第三百二十八話 お月様の忠告
年が明けた。
神聖歴1206年の一月だ。
今日は二級試験の日。
初段まで、あとちょっと。
「アルトきゅ~~ん! 頑張って下さいねー! 離れていても、常にその心にはミアお姉ちゃんがついてますよ~!」
いつものようにミアの訳の分からない言葉に見送られて出発する。
同行してくれるのもいつも通り、フィー、母さん、エイベル。
そして、今回からはマリモちゃん。
闇の純精霊を外に出すのはちょっと怖いので、出来ればお留守番を頼みたかったのだけれども、まだ幼いこの娘は、離ればなれになることを怖がった。母さんも可哀想だと主張した。
なので、連れて行くことに。
闇精霊は基本的に夜行性の個体が多いらしい。
この娘も本来はそうっぽいのだが、我がクレーンプット家に合わせて、昼起きて夜眠る生活になっている。
昼夜逆転ってツラいから可哀想だとは思うけど、こちらの生活リズムを変えるわけにも行かないからね。こればかりは、どうしようもない。
ただ、彼女は大元がとてもちいさいので、隠しやすい。
その点は良かったと云うべきだろう。
そんなわけで、現在は母さんが持っている魔力の籠もった特殊な巾着の中に入って貰っている。
中は暗いし、商会から都合して貰った闇の魔石も一緒に入れてあるので、これならば暫くは大丈夫だろうと思われる。
いつも通りと云えば、試験の時のおなじみの迷惑集団もスルー。こいつらも長いよね。年単位で活動しているじゃないか。
そして、いつも通りにしてイレギュラーなのが、妹様だった。
「みゅみゅみゅみゅみゅみゅ~~~~っ! みゅみゅっ!」
我が家の天使様が何を唸っているのかと云えば、それは俺を『謁見ついたて』に行かせないよう、懸命にしがみついているのだ。
「にーた! むらむすめちゃん危険! ふぃー、それ分かる! 近づく、めーなの!」
怒りながら。
けれども、懇願でもするかのように。
マイエンジェルは、俺を捕まえて離さない。
(とは云っても、順調に合格出来れば、今回を除き、あとは一級試験と初段試験の二回だけで、会うこともなくなるだろうからなァ……)
前回も前回で、フィーと村娘ちゃんが争っているだけで出会いが終わってしまった。
ちゃんと挨拶くらいは、すべきだろう。
「フィー」
ひょいと抱き上げる。
一瞬ものすご~く嬉しそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めるマイシスター。
こんなことでは誤魔化されないとでも云いたげだ。
「俺に良い考えがある」
「んゅ? いーかんがえ?」
「そうだ」
フォームチェンジ。
肩車!
「――みゅッ!? かたぐるま! ふぃー、にーたのかたぐるま好き!」
だっこと違って体勢が不安定になるので、普段は母さんに推奨されていない肩車だが、今回はこれに活路を見いだす。
「ほら。これでフィーが不都合なら、俺の目を塞いだり耳を閉じたりすれば良いだろう?」
「ふおぉっ! 流石、ふぃーのにーた! めーあん! ふぃー、にーたの知的なところも好き!」
マイエンジェルのおててはふたつしかないからな。
目か耳か、どちらかが開いていれば、村娘ちゃんとはコミュニケーションが取れるだろう。
妹様を詐術に掛けているようで心苦しいが、今回ばかりは仕方がない。
(と云うか、知的とか知ってるんだな……)
相変わらずの謎知識だ。
「じゃあ、行くぞーっ」
「おーっ! なの!」
フィーを乗っけたまま、ずんずんとついたてへと歩く。向こうに見えた村娘ちゃんが、いつも通り折り目正しく礼をしてくれた。
その背後にいる護衛の人は、俺の姿を認めると不快そうに顔を歪めたが。
……別段彼女と会話した覚えもないが、なんだかどんどん嫌われていってる気がするなァ……。
『こんにちは』
『こんにちは』
挨拶もいつも通り。
マイシスターが、さっそく目を塞いでくる。
でも、指の隙間から向こう側が見えるのはご愛嬌と云うべきか。
「にーた! ふぃー以外、見る必要無い!」
もの凄いことを断言されてしまったぞ?
指の向こう側では、村娘ちゃんが苦笑している。
この娘は苦笑いでさえ品が良い。
雰囲気からパーツまで、全てが高級幼女なのである。
「お久しぶりですね、フィー様」
「こんにちはなの!」
おや?
それでも挨拶はちゃんとするのか。
「挨拶大事! それ、にーたやおかーさんに云われてる!」
躾の成果だった。
「にーた、挨拶終わった! 向こうに戻って、ふぃーを撫でて?」
頭上でちいさな身体をひねり、Uターンを促すマイエンジェル。
苦笑で済んでいたはずの村娘ちゃんが、「えっ!?」と云う顔をする。
「あ、あの……。三ヶ月ぶりですので、せめて少し、お話くらい――」
「めっ!」
にべもない。
その態度に村娘ちゃんは、幼いが品のある頬を、ぷくっと膨らませる。
頭が良くてしっかりしていても、こういう部分では、年相応の未熟さが出るんだな。
(でも、これじゃあ三級試験の時と同じ展開じゃないか)
前回はフィーが、ひたすら上り下りを繰り返していたが……。
しかし、今回はそうはならなかった。
ぷくっとしつつも、村娘ちゃんは俺の方をしっかりと見て、云ったのだ。
「今日は、貴方様に伝えなければならないことがあったのです」
「俺に? な、何かな……?」
まさか、とうとう王妃様から俺の情報を入手したとかじゃないよな?
