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妹のいる生活  作者: むい
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第三百四十一話 泥がくる(その七)


 マイマザーは、お昼寝の時間をとても大切にしている。


 寝る子は育つと云う地球世界の格言はこの世界にもあるが、母さんもそれを固く信じているのだ。


 尤も、自分も眠いだとか、常にはしゃぎ回っているフィーを休ませてあげたいだとか、他にも理由はあるようだけれども。


 という訳でハンモックでは、クレーンプット母娘とマリモちゃんの三者が仲良くお昼寝中。

 俺自身も本当なら眠った方が良いと思うんだけどね、まだ子供の身体だし。


 ところで、『寝るのってなんかもったいない』と考えてしまうのは、貧乏性の一種なんだろうか?


 でも皆がお休み中の間は、ちゃんと勉強の時間に割り振ってはいる。


 エイベルが不在なので、きちんと自習しておかないと彼女に申し訳ないからね。

 弟子としては、師匠に恥をかかせるようなマネはしたくはない。


 独り言や、えんぴつのカツカツ響く音で皆を起こしてしまうと悪いので、勉強は別室でやっている。

 こっちはこっちで、目をさましたマイエンジェルが、俺が視界にいないので泣き出すことがるという問題があるけれども。


(キリのいいところまでこぎ着けたら、またボトルシップでも作ろうかなァ……? 売るんじゃなくて、部屋に飾っておきたいのよね、何となく)


 勉強道具を抱え、扉を開ける。そこで俺は、「うぉぉっ!?」と声を出しそうになった。


 すぐ目の前に、エイベルがいたのである。


 声を出さなかったのは、無表情なマイティーチャーが人差し指をたてて、しーっのポーズをしていたからだ。


 エイベルはクイクイと上方向を指さす。

 これは屋根裏部屋へ行こうというジェスチャーだろう。


 俺は頷いて、師の後を追った。


※※※


「おかえり、エイベル」

「……ん。ただいま」


 エイベルは、口元だけでかすかに笑った。


 静かだけど、落ち着いた笑顔だ。

 この笑顔それ自体も好きだが、この人が安らいでいてくれているのだと思えることが、たまらなく嬉しい。


 しかしその笑顔はすぐに消えてしまい、真面目な顔だけが残った。


「……アル」


「うん?」


「……これから私が話すことは、誰にも内緒にして欲しい。リュシカにも、フィーにも」


 拒否などするはずがない。

 エイベルが無意味な秘密主義者に転向したとも思えないから、そこには相応の理由があるのだろう。


 俺が頷くと、恩師はここ数日に何があったのかを教えてくれた。


「寄生虫……。いや、寄生種か。まさか南大陸で、そんな騒ぎが起きていたなんてねぇ」


 ちょっと凄い話を聞いてしまったぞ。


 もしも俺やフィーがそちらで産まれていたら、あっという間に寄生されていたかもしれない。

 うちの妹様、泥遊び大好きだし。


 そして重要なのは、これが『風土病』なのではなく、『意図的な人災』だと云うことだ。


 極端な話、明日にでもムーンレインの王都に寄生種の胚がバラ撒かれるかもしれないのだ。

 他人事と呼ぶには、あまりにも深刻にすぎる。


「それでエイベル。俺は何をすればいいのかな? 手伝えることがあるから、俺に声を掛けたんでしょう?」


 このアーチエルフ様が独力で解決できるものならば、全てを終わらせた後に『こんなことがあった』と云うだけになるはずだ。

 しかし現在進行形で事件が起こっている以上、俺なんかの力でも必要なのだろう。


「……アルを巻き込むつもりはなかったけれど、力を貸して貰う以外にないと判断した。ごめんなさい」


「別にエイベルが謝る事じゃないだろう? 他人事じゃないんだからさ。ここで動かないと、フィーも危ない。だから、気にしちゃダメだよ」


 そもそも巻き込むうんぬんを口にするなら、我が家自体が、ずっとこのエルフ様を巻き込んでしまっているわけで。


 俺はエイベルに対して大きな借りがあるとも云える。

 なら、その中のいくばくかを、返せるときに返しておくのも悪くないことだろう。


「……アルは良い子に育った」


「いえいえ。これもお師匠様のお仕込みでございますれば」


「……もう」


 苦笑いされながら、ほっぺたをつねられてしまった。

 当然のことながら力が入っていないので、全く痛くはないが。


 そしてエイベルが取り出したのは、瓶詰めの臓器。


 話にあった肉腫によって変質した内臓が、何かの薬液の中に浮かんでいる。


「よくこの見た目で寄生種だと思えたね? ただの異常な臓器にしか見えないけど」


「……私には、魂命術と魔力感知があるから」


 ああ、そうか。

 だから別の生物がいることに気付くのか。


 俺がそう感心すると、エイベルはハッキリと首を振った。


「……そう都合の良いものではない。人間の身体の中には、無数の生き物がいる。寄生種があまりにも微細だと、それらとの区別がつかない。人体を害する程に成長し、高濃度の魔力を放つようになって、ようやく識別が出来る。たとえば今アルに成長前の寄生種がいたとしても、気付けない可能性が高い」


