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妹のいる生活  作者: むい
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第三百四十七話 泥がくる(その十三)


「え……っ!? 何、あれは……!?」


 アレッタが見上げた先には、茶色い津波のようなものが見えた。


 それは一直線に、リューリング村の方へと向かってきている。


「土砂崩れ……!?」


 鳴動しながら滑り落ちてくる、土色の波。


 あの速度と規模では、村が壊滅的な打撃を受けてしまうのではないか?


(皆を避難させないと……! でも、そんな時間があるものなの!?)


 彼女は慌てて周囲を見渡す。

 そこに、あの師弟の姿は無かった。


「あいつら! まさか自分たちだけ逃げ出したの……!?」


 とんでもないと思う一方で、無理もないとも思った。

 自然の猛威の前では、皆が無力なのだから。


「…………ッ」


 アレッタは迷った。

 自分も一目散に逃げ出すべきなのだろうかと。


 村の外れにいる自分なら、今逃げ出せば、助かる可能性は高くなるはずだ。


 けれど、


(ラト……!)


 彼女の足は、村の中央部へと向いた。


※※※


「アレッタ様ぁーっ!」


 予想通り、ラトは避難出来ずにいた。


 ラトだけではない。

 病床に伏している家族を持つ家は、避難を躊躇う者も多かった。


「ラト……!」


 駆けてくる少女を抱き留める。


 しかし、ここから何が出来るというのだろうか。


 今からラトとその家族を連れて逃げ出しても、たぶん間に合わない。


(魔壁をこの家の周囲にだけ展開する……? ダメ。私の魔力量では、あの土砂を支えきれるはずがない。万が一、耐えきれたとしても、そこから脱出する術もない……)


 ギリリと歯ぎしりをする。


 腕の中で不安そうにしていたラトが目を見開いたのは、そんな時だ。


「え、えぇ……っ!?」


 その瞳は、天空に向いていた。

 釣られて宙を見上げたアレッタも、そこにあるものを見て、絶句した。


「な、何、あれは……!?」


 天空に映し出されたもの。


 それは、白くのっぺりとした、異形の怪人。


 まるでシーツを被り、それに目と眉だけを描いたかのようなふざけた姿。


 これまでに見たことのない存在が、夜空に浮かんでいる。


 アレッタは呆然としていた。

 当然、ラトや他の住民たちも。


 命の危機が迫っているというのに、そのことを一瞬、忘れた。

 それだけ、天空に現れた怪人の姿はインパクトがあったのだ。


 白い怪物の目が光る。


 すると天空に、縦長の直方体がいくつも現れる。


 それらは次々と地面に落下し、ピタリピタリと、隙間無く並んでいく。


 それは『防壁』なのだと、アレッタはすぐに気付いた。


 果たして、土色の津波は直方体に直撃する。


 しかし怪人の作り出したと思われる防壁は、小ゆるぎもしない。

 自然のエネルギーを真っ向から受け止め跳ね返す直方体の堅固さは、アレッタの常識からは考えられないものだった。


 瞬間、再び怪物の目が光る。

 そこから放たれた光線は、壁の向こうの『波』に命中したようだった。


 同時に大量の蒸気が立ち上るが、天空に吹いた突風が、それら全てを即座に霧散させてしまう。

 光線だけではなく突風も、あの白い怪人の仕業なのだろうか?


