第三百八十一話 ボードで遊ぼう!(後編)
フィーの指定したゲーム――それは地球世界で、バックギャモンと呼ばれるボードゲームなのだった。
この世界のボードゲームには、チェスがあり、すごろくがあるが、バックギャモンは無いらしい。地球世界では、とっても古いゲームなんだけどね。
内容的には、『駆け引きのあるすごろく』と云うべきか。
手持ちのコマを全部ゴールさせれば勝ちだが、相手の進路を妨害したり、相手のコマを弾き飛ばしてふりだしに戻すなどの戦術が重要になってくる。
ルールを理解して遊べば楽しいのだが、『へんなギザギザがあるだけの盤』を見ても楽しそうには見えないし、そもそも遊び方の想像も付かない。
この辺が日本であまり流行らなかった理由だろうと思っている。単純に取っつきにくいのだ。
なので俺の盤は、ルールをそのままに動線を引いて、上がりまでの道筋や、自陣や敵陣が見やすいようにしてある。
動線上はフィーの強い希望によって、動物たちがゴール目指して歩いていくイラストを彫ってある。
コマを置くマス目も分かりやすく、かつ妹様好みに仕上げてある。具体的には、こちらにも動物さん天国。
「わぁ……っ! 可愛いですね……っ!」
人見知りなはずの孫娘ちゃんが、俺の手製の盤を見て思わず呟いた。
デフォルメした動物というのは、やっぱりキャッチーなんだろう。
見た目で興味を持って貰えるというのは、とても大事だ。
これは小説も同じこと。
『文章系タイトル』って嫌う人が多いが、分かりやすいと云う点で優れているのだと思う。
まあ、『有利不利』と『好き嫌い』、或いは『用いる用いない』は、また別の話になってくるけれどもね。
「これ、ふぃーの得意ゲーム! 雨の日はよくこれで、にーたに遊んで貰う! 積み木やお絵かきも楽しい! ダンスもする!」
話が何故か『雨の日の遊び方』にズレていってしまっているぞ、マイシスターよ。
「にーた、にーた! ふぃーのこと、応援してくれる……?」
期待と不安の入り交じった目で、俺にしがみついてくる妹様。
接待対象は孫娘ちゃんだが、これに対して否と云える材料を俺は持っていない。
しっかりと抱きしめ、頭を撫でてやる。
「フィー。頑張れ」
「きゅふううううううううううううううううううん! ふぃー、にーたに応援して貰った! ふぃー、嬉しい! ふぃー、頑張る! ふぃー、負けない! ふぃー、にーた好き!」
大喜びで頬ずりしてくるフィーを見ている母さんは苦笑し、それから孫娘ちゃんに云った。
「じゃあじゃあ、クララちゃんには、私が付いてあげるわねー? 一緒にアルちゃんをやっつけましょう!」
俺をやっつけるのかよ。
「――――」
そして孫娘ちゃんやその対戦相手ではなく、俺をガン見している織物問屋のご隠居様。
何だろうね、この人。
俺がボードゲームを作ったと云ったから、疑っているんだろうか?
(いや――)
その割りには、懐疑的な視線ではない。
もっとこう、俺という存在そのものを見極めようとしているかのような感じだ。
この間会ったばかりなのに、何故……?
(そういえば、今回の集まりは、そもそもこの爺さんが俺に会いたかったからだったか。その理由も、まだ訊いてないんだよなァ……)
まあ今は、フィーを応援してあげることが先だろう。
盤上に目を移すと、何故か隣りにご隠居様が座ってきた。
酒の臭いのする老人に密着されても、微塵も嬉しくない。
「お孫さんの隣りに座らなくて良いんですか?」
「わしもそうしたいがの、お主とも話しもしてみたくてな」
お主『とも』とか云ってるが、最初から俺が目的だろうに。
こちらを見ていた母さんは、ミチェーモンさんのセリフを聞いて頷いた。
「アルちゃん。クララちゃんには私がルールを教えておくわ。ミチェーモンさんとお話ししてあげて?」
「めー! にーたは、ふぃーと話すのー!」
「ほっほっほ。では、仲良し兄妹の会話に、わしも混ぜて貰うという形にして貰えるかの」
どうあっても、俺と話す気なのね。
「風の噂で聞いたんじゃが、お主、もの凄い天才と云う話ではないか」
「噂なんて、あてにしない方が良いですよ」
「普通はその通りじゃな。が、噂話の十割が嘘というのも、またありえん話じゃろう? 特に、こんな複雑で精緻なルールのボードゲームを作れる者が、凡才であるはずがない」
作ったのは俺じゃないし。
加えて云えば、ルールだって長い時間を掛けて磨き抜かれてきたものだろうしね。
「天才と云えば――」
わざとらしく俺を見る老人。
「お主、魔術の腕も相当だと聞いたぞ?」
その言葉に反応したのはクレーンプット家の面々ではなく、孫娘ちゃんの方だった。
彼女の顔色は真っ青で、今にも泣きそうな顔をしている。
何か魔術にトラウマでもあるのだろうか?