 確かに魔力感知も魂の識別も、それは『存在することがわかる』というだけであって、『都合良く識別できる』わけではないからな。


 尤もある程度の大きさになると、魔力のパターンも魂の形質も、ハッキリと個性が分かるらしいが。


「……寄生種の問題は、その『魔力を放つ』と云うことにある」


「と云うと?」


「……臓器の融解。そして内部による破裂は、体内に魔力が蓄積し、それがそのままダメージとなることから、これは魔素包融症に近い性質であると云える」


「魔素包融症!」


 村娘ちゃんのママンが罹ったアレだ。


 確かパウラ王妃の寝所に忍び込んだのが去年の二月で、今も二月だから、キッチリ一年ぶりの話と云うことになるな。


「……云い換えればこの寄生種は、魔素包融症を引き起こす生物と云えなくもない」


 成程。

 それで『俺』か。

 確かに俺ならば、魔力を何とかすることが出来るだろう。


 だが――。


「仮に寄生種を殺したり、魔力を霧散させることが出来たとしても、既に変質した臓器や、肉体へのダメージは回復する術がないんじゃないの?」


「……ん。つまりアルの力を持ってしても、早期発見以外では打つ手がない。既に重篤となった患者は、もう救えない」


「大ごとじゃないか!」


 思わず身を乗り出してしまった。

 今こうしている間にも罹患者は悪化の一途を辿っているわけで、俺の行動速度がそのまま、助けられる人数を決めていくことになる。


「……アル。落ち着いて」


 肩にちいさな掌を置かれてしまった。


「……この問題の要所は、犯人を捜し出すことにある。ここで治療だけをしても、胚を持ち込んだ人物を発見出来ねば、別の土地が狙われるだけ」


「む……」


 確かにそれは道理ではある。


 エイベルの云う所では、これは明らかに故意であり、何かの事故でたまたま危険な生物が流出した、というわけでは無いらしい。


 理由は、胚から生まれた寄生種には、『子を残す力』がないから。


 もしも繁殖能力があるなら、もっと多くの土地に広がっているだろうし、逆に事故で流出しただけならば、幾人かの犠牲者が出た時点で病は終わりだ。

 増えることが出来ねば、『継続して被害を与えること』も、また不可能なはずだから。


 つまり現在進行形で被害が出ていると云うことは、今もなお、胚をバラ撒いている奴がいると云うことになるのだ。


「しかし犯人を捜すとしても、単独なのか複数なのか、まずはそれを見極めないとね」


「……おそらくは単独。複数だとしても、ごく少数であるように思う」


「理由は?」


「……複数人ならば、多くの場所で『実験』を行うはず。しかし事件が起きているのは、ごく近い土地だけ。これは行動力のちいささを表しているのだと思う」


「一理ある。で、これってやっぱり『実験』なの?」


「……この寄生種の行動原理は、宿主の殺害以外にない。はじめから使用目的は知れている。そしてこの奇病は、以前よりも発病から死亡までの期間が短くなっていると云う話も聞いた。おそらく一定以上の成長速度が安定して出せるようになるまで、地方の村で人体実験をしていると云うことなのだと思う」


「ふぅん。つまり今もバージョンアップと品種改良をしていると云う訳だ。じゃあ、どこかに生産プラントがあるはずだよね?」


 俺の言葉に、エイベルも頷く。


 胚の大元。

 それを生み出している『何か』を、犯人共々探し出さねばならない。


(成程。エイベルが治療にだけかまけてはいられないと云う訳だ)


 尤もこれは『探す側』の理屈であって、現在進行形で病に苦しむ人やその家族は、『いいからこっちを救ってくれ』と云いたくなるだろうけれども。


 これも二者択一と云うことになるのだろうか。


 もしもそうだとしたならば、『大元を除く方』を優先するしかない。

 心苦しいが、こればかりは仕方がない。


 エイベルは『外出後』の目的を語ったが、その前に俺にやって欲しいことがあると云い出した。


「……まずはアルに、この肉腫に干渉できるかを試して貰いたい」


 あー……。

 そりゃそうだよね。


 俺が『こいつら』に干渉できなくては、全ての前提が崩れるもんな。


 ビンに手をかざし、魔力を流す。

 それで、気付いた。


「生きてるんだね、この肉腫」


「……内部を満たしているのは、魔力を含んだ特別な水。人体から切り離された内臓では、寄生種も生き続けることは出来ない。だから死なせない為に、最大の養分となる魔力水に漬け込んでいる」


「手の込んだ話だねぇ」


 瞑目し、集中する。

 俺の魔力は充ち満ちる魔力水を辿り、ビンの内部全てに触れることが出来た。


(……あった! 核があったぞ。セロで見たミートくんや、大氷原の時の『心臓』に近い。これが錬金生物の基礎モデルなのか、それとも『制作者』が同じなのか)


 力を込めると、核が砕けた。


 肉腫のひとつが指で潰した膿のように、どろりと溶けてしぼんでいく。


 この寄生種には俺が今まで出会った核とは違い、『回避能力』はないらしい。

 いや、普通はそんなものがあるはずないんだけどさ。


 ともあれ、干渉さえ出来れば始末できることは分かったぞ。


 エイベルも頷いている。


「……アルに改めてお願いする。私に同行して、南大陸へと赴いて欲しい」


「もちろん、そうさせて貰うよ」


 ただ、問題がひとつ。


 俺の大事な妹様。


 危険地帯にあの娘を連れて行く訳にも行かないし、どうすれば良いんだろうね?


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