特別編・何もないけど幸せな
「フィーちゃん、フィーちゃん」
季節は冬。
クリスマスを間近に控えたある日、母さんはマイエンジェルに、呼びかけた。
「んゅ? なぁに、おかーさん? ふぃー、今にーたに、なでなでして貰うので忙しい!」
別にそれは忙しい事じゃないだろうとは思うが、腕の中の妹様は撫でられることに集中したいようだ。
グリグリと頭を俺に押しつけ、もっともっととせがんでくる。
マイマザーは愛娘が自分の方に向かないことに慣れっこなので、そのまま話を続けることにしたらしい。
「フィーちゃん、何か欲しいものはある? お母さんが、サンタさんにお願いしてあげるけど?」
ああ、クリスマスプレゼントの調査か。
たぶんマイマザーは、久々にステファヌスに会ったのだろう。
そこで、『我が子』へのプレゼントを、頼んだのか頼まれたのか――。
「みゅ? ほしーもの? ふぃー、にーたが好き! にーた、いつでも、ふぃーといてくれる! ふぃーのこと、とっても大事にしてくれる! ふぃー、にーたが手に入ってる!」
「フィーちゃんがアルちゃんのこと大好きなのは分かってるわよぅ。お母さんも、ふたりのことが大好きだし。でも、他に欲しいものはなぁい? 美味しい食べ物だとか、楽しいオモチャだとか」
母さんの問いかけに対し、マイシスターは、ひしっと俺に抱きついた。
「美味しい食べ物! 楽しいオモチャ! それ全部、にーたがくれる! サンタさん、にーたの足下にも及ばない!」
妹様が、また妙な言葉を仕入れている……。
て云うか、サンタクロースと比較されたのなんて、前世も含めて初めてのことだよ……。
「うぅぅぅ~~……っ。アルちゃあああん……!」
フィーが天然で『プレゼント候補』を潰してしまうので、母さんが困り果て、縋るような目で俺を見てきた。
俺もまだ子供なんだけどね、とは流石に云えないか。
「フィー」
「なぁに、にーた? ふぃー、にーたのことが好き!」
「せっかくサンタが何かくれるって云うんだから、何か貰っておけば良いんじゃないかな? 画用紙とか粘土とかは、いくらあっても困らないだろう……?」
「みゅみゅ……! 確かに、そうなの! にーた、冴えてる! 流石はふぃーのにーたなの!」
もちもちほっぺを押しつける程のことだろうかね、俺の意見は。
まあ、おかげでマイマザーもプレゼントのとっかかりが出来たことだろう。
俺に向かって「よくやった」とサムズアップしている。
「おかーさん! サンタさんに貰うもの、『透明の粘土』が良い! あれ、他の粘土よりもいい感じ! ふぃー、気に入ってる! もっと欲しい!」
「…………」
あ。
母さんが絶句してるぞ。
フィーの持ってる透明の粘土って、聖湖の湖水だしね。
人間どころか精霊族ですら至宝にするような代物は、流石に手に入れる手段がないだろう。
いやエイベルに頼めば、もしかしたら持ってきてくれるかもしれないけど、ステファヌス氏に入手する方法はないだろうな。
そもそも、聖湖の湖水がうちにあるって知られるわけにも行かないが。
「しょ、商会で売ってる粘土じゃだめ……?」
「商会の粘土、商会行った時に、にーたに買って貰える! だからふぃー、透明の粘土が良い!」
「うぅぅぅ~~……っ。アルちゃあああん……!」
そんな目をされてもな……。
フィーが無邪気に欲しがったものが、たまたま途方もないものだっただけだが。
「えっと、フィー。ぬいぐるみとかはどうだ?」
「んゅ? ぬいぐるみ? ふぃー、にーたに買って貰ったダイコンがある!」
「ダイコンはクマさんだろう? 他の動物さんのぬいぐるみもがあっても、良いんじゃないか?」
「みゅぅ……。確かに」
マイシスターは、俺に頬ずりしたまま考え込む。
これは脈があるかな?
