第三百三十三話 ふぃーかー
「しっかし……。坊主も凄ェもんを考えたもんだなァ……?」
『完成品』の前で、ムキムキのサンタクロースが腕を組んでいる。
何かを作る場合、俺はしょっちゅうガドの手を借りているが、このドワーフは今回作ったものに、何か思うところがあるらしい。
で、何を作ったのかというと、愛しい妹様のためのアイテムだ。
うちの天使はアクティブで、従って身体を動かすことも大好きだ。
なので、外で遊べるものを作ってあげようと思った。
ところが俺の鍛冶士としての腕前は、まだまだなまくらだ。
そこでガドに手伝いを頼んでみたところ、部品の作成から完成まで、殆ど全部をやって貰ってしまったのだった。
「ごめんね、ガド。毎度毎度、組み立てまでやって貰って」
「あの嬢ちゃんが使うんだから、仕方ねぇだろうが。半人前が中途半端なもんを作って怪我でもされたら、こちらとしても寝覚めが悪ィぜ」
云いながら、老いたドワーフは袋から何かを取り出した。
「それから、こいつも必須だろう?」
ガドが渡してくれたのは、革と布で作られた帽子――ようは子供用のヘルメットだった。
ちゃんとデザインとカラーリングが『女の子用』になっているのが微笑ましい。
それとも、その辺もドワーフ故のこだわりなのか。
頭部の保護は俺も考えており、商会で代用品を購入しようかと思っていたので、これはありがたい話だ。
そんな話をしたのが、昨日のこと。
そして今日。
妹様の前に、伝説のドワーフ様が作ってくれた二種の乗り物が出現した。
「ふ、ふおぉぉおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉ~~~~っ!」
マイエンジェルの大きなおめめがキラキラしている。
サイズから、一目で『自分専用』と分かったのだろう。
「にーた! にーた、これ……!?」
「うん。フィーのだよ。考えたのは俺だけど、作ってくれたのはガドだから、ちゃんとお礼を云うんだぞ?」
「――ッ!」
大きく息を呑み、しっかりと頷くマイシスター。
ドワーフの先生の所へ走り、ぺこりんと頭を下げるフィー。
「作ってくれて、ありがとーございます! ふぃー、おヒゲ触らせて欲しい!」
「ヒゲ触るの、関係ねェだろうがよ……」
それでも屈んで触らせてあげるのね。
「ふへへ! ふわふわ……っ! ダイコンよりも柔らかい!」
「どうして比較対象が根菜類なんだよ……!?」
ガドが困惑している。
真っ白なヒゲを堪能したフィーは、俺の前まで走ってきて、片手で袖を掴み、もう片手で乗り物を指さした。
「にーた! あれ、なぁに!? ふぃー、あれが何なのか教えて欲しい!」
「うん。こっちはね、三輪車と云うんだよ」
「さんりんしゃ……! あれ、さんりんしゃ云う……!? あれ、イスが付いてる!」
「そうだよ。座ってごらん。それから、乗る前には必ず、この帽子を被るんだ」
フィーの頭に帽子を被せる。
妹様は、喜び勇んで三輪車へと乗り込んだ。
ガドに作って貰った二種の乗り物のうちのひとつが、この三輪車だ。
自転車だと補助輪付きでもチェーンがいるからね。
作成もメンテも大変だ。
でも三輪車なら、前輪にそのままペダルが付いているから、作成難易度は低い。
当初はガドに丸投げするのではなく、自分で作ろうと思っていたので、より簡単で、よりシンプルなものをとなった。
結果はそれでも技術が追いつかず、独力作業は諦めたわけだが。
「よし、フィー。そこに足をのせて、動かしてごらん?」
「う、うん……! こう!?」
妹様がペダルを漕ぐと、三輪車は動き出す。
「ふおおおぉぉぉぉ! 動いた! にーた、これ動いた!」
マイエンジェルが感動で打ち震えている。
傍にいる母さんも興味津々だが、サイズ的に無理だからね?
搭乗する機会はないよ?
