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妹のいる生活  作者: むい
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第三百二十七話 新月の王女


 クラウディア・ホーリーメテル・エル・フレースヴェルクの凋落は、五歳の誕生日に端を発する。


 それはアルト・クレーンプットが、自らの誕生日に恩師に護符を貰い、鍛冶の師匠に短剣を贈られるなど、ささやかながらお祝いを受けていた頃。


 彼女と、彼女の支持者たちは、絶望の淵へと立たされた。


「クラウディア!」

「は、はい……っ!」


 父王に名を呼ばれ、彼女は顔を上げる。


 そこは王城内に築かれた、月神を祀る祭壇。

 そこに、一振りの剣が置かれている。


 ――宝剣ムーンレイン。


 国名と同じ銘を持つこの至宝は、王家が月神の恩寵を受けているという証そのものだ。


 資質ある者がこれを持てば刀身が月色に輝き、所持する間は、大いなる力を得ると云われる名剣だった。


 ムーンレインが月神を奉じる国である以上、この剣を輝かせることは、その者に神の祝福があることを意味する。

 故に、この剣が輝かぬ者は、他の美徳をどれだけ備えようとも、王たるの資格無しと看做される。


 それは生え抜きの貴族だけでなく、土着の民衆たちにとっても、共通の認識だったのだ。


 既に腹違いの兄たちは、この宝剣を輝かせている。


 同年に生まれたクラウディアの妹――第四王女シーラがこの剣を握るのは半年後――神聖歴1204年の十二月になるが、既に四歳にして王国開闢以来の最年少で魔導試験を満点合格し、更には特殊魔術、月術を行使出来る存在である為、妹姫が宝剣を輝かせるのは、確実とされていた。


 一方、第三王女である。


 彼女は第四王女とは違い、ごく普通に育てられた。


 文字を習うのも、魔術を習うのも、この国では早くて七歳くらいからだ。


 だから五歳で読み書きが出来なくてもそれは当然であり、魔術を使ったことがなくとも、別段珍しいことではなかった。


 だが、すぐ下の妹姫は、通常の秤を越える存在だった。


 幼くして多言語話者。

 そして膨大な量の魔力を保有する。


 歳が近いのだから比べられるのは、ある意味では当然だったのだ。


 そして身分高い者たちにままあることだが、側近や取り巻き同士の張り合いが、これに加わる。


 第四王女シーラの母の実家は、クローステル侯爵家。

 そして第三王女クラウディアの実家・ヴェンテルスホーヴェン侯爵家も、『同格』の大貴族だ。

 当代だけでなく、昔からの因縁がある。


 だから彼女に向けられる期待は、必要以上に大きなものだった。


「第四王女殿下が優れているのは分かるが、我らのクラウディア様も、きっと素晴らしい才をお持ちのはずだ!」


「左様。そうでなくては、我らの立つ瀬がない」


「クローステル家に与する連中は、ことあるごとに第四王女殿下の自慢をされますからな。クラウディア殿下には宝剣を眩く輝かせ、我らに希望と威信を与えて頂きたいものだ」


 欲得と身勝手な期待の視線が集まる中で、クラウディアは祭壇に上がった。


 父王はもちろん、母である王妃ティネケ。護衛騎士のダン。その他多くの者たちが見守る中、彼女はそっと、宝剣を手に取った。


 ――そして、彼女の価値は底値となったのだった。


「全く! クラウディア様も失望させてくれる! これでは彼女を支持した我らが、バカみたいではないか!」


「いやはや。まさか宝剣が微塵も輝かないとは! これで第三王女殿下は継承権を剥奪。王族とは云え、こんな有様では他国にやる価値もありませんし、いいとこ、国内の貴族に降嫁させることくらいしか使い途はないでしょうなぁ」


「宝剣が輝かなかったことも残念ですが、私としては魔術の素養そのものがなさそうな所に不満を感じますな。国の頂点である王族が、まさか無用民同然などと……!」


「月の値打ちは夜空で輝いてこそだ。明るくない月など、何の役に立つ? いや。そもそも、目に見えぬでは、誰もその存在に気づけぬではないか」


 それからは、心ない言葉を聞くこととなった。


 貴族はもちろん、王城勤めの兵や使用人たちの視線すら、失望と蔑みを含んだものへと変わった。


 名門の子女たちは第三王女を露骨に遠ざけるようになり、第四王女の許へ争ってご機嫌伺いにでるようになった。


 クラウディアにとってツラかったのは、自分に対する悪口だけではなく、母ティネケも、「あんな子を産むなんて」と云われ始めたことだろう。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