このままぬいぐるみに決まってくれれば、母さんの負担も減るだろう。ステファヌスは知らんが。
「フィーの好きな動物は何だ?」
「にーた!」
即答である。
いや、そりゃ俺も『動物』にカテゴライズされるだろうけどさァ……。
「人間は除外しような?」
「だから、にーた! めーよエルフ族!」
それ、来年も引っ張るの? 今年で終わりにしない?
「普通の動物な? 犬とかネコとかさ」
「みゅみゅー……。それなら……」
お?
すぐに決められるものがあるのか?
何だろう?
クマかな?
それともウサギとか?
「ブタさん! ふぃー、最近、ブタさん可愛いと思うようになった!」
ほぉう。これは予想外。
まさかブタを欲しがるとは。
話がぬいぐるみで纏まり始めたからか、母さんは安堵したように頷く。
「ブタさんなのね! フィーちゃん。豚肉大好きだもんね?」
そういう理由じゃないと思うが。
「ふぃー、豚肉好き! 豚肉美味しい! おかわりする!」
いや。
キミは何を食べてもおかわりするでしょう。
と云うか、ズレた会話なのに噛み合ってるのね。流石は母娘。
「じゃあ、フィーちゃんはブタさんのぬいぐるみね? サンタさんには、そう伝えておくわね? アルちゃんは?」
「え? 俺? 文房具でいいや」
大した出費にならないだろうし、勉強に使えるし、フィーに譲ってやっても良いし。
「アルちゃんって、無欲よねぇ……」
いや、欲はあるよ?
エイベルの耳を触らせてくれるなら、悪魔に魂を売っても良いし。
でも、無理じゃん?
触れないじゃん?
「ふたりへのプレゼント、すぐに決まって良かったわー」
母さんは、ホッと胸を撫で下ろしている。
しかし俺の腕の中にいる妹様は、カッと目を見開いた。
「ふぃー、どうしてもやらなければならないことを思いだした!」
それはたぶん、独り言。
けれども、強い意志を秘めた宣言。
「ふぃー、今年こそ、サンタさんを生け捕る!」
ああ、うん。
諦めてなかったのね、それ。
※※※
そして、二十四日の夜。
同じ布団の中で抱き合っている俺に、フィーは改めてサンタの捕縛を誓った。
「ふぃー、今年はサンタさんを逃がさない! この手に捕まえる!」
押しつけられるもちもちほっぺの感触からして、やる気が横溢しているのは明らかだ。
枕元には、今年もしっかりと捕獲用の麻袋が置かれている。
そこまでしてサンタを捕らえることに、一体何の意味があるというのか。
うちの子は、ほんのちょっとだけ世間の子供と変わっているので、実兄であるこの俺でも、その思考を完全に把握することが出来ていない。
「フィー、サンタを、どうするつもりなんだ……?」
「ふぃーとにーたで、山分けする!」
「サンタを、山分けするのか……?」
そもそも出来るのか、物理的に?
「ふぃーが袋を貰う! にーたには、サンタさんを譲る!」
随分と格差がありませんかね、それ?
と云うか、太った老人を貰って、俺はそれから、どうすればいいと云うんだね?
まあ、マイエンジェルには、『安眠なでなで攻撃』でグッスリと眠って貰うつもりなんだけどね?
だから今年も、妹様の野望は叶わないだろう。
(それにしても、サンタねぇ……)
ちょっと前から思ってたんだけどさ。
サンタのプレゼントって、アレって『偽造品』なの?
特に、オモチャとかゲームとか。
不思議な袋から出てくる物品だが、オフィシャルな工場で作られたものじゃない限りは、精巧なイミテーションってことになると思うんだけれども。それが幻想的な手段であったとしても。
サンタと云えば、密入国や不法侵入ばかりが注目されるが、模造品を作り出すことも重大な犯罪的行為になるんじゃなかろうか?
その辺って、実際はどうなんだろう?
