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妹のいる生活  作者: むい
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第三百六十五話 村娘ちゃん、プリンを語る


 神聖歴1206年の四月。


 今日は一級試験の日。


 ここを合格すれば、次は初段位。

 上手く行けば、次回が俺にとっての最後の試験になるわけだ。


 何とか目標地点まで、ストレートに合格したいものだねぇ。


「にぃさま! 試験、頑張って下さい……っ!」


 腕の中の妹様も、こうして応援してくれているわけだしね。


 その妹様は、未だ十級試験すら受けてはいない。


 この娘の能力ならば合格は容易いだろうが、俺と離れると泣いてしまう子なので、そこがネックになっている。


 たとえば俺が試験に行っている間も寂しそうにしているが、それでも傍には母さんがおり、エイベルがいる。


 しかしこの娘が試験を受けるとなると当然、『家族全員』から離れてのひとりぼっちになる。


 それは、フィーが今まで体験したことのない世界だ。

 どうなるのか、俺にも分からない。


 ただまあ、俺が一桁の年齢で試験を受けたのは金を稼ぐ為であり、幸運なことに特許の売買も上手く行っているので、マイエンジェルを無理に受験させる必要は無いとは云える。


 外で魔術を使うなら免許は必要になるが、もう数年後――ひとりで受験できるくらいの心の強さを身につけてからでも、別段、遅くはないのだから。


(寧ろこの娘の才能が早期に知られるのは、あまり良くないことだと思うからな……)


 そういう意味では誤解とは云え、俺が『天才』と目されるのは、絶好の隠れ蓑になるのかもしれない。


「フィー。俺がいなくても、ちゃんと我慢出来るか?」


「ふぃー、出来ない! だからにーた、早くふぃーのところへ帰ってきて下さい!」


 云いきられてしまったぞ。

 ついでに、キスもされてしまった。


(そして、試験と云えば――)


 あの娘だ。


 例の『謁見ついたて』の向こう側にいる子。


 正体不明の、村娘ちゃん。


 一体、彼女が何者なのか? 

 一切全く、これっぽっちも見当が付かないや。


 まあ冗談は兎も角として、彼女と直接話すのも、今日と次回で終わりだろう。


 そうなれば身分差から、会話どころか、近くで見ることすら出来なくなるだろうな。


 ちょいと寂しくはあるが、今のあの娘には、優しいお母さんがいる。


 彼女が嫁ぐまでの間、きっと仲良く過ごすことだろう。

 是非、そうあって欲しいねぇ。


『こんにちは』

『こんにちは』


 この挨拶も、次回で終わりだろう。


 優雅に礼をする彼女は、しかしどこか、上の空である。


「……どうかしたの?」


 俺は首を傾げる。


 いつも通りの護衛の人が、『余計な詮索なんてしなくて良いのよ!』と云わんばかりに、こちらを睨んでいる。

 彼女にも、徹頭徹尾嫌われたままだったなァ……。


「あ、し、失礼致しました。人様を前にして浮ついた態度を取るなど、あまりにも失礼でございました……。まことに申し訳ありません」


「い、いや、わざわざ頭を下げるような事じゃ……」


 慌てて頭を上げさせると、それでも彼女は、「はぁ……」と大きく息を吐いた。

 その様子は、恋煩いでもしているかのようにも見える。


「何か、気になることでも?」


「ああぁ……、わたくしったら、また……。重ね重ね、申し訳ありません……!」


 ぺこりんと腰を折るお月様な幼女。

 しかしやっぱり、気もそぞろだ。


「あのぅ……」


 幼女様はやがて、おずおずと俺に尋ねてきた。


「何かな?」


「貴方様の魔術の師は、以前エルフ族であると聞きました。でしたら――と云うのは変ですが、そのエルフ族が運営している大商会を、貴方様はご存じでありましょうか……?」


「そりゃ、もちろん。と云うか、ショルシーナ商会の名前は、子供でも知っていると思うけど……?」


「そう、ですよね……」


 お月様の雰囲気を持つ幼女様が頷く背後で、お付きの人が、苦虫を噛み潰したような表情をした。


 そう云えば、某王女様の護衛役が、商会に奉天草をよこせと云いに来て袖にされた事件があったんだっけか。

 それって、この人だったりするのかな?


