第三十三話 ダンスの練習をしよう!
「ふんふ~ん! はにゃは~~……!」
妹様がご機嫌で踊っていらっしゃる……。
胸の前で両腕を巻き取るようにくるくると回しながら、おしりをふりふり。
ぶんぶんと両腕を上下させながら、おしりをふりふり。
これは愛しい愛しいマイシスターが、俺のためにダンスを披露してくれている――わけではない。残念ながら。
では何かというと、ただ単に機嫌が良いだけだ。
我が妹は気分が高揚すると、いつの間にか踊っていることがある。つまり今がその時、と云うわけだ。
うん。今更云うまでもないが、この娘はダンスそれ自体が好きみたいだ。
妹様がうかれている原因。
それは、俺が母上様からダンスを習い始めたからだ。
フィーのよくやる創作ダンスと違い、舞踏会でペアになってやるアレ。お貴族様の必修科目。
以前、母さんに習得を勧められて断ったのに、やっぱり教えて欲しいと頼み込んだ。
理由は――云うまでもないだろう。もし人に訊かれても、ダンスを始めた動機は内緒だ。
割と身勝手な掌返しのはずだが、母さんは喜んで応じてくれた。
ついでに踊るのが大好きな妹様も大喜び。
何せふたり組にならねば踊ることが出来ない。
俺の相手は必然的に、母さんかフィー。
ふたりとも、我が子や実兄と踊れることがとても嬉しいらしい。
もちろん、俺も嬉しい。
「にぃさま、ふぃーとおどってください……」
淑女になりきっているのか、妹様の口調もお嬢様モードだ。まあ、うかれるとすぐにいつも通りになるのだが。
ソロでも踊るのが大好きなこの子には、いずれ俺の憶えている範囲で日舞でも教えてあげようかと思う。
「俺で良ければ、喜んで」
妹様の手を取って踊り出す。
必要以上に密着してこようとするのは、マイエンジェルらしいと云えばらしいか。
「えへへへへ……。にーた、にーた!」
踊っている間も俺の方ばかり見て、ゆるみきった顔をしている。
表情のほうは未だ淑女には程遠い。まあ、可愛いから全然構わないけれども。
「はいはーい。アルちゃん、そこ動きが乱れてるわよー?」
「いや、フィーが引っ付いてくるから、動きにくくて……」
「ダメダメ! フィーちゃんがくっついてきても、上手に踊り続けるのが素敵なお兄ちゃんってものなんだから。あと、お母さんもだっこする!」
毎度のことだが、母上は行動も言動も意味不明すぎる。
そのままフィーぐるみでだっこされてしまった。
いや、これ単純に母さんも我が子にじゃれつきたいだけなんじゃなかろうか。
ようは妹様が俺に飛びついてくるのと、同じメンタル。
そんな風に母さんは所々でおかしくなるが、ダンスの教え方自体は上手だった。
何故、名指導者たりえるのか。その訳を聞いてみると、
「お母さんも、覚えるの苦労したのよ……」
などと死んだ魚のように遠い目をしている。
自身の苦い経験が教導者としての力量に反映されているのだと。
母さんは平民出身だから、ダンスを学ぶ機会なんてそうそうなかったろう。
言葉通り、習得に苦労したであろうことは想像に難くない。
「母さんのダンスの練習相手は誰だったの? おじいちゃんかドロテアさん?」
「私のお父さんは踊れないわよー。もっぱらエイベルが付き合ってくれたのよ。あの娘、あれで案外、上手なの。素敵な女の子でしょう? むっふふふ~!」
エイベルがダンスを出来ることは知っている。本人の口から聞いているから。
しかし毎度のことながら、我が子や親友が凄いことを、まるで己のことのように自慢するのは、どうなんだろうか? いや、それだけ嬉しいんだろうけれども。
うちの母上は子供や友人の自慢はしても、自分自身を誇示することはない。
自分よりも、自分の好きな人が凄いことが嬉しく、誇らしいようだ。
そういう性格である。
ただし、『好きな人の自慢』は自重しないが。
「にーた! ふぃー! ふぃーもっと、にーたとおどる! おどりたい!」