いや、平静を保つんだ。
俺のポーカーフェイスは、天下に通じる……。
誰も見破れないはずだ……。
「はい。実は、平民出身で満点合格を続けている、ある男の子の話なのですが――」
それって、俺じゃん。
まあ、未だにこの娘とは名乗り合っていないからね。
形式上は知らない人同士よ。
(え~と、初めて村娘ちゃんに出会ったのが、1204年の一月だから、今日でちょうど二年目になるのか)
ストレートで合格しても、初段までは二年以上かかる計算になる。
試験に落ちたり、何か都合があって受験できなかったりすると、もっと遠ざかるわけで。
段位取得までの道のりは、結構遠いね。
でも、初段まで辿り着けば、俺はそこで終わりに出来る。
初段位以降は、テスト以外――たとえば王国への貢献度や、実績に応じて段位試験資格が貰えるので、ひっそりと生きて行くつもりの俺には関係がない。
だから明確に、初段位がゴールだと云いきる人は、俺の他にもいる。
初段位以降は、強さの指標にはならないとも。
(段位貰えたら魔道具を作るつもりだけど、どうせそっちも偽名にするだろうからな。村娘ちゃんと云う『同期』もいるし、満点取った子供がいたことなんて、すぐに忘れられることだろう)
それでいい。
それがいい。
フィーに目を塞がれたまま(見える)、村娘ちゃんに向き直った。
この娘は俺に、どんな情報を語るのだろうか?
「その男の子――借りにA様としておきますが、A様の三級試験実技を見た方々の意見が割れたそうです」
三級実技って、水を撒きまくって終わらせたアレか……。
「割れる意見って何?」
評判が悪い、とかなら、まだ分かるんだが。
と云うか、実際に不評だったし。
何だろう?
あんな戦い方はありなのか? とかかな?
「ええと……。そのA様が素晴らしい天才なのか、早熟なだけなのか、らしいです」
「えぇっ? 早熟かどうかなんて、育ってみないと分からないのでは?」
一応エイベル曰く、
「……アルの能力は、まだまだ伸びる」
らしいけれども。
いずれにせよ、議論しても詮無い話題だと思うが。
「それはそうなのですが、もしも早熟なだけならば、『子供の姿で油断させ、勝ちを拾っているだけなのでは』と云う意見も出たそうで」
「仮にそうだとしても、それは油断する試験官が悪いのでは……」
実際、もしも油断してくれるなら、俺は容赦なくそこを突くと思うし。
子供っぽい仕草とか、練習しておいた方がいいのかなァ……?
あざとく転ぶ方法とかさ。
いや、でもそんな姿をミアに見られたら、またもバーニング状態になりそうで恐ろしいな……。
『あれ』は二度と御免だ……。
「A様が正当ではない方法で勝ちを拾っている、と云う部分から、話が捻れてしまったようで、それを聞きつけた『貴族側の試験官』様が、自分が試すと云い出したようです……」
「えぇっ!?」
どうして『受験する側』の村娘ちゃんが『試験官側』の話を知っているのかと思ったら、お貴族様が絡んでいたのか……。
「そのぅ……。今回A様を担当する試験官様は、正規の職員ではないようなのです」
あったよ、そう云うの以前も。あの褐色イケメンがそうだったはずだ。
「で、どんな人なの? 非正規でも真っ当な人なら、そんな云い方はしないよね?」
「その方は古参の家の出なのですが、一方で貴族では珍しく、冒険者としても知られている方なのです」
ふぅん?
実戦経験は豊富と云うことか。
「今回は実家のヘイフテ家がその方のキャリアとするために、臨時の試験官に押し込んだようで」
それが先の理由で、こっちの試験に出張って来ると。
「お貴族様だから、試験で攻撃するのはマズい、とかじゃないよね? それだと、お……Aくんは、落第が確定になるんだけれども」
実力不足で落ちるなら兎も角、そんなしょうもない理由で三ヶ月を棒に振りたくはないぞ?
「いえ。戦闘行為そのものは、大丈夫なはずです。ただ、『実戦形式』に拘るあまり、反則スレスレの手段も取られる方らしいので――」
「あー……。怪我の可能性もつきまとうと。それは事前に覚悟をしておかないと、肝を潰すねぇ」
褐色イケメンのときは、流血沙汰だったからな。
ああいうのは、もうイヤなんだけど。
「……で。その試験官の名前は?」
「ヴィリー様と云う方です」
ん? ヴィリー?
それって祭りで『斬られ屋』のおっちゃんに因縁を付けてた、チンピラ貴族と同じ名前じゃん。




