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妹のいる生活  作者: むい
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第三百七十九話 ボードで遊ぼう!(前編)


 俺が置いた盤は、まずはシンプルな碁盤目状のものだった。


 フィーの要望通りに動物さんを彫り込んでおかなかったら、味も素っ気もなかっただろう。


 持ってきた二種類のコマは、白い無地と黒い無地。


「まずは分かりやすい五目並べからやりましょうか」


 やりましょうか、と口にしてはいるが、俺はルールを説明するだけで、参戦せずとも良いだろう。


 まず第一にクララちゃんに楽しんで貰う事。


 フィーや母さんもやりたそうにしているから、織物問屋の娘さんと三人でローテーションを組んで貰えばいい。


 五目並べはキシュクード島でマイエンジェルと水色ちゃんがハマっていた遊びなので、お土産として作成したのだ。


 シンプルながら奥が深いので、ボードゲームの初心者さんにも向くはずだ。


 ちゃちゃっとルールを説明する。


「ほぉう。ただコマを並べるだけなのに、面白いのぅ。わしは最初、リバーシを持ってきたのかと思ったぞ」


 ご隠居さんが興味深そうに頷いている。


 そう。

 残念ながら、リバーシはこの世界に既に存在する。


 従って、俺が売って儲けることは出来ない。


「コマが白黒なんで、随時取り替えていけばリバーシも遊べますけどね」


 なお、この世界のリバーシのコマは丸くない。

 その必要がないからだ。


 そもそも『丸く作る』というのは、手間暇掛かって増産に向かない。

 よってこちらでのリバーシは、加工しやすい四角形のコマが主流である。


 ただ、今回俺が持ってきた黒白のコマは、丸く作っている。


 その理由は、マイムちゃんへの贈答用だから凝ったものにしたかったというのがひとつ。

 それから、木工の練習を兼ねているのがひとつ。

 そして五目並べの場合は、丸い方が見やすいだろうというのがひとつだ。


「…………」


 母さんに抱かれ、居心地悪そうにしていたはずのクララちゃんは、ジッと盤を見つめている。


 どうやら興味は持って貰えたみたいだな。


「じゃあ最初は、クララちゃんとフィーでやって貰おうか」


「はーい! ふぃー、頑張る! 勝ってにーたに、ご褒美のキスして貰う!」


 いつの間にそんな話に……。


 一方クララちゃんは、急に指名されて驚いている。


「あ、あの、私はこういうことは初めて、で……」


「ただのゲームだよ? 気楽にやろうよ」


「何も賭けてないと、どうにも気が抜けるのぅ……」


 しゃーらっぷ、織物問屋。


 と、そこに、プリンを載せたお盆を持った、ぐだぐだハイエルフがやってくる。


「やあ、お待たせしましたね。やっと『一個だけ』先にプリンをお出しできますよ。せっかくなので、このゲームの勝者に進呈しましょうかね」


 あんた、絶対に火に油を注ぎに来たんでしょ?

 ニンマリとしたその笑顔、邪悪そのものですぜ?


 そして織物問屋の娘さんは、プリンを見て歓喜し、勝利者商品ということを聞いてから、肩を落としている。


 人見知りというヴェールを剥げば、案外普通の女の子なのかもしれない。


(フィーに、クララちゃんに勝ちを譲ってあげたらと云うのは……無理だよなァ……?)


 腕の中にいる妹様は、ふんすふんすと鼻息が荒い。


「きゅきゅーーんっ! ふぃー、勝てばにーたにキスして貰える上に、プリン食べられる! あーんして貰える! ふぃー、絶対に勝つッッッ!」


 だっこしている身体から、高い体温が伝わってくる。


 マイシスターは燃えているのだ。

 俺如きに阻むことが出来るはずもない。


(仕方ない。俺も次回以降はゲームに参戦して、勝ったらプリンをクララちゃんに譲ってあげよう)


 そうして始まった、五目並べの対戦。


 緒戦は当然の如く『経験者』であるフィーに軍配が上がったのだが、俺はクララちゃんの打ち筋を見て驚いた。


 ちゃんと考えて戦っていたのだ。


 幼い子供特有の、『適当に置く』と云うことが一回もなかった。

 未経験で定石も知らないのに、マイエンジェルといい勝負をしていたのだ。


 もしや彼女、かなり頭のいいお子さんなんじゃなかろうか?


「にーた! ふぃー勝った! 褒めて褒めて?」


 腕の中の天使様は、期待に満ちた瞳で俺を見上げている。

 この娘はこの娘で頑張ったのだ。

 四歳児に『空気を読め』だの『手加減してあげろ』だの云うのは愚昧であろう。


「そうだな。偉いぞ、フィー」


「きゅふふふふふ……! ふぃー、にーたに褒めて貰えた……!」


 頭を撫でてやるとデヘデヘと、とろけるようにマイエンジェルは笑った。


 ミィスが妹様の前に、優勝賞品である匙とプリンを置いていく。


「お見事です。まさに、おにちくしょぅの所業と云えましょう。このミィス、感服致しました」


 くっ……! 

