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妹のいる生活  作者: むい
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第三百三十一話 新しい名前


 試験後のお約束。


 ショルシーナ商会へとやって来た。


 同行しているメンツのうち、フィーと母さんのテンションは高い。


 それは発明品やボトルシップの売却金――オークション前のものだが――など、多少のお金が入ったので、今日はガッツリお買い物が出来るからだ。


 フィーの為のおもちゃや、母さんの好きな恋愛小説。他、台所用品やふたりの衣服など、色々と買う予定。


 商会は『配送サービス』などやっていないが、我がクレーンプット家に限り、後日ヤンティーネが果下馬のタリカに買った荷物を載せて持ってきてくれる事になっている。

 なので、数量度外視で購入が出来るのだ。


「エイベル様! それに皆様! ようこそおいで下さいました……!」


 うちの先生の大ファンの商会長は、もうニッコニコ。

 本当にエイベルのことが好きなんだな。


 応接室に入るなり母さんはすぐに巾着を開け、マリモちゃんを出してあげている。


 けれども、まっくろくろなピンポン球は懐いている母さんではなく、俺の肩に乗ってきた。

 懸命に身体を擦り付け、餌をおねだり。

 どうやら、お腹が減ってしまったらしい。


「フィー。魔力貰っても良いか?」


「みゅ! にーた、ふぃーのこと、ぎゅぎゅ~っと、だっこして?」


 軽く触れていれば魔力なんて手に入るのに、しっかりハグを要求してくる。

 別段断る理由は無いし俺もフィーが可愛いから、ギュッと抱きしめる。


「ふへへへ……! ふぃー、にーたの感触好き!」


 俺の中をギュンギュンと流れていく魔力。

 一瞬のうちにノワールは、俺が複数回倒れるだけの餌を食べてしまった。


 まだうちに来て間もないのに、ここ最近は一気に食事量が増えている。

 エイベル曰く、餌が良いから成長も早いとのこと。


 これだけ大量の魔力を消費しても顔色ひとつ変えない妹様は、矢張り俺とは規格が違うのだろう。全く気にした様子なく、俺に頬を擦り付けている。


 一方、食事の終わったマリモちゃんは、改めて母さんの許へ。

 腕の中へ入り、『赤ちゃんモード』へ変身。そのまま眠ってしまった。


 この娘は赤ちゃんの姿になる方が、だっこもなでなでもしてもらえると分かっているので、日中に眠るときは、こうしているのだ。


「わぁ、可愛らしいですねー! この子、あの闇精霊ですよね?」


 ヘンリエッテさんが、すやすやと眠るノワールを見て歓声を上げる。

 母さんは、まるで我が子を褒められたかのように嬉しそうだ。


「ふふふふー。そうでしょう? ノワールちゃんは、とっても可愛いの! アルちゃんやフィーちゃんも、昔はこうやって腕の中で眠ってくれたのよねぇ……」


 いや、俺は兎も角、フィーは今でも母さんにだっこされて眠ることが多いと思うんだが。


(それともまさか、『ダイコン』の登場で回数が減ったことを嘆いているのか……?)


 子供大好きな御仁なので、ありそうな話ではあるが。


 しかし、この状況。

 俺がフィーを、母さんがマリモちゃんをだっこしていると、エイベルがひとりになってしまうな。


 いや、ショルシーナ商会長が張り付いているから正確にはひとりじゃないんだが、あまり嬉しそうにも見えなかったからね。


 俺が視線を向けると、すぐに目が合った。

 彼女もこちらを、ちょうど向いたらしい。


(あ……。口元だけ、かすかに微笑んだぞ?)


