第三百六十一話 たまごを食べよう!(中編)
と、云う訳で、昼飯作成に取りかかる。
手伝ってくれるのは、先程までマリモちゃんとお昼寝に興じていたマイマザーだ。
「それでアルちゃん。今度は一体、何を作るの?」
「ぬっふふふふ……。それはね――」
前世での俺の好物のひとつ。
というか、基本的に卵料理って嫌いな人を見たことがないが。
(あ~……。いや、バロットだと、ダメな人はダメだろうけどな……)
バロット。
別名をホビロン。
孵りかけのひよこが形成されたゆで卵である。
一部で有名なやつだね。
尤も俺は、前世ではついに食べたことがなかったが。
で、今回だ。
俺が作るのは、皆大好き親子丼。
ティーネには、もしも手に入るなら鶏肉も買ってきてほしいと頼んであったが、願い叶って一緒に購入してきてくれたのだ。
美味しいよね、親子丼。お手軽に作れるし。
卵料理は色々あるが、矢張り元日本人としては、お米も食べたい。
となると候補は親子丼か卵かけご飯だが、日本の鶏卵でない限り生食は避けるべきだろう。
それで前者を選択した。
「鶏卵に鶏肉……ですか」
フェネルさんが俺の作るものを聞いて物珍しそうな顔をしている。
当然のことながら、この世界に『こいつ』はないようだ。
「うん。名付けて、親子丼」
「母子共々、材料にするから? なんだか、残酷な名前ねぇ……?」
母さんにちょっと引かれてしまったぞ。
「ま、まあ、俺のネーミングセンスはこの際、おいておくとして、取り敢えず作っちゃうよ」
みつばがないのが癪にさわるが、醤油があれば、大体のものは作れる世界だ。
既にウナギでみりんもどきも作っているので、今回も容易い。
「アルちゃんのお料理は、お醤油使ってばかりねぇ……」
そういう世界の住人でしたからなァ……。
タレの濃さも重要だが、それ以上に大事なのは、たまごの柔らかさだ。
親子丼は、ふわとろであるべき。
店で食べると、たまに平気で固いの出してくるところがあるからなァ……。
(ふわとろで問題になるのは、やっぱりサルモネラ菌だな……)
殺菌を考えると、六十度以上の温度で五分。出来れば二十分は加熱したいが、そうすると固くなっちゃうだろうからな。
仕方がないので、今回は、浄化の魔術で代用する。
店売りにするなら、『柔らかさ』は最初から捨てねばならないかもしれない。
しかし、固い親子丼って美味しくないんだよねぇ……。
この辺も鶏卵問題の『土台』から考えるべき事柄だよな。
「んん~ぅ! 見た目がふわふわしていて綺麗ねぇ……!」
母さんは俺の盛りつけを見て喜んでいるが、真っ黄色というのは矢張り面白くない。
みつばがないのが、本当に悔やまれるな……。
と云う訳で、マイマザーとハイエルフズ、ついでに仕事に戻らずに居座り続けている駄メイドの分を盛りつける。
そして、最後にフィーの分だ。
この娘には、なるたけ出来立てを食べて欲しいからね。
「ほい。完成。こちらが親子丼でございやす」
「ふぉおぉおぉ~~~~っ! 美味しそう! ふぃー、これ気に入る予感がする! にーたの作ってくれるもの、全部美味しい! ふぃー、にーた好きッ!」
マイエンジェルは大きなおめめを輝かしてくれているが、調理した身としては親子丼ひと品じゃ残念すぎる。もうちょっと色々と作りたかった。
だが、いかんせん鶏卵の数が足りない。
他の料理は、今回は諦めるより他にない。
ついでに云うと、だからおかわりもないよ!
