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妹のいる生活  作者: むい
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第三百五十七話 泥がくる(その二十二)


「え……ッ!? 何なのよ、その子供は!? まさかその子に、何かやらせる気なの!?」


 大陸公用語を解しないエルフの医術者が驚いている。


 そりゃ、ハタから見れば意味不明だろうな。


 この泥を削っていたエイベルが攻撃を取りやめ、代わりに四歳児が出張って来たのだから。


 今は子供に何かをやらせる場面ではないと云う危惧は尤もだが、当家の天使様は通常の秤を越える存在だ。

 何よりエイベル自身が『フィーが攻撃して大丈夫』と云っている。マイシスターに駆除を実行させても、何も問題は無いはずだ。


「……フィー」


「んゅ? エイベル、なーに?」


「……火力を集中させて、一瞬で決めて。出来れば欠片ひとつ残さないことが望ましい」


「ふぃー、いっぱい、バーンってやるの! 難しくない!」


 あの泥が寄り集まったものならば、堅さと密度は相当なものになると思うのだが、妹様は意にも介さない。


 特に『溜める』動作もせずに、


「みゅみゃーっ!」


 元気よく腕を振り下ろした。


 すると天空からは、無数の光柱が降り注ぐ。


 眩いばかりの光。そして爆発。


 それら全てが、エイベルの空間魔術で遮られている。


(あの光のひとつひとつが古式魔術だ……! 確か、『光爆』。こちらとあちらが断絶していなかったら、この距離では俺も瞬時に消し飛んでいるんだろうな……)


 こんな火力は俺には出せない。


 音も響かず振動も伝わってこないが、アーチエルフの張った結界の中では無数の破壊が起きているのだろう。


「な、な、なななな……!」


 アレッタが口をパクパクさせてフィーと光を交互に見やっている。


「み、みみ、見たことのない魔術だわ……! そ、その子、精霊か何かなの……!?」


 いえ。

 普通の人間族の女の子ですが。


 そして止まる明滅。


 そこにあるのは、だだっ広い真四角のクレーター。


 エイベルが空間魔術で囲んだ内部の全てが、綺麗サッパリ消滅していた。


「むふーっ!」


 フィーが俺に振り返り、得意げな顔を見せつけている。


 半分腰を抜かしたアレッタは、


「いくら精霊だからって、これはやりすぎよ……! こんな超火力、絶対に必要無かったでしょう……!?」


 と呟いているが、うちの先生は首を振った。


「……これで良い。フィーの選択は正解」


「みゅ! あの変なの、ふぃーの魔術、食べようとした!」


 このふたりには、俺たち凡人にはわからない何かが見えていたようだ。


 エイベルに説明を頼むと、こう云われた。


「……フィーの光爆が命中する瞬間、あの泥は口を開けた。自身を攻撃する魔術を食べるつもりだったのは明らか」


 魔術を食うことに成功していれば、あの泥――いや、岩か? ――は、より力を得ていただろうとのこと。

 けれどもフィーの魔術の威力と数が多すぎて、それも出来ずに消滅したのだと。


 逆に云えば、中途半端な攻撃では、あれに活力を与えるだけであったろうと。


「……フィーは一瞬で魔術の使用量を切り替えた。あれは良い判断」


 エイベルはマイエンジェルを褒めるが、褒められた方は、そちらを見向きもしていない。


「にーた、にーた! ふぃーにキス! キスして? ふぃー、にーたにキスして欲しくて頑張った!」


「あ、ああ……。凄いぞ、フィー。ちゅっ」


「きゅふううううううううううううううううううううううううううん! ふぃー! ふぃー、にーたにキスして貰った! ふぃー、嬉しい! ふぃー、もっとキスして欲しい!」


 俺は大はしゃぎしている妹様をなだめつつ、ぎこちないサウルーン語で、アレッタにフィーの行動が正しかったことを説明した。

 ただ、古式魔術を使ったことは伏せておいたが。


 医術者は目の前で起きた現象を、どうにか自分なりにまとめようとしたらしい。


 で、出した結論が、こうだ。


「そういうことなのね。あんたら、妙に落ち着いていると思ったら、高位精霊の子供と知り合いだったのね。だからこんな状況でも狼狽しなかったと……!」


 寝付けずについてきただけのマイエンジェルを、事件解決の切り札だと考えたようだ。


「ふん……。確かにあんたらの連れてきた精霊がいなかったら、あの泥が大惨事を引き起こしていたでしょうね。アッサリと片付いたのは結果論であって、本来はハイエルフの方々がこの場にいても対処出来たかどうか疑わしい事件だわ」