 クラウディアは役立たずとなった自分を、誰ともなく謝り続けた。


「見ろよ、王家の恥さらしが行くぜ?」


 人ごみにあると、姿を隠した誰かが侮蔑の言葉を投げかけてくる。

 そして、比較される。


「聞いたか、第四王女殿下が、またも試験を満点合格されたそうだ。誰かと違って、優秀なことだな!」


「シーラ様こそが、この国を象徴する我らの望月よ。頭脳、魔力、容姿。まさに欠けたるところがない」


「おいおい。この国には、もうひとつ月があるだろう?」


「もうひとつ? そんなものがあったかなぁ?」


「ああスマン。新月は見えぬからな! ははははは!」


 クラウディアは、耳を塞いでうずくまること以外に出来なかった。


 離れる者たちが出る一方で、傍にいてくれた人もいる。


 曾祖父と仲の良かった老魔術師がそれだ。


 大陸各地を放浪しているはずの預言者は、クラウディアの事情を知ると、以前にも増して顔を見せてくれるようになった。


 クラウディアは、エフモントと話すことが好きだった。


 自分の知らない世界。

 自分の行ったことのない場所。

 それらを面白おかしく教えてくれる。


 何気ない会話でさえ、今のクラウディアには、貴重な時間だった。


「エフモント様は、どうしてどこにも仕えないのですか? お母様やダンが云っておりました。エフモント様の才は、引く手数多だと」


「そりゃ決まっとる。わしは分別のある人間じゃからな。野にあるを良しとしておるのさ」


「分別があると、野にあるものなのですか……?」


 可愛らしく首を傾げる第三王女の目の前に、エフモントは懐からひとつのモノを取り出してみせる。


「これは――木か何かでしょうか? 変わった形をしていますね。それに、とっても可愛いです」


「これはひょうたんと云う、ウリ科の植物の一種じゃな。簡単に云うと、水筒になっておるんじゃよ。持ってみい」


「わわ……! ちゃぷちゃぷしてます……! 本当に中に、お水が入っているんですね」


「水は水でも、命の水じゃがの」


 クラウディアはその言葉で、老爺が大の酒好きだと云うことを思いだした。

 中身も当然、それなのだろう。


「宮仕えなんぞしておったら、好きなときに呑めんではないか。しかし、我慢はしとうない。だから、わしは誰にも仕えんのよ。まあ、知り合いのハイエルフや神官には勤務中も呑む、たわけ者らもおるんじゃがのう」


 そう云って笑う老いた魔術師の言葉は、どこまでが本心であったろうか。

 まだ幼いクラウディアには、わからなかった。


「ひょうたんが気に入ったのならば、今度、お主に持ってきてやろう。流石に、こいつはやれんからのう」


「ほ、ほんとうですか……!?」


 キラキラとした瞳が、エフモントに向けられる。


 こういった瞬間だけは、クラウディアもイヤなことを忘れていられるのだろう。

 そのことが、老人にも嬉しい。


(しかし、わしもいつまでも傍に居てやれるわけではないからな……)


 忠実な腹心。

 或いは共に笑い、共に泣ける友人を、この娘に作ってあげたかった。


「……酒さえ飲めれば、酒場でいくらでも知己は増やせるんじゃがなぁ……」


「……? エフモント様、何かおっしゃいましたか?」


「ああ、いや。何でもない。それよりもクラウディアよ。今日も土産を用意してきたんじゃよ」


 そう云って両腕を広げるエフモントの手には、酒の入ったひょうたん以外、何もない。


「クラウディアよ。ウナギは美味しかったか?」


 困惑したままの第三王女は唐突に話題を振られ、戸惑いながらも頷いた。


「は、はい。とても……! 私はそもそもウナギという生き物を知らなかったのですが、あれ程のご馳走があったなんて、今でも信じられません」


「ほっほっほ。それは良かった。お前さんがそんな顔をしてくれただけでも、連れて行った甲斐があったと云うものよ。……で、お主、その話を、ティネケ嬢にもしたじゃろう?」


「お母様にですか? はい。お話しましたが……?」


「ぬふふ……。ティネケ嬢がな。お前さんが目を輝かせて味を褒めるので、うな重を気にしておったのよ。そこへ試食会参加組の自慢話が広まってな? あやつも、どうしても食べたくなったみたいでなぁ……」


「ですがあれは、エルフの商会でなければ作れないのでは……?」


「左様左様。しかし、わしは商会には呑み仲間がおるでな?」


 ニッと笑うヒゲの老人。

 それでクラウディアは、彼の『土産』を理解した。


「お、お母様にも、ウナギを食べさせて下さるのですか!?」


「わしの知人のハイエルフはのぅ、ずぼらの権化みたいな生き物のくせに、あれで料理が上手くてなぁ……。この世の七不思議と云うべきじゃな。ま、奴の料理を食ったことのある者は、絶滅危惧種レベルで存在せんとは思うが……」


 ポン、と幼い王女の背中を叩く。


「と云う訳で、昼はウナギじゃ。他の連中に見つからんように、ひっそりとした場所を押さえておる。ティネケ嬢も待っとるはずじゃ。行こうかの?」


「は、はい……! エフモント様、ありがとうございます! 私もウナギ、楽しみです」


 その嬉しそうな顔を見て、エフモントは思う。


 子供は笑顔が一番であると。


(試食会場で出会った子供――アレがクラウディアの将来を左右するのであれば、是非にでもクラウディアの側に引き込んでおきたいのだが――)


 一方で思い浮かぶのは、第四王女の姿。


 あの娘はあの娘で、懸命に生きている。

 母親のために努力を重ね、その笑顔を守ろうと、必死に頑張っているのだ。


 いっそクラウディアの異母妹がイヤな奴ならば、遠慮なく蹴落とせたのにと思ってしまう。


(あぁー……。いかんいかん。他人の不幸を前提とするのは、よくない発想じゃな。もっと前向きに考えねば。取り敢えずは、あの子供。アルト・クレーンプットと、クラウディアを何とかして引き合わせるべきじゃな……)


 またミィスに借りが出来てしまう。


 そうぼやきながらも、老いた予言者は、これからの方針をぼんやりと定めたのだった。


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