 パッと見は無表情。


 でも、俺には見分けられる笑顔。


 俺の好きな、笑顔だ。


「…………!」


 ショルシーナ商会長が俺とエイベルを見比べている。

 その様子はなんだかギョッとした感じだが、すぐにアイコンタクトだと分かったみたいだ。


 微妙に悔しそうな顔をした後、俺たちの前の席へと移動した。

 今度はちょっと、不機嫌そうな顔。


 今まさに話しかけていた自分を差し置いて、俺の方に意識を向けたからだろうか。


「……それでアルト様。本日も何か、新商品をお持ち頂けたのでしょうか?」


 うん。悔しさのにじみ出た声だ。

 でもごめんよ。

 邪魔したつもりはないんだよ。


 そんな事情を知らない母さんが、マリモちゃんを抱いたままでニコニコと語り出した。


「ふふふー。今回のアルちゃんの発明品って、とっても凄いのよぅ!」


 凄いと云うか、あったら助かるかなー? で作ったものだ。


『似たようなもの』はこの世界にもあるけれど、これそのものは、この世界には無いものなんだよね。

 使わない人は使わないけど、使う人は常時置きっぱなしと云う家も多い。そんな品物だ。


「と云う訳で、今回の持ち込みは、これです」


 俺は一本のビンを置く。


 それは通常、ポーションなんかを入れる小瓶だ。


「液体……? 薬液と云うことでしょうか?」


「そうです。エイベルに協力して貰って作りました」


「……ん。がんばった」


「云い値で買い取りますっ」


 会長ェ……。


 ヘンリエッテさんが、笑顔でショルシーナさんの肩を掴んだ。


「はい。落ち着いて下さいね。ちゃんと吟味してからでないとダメですよ?」


「何を云うのヘンリエッテ。高祖様の作られた薬品の効能を疑るつもり? 不敬ッ! それは不敬よ!?」


「では『高祖様列伝』は、壁に向かってお願いしますね?」


 話にならないと思ったのか、彼女の座っているソファを回転させて、そっぽを向かせるヘンリエッテさん。


 そのまま隣の席に腰を下ろし、小瓶を手に取った。

 査定はこのまま、彼女が引き継ぐつもりらしい。


 ビンを持ち上げ、クンクンと鼻を鳴らす。


「かすかにいい香りがしますね? 香水――と云う訳ではなさそうですが?」


「ええ、違います。ほんの少しだけ、香り付けはしていますがね」


「香水ではないのに、香り付けですか? わかりませんね。アルくんは、一体何を作ったのですか?」


 それはエイベルに習っている、ポーションの習熟中に閃いたもの。

 そして俺なら、それなりに使うものだ。


「その液体は、消臭剤です」


「つまりは臭い消しですか?」


 ヘンリエッテさんが首を傾げている。

 そう云う役割は、基本的に香水が用いられるからだろう。


 でも、香水って別の匂いで臭さを誤魔化すだけだからね。

 下手をするとものの見事に混じり合って、臭さが拡散するだけだったりするし。


「匂いで臭いを誤魔化すのではなく、臭いの元を断つ効能がある、と云えば、少しは伝わるでしょうか?」


「成程。文字通り、臭い消しと云う訳ですね?」


 俺はガドから鍛冶を習っているが、当然、グローブを嵌めて作業する。


 こういえば『剣道経験者』にはピンと来るだろうが、使い込んだ籠手って、最悪なのよね。


 ただよう悪臭。

 手を突っ込むと伝わってくる、グジュッとした感覚。

 そして、手を引き抜いた後も残留する臭い……。


 それらを消すための薬が欲しかったのだ。

 で、エイベルと相談して作りあげた。


 うちの先生、色々な植物や薬品に詳しいからね。

 ごく短期間で地球世界に売っている以上の消臭剤を完成させてくれた。


 もちろんコストを考えて、入手しやすい材料を使っている。


「効果は覿面なので、試して貰えれば」


「そうですね。少々お待ち下さい」


 応接室を出ていったヘンリエッテさんはしばらくすると、ヤンティーネを連れて戻って来た。


 うちの槍術の先生は、両腕で木箱を抱えている。

 そこには警備部で使っていると思しき防具があった。


「むむーっ!? にーた、あれ臭う! ふぃー、にーたになでなでして貰いたい!」


 妹様が顔をしかめた。母さんも同様だ。


「まあ、あの……。警備部にもズボラな者がおりまして……。主に男性の職員なのですが、防具の類を汗をかいてそのまま放置するので、正直困っておりました」