 性格のねじくれたハイエルフめぇ。


「アルちゃん。今度は、お母さんと遊びましょうか?」


 クララちゃんを慰めるようになでなでしていたマイマザーは、俺に向かってウィンクする。


(……!)


 母さんの意図をくみ取り、俺は頷いた。


「ん~~……。この場合は、ここに警戒した方が良いのかしらねぇ……?」


「いやいや母さん。それだと俺、こっち側から攻めちゃうよ?」


 セロの軍服ちゃんに遠く及ばぬ大根芝居で、五目並べの解説をする俺たち。


 フィーは、あーんされながらプリンを食べているので盤など見てもいないが、織物問屋の娘さんは真剣に会話を聞き、盤上のコマを見つめている。


 そのまま、五目並べの定石や、基本的な戦術を教えてあげる。


「ぐぅあー、負ぁーけぇーたぁー……!」


 そして俺は、わざとらしくホールドアップ。


 膝の上の妹様が、俺にぷちゅっとキスをした。


「にーた、落ち込まないで。ふぃーがキスしてあげるの! 仇を取ってあげるの!」


 勇ましく腕まくりをしているが、キミの対戦相手は母さんではないからね?


「はい、クララちゃん。プリン食べて良いわよ?」


「え……っ? あ、あの、これはリュシカさんが勝ち取ったものでは……」


「そうなんだけど、今だけ限定で、私お腹空いてないのよー」


 マイマザー、笑顔が引きつってますぜ? 


 フィーのママだけあって、本来は甘いもの大好きな御仁だからな。

 クララちゃんの為に無理をしているんだろう。


「で、ですが――」


「クララ。頂いておきなさい。それが礼儀じゃぞ」


 ご隠居さんが母さんに会釈をしてからそう云うと、クララちゃんは複雑そうな表情で頷いた。


「はい、お爺様。――リュシカさん。あ、ありがとうございます……」


「んふふー。子供はいつでも、笑顔でいないとね?」


 云いながらも、母上様のプリンを掴む手が未練がましくぷるぷると震えているが、そこは見てみないふりをするべきなのだろうな。


「あぁぁ……っ。これが、夢にまで見たプリン……っ!」


 クララちゃんは安物のスプーンに乗せられたお菓子を見て、恍惚としている。


(別に外見なんて似てないのに、この様子が、なんだか村娘ちゃんと被って見えるな……)


 片や、どこぞのロイヤル村の出身。

 片や、織物問屋の娘さんで、身分にはだいぶ隔たりがあるはずだが。


 クララちゃんは匙を口元に運ぶ。


 もの凄く綺麗な動作だ。

 躾が完璧な感じで、『本気を出したときのミア』みたいに、優雅で高貴で貴族っぽい感じだ。


「~~~~……っ!」


 そして、目を閉じてふるふる。

 全身がちいさく震えている。


「くぅ、ん……っ! あぁ、美味しい……っ! 美味しいです……っ! これ程のものが、この世の中にあったなんて……っ!」


 プリンには確実に『お子様特攻』が付与されていると思う。


 フィーと母さんがクララちゃんの様子を見て、自分たちも食べたそうにしているな。


「みゅぅーん……! にーたぁ……。ふぃーも! ふぃーも、もっとプリン食べたい……!」


「勝てば出て来ますよー。勝てばねー……」


 駄エルフが不必要な煽りを入れてくる。

 と云うか、皆に食わせてやれよ!


「みゅぅっ! ふぃー、勝つ! ふぃー、勝負に勝って、またにーたに褒めて貰う! プリン、あーんして貰う!」


「この甘美な天上の味を、また失うわけには……いきません……」


 一方で織物問屋の娘さんの言葉は、他人への宣言――フィーへの応酬ではなく、自分への決意がこぼれたかのようだった。

 よっぽどプリンを気に入ってくれたようだねぇ。


 彼女の背後では、孫娘が積極性を発露させたことが嬉しかったのか、ミチェーモンさんが眼を細めて頷いている。

 この人も大概な孫スキーのようだ。


 そうして再び始まる幼女様対決。


 フィーは今回も勝つ気満々だが、果たして上手く行くものなのだろうか?


 織物問屋の娘さん――『孫娘ちゃん』から、不思議なオーラが立ち上っているように見えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アルトくんのお母さんの母親らしいところみれてよかった [一言] いつも楽しく読ませてもらっています。
[一言] パフェとか出したらクララちゃん気絶するんじゃなかろうか
[良い点] リュシカママん良い人だゎぁ。 フィーちゃんが成長した時、周りにも優しい人にならないかなぁ。
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