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妹のいる生活  作者: むい
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第三十四話 探知魔術と憧れの屋根裏部屋


「……毒物が持ち込まれた」


 フィーを膝に乗せて絵本を読んであげていると、敬愛する我が師匠、エイベル様がそんなことを云い出した。


「結界に引っかかったの?」

「……ん」


 俺の問いに静かに頷く。

 大魔術師でもあるエイベルは、探知系魔術も上手だ。この場合は検知と呼ぶ方が正しいかもしれないが。

 今彼女が使っているのは『何かをこちらから能動的に探す』タイプではなく、『陣地内に指定したものが入り込んだ時に術者が感知できる』タイプの、云わば結界魔術と鑑定魔術を合成したような設置型の特殊魔術で、これはエイベルが自分で作り出したオリジナルスペルであるらしい。


 指定物は当然、毒物だ。陣地の範囲は、この屋敷全体。

 離れの東西南北に魔方陣を刻み込んで、屋敷そのものを覆っている。

 云うまでもないことだが、これはエイベルが俺たち親子を毒殺から守る為にやってくれているものだ。

 実はこの魔術、結構手間が掛かる。

 多層的で複雑な魔方陣の作成もそうだが、反応する毒物は術者であるエイベルが登録したものに限る、という制約が付く。それは弱点でもあるし、繁雑な作業でもあった。


 つまり我が師は、せっせとひとつずつ、己が知りうる毒物を登録をしてくれているのだ。

 長期間住む場所でもなければ、普通はこんなことはしないだろう。

 ただ、楽な点もある。一度発動さえしてしまえば、後は常時その恩恵を得ることが出来るし、時たま魔方陣に魔力を注入し直す以外の作業もなくなるのだ。


 そして今回、毒の反応が屋敷から出たらしい。急に毒が湧いて出るはずもないから、当然、持ち込みだろう。

 もしも俺たち家族の暗殺目的ならば、可能性はふたつ。

 暗器などに塗布したものを持ち込んだか、食事などに混ぜる毒液を持ってきたかだ。

 ただ――。


「今日は水曜日だっけ?」

「……ん」


 俺とエイベルは『西の離れ』に物資を持ち込む人間をある程度把握している。これもまた、母さんやフィーを守る為だ。

 食材やら衣類やらの物品は、基本的に本館に届けられ、その後に我が家に下げ渡される。

 持ってくるのは本家付きの下人で、曜日によって当番が違う。


 ちなみに母上様の恋愛小説は例外的で、親父殿が愛する女に直々に渡したい、と自分で持ってくることもあるようだ。

 あるようだ、と曖昧な云い方をするのは、必ずしも父親が持ってくるとはかぎらないのと、俺が実際にその場面を見たことがないからだ。

 ただ、母さんやエイベルがそう云っているので、嘘ではないのだろう。


 どうもステファヌス氏はベイレフェルト家ではなく、アウフスタ夫人個人に、「妾の子供には会うな」と云われ、それを律儀に守っているそうだ。

 彼にも事情があるんだろうし、無理をして会いに来い、などと云う気もない。ただ、こんな為体でフィーの父親面をすることだけは許すつもりはない。


 話を戻す。

 我が家に物資を運ぶ下人の水曜日担当は、フスと云う人間族の男だ。

 以前、彼が離れに運んで来た食材の中に、一目見ても分かるくらいに腐っていた野菜があったのを覚えている。

 調理場担当はヘンクと云う職人気質の男だが、フスは彼に、


「こんなものを持ってくんな! 検品する時点で捨てるべきもんだろうが!」


 と、怒鳴られていることがあった。それも、複数回。

 つまり、全く懲りない、悪びれない人物なのだ。


 一方で、俺はこのヘンクと云う人物を、結構信頼している。

 頑固で融通が利かないが、それ故に仕事には忠実だからだ。

 こういう人間は、目上の人間でも間違いがあると平気で噛み付く。

 だから左遷同然に、妾とその子供の調理場担当を押しつけられた。

 彼としては不本意だろうが、不本意でも手を抜かない。ヘンクとはそういう人間だった。


 彼のような人物は、頼まれたって食事に一服盛るようなことはしないだろう。

 もちろんヘンクの人柄を盲信し、慢心するのはいけないが、彼が調理場を担当する限り、俺たちの脅威度が下がるのは事実だ。


 で、毒の話。

 これは俺たち親子を狙って持ち込まれたんじゃない気がする。

 なにせ本日は水曜日。フスの担当日だ。

 また奴が何かやったんじゃないかと思っている。が、確認を怠るわけにもいかない。