 そういう人って、こっちにもいるのね。


 ヤンティーネはテーブルの上ではなく部屋の隅の床に木箱を置くと、消臭剤を振りかけた。


「――あぁッ、これは……ッ!」


 彼女はすぐに歓声を上げる。

 一瞬で臭いが消えたのが分かったのだろう。


 エイベルが作ってくれただけあって、あれには汚れを分解する力もある。

 たぶん、殺菌能力も備えているはずだ。


「す、凄い! 男性警備部の棟は、一部閉鎖や破棄も考えていたのに、その元の一部が解消されました!」


 大丈夫か、商会警備部。


「えぇと……。このように衣服に染みこんだ臭いも取れますが、トイレに振りまいても臭いが消せるので、使いどころは多いかと」


「流石は高祖様です! このような神薬を完成させるとは!」


 復活のSが、マイティーチャーに駆け寄った。


 しかし、エイベルは首を振る。


「……私は少し手伝っただけ。臭いそのものを消す薬品というのは、あまり考えたことがなかった。この場合、凄いのはアル」


 まあ香水という似て非なるものがあれば、消臭特化には中々目が行かないかもしれないよね。


 ハイエルフズが、額を寄せ合って相談している。


「貴族には、間違いなく売れますね、これは」


「裕福層の平民にも需要はあるでしょう。逆に、あまり大衆浴場へ出かけない家庭には無縁の代物となりますね」


「つまり、大都市に絞った生産計画を立てるべきね。――ヤンティーネ。戦闘職には売れると思う?」


「王族や貴族の前に出る機会の多い騎士団には需要があるでしょう。それから、女性ですね。一方、男性を中心とした冒険者層は汚れを気にしない方が多いので、需要は見込めないと思います。私や警備部の女性職員は絶対に買うでしょうが」


「そうよね。でも上手くすれば、一部の香水からシェアを丸々奪えるわね」


 ティーネが俺に向き直る。


「アルト様。これは香り付けがされていますが、完全な無臭のものも作れるのでしょうか?」


「え……と。どうかな、エイベル?」


「……出来なくはない。けれど、貴方が考えている程の効果は望めないと思う」


 どういう事だろうか? 

 ティーネは何を考え、エイベルはどう理解したのか。


 俺と違って聡いヘンリエッテさんが、すぐに真相に気付いた。


「ああ、無臭の消臭剤があれば、冒険者にも売れるでしょうね。潜伏する必要があるときに便利ですから」


 成程、そう云うことか。


 俺は『暮らしの便利グッズ』と云う側面でしか考えなかったが、冒険者向けに売り込むなら、『気になる臭いを消せます』ではなく、『獣の鼻も誤魔化せます』と云う売り文句の方が需要があるか。

 それなら、不潔な環境を気にしない冒険者でも購入を考えるだろう。


「……野生の獣や嗅覚鋭敏な魔獣相手に有効なものだと、コストが相応に跳ね上がるはず。それでも良いなら、作れなくはない」


「是非お願いします。そのような効能があれば、受注生産でも一部には売れるでしょうから! あああ、流石は高祖様です! 偉大なる我らの祖が、新たなる神薬を生み出したのですから! この瞬間に立ち会えたことは、このショルシーナの幸福です!」


「……だから、考えたのはアル」


 夢見心地の商会長を、ふたりのハイエルフが左右から抱え上げて、部屋の隅に廃棄。


 ヘンリエッテさんが、戻って来て俺に訊く。


「こちら、是非とも買い取りはさせて頂きますが……。アルくん、名義はどうされますか?」


「ん? 名義?」


 そう云えば、これは一応、薬品だ。

 エッセンの発明とも、バイエルンの料理とも違うからな。


(変わった薬なんていくつも作れるとは思えないけど、一応は分けておく方が無難かな?)


 と云う訳で、薬師としての名義を急遽作ることにした。


「では、『プリマ』で」


「女性制作者と云う形を取るのでしょうか?」


 別にそんなつもりはなかったが、確かに女性っぽい。

 でも性別から誤認させるのは、案外有効かもしれない。


 これで行こう。

 俺は大きく頷いた。


 かくして俺は、異世界に来て『ネカマデビュー』を飾ったのだった。


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