第三百七十五話 六月なので
「に・い・たあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
神聖歴1206年の六月。
元気いっぱいの妹様が、俺にジャンピング抱き付きを繰り出してきた。
「にいいいたああ! にいいいいいいいたああああああああああああああ!」
「どうした、フィー? 今日はいつにも増して、テンションが高いじゃないか」
「ふぃー、はしゃぐ、それ理由ある! 今日ジッとしてる、それ出来ない!」
「理由をお聞きしましょ?」
「それはぁ……。ふへへ……! それはねー」
チュッと、ほっぺにキスされてしまったぞ。
「今日、にーたのお誕生日! にーた、いつもふぃーのお誕生日はたくさんお祝いしてくれる! たくさん幸せにしてくれる! だからふぃー、今日はにーたにいっぱいお礼云う! お祝いする! ふぃー、にーた好き!」
ああ、うん。
俺も今日で七歳ね。
どうも歳を取ると自分の誕生日を、あまり意識しなくなっていくのよね。
「ふへへ~……! にぃさま、お誕生日、おめでとーございます!」
「うん。ありがとー。俺もこうしてフィーと一緒にいられて、とても嬉しいよ」
「~~~~……っ!」
マイエンジェルの瞳が、キラキラとお星様を発生させる。
「にーた、ふぃーと一緒にいられて嬉しい!?」
「うん」
「にーた、ふぃーと一緒にいられて幸せ!?」
「もちろん」
しっかりと頷くと、マイシスターが体育座りのように縮んでいく。
そして。
「や……」
「や?」
「やったあああああああああああああああああああああああああああ! ふぃー、ふぃー、にーたに一緒にいられて嬉しい云われたああああああああああああああああああああああああああ!」
ぴょこんと大ジャンプを繰り出す妹様。
「ふぃーも! ふぃーもにーたと一緒、それ一番幸せ! ふぃー、にーたが好き! だっこ!」
両腕を広げ、だっこをせがむマイエンジェル。
抱き上げると、すぐに柔らかいもちもちほっぺを擦り付けられてしまった。
「にーた、にーた!」
「うん?」
「今日、ふぃーがにーたに、いっぱいお礼する!」
「うん」
「だからにーた、ふぃーから離れる、めーなの! ふぃーだけ! ふぃーのことだけ見ていて?」
本当かー?
本当にお礼かー?
お礼にかこつけて、俺を独り占めしようとしているだけじゃないのかー?
「フィーちゃあん、アルちゃんのお誕生日、お母さんもお祝いしたいわー……」
「めっ! にーた、今日はふぃーと過ごすの! 明日にして!」
「明日はアルちゃんの誕生日じゃないわよぅ」
母さんが拗ねた声をあげるが、フィーに譲るつもりはないらしい。
ぽしょぽしょと俺に耳打ちしてくる。
「にーた。家の中いる、それ皆がふぃーたちを邪魔してくる! そーこか、ひみつきちに隠れる! 誰も来ない! 邪魔されない!」
いや、せっかくの誕生日なら、俺は皆に祝って欲しいんだけどもね?
「アルトきゅぅん。お誕生日、おめでとうございますー。今日は私とアルトきゅんのお母さんで目一杯、美味しいものを作ってあげますからねー」
「何か作るなら、俺も手伝うけど……」
「それはダメですねー。主賓はドンと座っていて欲しいですねー。アルトきゅんの姉として、このミア・ヴィレメイン・エル・ヴェーニンクが、腕によりを掛けてご馳走を作ってあげたいんですねー」
と、腕まくりをする駄メイド様。
最近のこやつは、自称ではなく既成事実として『姉ポジション』を占めようとしてないか?
大丈夫か、我が家は。徐々に侵略されてない?
そしてふよふよと寄って来ては、俺に食べ物をねだるマリモちゃん。この娘もブレないね。
尤も、誕生日とかを理解していないだけかもしれないが。
「アルちゃんは何か食べたいものはある? お母さんも、頑張って作るわよ?」
「はい、はーい! ふぃー、プリン! プリンが良いと思う! プリンなら、きっとにーた喜ぶ!」
喜ぶのは、フィーリア様ですよね?
まあ、フィーが笑顔なら、俺も嬉しいんだけどさ。
「じゃあ母さん。プリンでお願い」
「もう。アルちゃんはフィーちゃんに甘いんだから」
母上様には息子の心の動きなど、バッチリお見通しだったようだ。
しかしまあ、俺は恵まれていると云うべきだろう。
この世界で子供の誕生日を大々的に祝うのは、五歳、十歳、十五歳の三回だ。
七歳という中途半端な年齢では、平民の家庭はふつう祝ったりはしない。
けれども今こうして、皆が俺を祝福してくれている。
なんともありがたい話ではないか。
「……アル」
そしてやって来る、魅惑の耳の持ち主。
誕生日なんだから、ちょっとくらい触らせてくれないかしら?
エイベルは、朝一で外出していたらしい。
ヤンティーネと一緒に我が家に戻って来たが、これは単なる偶然だそうだ。
「アルト様、お誕生日おめでとうございます。こちらは商会から預かってきたお祝い品です」
「ああ、こりゃどうも、ご丁寧に」
今年もショルシーナ商会の皆さんには、お世話になりそうだねぇ。
ヘンリエッテさんからは、イーちゃん経由でバースデーカードも貰えたし。
「……アル。これは、私から」
「おお、これは……!」
エイベルが取り出したのは、見事なメロンだった。
わざわざ南大陸側にある庭園から持ってきてくれたものだという。
この世界でも、メロンは高級フルーツだ。
と云うか、庶民はあまり食べられない。平民たち垂涎の果物なのである。
まあ、商会には普通に売ってるんだけどね。
「……アル。おめでとう」
「ありがとう、エイベル。祝ってくれて、嬉しいよ」
「……ん」
かすかな笑みを向けてくれるマイティーチャー。
この笑顔の価値って、本当はとんでもないものなんだろうな。
メロンよりも、俺にはこちらの方が貴重に思える。
「はわわ……! メロンですねー? メロンですよぉー? 私、メロンなんて食べたこともありませんねー」
文字通りに指を咥えて見ている男爵家令嬢。
腕の中のフィーも、緑色の丸いやつに興味津々だ。
「にーた! これ、美味しそうな気配がする……! ふぃーの予感、たぶん外れない……!」
そりゃ、あんさんは気に入るだろうさ。
エイベルの所で育てたメロンなら、絶対に美味しいだろうし。
「ふふふー。アルちゃん、良かったわね? 皆、アルちゃんのことを大事に想ってくれているのねぇ」
マイマザーが、フィーごと俺を抱きしめる。
マリモちゃんも母さんの肩に乗って、存在をアピールしている。
「にーた、にーた」
「ん?」
「ふぃー、にーた好き! 大好き!」
家族にお祝いして貰える。
ただそれだけの、途方もない幸せ。
それを知れたことに意味のある、七歳の誕生日だった。