 後半の発言については同意する。

 俺に独力でこの件に当たれと云われても、きっと解決できなかっただろう。


 この泥のように、『圧倒的な力』のみが物事を解決させるケースというのは確かにあって、それは極少数の限られた者にしか為し得ないことだ。


「……この穴も埋めておいた方が良い」


 一方エイベルは、淡々と事後処理を進めようとしている。


「埋めるって、具体的にどうするのさ?」


「……あの洞窟があった岩山の一部を崩して、穴を塞いでおく。その上で土を被せておけば、それ程には目立たなくなるはず」


 ディットが隠れ家にしていただけあって、もともとこの辺には人が近づかなかったから、それでも誤魔化しがきくだろうとのこと。

 木々も岩もないことは、ちょっと不自然ではあるけれども。


 エイベルが手をかざすと、腕の中でデレデレしていたはずの妹様が待ったを掛けた。


「あの中、メジェド様ある! それ崩す、めーなの!」


「……なら、そこ以外を崩す」


 主不在で、中身も価値の無くなった洞窟が崩れていく。


 宣言通り、砕かれた岩山が穴を埋めていく。土の魔術で周囲の砂も放り込んでいるらしく、大きかった穴はすぐに見えなくなった。


「でもさ……。メジェド様だけ浮いてるね……」


 なまじ上手いこと塞いだからか、一体だけそこに鎮座している白い神が目立って仕方がない。


「……その辺の苦情はフィーに云って。この辺は人が来ないみたいだから、発見が遅れることを祈るしかない」


「メジェド様を壊す、それ、めーなの! あれ、良い出来! あのまま残しておくの!」


 まあ、ここに奇妙な像があっても、奇病事件と関連づけて考える人はそういないだろう。

 このまま放置させておいても構わないだろう、たぶん。


「しかし、結局あのディットとか云う男に寄生種や力を与えたヤツってのが不明のままね……。そこがとっても気持ち悪いわ」


 アレッタが不満げに云う。

 それはその通りだと俺も思うけど、真犯人に繋がる人物があんな風に退場してしまったのだから、手がかりを追うのは難しいだろう。


「……洞窟内の研究所にも、それらしい手がかりはなかった。たぶん、ディットと真犯人が接触したのは、ここではない別の場所であったと思われる」


 それではますます繋がりが分からない。

 しかし、現時点ではどうしようもない。


「みゅ……。みゅ……」


 そしてマイエンジェルは、再びのおねむだ。

 いつもならとっくに寝ている時間だから、これも当然だろう。


 優しく撫でていると案の定、すぐに寝息を立て始めてしまった。


「すぴすぴ……」


 だっこを解除し、再びおんぶ状態に戻す。

 まだ両手が自由じゃないと、何かあったら怖いからね。


(一応は、これで一段落か……?)


 色々とスッキリしないまま実行犯だけが消え、村々に病人だけが残った。


 唯一の救いは、これ以上は奇病が流行しないことだろうか。

 真犯人が動かなければだが。


「……っ!」


 その時、アレッタの身体がグラリと揺れる。

 俺は慌ててそれを支えた。


 片言で大丈夫かと問うと、明らかに強がっている顔で、大丈夫よと返された。


「エイ……シーベル。そう云えば、俺にやって貰いたい事って何なの?」


「……ん。治療の手伝い」


 サラリと凄いことを云ったな。


「あ、あんた、まさか治療薬が作れたっていうの……?」


「……それはまだ無理。もう少し掛かる。けれど、ここにはアルがいる」


 具体的に、何をすればいいのかな?


 考えていると、エイベルは鞄から薬ビンを取り出した。


「それは?」


「……治療の補助薬。これで、アルに対応して貰う」


 対応と云われてもな。


 俺が見守っていると、ツカツカと歩いたお師匠様は、薬液の入ったビンをアレッタの口に流し込んだ。


「な、ななな、何をするのよ……!?」


 青白い顔のまま、アレッタが抗議の声をあげている。


 そりゃ、ろくな説明も無しに謎の薬を飲まされれば、誰だって驚くだろう。


「……アル、後はよろしく」


「よろしくって云われても……」


 俺に出来ることと云えば、それは魔力の根源に干渉することくらいで――。


(いや、それをやれと云うことか……?)


 俺が心で呟いたことに、お師匠様はちいさく頷いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 改めてフィーの才能に驚愕。魔力量がずば抜けて高いだけでなく、相手の意図を見抜いて瞬時に対応とか…
[一言] 相変わらず凄い
[一言] フィーが直接手を下すのは珍しい気がする。
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