第三百七十八話 怪しい祖父と可愛い孫娘、再び
「にーた、にいいいいいいいたあああああああああああああああああああああ!」
六月の朝。
満面の笑みで突撃してきたフィーは、
「にゅにゅーーーーんっ!」
俺の前で急ブレーキ。
「にーた、だっこ!」
どうやら自分から抱きつくのをやめて、俺に抱き上げて欲しくなったようだ。
「ほら、フィー。ぎゅー」
「ぎゅーっ! ふへへ……! にーたの感触、ふぃー、とっても好き! 大好き!」
うーん。
ほっぺが柔らかい。
「で、どうしたんだ、フィー。やけに機嫌が良いじゃないか」
「ふひゅひゅ……っ! にーた、ふぃーの機嫌わかってくれる! ふぃーのこと、よく見てくれてる! 流石はふぃーのにーたなの!」
まあ、明らかにテンション高いしなァ……。
「にーた! 今日、プリン食べに行く日! ふぃー、たくさん食べる! おかわりする!」
「ああ。だからか……」
本日は、あの胡散臭いエルフ、ミィスに誘われて、エツゴの織物問屋のご隠居様に会いに行く日なのだ。
で、ついでにプリンも出ると。
尤も妹様の中では、プリンを食べることが主目的になっているみたいだが。
「ふぃー、にーたに、あーんしてあげる! ふぃー、にーたに、あーんして貰う! 考えただけで、ふぃー、幸せ!」
「人と会うのがメインになるし、待ち時間とか案外、長いかもしれないぞ?」
「ならにーた、ふぃーに良い考えある! ゲーム持っていく! ふぃーとにーた、それで遊ぶ!」
妹様が指さしたのは、ボードゲームの盤だった。
キシュクード島に住む、我らクレーンプット兄妹の友人、水色ちゃんことマイムちゃんの為に考案したお土産なのだが、贈答用とは別で作った試作品でフィーとはよく遊ぶのだ。
(だけど俺とフィーがボードゲームで遊んでいたら、一体誰がミチェーモンさんと会うんでしょうね?)
まあ、待ち時間とかあるかもしれないから、念のために持っていくのも構わないだろう。
今回もいつもの如く、俺、フィー、母さん、エイベル、マリモちゃんで外に出る訳だが、エイベルとマリモちゃんは途中で別れて商会で待機となる。
母さんは親友及びマリモちゃんといるか迷ったようだが、幼い子供ふたりを放ってはおけないと、俺たちに付いてくるようだ。
まあ、七歳児と四歳児だしね。
親としたら心配でしょう。
「うぅ~~……っ。商会のスイーツづくし、お母さんも食べてみたかったわ~……」
そっちに後ろ髪引かれてるのかよ。
ともあれ、そんなメンツで出発した。
※※※
「み、皆様、ご、ご無沙汰しております……」
蚊の鳴くような声で、美しい幼女様が一礼をする。
この娘は確か、ミチェーモンさんの孫娘のクララちゃんだったか。
凄い人見知りっぽいし、今回の話に名前が出ていなかったしで、ぶっちゃけ再会するとは思っていなかった。
きちんと作法の守られた優雅な礼をしてはいるが、その表情は暗い。怯えの色がハッキリと見て取れる。
きっと怖くて逃げ出したいのに、勇気を振り絞って挨拶をしたんだろうなァ……。
「お久しぶりです、クララさん。また会えたことを嬉しく思います」
なので、俺も精一杯の笑顔(業務用)を繰り出した。
前世でならした作り笑いだけは自信があるからな。
これで少しでも警戒心が薄れてくれれば良いのだが……。
しかし――。
「…………っ」
(あっ。すぐにミチェーモンさんの陰に隠れてしまったぞ?)
余程の人見知りなのか、それともマイスマイルがダメダメだったのか。
ともあれ、小走りでも妙な気品があるんだよなァ……?
(ぎこちないのに、動作のひとつひとつが綺麗だ。育ちの良さがうかがえるが、ミチェーモンさんのお店って、貴族を相手にするような豪商だったりするのかな?)
その割りには、背の高い爺さんの方からは、あまり高貴さを感じない。
どちらかと云うと俺と同じ『庶民』の匂いがするんだが。
「えー……。本日は、あー……。プリンの試食会に来て貰ってー……。うー……。まことにありがとーございまーすー……」
もんの凄い棒読みで、胡散臭いハイエルフが言葉を読み上げている。
演技力がないんじゃなくて、どちらかと云えば、やる気のない新入社員のそれに近い。きっとやる気がないのだろう。
(そう云えば俺は、何でミチェーモンさんと会うのか、その理由を訊いてないんだよな)
ちゃんと今回の会合で判明するんだろうか?
「えっとー……。なんかのトラブルによりー……。プリンをお出しするのがー……えー……。ほんの少しだけ遅れまーすー……。なのでー……。うー……。それまでの間ー……。皆さんで談笑でもしていて下ーさーいー……」
「こりゃ、ミィス! いくら何でも酷すぎじゃぞ! もっと真面目にやらんかい!」
「うっさいですねー……。私は鬼眼鏡のせいで、ベリーベリータイアードなのですよ。本当なら、こっちにだって来られないくらいなんですよ? それを長年の友誼に報いる為に、こうして無理をして出て来てあげたんじゃないですか」
「なぁ~にが、長年の友誼じゃ! お前のことじゃ、寧ろここへ来ることを口実にして、商会を抜け出してきたのじゃろうが!? 他の者はだませても、このわしを欺くことだけは出来んぞ!」
いや、他の者はだませてもって、たぶん誰も信じてないと思いますぜ?