ミチェーモンさんはそれに気付いているのかいないのか、俺の顔を見て興味深そうに頷いた。
「ふむ。やはりお主は変わっておるの。普通、主くらいの歳の童が褒められると、それだけで無条件に喜ぶものじゃがな?」
「特に自信のあるジャンルではないですからね。自分の力不足ならいくらでも知っていますが、逆に慢心できる材料はありません」
「ほぉう……? 謙遜しているようには見えんな? 本心を口にしているようにわしの目には映るが、まさか役者の才まであるのではあるまいな」
本心だもん。
あと俺に、役者の才は無いと思う。
せいぜい営業スマイルが出来るくらいで。
「では、お主は、魔術をどういうものだと考えておるのかね?」
「便利な道具の一種ですね。それ以上でも、それ以下でもありません」
「成程。云い得て妙じゃのう。しかし昨今では、魔術に至上の価値を置く者たちもいると聞くが、それについてはどう思うかね?」
それは試験の度に目にする、あの迷惑集団のことだろうか?
それとも、他の何かが?
いずれにせよ、俺の答えは変わらないのだが。
「俺が思うに馬車は便利な道具ですが、馬車だけが至高であり、それ以外は価値がないと断ずる者がいれば、俺はその人を、ちょっとどうかと思うでしょうね。魔術も同じです。魔術は便利な道具であり、生きて行く為の手段ではありますが、『目的』ではないでしょう。もちろん、魔術を仕事や研究にしている人は別ですけどね」
「では、魔術が使えなくて思い悩む者も、愚かだと思うかの?」
「ケースバイケースです。環境や状況によるでしょう。でも、魔術は『幸せに至る絶対条件』ではありません。自分が笑顔であり、家族が笑顔でいられるのなら、別になくても良いものでしょう」
もちろん、逆に必要な場面もある。
フィーが生まれることが出来たのは、魔術のおかげでもあるからな。
不要と云うつもりも、絶対にない。
ようはお金と一緒だね。
ある方が良いけど、あっても幸せになれるとは限らない。
「成程のぅ……」
老人はニヤリと笑うが、その理由が分からない。
別段、変わったことは云ってないはずだが……。
「いや何。わしは孫が大事でな」
「それは見れば分かります」
「さっき、お前さんにはクララの友人になって貰ったが、わしの望む理想像は、機転が利いて包容力があり、義理堅く誠実で、公平で優しく、偏見がない者じゃった」
爺さん、高望みしすぎだろう……。
いる訳ないじゃん、そんな奴。
「上を見てもキリがないのは分かっておるわい。じゃがお前さんだって、大事な妹君の友となる者ならば、わしの理想と同じ者をという願いを抱くのではないか?」
「む……」
それは否定出来ない。
フィーの横を歩む者は、何よりもフィーを大切にしてくれる人でないと困る。
ミチェーモンさんは、俺にしがみついている天使を見た。
「お前さんはどうじゃな? どんな友人を望む?」
「ふぃーには、にーたがいる!」
マイシスターは断言し、俺に頬ずりをした。
織物問屋のご隠居様は、「ほっほっほ、そうじゃな」と云って笑ったが、ふたりの認識には、たぶん齟齬があるのだろう。
ミチェーモンさんはおそらく、フィーがまだ幼いから、友だちや家族などの『親しい人』の区別が出来ていないと考えたに違いない。
けれども、マイエンジェルは本心を口にしたはずだ。
つまり、『他』は要らないと。
「繋いだ手、離さないでいてくれる! それ一番大事!」
「成程のぅ。確かにその条件の前では、わしの口にした理想なぞ、陽炎のように霞んでしまうじゃろうな」
爺さんは呵々大笑する。
何がそんなに面白かったのやら。
「お主たち兄妹を知れたのは、まことに幸運じゃったわ」
どういうことなのだろう?
俺を呼び出したのは、ひととなりを見る為だったのか?
だとしたら、一体、何故……?
それを問う前に、ミチェーモンさんは顎をしゃくって孫娘ちゃんを指し示した。
「さて、爺との話はここまでにして、うちの孫とあそんでやってくれるかの」
「みゅみゅっ! そうだった! ふぃー、あの娘倒す! それ、にーたに誓った! 見てて、にーた! ふぃー、勝っていっぱい褒めて貰う! ご褒美に、たくさんなでなでしてもらう!」
膝の上で腕まくりをする妹様は、既に『友だち談義』なんぞに興味がない様子。
しかし、当の孫娘ちゃんは、何故だか俺をジッと見ていた。
それはこの会合が終わるまで、断続的に続いた。
一体、俺は何で呼び出されたのか?
その答えを知ることは、ついに出来なかった。