「な、何なのよ、あいつは……!」


 アレッタは震えながら、目の前で起きていることを見守る以外にない。


 白い怪物が何を考え、何を目的としているのかはまるで分からないが、少なくとも、あの『津波』を攻撃する意志があることだけは分かった。


 二度程、光線を撃つと鳴動は止まった。

 同時に直方体も、そして白い怪人も湯気のように消えて行く。


 残ったのは呆然と立ち尽くす村人たちと、アレッタだけだった。


※※※


 翌朝。


 明るくなるのを待って、アレッタと村人たちは土砂が流れてきた方へと向かう。


 そこには泥にまみれて倒れ伏した木々や砕けた岩が無数にあったが、それらの全てが一本の線を境に、ピタリと進行を止めているのが確認出来た。


 残土の量は、呆れる程に少ない。


 それはあの光線が、村を軽く呑みこむ程の『波』を消滅させてしまったことを意味している。


 諸々の状況から、昨夜の怪現象が夢でないことを誰もが信じるしかなかった。


「な、何だったんだ、ありゃあ……?」


「わ、わからねぇ……。他所の連中に話しても、誰も信じてくれねぇだろうなぁ……」


「神の奇跡なのか、それとも悪魔の仕業なのか……」


 首を捻りながら考え込む村民たちのもとへ、近隣の村からも応援がやってくる。


「ラト!」


「ディットおじさん!」


 そこには、ラトの父の知己の姿もある。


「一体、何があったんだ、これは……?」


 そう云われても、誰も上手い説明など出来るはずもない。

 どうやら天空に浮かんだ怪物の姿は、他所の村までは見えなかったらしい。


 リューリング村の人々はしどろもどろになって事情を話したが、案の定、半信半疑の顔をされてしまった。


「その白い怪人とやらは置いておくとしても、何で土砂崩れが起きたのかは調べないとあかんなぁ……」


 彼らの中で足腰の丈夫なものたちが、武装を整え山頂へと向かう。


 そこで、奇妙なものを発見する。


「何だ、こりゃぁ!? 壊れた堰みたいなものがあるぞォ!?」


 そこにあったのは、火山の火口、或いは空の溜め池のように見える空洞と、その『出口』と思しき、壊れた水門のようなもの。そして、大量の泥がある。


 あまり学のない村人たちにも、これが何なのかはすぐに分かった。


 水の代わりにここに大量の泥を溜めておき、それを放出して村を潰滅させようとした者がいたと云うことなのだろう。


「こんなの、一日、二日で作れるものじゃないだろう? 誰が、いつから作ったんだ?」


「分かるわけがない。この山頂付近は食える動物もあまりおらんし、山菜や薬草だって殆ど無い。しかも山頂への道中には、モンスターの通り道まであるんだ。俺たち地元の人間だって、わざわざ寄りつかんよ……」


 いずれにせよ、昨日の『波』は、人災であることが、ほぼ確定したようだ。


「こんなことして、犯人に何の得があるんだ?」


「知るかよ! やったヤツに聞け! ただでさえ奇病の流行で大変なのに、こんなことをするヤツまで現れるなんて……!」


 吐き出すように、村人のひとりが云う。


 しかし周囲を調べてもそれ以上の手がかりらしきものはなく、彼らは下山するしかなかった。


※※※


 夜。


 下山してきた村人たちから話を聞いたアレッタは、寝床として使っている空き屋で首を捻っていた。


 彼女はシーベルから、奇病の原因が何者かの放った寄生種だと聞いている。


 では、今回の意図的な災害は、奇病と繋がりがあるのだろうか?


 あってもおかしくはないが、確証はない。


 手がかりがないので、決めつけるわけにも行かない。

 そもそも犯人の目的やメリットが見えてこない。


 分からないと云えば、空に浮かんだ白い怪人の正体も、皆目見当が付かない。


 一応、現象だけを見れば村を守ったとも云えるが、あれが善なるものだという保証もない。


 何もかもが分からなかった。


 手を拱いて考え込んでいると、空き屋の扉がノックされる。


 ラトがこんな時間に外をうろつくはずがないから、他にここへ来る者がいるとしたら……。


「……入りなさいよ」


 アレッタは険のある表情で扉を睨んだ。


 入って来たのは予想通り、表情のない魔術師だった。


「よくもまぁ、一目散に逃げ出しておいて戻ってこられるわね?」


「……必要があれば戻るし、そうでないなら立ち去る。それだけの話」


「ぬけぬけと……!」


 怒鳴りつけても、動じる様子もない。

 アレッタは舌打ちをし、何の用かと尋ねる。


「……昨日の話の続き。貴方は、どんな情報を持っている?」


「それを知ってどうするの? あんたの手に負えない話だったら、また尻尾を巻いて逃げ出すの?」


「……撤退が最善ならば、当然それを選択する」


 あっさりと云いきられたアレッタは、シーベルを睨んだ。

 しかし彼女に、矢張り動じる気配もない。

 アレッタは、舌打ちしたい気分になった。


 そこへ、新たな訪問者がやって来る。


 それは村の門番役の男であり、彼には頼んでいたことがあったのである。


 村人は、アレッタが待ち望んでいた情報を口にする。


「お医者様よぅ。ミシエロ様が、明日にはこの村に到着されるようですぜ?」


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― 新着の感想 ―
[一言] あ~一気に寄生虫ばら撒くつもりだったんか 生き残りや救助に来た連中にかなり蔓延しそうだし ・・・証拠隠滅ならこの村だけじゃなくて 地域一帯にやらなきゃアカンし寄生種制御出来なくなった時用の…
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