(いや、何が実際は、だ。何でこんな下らないことを考えてるんだろう、俺……。疲れてるのかな……?)
アホなことを考えながらも、マイエンジェルの銀髪は撫で続けているんだけれどもね。
「ふ、ふひゅ……っ! ふひゅひゅ……っ! にーた。ふぃー、にーたになでなでされ続けると、幸せで一杯になる! サンタさん生け捕る気持ちが、消えちゃうの……」
「じゃあ、撫でるのはやめておくかー……?」
「めーっ! もっと! ふぃー、にーたになでなでされるの、一番好き!」
「だっこやキスよりもか?」
「それも一番! 一番好き、ふぃー、いっぱいある!」
「この欲張りさんめ~~っ!」
わしゃわしゃとサラサラヘアーを撫でつけると、マイエンジェルはでへでへと笑いながら云った。
「ふぃー、悪くないもん! にーたが魅力的すぎるからいけないの! ふぃーを惑わす、いけないにーたなの!」
暖かい布団に包まれて、だっこされて撫でられているからか、マイシスターの機嫌は天井知らずだ。
「にーたにこうして貰うのが、ふぃー、一番幸せ! これ、ふぃーだけのもの! 誰にも渡さない!」
渡さないって、誰も俺なんぞを取りゃせんだろうに。
「にーた! ふぃー、良いこと思い付いた! 部屋の入り口に罠を仕掛ける!」
唐突すぎるわ。
何に対する罠だよ。
「サンタさん! 罠でサンタさんを足止めする!」
そっちに話題、戻って来たのね……。
でも、罠を仕掛けると、うちの母さんが酷い目に遭うだけだと思うぞ?
「にーた、ふぃー、サンタさん生け捕る為に、色々考えた……」
「生け捕りの為に、考察を」
「サンタさん、目撃情報いっぱいある! なのに捕まってない!」
いや。
そもそも捕獲しようって考える人が稀なんじゃないですかね?
「ふぃー、思う。きっとサンタさん、捕まえようとすると、激しく抵抗する! だから誰も生け捕れない!」
もの凄い新説が飛び出したもんだなァ!?
と云うか、フィーよ。その説が正しいなら、サンタ伝説にはセットで、『手を出すと暴れるから危険です』の文言が付くと思うんですけどね?
「だから、まず罠で弱らせる! そこでふぃーが、全力でえいやーってするの!」
赤い人を塵にするつもりですか?
「タルビッキちゃんが、トナカイのお肉は美味しい云ってた! サンタさん倒したら、ふぃー、食べてみたい!」
倒しちゃいけません。
と云うか、ぽわ子ちゃんのママン、フィーに、ちゃん付けで呼ばれているのか……。
そう云えばトナカイ肉って北欧だと高級食材だっけか。
北方出身だから、タルタルは食べたことがあるんだろうな。
俺は前世を含めて一度もないけどさ。
食べ物の話題が出たからか、妹様の関心は食べる方に移ってしまった。
「今日、ご馳走いっぱい出た! 美味しかった! ふぃー、明日もいっぱい食べる! おかわりする!」
今日と明日はクリスマスだから、母さんが張り切って美味しいご飯を作ってくれる。
ありがたいことに、商会からも差し入れを貰えたし。
「ふぃー、甘いの好き! お肉が好き! ケーキ美味しかった! ふぃー……。んにゅ……。ふぃー、もっと……」
妹様の瞳が、とろんとしてくる。
体温も高い。
完璧に眠いんだろうな。
「ふぃー……。にーた、す、き……」
すぴすぴと可愛らしい寝息が聞こえる。
マイエンジェルは、夢の世界に旅立たれた。
これで今夜はグッスリだろう。
母さんが罠に引っかかることもなければ、サンタが戦闘に巻き込まれることもない。
ごく普通の、何もない夜だ。
(でも、今年も幸せだった)
ゆるんだ顔で眠る愛妹を見て、俺はそう思えた。
「メリークリスマス、フィー」