「…………」
俺はちらりとカゴを見る。
そこにはエイベルの為に除けてある卵が、何個かあった。
ここにいるメンツで、「エイベルの分も食っちまおう!」と提案する者はいない。
あれには誰も手を付けない。
そのマイティーチャーは、『泥事件』の薬開発の最終調整に入っている――らしい。
特効薬自体は既に出来ているらしいが、寄生種の『本体』からデータを取って、変異や進化のパターンを複数想定して、バージョン違いにも対応出来る薬を作るのだという。
そんなことが出来るのかね、とも思ったが、
「……たぶん、出来ると思う」
と、ご本人が云っていたので、近々、本当に薬は完成するのだろう。
だから今日は帰ってこないかもしれない。
でも、帰ってくるかもしれない。
その時に、『皆で食べたものがありません』では、あまりにも可哀想だ。
鶏卵は残されて然るべきだろう。
だが、それはそれとして、我が家には、よく食べる子がいるんだよね。
(うちの子の食欲じゃ、一杯じゃ足らんわなァ……)
云えば我慢するだろうけど、この娘を飢えさせるのも気が引ける。
まあ、解決策はあるんだが。
「野菜炒めとスープは、お母さんが作ったわよー?」
こちらを手伝いながら、副菜と汁物を仕上げてくれた。
ヘンリエッテさんとフェネルさんとミアも料理は出来るので手伝ってくれようとしたが、今回の台所はクレーンプット一家の貸し切りだ。
「フィーも、野菜洗ってくれて、ありがとな?」
「ふへへ……! ふぃー、にーたの役に立つ! そして褒めて貰うっ! いっぱい、なでなでして貰う! ふぃー、にーた好きっ!」
料理が完成してテンションが高いのか、マイシスターが、ぴょんぴょこと跳ねている。
「それじゃ、冷めないうちにいただきましょうか?」
母さんの提案に、皆が頷いた。
「いただきまーす!」
声を揃えて、昼食を開始。
スプーンを握りしめた妹様が、嬉々として親子丼を口に運ぶ。
「~~~~っ!」
そして、ぷるぷると震えた。
「美味しい! にーた! これ、美味しい! ふぃー、これ気に入った! ふぃーのにーた、凄い!」
青いおめめがキラキラしている。
しかし、他のメンツも似たような反応だ。
どうやら親子丼の評判は上々のようだ。
「美味しいです……っ! ふわふわとろとろのたまごだけでなく、それを煮込んだスープがご飯に染みこんで、一層、味に深みを出しています。『ただ飯の上に乗せた』のではなく、初めから一緒に食べることを想定したデザインになっているのですね! 素晴らしいです……っ!」
とは、フェネルさんの言。
そう云えばこの人、グルメ疑惑があったっけ。
「良い味ですね、流石はアルくんです」
一方、ヘンリエッテさんは美味しそうにしながらも、時折考え込むような仕草をしている。
この副会長様の場合、いつも俺が新商品を持ってくると、その時点で売り込み先やシェアのことを考えているからな。
今回もたぶん、そうなのだろうな。
そしてティーネは、舌鼓を打ちながらも俺に疑問をぶつけてきた。
「ウナギの件もそうですが、アルト様の作られる食べ物はフェネルの云う通り、ご飯と一緒に食べることを想定して作られていますね? 専用の土鍋も注文しておりましたし、何かお米に対して、強い思い入れがあるのでしょうか?」
「え? あ、いや。ただ単に、お米が好きなだけだよ、うん……」
日本人のソウルフードだからね。仕方ないね。
「お、美味しい! アルちゃあああん、美味しいわー! 流石はお母さんの自慢の子ねー!」
だから、深く考えないマイマザーのありがたいこと、ありがたいこと。
いつまでも、そのままのキミでいて下さい。
「美味しいですねー。我がヴェーニンク男爵領で養鶏が盛んでないことが悔やまれますねー。しかしこれだけ美味しいお料理が作れるとなると、アルトきゅんの胃袋を掴む作戦の実行は、とっても難しそうですねー」
駄メイドよ、お前、そんなことを企んでいたのか……。
だが、皆が口に乗せているように、親子丼の味を気に入ってくれたのは事実のようで、食べるスピードが速い。
それでも『おかわりはない』と知っているメンバーは、ある程度セーブしているのだが。
「にーた! 親子丼、美味しい! ふぃー、もっと食べる! にーた! ふぃー、おかわりしたい!」
ここに、元気よく丼がわりの深皿を突き出してくる幼児がひとり。
まあ、想定の範囲内ですがな。
「ほら、フィー。落ち着いて、よく噛んで食べるんだぞ?」
「うん……っ! ふへへ、にーた、ありがとー! ふぃー、よく噛んで食べる!」
満面の笑みで二杯目に手を付ける妹様。
この娘は本当に嬉しそうに食べるから、作り甲斐があるってもんよ。
「アルちゃん……。もう……」
母さんは気付いたな。
と云うか、フィー以外の全員が、一瞬、俺を見たな。
マイエンジェルの『おかわり分』を、一体どこから調達したのか?