三輪車に乗ったマイシスターは、すいすいと進んでいく。
どうやら、乗り心地は良好らしい。
「にーた! これ楽しい! ふぃー、さんりんしゃ気に入った! こんなの思い付くなんて、ふぃーのにーたは天才っ!」
「方向も変えられるから、やってごらん?」
「みゅっ? こう?」
ハンドルと一緒に、身体も傾いている。
これが自転車なら転倒するだろうが、三輪車なら大丈夫だ。
「曲がった! ふぃー、曲がった! これ凄い! どこへでも行ける!」
満面の笑顔で乗りこなす妹様。
うん。
運転は大丈夫そうだな。
余程に嬉しかったのか、何度もこちらを振り返ってくる。
危ないから、前を向いて運転して欲しいんだがなァ……。
「矢張り車輪の工夫だな……」
ガドの興味は、そちらに頷いている。
最初に鍛冶の師匠が云った言葉、『凄ェもんを考えた』と云うのは、三輪車の車輪に施した工夫なのである。
それは何かというと、タイヤの装備だ。
車輪そのものを、弾性のある材質でくるんでいる。
ガドはそれに注目しているのだ。
(本当はゴムが良かったんだけどね……)
この世界――そして地球世界の中世でも、車輪は剥き出しで、タイヤは無かった。
理由は、ゴムがそこまで優れた材質だとは理解されていなかったからだ。
これは仕方がないことでもある。
ゴムはそのままでは弾性はあるが、安定した素材とはならない。
気温に柔らかさが左右され、油にも弱く、容易く溶けてしまうのだ。
結果、妹様が使うようなボールにして遊ぶくらいしかない。
この世界でも、現在はそういう扱いだ。
では何故、現在の地球世界でゴム製品が多いのかというと、それは十九世紀に入って、加硫と云う技術が発見されたからだ。
ゴムを加工する際に、過酸化物や硫黄を混ぜると弾性限界が大きく向上し、安定性や耐油性も向上する。
これによってゴムの多くの使い方が模索され、その中のひとつとして、タイヤが誕生したと云う次第。
この辺は、鉄と似ているのかもしれない。
鉄もかつては、硬いが脆いので悪金と呼ばれた。
だが炭素を混ぜることで鋼鉄となることが発見されると、青銅器を駆逐して金属の代表格に成り上がっている。
流石にこの世界のどこにもない『ゴムの作り方』をいきなり俺が使うわけにもいかないので、今回のタイヤにはゴムを採用していない。
使ったのは、魔獣の皮だ。
ヤンティーネに頼んで弾力性のある丈夫な皮を都合して貰い、取り敢えずのタイヤに加工したというわけだ。
「坊主。車輪をくるんで振動と車体への負担を減らすなんて、よく思い付いたな?」
「セロへの行き帰りで馬車に乗ったからね。地面に触れている車輪という大元が揺れなければ、快適になるかなと思っただけだよ」
と、誤魔化しておく。
ゴムの強化はそのうち、したり顔で『新発見』するとしようかな。
「いや、これは大変、素晴らしい技術です。当商会に持ち込めば、特許を取れると思いますが? いえ、三輪車そのものが、まず裕福層には売れるかと」
タイヤの素材を持ってきてくれたティーネは、そんなことを云う。
フィーの快適なお楽しみライフの為の発明だったが、確かにタイヤや三輪車は売れるかもしれないなと考えた。
俺はまず妹様ありきなので、『それ以外』には、どうしても目が向かないことがある。
それではチャンスを逃したり、思わぬ失敗をするかもしれないから、注意せねばならないね。
「にいいいいいたああああああああああああああああ!」
フィーはご機嫌で手を振っている。
大丈夫だとは思うが、片手運転を見るのは心臓に悪い。
「うぅううぅうぅぅぅ~~~~っ! アルちゃああああああん! お母さんも、アレに乗ってみたいわー……!」
「母さんが三輪車に乗るのは無理だろ……」
「えええええ!? でも乗りたい! 乗りたいわー……!」
揺さぶられても、無理な物は無理だ。
フィーの為の車は、フィーに合わせたサイズなのだから。
「じゃあ、あっち! もうひとつの方! あれなら、お母さんも遊べるでしょう?」
「そりゃ、そうだけどさぁ……」
娘を差し置いて、母を乗せても良いものだろうか?
「フィー、ちょっと来てくれるか?」
「はーい! ふぃー、行くの!」
前を走っていた妹様は、華麗にUターン。
そして俺の前でキチッと停車する。
速度を出すことを想定していないのでブレーキは付いていないが、それでもちゃんと止まっているあたり、さらりと魔術を使っているのかもしれない。
「ふへへ……! にぃさま、なんですかぁ?」
降車したマイエンジェルは、ギュッと抱きついてきた。
「フィーには三輪車に乗って貰ったけど、もうひとつのほう。アレに母さんが乗ってみたいそうだけど?」
「めっ! にーたが、ふぃーのために作ってくれたもの! ふぃーが一番最初!」
一応、『二番目』なら乗っても良いと云うことかな?
母さんだと、マイシスターの独占欲も、多少は抑制されるようだ。
「うぅ……。じゃあフィーちゃんの後で、お母さんにも貸して?」
「わかったの! フィーが遊んでいないときは、貸してあげるの!」
妹様は喜び勇んで、もうひとつの乗り物へと駆けていく。
「にーた、にーた! これ! これ、なんて云う!? 遊び方を、ふぃーに教えて欲しい!」
「ああ、うん。それはね、キックスケーターって云うんだよ」




