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妹のいる生活  作者: むい
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第三百三十九話 泥がくる(その五)


「き、寄生……!? それは本当なの!?」


「……仮説と云ったはず。私はそう考えているというだけの話」


「でも、仮に寄生虫だとして、内部から破裂死させる種なんて聞いたことが無いわ」


 その言葉に対して、エイベルは何も答えなかった。


 仮説自体はある。

 しかし、軽々に口に出来る内容でもない。


 アレッタはしかし、エイベルの私見を調べてみる気になったようだった。

 現状、手詰まりである以上、どんな手がかりでも欲しかったのだ。


「あたしは駆虫薬も作れるから、その情報が正しかったら、一気に解決に近づくわ!」


 そう云い残して、駆けていってしまう。


 彼女は気付かなかった。


 エイベルは『寄生虫』と云ったのではなく、『寄生種』と云ったことを。

 既存の薬では、効果が薄いと云ったことを。


 しかし当のエイベルからして、『寄生種』の全容が掴めていない。いくつかの推論があるだけである。


(……寄生前の個体が欲しい。それを調べなければ、何も始まらない)


 エイベルは少し考え、湿地のある方向へと歩き出した。


※※※


 エイベルと別れて間もなく。


 アレッタは、『被害者』と遭遇した。


 数日前から体調を急速に悪化させていた患者が、破裂死したのである。


 彼女はマスクと手袋を着用し、遺族より臓器を貰い受けた。

 それを村の外れの空き小屋で検分する。


(確かに、臓器におかしな肉腫がある。無理矢理溶接したような奇妙な膨らみ方……。溶解や壊死は、肉腫の周辺とそこから伸びる血の管に添って起きているように見える……。この肉腫が原因のひとつと見て、間違いはないわね……)


 しかし、『虫』のようなものは見あたらない。

 これでは単なる腫瘍かどうかの区別も付かない。


 アレッタは簡易的な駆虫薬を即座に調合してのけた。

 リューリングに来る前の街にいた院長がこの様子を見れば、その手並みに驚きの声をあげたことであろう。


 エイベルからはあまり高く評価されていない彼女だが、人間基準で見れば、超一級の能力があったのだ。


 彼女は作成した薬を、数カ所にかける。


 肉腫。

 その周辺。

 血管。

 そして比較的被害が少なかった場所にまで。


 しかし、そのいずれでも、寄生虫を思わせる反応はなかった。


 アレッタの中に、あのエルフの仮説が間違っていたのではないかとの疑念が渦巻く。


「寄生虫も生き物なのだから、育った後は卵をバラ撒こうとするはず……。しかし、それらしいものがないわね。そもそもバラ撒くつもりなら、破裂したときこそが最も効果的であるはず……」


 前の街で、院長はなんと云ったか?


 臓器や血液に触れても、罹病する者はいないと云ったのではなかったか。


(考えられるとしたら、この外部からくっついたように見える肉腫を、寄生虫と勘違いしたパターンね)


 アレッタは調査を寄生虫だけに絞るのではなく、肉腫の発生原因そのものも視野に入れることに決めた。


「まあ、あの娘は魔術師であって医術者ではないんだから、これくらいの思い込みは仕方がないわよね。肉腫の存在に気付いてくれただけでも御の字だわ。取り敢えず、これを取り除けそうなものを考えてみるとしましょ」