母さんにつかまって身動きの出来なくなった妹様が、もがきだした。フィーにとっては大好きで貴重なダンスの時間だ。一瞬一瞬を無駄にしたくないご様子。
「ほら、母さん、練習再開するから、離れてあげて。フィーが踊りたがってるよ」
「え~~。お母さんとも踊りましょうよぅ~……」
「めー! にーた、ふぃーの! ふぃーとにーた、とくべつ! だんすおどるの、とくべつなの!」
「お母さんもふたりの特別なのに~……」
どうせどちらとも踊るのは確定なのだから、妙な揉め方はしないで欲しい。
「ほら、フィー。続きやるぞ~」
「きゃー! ふぃー、にーたにえらばれた! にーたのとくべつ! ふぃー、もっとおどる! だんすすきッ! にーたもすき! にーただいすきッ!」
再開だと云っているのに、テンションの上がった妹様に抱きつかれて練習にならない。
母さんは母さんで、
「ううう~~……。アルちゃんに選んで貰えなかった……」
涙目で指を咥えている。この方も、子離れできないお人だからな。
……愛情を注いで貰えているのは、俺も嬉しいんだけどね。
体力トレーニング中もこんな感じだが、その度にティーネに呆れられ、
「いつまでも、ご家族でイチャイチャしないで下さい! 訓練が進まないではないですか!」
などと怒られてしまうが、今なら少しだけ彼女の気持ちが分かる。
まあ、分かったところでイチャイチャするのをやめる気はないのだが。
だが、妹様にはやる気を出して貰おうか。
「フィー……。お兄ちゃん、フィーともっと踊りたいな」
「――! ふぃー、にーたとおどる! にーたによろこんでもらうの!」
目論見通り。
マイシスターの耳元で囁くと、たちどころにハグを解除しダンスの姿勢に。
ギュッと掌を握り、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「にぃさま、すき……です」
口調もお嬢様モードに切り替わっている。何故告白なのかは知らないが、いつものことなので気にしても仕方がない。
「俺もフィーが好きだ! さあ、踊るぞ」
「にーた、ふぃーすき! ふぃーうれしい! ふぃーしあわせ! にーたすきッ! だいすきッ!」
妹様や。
お嬢様モードと通常モードが繰り返されると二重人格みたいですよ?
練習意欲に火が点いたマイエンジェルは、熱心に俺と稽古をした。
もともとダンスが好きだったというのもあるが、舞踏に関しては、俺よりも飲み込みが早いかもしれない。或いは、この娘はダンスに才があるのだろうか。
いや、この場合、二歳児以下の習得速度の俺が劣っているのか?
「よしよし、フィー、上手いぞッ」
「ふへへ……。にーたにほめられた! にーた、ふぃーをもっとほめて! ふぃーをもっとみて! にーたすき! だいすきッ!」
「……フィーちゃん、後でちゃんと、お母さんとも代わってね?」
「めー! にーたとおどる、ふぃーだけなの! にーたはふぃーの! ふぃーはにーたの! だんすとくべつ! にーたとくべつ!」
「そんな~……」
母さんが泣き真似をしている。
ダンスが大好きなフィーにとって、俺と踊ると云うことは、きっと言葉通りに特別なことなのだろう。母さんにも誰にも、譲りたくないくらいに。
そんな感じで、端から見たら間抜けな遣り取りの練習は続けられた。
母さんは教え方が上手いので、比較的すぐに俺やフィーは初歩のステップを踏めるようになった。
印象的だったのは、母さんやフィーがダンスの間中、ずっと幸せそうな顔をしていたことだろうか。
(早く上達して、このふたりとも、本格的に踊ってみたいな)
それは案外数少ない、家族だけの時間。
こういう時間は、きっとかけがえのない宝であるに違いない。
だから精一杯、俺もダンスの時間を楽しもうか。
「にーた、うれしそう! にーたのえがお、ふぃーもうれしい! だんすすき! にーたすき!」