「見に行ってみようか」

「……ん」


 俺とエイベルで様子を見に行く事にした。


「ふぃーもいく! にーた、どっかいく、めーなの!」


 妹様を床に降ろして立ち上がると、すぐに抱きつかれてしまった。

 多分、危険はないと思うが、万が一と云うこともある。出来ればフィーには残って欲しいんだが……。


「ふぃーとにーた、いっしんどーたい! はなれる、おかしーの!」


 マイシスターの語彙が増えていらっしゃる……。母上経由だろうか。


「そうか……。一心同体じゃ、仕方ないな……」


 抱きついている妹様をそのまま抱え上げると、必死の形相が一転して笑顔に変わった。


「えへへへへへ~~~~っ! にーたあ、にーたあああああああああ!」


 ほっぺたを一心不乱に押しつけてくるマイエンジェル。柔らかくて、気持ちいい。

 エイベルも特に残った方が良いと云わないのは、脅威度が低いと思っているからなのだろう。


(そもそも本当に危機的状況と判断するなら、俺の同行も認めないだろうしな)


 そんな訳で、フィーを抱えて移動を開始。

 妹様を抱えたままなのは、降ろそうとしたら拒まれたからだ。どうやら俺に抱きしめられたままでいたいらしい。流石は、だっこ大好きっ子。


 西の離れは二階建てプラス屋根裏部屋と云う構成で、俺たち親子の寝室は二階にある。

 我が師エイベルの住処は屋根裏部屋だ。

 良いよね、屋根裏って。秘密基地めいた奇妙な魅力を感じる。


 俺もフィーも将来的には個室が割り当てられるはずだが、まだ幼いと云う理由と、母さんが寂しがるので、同じ部屋で生活している。

 そう云えば、ちょっと前に、俺たちでこんな遣り取りがあった。


「ねえ、エイベル。俺が個室貰えるようになったらさ、屋根裏と交換してよ」

「……だめ。屋根裏は私の聖域」

「どうしてもダメ?」

「……どうしても、だめ」


 にべもない。言葉通り、屋根裏部屋は彼女のお気に入りのようだった。

 でも、と俺を見る師匠。


「……アルと一緒に暮らすのだったら、構わない」

「魅力的な提案だね。もしも母さんが同じことを云われたら、狂喜乱舞するんじゃないかな」

「……リュシカは良い娘だけど、騒がしいのが欠点」


 テンション高いからなァ、うちの母親。

 俺の勝手なイメージだけど、屋根裏は静かなスペースであるべきだ。だからエイベルのぼやきも理解出来てしまう。


「めー! にーたはふぃーといっしょなの! はなれる、だめ! ふぃーとにーた、おなじへや! ずっといっしょ!」

「フィーは一人部屋はいやなのか?」

「ふぃー、にーたとおなじへや! だっこ!」


 その時は今みたいに、こうしてフィーをだっこしてあげたものだ。


 俺たちが階段から下りると、すぐに怒鳴り声が聞こえてきた。


「バカ野郎ッ! こいつは毒キノコじゃねェか!」

「で、でも、そいつは商人から買ったもんで、俺がその辺で取ってきたものじゃあねぇんだ」


 ヘンクとフスの声だった。厨房からだろうか。

 しかし、この会話だけで何があったのか、おおよその理解が出来てしまう。


 ベイレフェルト家は出入りの商人から物品を購入しているが、商業地区にも定期的に人を派遣している。

 これは、その時その時の市場の品々の値段を直に知るためにやっているのだが、その他にも、掘り出し物や特売品を得るためでもあるようだ。

 どうやらフスは、市場で怪しげなキノコを仕入れてきたらしい。


「キノコの盛り合わせが特別価格だったから買ったんだ。高いやつまで混じっているのに、格安だったんだぜ? 買わない手はないじゃねえか」

「毒キノコ混じりじゃ意味がねェだろうが! ちなみに、手前ェの云う『高いやつ』が、その毒キノコだぞ」

「ただの料理人がキノコの見分けなんて付くのかよぉ。俺は商人の方を信じるぜ」

「ほう。なら、お前ェがこいつを食ってみろ。それでなんともなけりゃァ、土下座でもなんでもしてやるぜ?」

「ぐっ……!」


 厨房をのぞき込むと、勝手口にフスが立っており、背後に荷車も見える。

 ヘンクの手にはキノコの入ったザル。

 あれが問題の毒キノコなのだろう。


「……エイベル。毒の反応って、やっぱり……」

「……ん。あれ。他には感知していない」


 やはりフスの失敗か。

 まあ、能動的に毒殺を企まれた、とかよりはマシな状況ではあるのだろう。

 小声で話していると、フスと目があった。

 彼はネガティブな視線を俺に向けていた。


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