 そう呟いて、今度は肉腫そのものに効果がありそうな薬の調合を始めた。


 それから数日。


 アレッタは薬草畑の世話を手伝いながら、薬品の開発を進めた。

 尤も、効果は今のところ、あがってはいないが。


 あのちいさなエルフは、あちらこちらを歩き回っているようである。

 ゴーシュ村やセルカット村など、他所にも出かけていく。


 アレッタはエイベルの行動を、調査一本に絞っているのだと見て取った。


 彼女はあくまで自分を派遣した里に、病気に関する様々な情報の報告することが第一であり、治療や救済に係わるつもりが無いのだろうと考えた。


 あのエルフは医術者ではないのだから、それで正しいとも思う。

 幸運を頼みとするつもりもないが、万が一にも発病原を発見してくれたら、対処も楽になるだろう。


 だから、特に口を挟むつもりもない。


 時折リューリング周辺で彼女を見かけることはあるが、矢張り話しかけて来ることがない。

 たぶん、思うように情報が掴めていないのだろう。


 被害のある村にいるアレッタでさえ、街の診療所で聞いた以上の手がかりが掴めていないのだから、これは仕方がないのだと思った。


 ふたつの変化が起きたのは、更に数日経ってからだ。


 ひとつは、『アレッタにとっては』ちいさなこと。


 薬の原料を得る為に村近くの野山に入ったアレッタは、そこで魔物に襲われたのだ。


 彼女は医師であっても、エルフである。

 人間を越える魔力で、いとも簡単に襲撃者たちを蹴散らした。


 持ち帰った魔物を村の者達に無償で譲ると、大層感謝されたものだ。


 奇病のせいで色々と手が足りず、村人たちは食料の入手も困難だったのである。


 崇められ、讃えられ、とてもいい気分となった。

 しかしアレッタはその日の夜に、妙な疲れを感じたのだった。


 普段の自分からは考えられないくらいの疲労と倦怠感。

 目のかすみと、かすかな震え。


 彼女はそれを、根の詰めすぎであると判断した。


「はぁ……。思うように調査が進んでいないから、きっとそのせいね。医術者の不養生なんて、笑い話にもならないわ。と云っても、研究の手をゆるめるわけにもいかないものね。もう暫くは、このままってことになっちゃうわねぇ……」


 アレッタはいつもよりも青白い顔で、ため息を吐いて肩を竦めた。


 もうひとつは、アレッタにとって、不愉快なことだ。


 街で出会った教会司祭のトヴィアスが、自信満々の表情でリューリング村へとやって来たのだ。


 彼はアレッタを見かけると、薄い笑みを浮かべて近づいてきた。

 彼女の憮然とした表情から、成果があがっていないことが分かったからだ。


「これはこれは、お久しぶりでございます。原因の究明は出来ましたかな?」


「……前進中よ」


「ははは……。前進中ですか、それはよろしゅうございましたな。私の方は、そうですな。躍進中とでも云わせて頂きましょうか」


「誰もあんたの進捗状況なんて訊いてないわよ」


「ふふ。それは大変失礼を致しました。しかし、民を救うことこそが我が教会の役割。その一助となることが出来て、ついつい浮かれてしまったようです。どうか、ご容赦下さい」