「云い掛かりはやめて下さい。私はだましてなんかいませんよ。兎に角、やんごとなき事情でプリンはしばらくお預けです。私はあっちでプリンを食べてますので、皆は交流でも深めていて下さい」
メチャクチャなことを云って、ちいさなハイエルフはさっさと引っ込んでしまった。
まあ、主目的は、『俺がミチェーモンさんに会うこと』なんだろうから、プリンを食べてハイさよならじゃ、マズいと踏んだんだろな。
そして交流と聞いた途端、物怖じせず、かつ可愛いものが大好きな母さんが、早速クララちゃんに近づいている。
「こんにちはー? 私はリュシカって云います。こっちのふたり――アルちゃんとフィーちゃんのママです。クララちゃんだったわよね? ちゃんと話すのは初めてだけど、よろしくね?」
マイマザーのおててが、わきわきしている。
きっと、だっこしたいんだろうな。
「……こ、こんにち、は……」
一方クララちゃんは、小動物のように怯えながらも、懸命に挨拶をしている。
しかしミチェーモンさんの陰から出てくる気配はない。
母さんは子供じみた屈託のない笑顔を、背の高い老人に向けた。
「ミチェーモンさん、お孫さんを、だっこさせて下さい!」
ストレートだな、おい。
「おう、別に構わんぞ? 寧ろ、どんどん構ってやってくれい」
「え……っ!? そんな、エフ――お、お爺様、私は……あきゅっ!?」
控え目な抗議を行おうと、クララちゃんが顔を上げた隙を突いて、マイマザーが遠慮会釈もなしに『将来美人さん幼女』を抱き上げる。
「あ、あああ、あぁの……っ」
「ふふふー……。思っていた以上に、素敵な抱き心地ねー?」
交流目的ではなく、完全な自己満足でのだっこになってませんかね?
母さんはクララちゃんを抱きかかえたまま、ズンズンと俺たちの前へと歩いてきて、織物問屋の娘さんを見せつけた。
「ふふふー。良いでしょー?」
まるで仔猫か、ぬいぐるみでも自慢するかのような笑顔だな。
しかし、俺の袖をくいくいと引っ張ってくる銀髪幼女がひとり。
「にーたぁ……! ふぃーも! ふぃーもだっこ!」
「はいはい」
俺もマイエンジェルを抱え上げる。
これで、『だっこ組』がふたつ出来た訳だ。
だっこする相手もしてくれる相手も存在しない老人は、そんな俺たちを見て微笑んだ。
「うむ。良い取り合わせではないか。そうじゃ、お主たち、わしの孫娘の友だちになってやってはくれぬか?」
「はい、はーい! 私! 私がお友だち第一号ねー! で、アルちゃんとフィーちゃんが、二号さんと三号さんね!」
母さん、ぽわ子ちゃんの時もそうだったけど、歳の差を全く気にしないのね。
まあ、年齢をうんぬんすれば、エイベルとも差がもの凄いだろうしね。
「ほっほっほ……。良かったのぅ、クララ。一気に三人も友だちが出来たようだぞ?」
「そ、そんなぁ、お爺様……」
一方的に決められて、とても戸惑っている幼女様。
お?
向こうの扉の陰から、チラリとちびエルフ様のお姿が見えたな。
宣言通りにプリンを食いながらも、こっちの様子を気にしてはいたらしい。
尤も、彼女はまたすぐに引っ込んでしまったが。
「さ! さ! せっかくお友だちになれたんだから、さっそく一緒に遊びましょうか! クララちゃんは、ゲームは好き?」
「あ、あの、私、そういうのは、全くやったことがなくて……」
「なら、やってみましょうか? 私のアルちゃんは凄いのよ? とっても面白いボードゲームを考えちゃったんだから!」
「めーっ! おかーさんのにーた違う! ふぃーの! にーたは、ふぃーのにーたなのー!」
ドタバタとしながらも、持ってきたゲームをテーブルの上に置く。
邪魔になるだけで使わないかなと思っていたボードゲームが、思わぬ所で役に立ったものだな。
今回俺が持ってきたのは、盤が二種類に、コマも二種類。
しかし、遊べるゲームはもう少し多いだろう。
「わぁ……っ! 可愛らしい細工ですね……!」
クララちゃんは置かれた盤に目を輝かせ、それから気まずそうに口をつぐんだ。
つまり、今のは思わず出た感想なんだろうな。
なお、細工というのはマイエンジェルの強い希望で、盤上にブタさんやらウサギさんやら、デフォルメした動物を彫り込んでいるからだろう。
もちろん、ゲームとは何の関係もないものなのだが。
「ほぉう? 最近の商会は、こんな手の込んだ盤も売っておるのかの?」
ミチェーモンさんも興味深げに覗き込んでくるが、これは俺が木工の練習がてらに作ったものだから、販売品じゃないね。
ついでに云えば、まだ売り込んでもいないし。
「良いか、クラウ……クララ。ゲームと云うのは二種類あってじゃな。ひとつはゲームそのものが楽しいもの。そしてもうひとつが、ゲームを通してやる駆け引き――まだるっこしい云い方は無しじゃな、『賭けのツール』として優秀なものじゃ」
おい、この爺さん大丈夫か?
賭博依存者だったりしないよな?