 村娘ちゃんは、お付きの人の態度に気付かず、しずしずと続ける。


「ショルシーナ商会と云えば大陸中で知られる大店ですが、ここ数年は、特に業績著しいと聞いております。それは魅力的な新商品を次々と売り出しているからだとも」


「ああ、うん。発明品やらレシピやらを、積極的に買い取ってるみたいだからね。うちの子は粘土遊びやブロックを組み立てるのが好きだけど、あれって確か、ドワーフ族が売り込んだって聞いているよ」


 俺の言葉に、腕の中の妹様が反応された。


「ふぃー、粘土もブロックも好き! にーたがプレゼントしてくれた! ふぃーのにーた、優しい! ふぃーのにーた、素敵! ふぃー、にーた好き! 大好きっ!」


 俺に頬ずりしてくるマイエンジェルを、幼女様は微笑ましいものを見るかのように見守っている。


 村娘ちゃんって頭がいいだけでなく、精神の成長が早いんだろうな。

 年齢以上に大人びていると云うか。


「その……。かの商会と縁がありますと、正式販売前に、試作品を目にする機会があるのですが――」


 ああ、ウナギの試食会みたいなやつか。


 宣伝も兼ねるし、ある程度は上流階級にも顔を繋いでおかなければならないしで、そういうケースもあるんだろうな。


「その伝手で、わたくしも、お母様に買って頂いたものがあるのです」


「へぇぇ。どんなもの?」


「三輪車という乗り物――いえ、オモチャでしょうか?」


 俺はサッとフィーの口を両手で塞いだ。

 もう一瞬遅ければ、


「ふぃー、知ってる! それ、にーたが作った!」


 とでも叫んだことだろう。


 もがもがとマイエンジェルが、腕の中で蠢いている。


 小声で「内緒な?」と呟くと、マイシスターはしっかりと頷いてくれた。


 俺は何も知らないフリをする。


「三輪車?」


「はい。子供が乗って遊べる玩具です。それがまた、楽しくて――」


 そうかー……。

 村娘ちゃんも、三輪車で遊ぶのか。


 流石にドレス姿で乗るとは思えないが、あまりこの娘のイメージには合わない気がするね。

 っていうのは、失礼か。


「その三輪車は、あのエッセン氏の作品だと云われております」


「エッセン?」


「はい。シャール・エッセン。今やバイエルン氏と並び、王都の大発明家の双璧でしょうね。理由は不明ですが、氏はエルフ族の商会にのみ、その発明品を卸しているそうで。氏の素性は誰も知りませんが、一説には人間族ではなく、エルフ族なのではないかとも云われていますね」


 ああ、うん。

 名誉エルフ族らしいよ、そいつ。


「わたくしが瞠目しましたのは、三輪車そのものではなく、その車輪を包むもの――タイヤと呼ばれる発明品の方です。あれは素晴らしいものです。商会は既にタイヤを履かせた車輪の開発をしているようですが、数年以内に、大陸中の全ての馬車や荷車がタイヤを装備するだろうと、わたくしの先生も感心しておりました」


 村娘ちゃんの先生って、確かリュネループの出身だっけか。


 こんな傑物の教師役が務まるんだから、その先生って人も、もの凄い才人なんだろうな。


「氏は服飾業界においても、安全ピンと糸通しでシェアを獲得しているようですし、オークションで一躍有名となった『瓶詰めの船』の開発者でもあると聞きます。氏の発明品は、その悉くが既製品を一変させるものばかりです。発想力の次元があまりにも違います。きっと、途方もない天才なのでしょうね」


 たぶん違うと思います。


「ですが――」


 と、何故か俯く村娘ちゃん。


「わたくしが気になっておりますのは、エッセンと並び立つ天才、バイエルン氏の方なのです」


 お月様な幼女にそう云われて、俺は首を傾げそうになった。


 ぶっちゃけエッセン名義の発明品の方が、世の役に立っていると思うんだけど。

 爪切りとかピーラーとかさ。


 村娘ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうにしている。

 何か恥じ入るような理由があるのかな?


