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妹のいる生活  作者: むい
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第三十二話 ソリとマッサージ


「ふぉおぉぉおおぉぉ~! にーたはやいの! にーたすごいの! にーたすきッ!」

「うふふふふ~。アルちゃん、素敵よー! 頑張って~!」


 肉親ふたりからの黄色い声援を受けて、俺は走り続けている。

 どういう絵面かと云うと、俺の身体にロープが巻き付いており、その背後に繋がるソリに、フィーと母さんが乗り込んでいると云う図式。

 まあ、アレだ。

 犬ぞりの俺バージョン。もしくは人力車ならぬ人力ソリ。


 何でこんな事をしているのかというと、鍛錬のためだ。

 断じて罰ゲームやら、奴隷落ちやらをした訳ではないぞ。

 エイベルやティーネに近接戦闘を教えて貰えることになった俺だが、その前段階として身体作りに励んでいる。

 その手始めが、走り込みだ。

 西の離れの周囲を何週もさせられている。グルグルグルグルと。

 俺たちの住む離れは一般的な貴族の屋敷と比べれば全然ちいさいが、それでもそれなりの大きさはある。グルグル走ると一口に云っても、結構な運動量だ。


 で、ソリを引いている理由。

 これは別に鍛錬のためではなかった。重りを付けて運動をしろと云われたのではなく、マイエンジェルを悲しませないための措置だったのだ。


「やあああああ! にーた、いっちゃやああああ! ふぃーも! ふぃーもついてく! にーたああああ! にいいいたああああああああああああああああああ! ふぃーをおいていかないで! にいたあああああああああああああ!」


 走り込みを始めた日。

 妹様は俺が視界から消えるだけで泣きだしてしまった。

 大切な妹が泣いたとあれば、鍛錬なんぞしている時間はない。

 俺はフィーを慰め、宥めることだけに全てを費やした。


「これでは鍛錬になりません!」


 ティーネは柳眉を逆立てて俺に走り込みを命じたが、何と云われようとマイシスターを泣かせたままでトレーニングを続けるつもりはない。


「あー、あー、あー、あー、ったく、しょうもねェなァ……」


 見かねたガドが、芝生用のソリを作ってくれた。

 天下のドワーフ様の作ったソリは逸品だった。

 大きく、深く、重心もしっかりしているのでカーブに差し掛かっても倒れにくい。

 内部には掴まるための取っ手もあるし、革ひもで作ったシートベルトのようなものまである。内部にはクッションも備え付けてあるのでおしりも痛くならないし、万が一横転しても怪我をしない。乗り手のことを極限まで考えた、まさに至れり尽くせりの出来映えだった。

