事が重なり、トラブルも連続して起こるのよな。
あー……。
思い出すだけでも、くたびれるわ。
「か、変わった着眼点をお持ちですね……?」
近習や王女ではなく、それに係わるスタッフに言及したからか、村娘ちゃんが大きなおめめをパチクリさせている。
でも、俺にとっては他人事じゃないのよね。
「にーた、いつもより、どんよりしてる! 大丈夫? ふぃー、キスしたほうがいい?」
それじゃまるで、いつも俺がどんよりしているみたいじゃないか。
フィーは俺の答えを待たず、ぷちゅっとほっぺにキスして来た。
ふへへと笑っているから、これはマイシスターがキスしたかっただけだな。
「それで……。貴方様は、近習に興味があったりしませんか……?」
「うん? 俺が側仕えを持ったらっていう、もしもの話? 流石にそれは、考えたこともないなァ……」
妙なメイドさんなら、うちの離れにいるけどね。
「いえ、そうではなく……。その、貴方様が、近習になる……とか、です……」
「俺が?」
それも予想外の質問だった。
けれども、答えならすぐに出せるが。
「無いかなァ……。まず、家柄がない。次に能力がない。そして最後に、やる気がない。ないないないで、見事に『無い』がみっつ揃ってるね。三ない運動だ」
「…………」
あ、あれ……?
村娘ちゃんが、微妙にへこんでいるような……?
まさか、『俺』を望んでいたのか?
バカな、とも思うが、この娘からしてみれば、俺は同年代では貴重な話し相手だったろうから、友だちと思ってくれていたのかもしれない。
それを思えば申し訳なくも思うが、俺はうちのことで手一杯で、他所に出ている余裕がない。
ついでに云えば、あまり政治やそれに近しい人と関わり合いになりたいとも思えない。
(ごめんよ、村娘ちゃん……)
ただ、自分の決意は決意として、村娘ちゃんには可哀想なことをしたかなとも思う。
(うん……? あれれ……?)
ふと見ると、彼女の顔に翳りはない。
傷付いたように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか?
彼女は満ちた月のような、明るくて静かな、けれども品のある笑顔で一礼した。
「詮無いことを申しました。気分を害されたのなら、申し訳ありません」
「いやいや。単なる世間話で、気分を害するとかないからね?」
「そうですか。良かったです」
うん。晴れやかな笑みだ。
やっぱりさっきのは、俺の気のせいだったのだろう。
「お嬢様、そろそろ」
いつものお付きの人が、村娘ちゃんを急かす。
この人とも、会うのは今日で最後かな?
ならば、挨拶をしておいた方が良いだろうか?
「あの――」
「ふんっ!」
声を掛けようとしたら、ぷいっと横を向かれてしまった。
最後まで俺と話すつもりはないみたいね。
しかし、そろそろ試験会場へ移動しなければならない時間なのも事実。
俺も立ち去るとしよう。
「じゃあ、村娘ちゃん。またいつか、どこかで」
「はい。近いうちに、必ず」
お互い、さよならは云わない。
たぶんもう、二度と会うことがないとしても。
俺は手を振って、謁見ついたてから距離を取った。
(村娘ちゃん、良い子だったな。お母さん共々、幸せになってくれると良いんだけれども……)
せめてこれからの彼女の幸せくらいは祈ろう。
村娘ちゃんよ、永遠に。