 その口ぶりに、アレッタは顔を引きつらせる。

 それは治療の糸口を見つけたと宣言するのと同じだからだ。


 彼女の表情と様子を見て、トヴィアスの機嫌はますます良くなった。


「ま、まさか、あんた……」


「ふふふ。さて、どうですかな? まあ、遠からず結果は出せると申しておきましょうか。ところで、もうひとりエルフの女性がいらっしゃったはずですが?」


 キョロキョロと見渡しながら、トヴィアスは問う。

 彼にとっては、もうひとりのエルフも重要な競争者だ。


「……あの娘はあちこち歩いて情報をまとめているみたいよ。彼女は医術者じゃない。里へ報告をあげる為の調査をしているみたいだから」


「おお、そうでしたか。純粋な調査要員なのですな。状況報告はとても大事です。頑張って欲しいものですね」


 姿の見えぬエルフがライバルでない事を知り、トヴィアスは微笑んだ。


 競争者は目の前のエルフただひとり。それも、自分が勝利することは確定的。


「では私はこれで。お互い、医術の進歩と民衆の救済のために頑張りましょうぞ」


 ニヤニヤと笑いながら、司祭は立ち去った。


 アレッタは屈辱と焦りで拳を握りしめた。


※※※


「アレッタ様ぁ。同族の方がリューリングへ戻って来たようですよぉ?」


 夕方。


 アレッタの元へ、門番をしていた男がやってくる。


 少しでも情報が欲しい彼女は、あのちいさなエルフが再び村を訪れたら教えて欲しいと頼んでいたのである。


「そう。ありがとう。助かるわ」


 彼女は礼として、ポーションの小瓶を渡す。


 例の奇病には効果が無くても、アレッタの薬が、ちいさな怪我やそれ以外の病気には滅法効果があることは、既に広まっているのである。

 自分で使うも良し、高値で他所に売却するも良し。男はうきうきとした様子で謝礼を受け取った。


「さて……。何か手がかりがあると良いのだけれど」


 アレッタはエイベルがいるであろう空き家へと歩いていった。

 ちいさなエルフの確保している拠点もアレッタと同じ村の外れだが、位置が対角線上となっており、一番遠いのだ。


 ただ単に空き家を確保しただけのアレッタと違い、エイベルは村内で調査のしやすい場所、そして万が一があった場合、即座に撤退しやすい場所を考えて拠点を確保しているのだが、彼女はそれには気付かない。


「あたしよ? いる?」


 返事も待たずに扉を開けたアレッタは、そこで絶句した。


「な、何、よ……! これ……っ!?」


 そこにあったのは、ビンに入れられた無数の臓器。


 人のものもあれば、動物やモンスターのものと思しきものまである。

 それらが、所狭しと並べられていた。


 一種異様な光景だった。


 怯みながらもアレッタは、その臓器の全てが罹病したものであると気付いた。

 正常な形を保っているものはなく、どの臓器にも肉腫が根付いており、程度の差はあれ、スライム状に溶けかけていた。


「あ、あんた、これは一体……!?」


 アレッタが来ても、振り返ることなく瓶詰めの確認をしているエイベルに、たまらず声を掛ける。


 彼女は視線をビンに向けたままに答えた。


「……これは調査結果。ヒト種以外にも感染しているものがあるかを調査してきた。中には返り討ちにしたモンスターで実験を行ったものもある」


「実験って――」


 そこで彼女は、ハッとする。


「待って! 実験できると云うことは、感染源を突き止めたわけ!?」


「……予測自体はついていた。あとは状況と条件の確認。そして悪化の速度を観察した」


「悪化の速度って……。い、いえ、それどころじゃないわ! どこ!? 発生源はどこなの!? 何が原因で、奇病は起こっているの!?」


 詰め寄るアレッタに、エイベルは無表情のままで首を傾げた。


「……寄生種が原因と、私は云ったはず」


「で、でも、虫らしきものはいなかったし、卵だって見つからなかったのよ!?」


「……つまりこれは、通常の生物ではないと云うこと。仮に未発見の寄生種だとしても、『繁殖』と切り離された行動はとらないはず。ならばこの寄生種は、始めから『こう云うもの』だと考えるよりも他にない」


「こ、こう云うものって、一体、何よ……?」


「……寄生先を殺害するためのものと云うこと。云い換えれば、兵器の一種」


「へ、兵、器……!? そんな、そんな荒唐無稽な話が」


「……錬金生物学であれば、生物兵器の創作は、そう珍しい話ではない。この寄生種の最大の問題点は、罹病すると治癒が絶望的なところにある。おそらく、通常の薬は効果がない。これは、『肉腫』として宿主に同化する為であると思われる」


 淡々と説明をするエイベルに、アレッタは驚く。


 目の前のエルフは医術者ではないはずだ。

 それなのに、多くの知識と、それを活かせるだけの能力があるように感じられた。

 少なくとも、着眼点と行動力はズバ抜けている。


「あ、あんた一体、何者なのよ……?」


 その問いに、ちいさなエルフは淀みなく答えた。


「……私は教師。まだほんのちいさな子供たちに、勉強を教えている者」


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