 あと、これは単純に職人としての意地だろう。見た目も大変美しく、ソリの側面にも、或いは取っ手ひとつにも、彫刻のような文様が彫り込んである。


「ありがとう、ガド! これでフィーと離れずに走り込みが出来るよ!」


 妹様を悲しませずに済んで、俺は大喜び。


「ふぃー、にーたといっしょ! だっこ!」


 俺について来られるようになって、マイエンジェルも大喜びだ。

 だが喜んだのは、俺たち兄妹だけではない。

 珍しいもの大好きな母さんが嬉々として乗り込んだ。


「だって、一緒にいてあげないとフィーちゃんが危ないでしょう?」


 絶対に嘘だ。

 自分が乗りたかっただけだろうと俺は確信している。


「身体を鍛えるための訓練ですから、魔術の使用は基本的にしないように! ソリを保護する場合はもちろん構いませんが」


 ティーネにはそう云われたが、五歳児の身体でソリを引くのは結構大変なので、滑り始めだけは身体強化の魔術を作ることを許可して貰った。


 当たり前だが、鍛錬が終わるとくたくたになる。精も根も尽き果てる、と云うやつだ。


「にぃ……さま、おつかれさまです! ふぃー、まっさーじするの! にーたすき! だいすきッ!」


 わずか二歳にして運動前後のマッサージを勉強している妹様がそう云ってくれている。

 ストレッチやマッサージは云うまでもなく重要なことだが、なんとそれがハイエルフの騎士たちの間では、必修科目なんだそうだ。

 ヤンティーネは運動でへばる俺に、丹念にマッサージを施してくれたが、それを見た妹様が激怒された。


「にーたさわるの、めー! ふぃー! ふぃーがそれおぼえる! ふぃーがにーたいやすの! ふぃーが、もみもみするの! にーたすき! だいすきッ!」


 フィーはティーネから熱心にマッサージを習い、俺はストレッチを教わった。

 内容そのものは地球世界のストレッチとそう変わらなかったが、重要性を再確認できたというのが大きな意義なのだろう。


「にぃさま、ふぃーのまっさーじ、どーですかー?」

「ああ、気持ちいいよ、最高だ」


 非力な二歳児のもみもみにそう大きな効果を期待するのは酷だろう。

 だが、精神面では多大な好影響をもたらしてくれている。

 妹様は一生懸命、俺の足や腰をもみほぐしてくれているのだ。その健気な姿に感動しないはずがない。嬉しすぎて涙が出る。これで元気が出なかったら、兄失格だ。


「フィーにマッサージして貰えて、お兄ちゃんは幸せだよ……!」

「え……えへへへへ! にーたあああ、もっとほめて! ふぃー、もっとにーたにほめてほしい! もっとにーたをしあわせにするの!」


 マッサージを擲って、マイシスターが抱きついてくる。

 がっちりキャッチして、銀髪をなでなで。


「にぃさま、すき、です! もっとふぃーのかみのけ、なでてください!」


 おおっ! 妹様の口調が!

 最近は前にも増して言葉遣いに気を遣っているようだ。

 今更だが、「兄様」呼びの時は敬語になるらしい。彼女なりの拘りだろうか?


「よしよしよしよし! こうか? こうだな、フィーよ! これが良いんだな!?」


 力強く、けれど丁寧にしっかりと撫でつける。掌には、愛情をたっぷり纏わせて。


「きゃん! にーた、もっと! もっとなでなで! なでなですき! ふぃー、なでなでだいすき!」


 気がゆるむと素の口調になるのは相変わらずだが、進歩が見て取れるのでなんとも嬉しい。

 でも、「にーた」呼びにも愛着があるから、完全に変わってしまったら、それはそれでちょっと寂しいだろうな。

 まあ、大きくなってもこの口調、と云う訳にも行かないから、いずれ切り替えるべき日は来るのだろうが。


「アルちゃんお疲れ様~~。お母さんもアルちゃんをもみもみしてあげるー!」


 背後から唐突にのし掛かってくるマイマザー。何とは云わないが、彼女のそれはとても大きいので、俺の頭には乗り切らない。


「母さん、重いー……!」


 マッサージのやり方なんぞ知らないくせに、混ざってこようとする姿はまさに子供だ。

 しかしこの子供マザー。女としてのプライドはあるらしく、「重い」と云う俺の発言で気分を害したようだった。


「酷薄なことを云うアルちゃんには、おしおきが必要ねー!」


 怒り笑顔で手をわきわきさせたまま、息子に躙り寄る二十一歳。

 やめて母さん、俺、くすぐりには滅法弱いんだ!


「あひゃ! あひゃひゃひゃははははひゃはひゃひゃひゃ! ご、ごめ、かあさ、謝るから、ゆ、ゆるし、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……!」

「めー! にーたいじめるの、めーなの!」


「いじめてないのよ、フィーちゃん。これは躾けなの。女の子に酷いこと云う男の子に育たないように、しっかりと過ちを正さないといけないの!」

「にーた、ふぃーにひどいこといわないもん!」


 うん。将来うっかり妹様に「重い」と云ってしまわないように気を付けよう……。

 母さんは背が高い訳でもなく、腕や腰だって細いのに、それでも重量を感じるのは、一部がやたらと育っているからだ。

 フィーも将来、そうなる蓋然性が高い。つまり、重みを感じてしまうかもしれないのだ。

 急に抱きつかれた時に、うっかりNGワードを口にしないように今から自覚しておかねばならない……。

 そうして俺が将来への誓いを心に刻んでいると、


「運動後のマッサージはちゃんとやってください!」


 結局、その日もポニーテールのエルフに怒られてしまいましたとさ。


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