答えは単純に、俺があまり食べなかっただけなんだよね。
日本の味と、こちらの味。
その差異を理解できる量があれば、それで充分。
そう考えて、あらかじめよそう量を少なくしたのだ。
ただ、あまりあからさまだと体調不良などの余計な心配を与えかねないので、パッと見では分かり難いように工夫して盛りつけたが。
(フィーの食べる顔が、俺は大好きなんだなァ……)
と、再確認出来た。
良きかな、良きかな。
しかしそこから先は、想定外の流れになってしまった。
「ヤンティーネ」
「はっ」
ヘンリエッテさんが警備部のハイエルフに声を掛けると、突如として俺がティーネに羽交い締めにされてしまった。
「え……っ!? な、何……!? どうしたのさ!?」
「もう……! これは気づけなかった私の落ち度でもありますが、アルくん! 子供が無理をしては、めっ! です!」
ちょっと怒った風味のヘンリエッテ副会長が、俺を指で「めっ」てした。
そしてすぐ目の前からは、フェネルさんが親子丼の乗った匙を突き出してくる。
「悪い子にちゃんと食べさせるのも、私たち大人の仕事です。アルト様、お覚悟して下さいね? はい、あーん、です」
そんな嬉しそうに。
貴方、全く怒ってないですよね?
マイマザーも、ハイエルフたちの行動に、うんうんと頷いている。
ハイエルフたちめ、このアルト・クレーンプットに、無理矢理、親子丼を食べさせるつもりでござるか!?
しかしそこで、激怒される方がひとり……。
「めーっ! にーたに、あーんしてあげるの、それ、ふぃーの仕事! ふぃーだけなのーっ! ふぃーが、にーたに食べさせてあげるの! その後で、ふぃーも、にーたに、あーんして貰うのーっ!」
独占欲剥き出しの理由で、ハイエルフズに挑み掛かってしまった。
「あ、危ないですよ……!」
フェネルさんは、スプーン上の親子丼が落ちないように四苦八苦している。
「くふふっ! アルトきゅーん……。皆様がお忙しいようなので、僭越ながらアルトきゅんの専属メイドであるこの私、ミア・ヴィレメイン・エル・ヴェーニンクが、ご飯を食べさせてあげますねー。はい、あーんしましょうねー?」
駄メイドめ!
いつ、お前が俺の専属になったんだ!?
しかしミアに食べさせられるというのは、理由は知らんが、この上ない屈辱だ!
抗ってやる!
抗ってやるぞう!
「くふふ……。身動きの取れない身体で、いつまで、このミアお姉ちゃんの果てしない献身から逃れられますかねー? 美幼年のお世話を甲斐甲斐しく実行する……。これでこそ、メイド業に就いたかいがあるというものですねー」
私欲丸出しじゃないか! なんてヤツだ……!
わいわいと騒いでいると、食堂の扉が静かに開いた。
うちの先生が、帰ってきたのである。