「そ、その……。バイエルン氏は、料理の専門家なのですが……」


「うん」


「氏の考案された料理は、どれも、その……と、とても美味しい、のです……」


 消え入りそうな声で、指と指をくっつけている幼女様。


(ああ、成程)


 食いしん坊だと思われるのが、恥ずかしかったのね。


「それで、何がそんなに美味しかったの?」


 当然の話ながら、俺は村娘ちゃんの食べ物の好みを知らない。


 女の子だし、普通に考えれば甘いものだろうけど、セロに住むハトコのシスティちゃん(もろきゅう愛好者)のように、渋い食べ物が好みかもしれないし。


 お月様な幼女は、顔を上げてヒソヒソと呟いた。


「あれは今までにない、至高のお菓子です」


「お菓子」


 普通の女の子の趣味だね。


 タレに漬け込んだ干し肉が好き、とかではなかったようだ。


「その身はぷるぷると柔らかく、黄色を帯びた可愛らしくも美しい造形。匙ですくい上げると沈み込むような楽しい感触。そして何より、あの味は……っ!」

  

 祈るように指を組んで、空を見上げる幼女様。


 その様子でこの娘が、挫折した『A計画』の残骸が気に入ったのだと、俺は理解した。


「プリン……っ! それはバイエルン氏の生み出した、究極の甘味です……! あの発明に比べれば、エッセン氏のタイヤですら霞むことでしょう……!」


 ちょっと大袈裟じゃないの? 

 プリンがなくても、人類は困らないよ?


 なお、今の俺はフィーの口を塞いだままである。


 なにせ、当家の妹様もプリンは大好物。


 エイベルに食べさせた数日後に、改めて家族にも食べさせているが、マイエンジェルも母さんも、そしてハイエルフの皆さんも、あれをいたく気に入ったようだった。


「はぁ……」


 そして村娘ちゃんは、再びのため息。


「わたくしもお母様も、一口でプリンの虜になりました……。しかし、正式な販売が開始されるまで、二度と口にすること叶いません……。まだレシピの公開もされていないので、作って頂くことも出来ません……」


 それでションボリしてたのかよ。

 そんなにプリン好きかい。


(村娘ちゃんとの会話で、今回が一番しょうもない内容かもしれん……)


 いや、暗い話や緊迫した話はノーサンキューだから、それで良いんだけどもさ。


 ラスト二回の謁見が、プリンの話で終わるというのも凄いねと。


「貴方様もプリンが正式販売されましたら、是非召し上がってみて下さい。あれは天上のお菓子です。世界が変わります……」


 ううん……。

 この娘に『A計画』を発動していたら、上手く行ったのかもしれないね。

 尤も村娘ちゃんは人間族だから、耳が普通だけれども。


「わたくしが是非に会ってみたい方に、バイエルン氏が加わりました。叶うなら、是非にも甘味の神髄をご教示頂きたいです……」


 魔道具技師目指すなら、普通はエッセンの方に興味を示すと思うんだが。

 恐るべし、スイーツの魔力。


 結局この日の会話は、本当にプリンの素晴らしさを説かれただけで終わってしまった。


「にーた、にーた! ふぃーも! ふぃーもプリン食べたい!」


「はいはい。試験終わったら商会に寄るから、そこで頂こうな? たぶん、用意してくれているでしょ」


「ほんとー!? ふぃー、いっぱい食べる! ふぃー、プリン好き! にーたが好き!」


 腕の中で暴れる妹様を宥めながら、俺は家族の元へと戻ったのだった。


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